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城の外にて

 俺は座っていたベッドから立ち上がると、小首をかしげた老いぼれを尻目に早足で部屋を出た。とりあえず今の状況を確認したい。

 部屋を出ると、さながら大型ホテルのような広い廊下が目の前に現れ、足元には血のように赤い絨毯(じゅうたん)――レッドカーペットが惜しげもなく敷かれている。

 俺はそれを踏み荒らすように歩いて行く。静かな廊下にたったひとつ荒々しい足音がこだまする。と、その足音の他に、背後からやや小走りのタッタッという足音が追加された。


「龍太郎坊っちゃん! どこへ……!」


 俺を追いかけるようにしてきたのは、さっき部屋に置いてきた老いぼれだった。そういえば俺はまだこいつの名前を知らないな。

 老いぼれの問いを完全に無視して自分の問いを投げる。


「なぁ、お前、名前は?」

 老いた体に(むち)打ち俺を追ってきて疲れたのか、目の前の老いぼれは肩どころか全身を使ってぜぃはぁと肺に空気を送り込んでいる。


 そのまま息も整わないままに、老いぼれは俺の問いに答える。


「はぁはぁ、ベ、ベリアルド……はぁはぁ、ウォッシュ……はぁはぁ、でございま……す、はぁはぁ」


 よほど息が上がっているのか、走るのをやめた今でも死にもの狂いで空気を集めている。つか軽い小走り程度だったろ、そんな息上がるか?


「意外と名前は有名なの使ってんだな」


 ベリアルド・ウォッシュ。それがこの目の前の老いぼれの名だという。ベリアルド、悪魔、と聞いて真っ先に思いつくのはキリストの悪魔ベリアルだ。おそらく名前はそこから取っているのだろう。ウォッシュは知らん。洗いものでもすんの?

 ベリアルドはようやく息を整え終わると、先ほどの質問をもう一度してきた。


「坊っちゃん、一体どこへ行こうとしていたんですか?」

「ん? ああ、少しこの世界のことを知ろうと思ってな」


 このベリアルドも最初言っていたが、どうやら俺はこの世界での「救世主様」なるものらしい。大方、敵対するプレイヤーもとい冒険者に対抗するための切り札といったところか。

 

「この世界を知る……? よくわかりませんがこのベリアルド、いつでも坊っちゃんの力になりますぞ!」


 ベリアルドは再び目を爛々と輝かせた。いやいらねーよ、お前の力なんて。

 と、ここで俺は妙案を閃いた。


「そうだな。ベリアルド、俺はこれからちょっと調べるものがある。だからお前は俺の部屋に行って待ってていてくれ。必ず戻るから」


 この老いぼれならば簡単に俺の言うことを信じるだろう。疑うことを知らないその眼差しを、俺は騙すつもりの偽りの眼差しで射抜く。

 俺は目で必死に訴えかけた。ベリアルドの顔を、視界に収める。あ、こいつよく見たら目の色紫なんだな。ちょっとかっこいいとか思ってしまった、超どうでもいい。

 俺の真剣さが伝わったのか、ベリアリドは顔をほころばせた。


「承知致しました。このベリアルド、坊っちゃんのご命令通り、お部屋で待機しておりまする」


 それだけ言うと、(きびす)を返してヨボヨボな体に(むち)打ち俺の部屋へと引き返していった。

 さて、やっと自由になった。とりあえずここから出よ。



                ▼▼▼



 俺はなぜか迷うことなく城を抜け出すことができた。まさか本能的にこの城の構造を記憶してるのか? いよいよもってバグなんかじゃなく、意図的にここへと連れてこられた気がしてきた。

 城の外は、部屋の窓から覗いた光景と変わらず、荒廃(こうはい)した殺風景な景色が展開されていた。


 だが外に出て始めて気づくこともあった。


 まず、この城の位置している場所。ここは、大きな崖の上だった。部屋の中からわずかに見えたのは崖より手前だったらしい。

 さらに俺が今見ている方角、城をバックに左斜め前方の崖を下った先には、何やら街のようなものが見える。そしてそのまま右を見ると、これまた大型の街がある。どことなくそちらのほうが雰囲気が明るい気がした。


 俺は周囲を見渡し、この悪魔エリアから抜け出す道を探す。……待て、よく考えろ。これはあくまでもゲームだぞ? さっきだって空中で手を振ったらメニューパネルが出てきた。てことは、その中の【持ち物リスト】なるものの中にマップが入ってるんじゃないか?

 一抹の期待を胸に、先ほどのようにしてメニューパネルを呼び出す。すると、案の定【持ち物】と書かれた欄が存在していた。

 俺は心の中でガッツポーズしてからその中身をタッチして見る。すると中には意外とアイテムが入っていた。

 体力とMPを回復するための二種類のポーションや、暗いところで使用するであろう松明。そして飛び道具である投げナイフ十本セットが二つと、ホームポイントまで一瞬で戻ることのできる『インスタントゲート』がひとつ入っていた。おいおい、随分とアイテム入ってるな。初心者救済か?


