活気の裏に
龍太郎たちは朝、ホテルのチェックアウトを済ませると、そのままある場所へと出向いた。
「ねえ、エリュータと連絡が取れないって本当なの?」
歩く中、隣にいたアスカが疑問を呈してきた。
どうやら彼女の機嫌はもう元に戻っているようだ。彼女とて、昨晩のような個人的なことでチームワークを乱すのは得策でないと考えたからであろう。実に彼女らしい考えだ、と龍太郎は思う。
「ああ。イグナートとの戦闘が終わった後、少し気になることがあって俺から兵たちの駐屯地に行ったんだが、そこの管理人が、エリュータの行方だけ何も知らないって言ってたんだ」
都市の北側。
そこには、市長であるガラミアも出入りする巨大な執政施設『エクライネス市役所』に隣接する形で、エリュータたちエクライネス兵が駐屯する施設が存在する。
龍太郎はエリュータとコンタクトを取ろうとそこを訪れたが、管理人の若い女性が一人掃除をしに来ていただけで、他の兵たちは皆休暇を取っていていない、と言われてしまった。
それならばと、エリュータの実家を教えてもらおうともしたが、これは管理人が知らないとのこと。
結局エリュータとコンタクトを取ることは叶わず、結果得たのは数人のエリュータと個人的親交のある一般兵数人の行き先だった。
これから向かうのは、その一般兵の内の一人、ギュールという男の下だ。
「でもでも、管理人さんも何でエリュータさんの行方だけ知らなかったんでしょーね?」
と、ユカリ。
その問いには、龍太郎も首を横に振った。
「分からない。ただ単に行方を聞きそびれてしまっただけなのかも知れない」
この世界の基本的な通信手段は、手紙等の文書によるものだけだ。電話なんていう便利なものは無いし、ましてや龍太郎たちプレイヤーのようにスキルやフレンド通信などもってのほか。
だからこそ、この世界の人間族は自分の知り合いがどこに行っているのかということの情報をやけに欲しがる。
そこから考えても、今回管理人がエリュータの行方を知らないというのは最早異常とも思えた。
本当に管理人が聞きそびれたのか、或いはエリュータが意図して管理人に伝えなかったのか、
もしくは……
嫌な予想が頭をよぎる。
こういった嫌な勘というのは、大方当たってしまうものだ。
龍太郎は頭を振ってその考えを振り落とす。
「……とりあえず、教えてもらった兵のところに行けば何かしら情報が掴めるかも知れない」
そう言って龍太郎は、都市の西側へと歩を進めた。
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エクライネスの西側には、市民の住宅が密集している。所謂住宅街というやつだ。
兵は与えられた休日を使って、ここにある友人宅へと来ているようだ。
赤い屋根が特徴的な木造の建物。それが、兵の友人宅だ。
西側はほとんど来たことがなく家の捜索から始めないといけないために少し面倒にも思ったが、幸いその家は西側の入口を通ってすぐのところに建っていた。
家の前に着いてドアを数回ノックすると、中からまずは家の主である20代くらいの若い男性が現れた。
龍太郎たちは自分たちの紹介とここへ来た理由を述べ、この家にいるはずの兵に取り次いでもらった。
男性が家の中に引っ込むと、一分と経たずに家の中から別の男性が現れた。
「あんたがギュールか?」
「ああ、確かに俺がギュールだが……」
男性は窺うような視線をこちらに送ってくる。
「いや、俺たち別に怪しい者じゃないぞ。そうだな……あんたのとこの隊長、エリュータと一緒に古代竜を討伐した者だって言えば信じてもらえるか?」
「なるほど、きみたちが……」
ギュールは納得したような素振りを見せると、顔を近づけて声を潜めて言った。
「……ここだけの話、俺たちがこの休暇をもらえるって隊長から聞いた時は、全員疑心暗鬼だったんだ。何せ、これまでほとんど休暇なんて無くて毎日のように都市の周囲の警備に駆り出されてたからな」
