秘書の願い
エクライネスの北側に位置する役所、エクライネス市役所。
どこか厳とした雰囲気のこの建物は、この都市の市長ガラミアも出入りする重要な施設だ。
都市の重要な施設なだけあって、内部の造りや設備などは一際豪華になっている。
「初めて入ったけど、随分と広いね」
セーヴが内部に入ってそう漏らした。
龍太郎も外部からなら見たことはあるものの、実際に入るのは初めてなので、想像以上の豪華さに目を奪われていた。
建物内部は玄関の役割を持つ大きなこのロビーから始まり、左右に二階へと続く大きな木造りの階段が見える。
その先にはいくつもの部屋が有り、さらにその二階の奥にはここからでは見えない三階へと続く階段がある。
外部から見た構造的にも三階建てといったところだろうか? とすれば市長のガラミアが普段いるのは最上階の三階である可能性が非常に高いといえよう。
しかしこの豪華さに目を奪われてしまうのは致し方ないことであっても、これらがこの都市の市民たちを圧政で追い込んで造り上げたものだと考えると、素直に感心するわけにはいかない。
「……きっと来ていただけるとどこかで確信しておりました」
上層の二階へと続く階段を降りてくる一人の男性。
スラっとした細身に、白いネクタイと黒いスーツ。
瞼付近まで伸びた灰掛かった髪に、顔には無数のシワが走っている。
恐らく実年齢は二十歳前半だろうが、見た目からでは四十歳代と思われても仕方ないほどだ。
「討伐作戦以来だな、ミルドレイ」
龍太郎と男性――ミルドレイは互いに目配せをした。
「あなたは……確か、市長さんの秘書の?」
智代理が首を傾げて問いた。
「はい。ミルドレイ・オージットと申します」
ミルドレイはお辞儀を混ぜながら答える。
非常に礼儀の正しい人物だ。
あの横暴なガラミアの横にいる男性とは思えない。
「あ、私は智代理っていいますっ」
慌ててお辞儀で返す智代理。
それから龍太郎は話を切り出す。
「ミルドレイ。単刀直入に聞くが、場所はここでも大丈夫か?」
「……はい。いまガラミア様はここにはいませんので」
そう言うミルドレイは、まるで龍太郎がこれから言うことを見通しているようだった。
龍太郎はその言葉に頷き、口を開く。
「詳しくは言えないが、俺たちはあるやつに頼まれてこの都市を救わなくちゃいけなくなった。そのために、エリュータとコンタクトを取る必要がある。居場所を知っているか?」
ミルドレイは顎に手を当て少し考えると、しだい口を開いた。
「エリュータ様の居場所は確かに存じています。ですが、いまはお会いになられない方がいいでしょう」
「それは、どうしてだ?」
龍太郎はまっすぐにミルドレイを見据えた。
「……エリュータ様はいま、ガラミア様によって地下にある牢に閉じ込められているからです」
「なっ……!」
それを聞いて驚いたのはアスカだった。
「どうして彼が牢に入れられなくてはならないの!」
「恐らく、責任を負うということでの全兵士への休暇を打診したことが原因かと思われます」
「きゅ、休暇を打診しただけで……?」
「はい。ガラミア様はいままで兵士への休暇を頑なに取ろうとしませんでした。ですから今回のエリュータ様の打診はガラミア様にとって"生意気だ"と取られてしまったのでしょう……」
「そ、そんな……」
部下の休暇を打診するだけで牢屋に入れられてしまうこの現状を、どうして無視できようか。
ガラミアの横暴さは、日に日に増しているとも取れた。
「だが、エリュータがそんな状態となると……」
龍太郎は苦虫を噛み潰したような顔をした。
このままでは、エリュータにあの言葉に真意を聞くことができない。
それはすなわち、この都市を救うという結果から遠ざかってしまうということだ。
「いえ、龍太郎様。それでしたら問題はありません。エリュータ様から言伝を預かっております」
「言伝?」
エリュータは腕に抱えたバインダーに挟まっている紙を数枚捲り、龍太郎に渡した。
受け取った龍太郎は、その一番上に来た紙に目を落とした。
「…………」
「エリュータ様が仰ったことを、一言一句違わず記したものです。恐らく、今現在龍太郎様がたが欲しがっている情報となりましょう」
そしてミルドレイは、意を決したように口を開いた。
「……お願いです。この都市を支配する存在を、エクライネスから取り除いてはくれませんでしょうか」