 そんな中、欄の一番下にお目当てのものが鎮座していた。

 ワールドマップと書かれたそれをタッチして呼び出す。すると、メニューパネルの横に、一回り小さくパネル型でマップが映し出された。

 ワールドマップによれば、今俺がいるのは『悪魔城ガリデル』というらしい。そして俺が見つけた二つの町、そのうち左手に存在するのは『悪魔街ファンルム』、右手に存在するのは『ブレイブシティ』というらしい。街の説明も書いてある。


 『悪魔街ファンルム』:戦うことをこのまない、一般悪魔たちが平穏に暮らす第一の街。

 『ブレイブシティ』:龍戦士(りゅうせんし)族が魔龍騎士(まりゅうきし)の力を使い作り上げた絶対的都市


 ブレイブシティは最初のホームポイントだな。それより『悪魔城ファンルム』の説明文にある「一般悪魔」ってなんだよ。悪魔に一般もクソもあるかよ、一般人みたいに一般を使うな。

 とりあえずブレイブシティが冒険者の最初の街なのはわかった。なら俺は、そこに向かわねばならない理由がある。

 例え自分が悪魔側につこうと、彼女とだけは会っておかねば。きっと、味方になってくれるはずだから。

 微かな期待をしつつ、俺はブレイブシティへと足を向けた。



                ▼▼▼



 執事コルソンは焦っていた。なにせ最重要人物である釘丘龍太郎が逃走したのだ。

 アドラメレクから告げられたのは、逃げ出した釘丘龍太郎の捕獲(ほかく)及び連れ戻し。

 それを遂行するにあたって、城の全ての人員を用いて探し出す。

 彼がいなければ、コルソンは元の世界に帰ることができないのだ。

 このゲームを、クリアしなければ。



                ▼▼▼



 俺がこのゲームを購入しようと決めたのは、実は好奇心からではない。

 そもそもこのゲームが出ると知ったのは、ある人物からの情報提供があってこそだった。

 神崎智代理(かんざきちより)。俺より頭二つ分くらい背が小さくて、とても愛嬌のある女の子。俺の意中(いちゅう)の人。

 俺は彼女に、「今度うちのお父さんが開発したこのゲームが発売されるから一緒にやりたい」と誘われたのだ。ものすっごい可愛いらしい顔で、顔を赤らめながら(うつむ)いて、もじもじしながら体をくねらせて。

 彼女の父親はファンタジスタリバー社の開発チームにいるらしく、良かったらお友達を誘いなさいと言われて俺に声をかけたのだという。


 それを聞いて、俺は彼女に運命を感じた。いやだってさ、可愛い子にそんなお願いされたらさ、男子の誰もがオッケーしちゃうだろ。今やオンラインゲームはネカマ上等なのに、俺は目の前のプレイヤーが本物の女の子だってわかってる。

 そんな特別な状況になるチャンスを逃せる訳無いだろ? それのおかげで俺があの子を好きになったとかどうでもいいじゃん! それまで見向きもしなかった女の子だったけど、よく見たら顔可愛いし背ちっちゃいし小動物みたいだし、そんな子から言われたらもう、好きになるしかないよね。おいそこ、ちょろいとか言わない。健全なる男子だったら誰でもそうなるんだよ!

 その日は俺がオッケーを出して別れた。別れ際、やるときの時間などを決めるためにお互いのメアドを交換した。初の赤外線通信である。

 たどたどしく赤外線通信と戦っていると、彼女はそれを横でにっこりと微笑みながら見ていてくれていた。天使かな? これ、俺のこと好きだよね?

 俺が気持ち悪い思考で頭を埋め尽くしているうちにメアドの交換は終了した。彼女は俺のメアドが入った携帯をギュッと握り締めると、名残惜しそうに俺に別れを告げた。あの時の顔、絶対俺のこと好きだよね?

 発売まで少し日数があったが、それなりにメールし合っていたと思う。そして発売前日。彼女と翌日のことについてやり取りをしていた。


『こんばんわ、釘丘くん!明日はお昼の13時にブレイブシティの噴水前集合だよ!』

『こんばんわ、神崎さん。大丈夫、しっかり覚えてるよ』

『そ、そっかー。なんかごめんね、おせっかいだった?』

『え、そんなことないよ』

『よかったぁ~!じゃあ、また明日ね!おやすみ!(=´ω`)ノ』

『おやすみ、神崎さん』


 ……今思い出しても、温度差激しいやりとりだった。終始俺のテンションの低さが露呈(ろてい)してるぞ。

 まぁそんなこんなで彼女はこのゲームを買ってプレイしているはずだ。よって、ブレイブシティへと(おもむ)けば必然(ひつぜん)的に彼女がいることになる。彼女はおそらく戦いをあまり好まないだろうから、街に(こも)るつもりだろう。そして、俺と二人きりでやる予定なので、おそらく今はひとりぼっちだ。俺が早く迎えに行ってやらねば。

 ブレイブシティで彼女と会ったときどんな顔で会おうかと試行錯誤(しこうさくご)しながら進んでいると、目の前に巨大な威圧感を感じて顔を上げた。



                ▼▼▼



「龍太郎様! 龍太郎様!」


 コルソンは声を上げて城の周りを捜索する。城の隊のリーダー三人を連れて、必死の思いで探す。そして崖の手前にはもういないのかと目処(めど)をつけたとき、捜索係を担当させていたNPCのひとりから龍太郎と同じ足形の跡を見つけたと報告が来た。


 それを聞きうけたコルソンは、早速自らの足でそこまで向かった。

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