数日前。そう、エリュータと最後に顔を合わせたあの日も、エリュータはこの彼と同じような事を言っていた。
ガラミアが市長になってから、ほとんど休日がなかったと。
「だから、用件があるなら手短にお願いしたい」
ギュールはこちらに言い聞かせるように、目でも訴えてきた。
ガラミアの影響力は、相当なもののようだ。
市民にとってガラミアという存在は、最早人間を超えた何かのちからを持っていると思わせている。
「……俺たちがここに来たのは、エリュータの行方を知るためだ」
こうして、龍太郎たちはエリュータに関する情報収集を始めた。
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「エリュータさんの行方、結局分からなかったね……」
「ですねー……」
智代理とユカリが肩を落としながらそう言い合った。
二人だけでなく他のメンバーも心なしか気を落としているようにも見える。
結果、管理人から聞いたギュール含む兵数人からエリュータの行方について聞き込みからは、何も情報を得られなかった。
コンタクトを取った者たちは口を揃えて『何も聞いていない』と話す。
管理人に加えてエリュータの部下である兵たちも知らないとなると、いよいよ空気が怪しくなってきた。
このまま彼の居場所が分からないとなると、龍太郎が立てた作戦は台無しになってしまう。
しかし、
「最後の手段がある」
龍太郎は、肩を落とすメンバーに対してそう言った。
そう、彼の頭の中にはまだ一縷の望みがある。
そしてそれは、全ての可能性の中で一番期待値が高い。
いま龍太郎たちが来ている場所、それは、エクライネスの北側に存在する、『エクライネス市役所』だった。
白を基調とした、まるで中世の城のような出で立ちのそれが、龍太郎たちの前に立ちはだかるようにして顕在している。
「行くぞ」
そう言って、龍太郎はその巨大な建物の中へと足を踏み入れた。
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時は少し遡り、夜。
「お待ちしていましたよ」
「……ふん」
エクライネス北側に位置する『エクライネス市役所』の一室。
ここにはいま葉巻を三本加えた恰幅のいい男性と、龍のようなウロコを持った女性の二人がいた。
「フフ。ここまでの大都市を統治する者が、そんな顔をするものではありませんよ」
「相変わらず皮肉の減らない女だ」
「褒め言葉と受け取っておきましょう」
「それで、今日はこんなに早く来てなんのつもりだ?」
不気味に笑う女性に対し、男性は明らかな不機嫌さを顔に出しつつ問いた。
「数日前、突如やってきた人間族……お分かりでしょう?」
女性は手元の机に置かれた赤紫の球体、『魔龍魂』を手に持ちながら言う。
魔龍魂は女性の手の中で禍々しい光沢を放つ。
「あの生意気な小僧が率いている集団のことか?」
「ええ。実は彼らが、私たちの計画の邪魔になることが判明しましてね」
「何……?」
男性はその言葉に大きく目を見開いた。
「あなたに反旗を翻そうとしているのは、何もあの剣士の男だけではないということですよ」
「……」
男性は迷っていた。
この女性自身は気に食わないものの、彼女の言うこと自体はこれまで外れたことがなかった。
――龍戦士族が持つ独自の集団、『練龍隊』。
この女性は、その隊の士官に当たる。
男性に『魔龍魂』を渡したのも、この女性なのだ。
だからこそ、この女性の言うことは考えるに値する。
「それで、何か手はあるのか?」
男性は士官の女性に問いた。
エクライネスを、この都市を、護らねばならない。
山岳地帯という極めて特殊な地形ながらも栄えた、このエクライネス。
この都市を、過去の荒んだ腐敗都市にしてはならないのだ。
そのためなら市民だって駒のように使い倒す。
いつか訪れる、真に都市が栄える日を夢見て。
「フフ、もちろんありますよ……」
練龍隊士官の女性は、怪しげな笑みを浮かべた。




