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理屈者同士の結託

「ククク……都市最強の剣士と謳われた男も、随分と落ちぶれたものよなぁ?」


 暗い地下には狭い通路に沿っていくつもの牢屋が並ぶ。この窓など一つもない狭い地下空間で、石造りの無骨な周囲に似合わない煌びやかな服装の男がある牢の前にいた。

 ぶくぶくと出た醜い腹に、短い脚。口には大きな葉巻を三本も同時に咥え、その瞳は見るもの全てを蔑むかのようだ。

 男の名はガラミア。ここの地上に広がる超巨大商業都市、エクライネスを統治する市長。

 しかしてその性格は最悪で、都市のために尽力する市民たちを単なる道具としか思っていないような男である。


「……消えろ。貴様の顔などもう見たくもない」


 ガラミアが見ている牢の中にいるのは、相手の小さな好きをも見逃さないような、まるで剣士のような鋭い視線が特徴の男だ。

 彼の名はエリュータ。エクライネス最強の剣士と呼ばれ、同都市の兵隊長も勤めていた。市民からの信頼も厚く、市民の中で彼の名を知らぬ者はいないほどだ。

 だがいまは牢の中に入れられ、服もボロボロの布切れ一枚に、得物である剣も携えていない。今のエリュータは、剣士としての見る影もなかった。


「まだまだ余裕はありそうだな? さて、後どれほどの期間持ちこたえられるか」

「ふん、貴様の行う拷問などに屈する俺ではない」

「クク、俺に素直に従っていればこんなことにはならなかったものを。牢の奥では何を言っても強がりにしか聞こえんぞ?」


 ガラミアは顔を潰すようにして嗤う。


「貴様には、この横行がいつか自分の身を滅ぼすことになることが分からないのか?」

「……強がりにしか聞こえない、と言ったのが分からなかったか?」


 瞬間、エリュータの牢に閃光が迸った。

 暗い地下に眩いばかりの閃光と、バチバチといった電流のような音が響き渡る。

 光が収まると、辺りにはなにやら焦げたような臭いが残る。

 そしてエリュータの右腕には、黒い焦げ跡が付いていた。


「ぐうっ……!」

「また一つ、傷がついてしまったなぁ?」


 エリュータの身体のあちこちには、同じような傷跡が何箇所も見受けられる。

 これは、この牢に入れられてから、ガラミアに反論するたびに付けられた傷だ。

 牢に入れられて約三日が経った。既にこの電流攻撃も五回以上受けている。

 しかしそれでもエリュータがガラミアに対する態度を変えないのには理由がある。


 ガラミアの右手に、ある物体が握られている。

 それは赤紫に染まった、小さな球体だ。


「この『魔龍魂(まりゅうこん)』がある限り、お前は俺に逆らえない」


 魔龍魂と呼ばれた球体を恍惚な表情で眺めるガラミア。

 ――魔龍魂。先ほどエリュータの牢に電流のような衝撃を流し込んだのは、どうやらこの球体の仕業であるらしい。彼がいつどこでそんな代物を手に入れたかは知らないが、これを使えば、エリュータたちのような何も力を持たない人間族でも強大な力が使える。


「この都市は俺のモノだ。自分のモノをどう使おうが勝手だろうが」

「それが、上に立つ者の言うことか!」

「お前……!」


 再び、地下に閃光が迸る。そして、鼻を突く焦げた臭い。


「がぁっ……はぁ、はぁ……」

「クク、市民どもがお前のこの姿を見たら俺に降伏するしかないだろうな」


 ククク、と声を押し殺すように嗤うガラミア。

 と、


「市長」


 地下の入口付近から、若い男性の声が聞こえた。

 その声は、聞くだけで様々な気苦労を体験してきたと分かる疲れきった声だった。


「ミルドレイか。時間通りだ」


 ガラミアは、新たにやってきた若い男性――ミルドレイの方を見る。

 ミルドレイは市長であるガラミアの秘書で、何かと頭の切れる男だとエリュータは評している。


「ただいま、龍戦士族の女性士官がこちらに来られています。今後のことで、今すぐ面会をしたいとのことですが、如何いたしますか?」

「ふん、あの女は相変わらずせっかちだな」


 口を歪めて不機嫌を表すガラミア。


「……今すぐ行く。ミルドレイ、この男のことは任せたぞ」

「は」


 言うと、ガラミアはミルドレイが来た方へと引き返した。

 足音が段々遠ざかっていく。

 エリュータは、その足音が完全に消え去ったことを確認すると話を切り出した。


「……例の件だが、討伐作戦の後、彼にはしっかりと伝えておいた。ガラミアに勘付かれている可能性は?」

「今のところ、表情や言動からは見受けられません。ただ、あの魔龍魂という不確定要素があるためまだ気は抜けませんが」

「よし。予定通りだ」


 ほくそ笑むエリュータ。

 それを見たミルドレイは、少し窺うように問いた。


「エリュータ、あなたは賢い人だ。そんなあなたが何故、今回のような確証もない作戦を立てたのです?」


 ミルドレイはその灰色の瞳で真っ直ぐエリュータを見つめる。

 その瞳は、疑うようなものではなく、どちらかといえば確認を取るといったようなものだ。


「……ただ、彼らが信用を置くに足る実力を持っていると判断したからだ」


 エクライネスに突然やってきた、龍太郎率いる百鬼旋風という名の一行。

 彼らは、腕に自信のあるエクライネスの冒険者たちが集っても成し遂げられなかった古代竜討伐という大業を、不思議なちからを用いていとも簡単に成し遂げてみせた。


「それに、この期を逃せば後は無いかもしれない」


 ガラミアを市長の座から引きずり下ろすには、もう市民たちの力だけでは足りなくなってしまった。それだけ、ガラミアの権力が増大してしまったのだ。手遅れになるのも時間の問題だろう。

 だが、龍太郎たちには、このガラミアの権力をも退けるちからがあるとエリュータは感じた。

 それは単なる戦闘能力だけじゃなく、言葉では言い表せないような、そんな特別なちからを彼らは持っているとエリュータに確信させたのだ。


 ミルドレイという男は、常に理詰めでもの考える男だ。

 エリュータ自身だって理詰めで考える方だとは自負しているが、この男はそれ以上の理屈男だ。

 そんな男に、こんな確証もない、可能性だけを示唆させるような言い方で納得してもらえると思っていなかったが、予想とは裏腹にミルドレイは納得したような素振りを見せた。


「……そうですか。確かに、あなたの言う通りかもしれませんね」

「何だ、案外あっさりと納得するんだな?」

「あなたが彼らを信用しているのと同じように、私もあなたを信用しているだけですよ」

「ああ……」


 この男は、あっさりとそういうことを言ってみせる。

 全く、鈍いというのか、何というのか……


「しかし、気になりますね……」

「何がだ?」

「先ほどやってきた女性士官のことです。今日面会の予定は確かにあったのですが、あまりにも早い到着だったもので」

「ふむ……」


 今来ているという龍戦士族の女性士官は、ガラミアが市長に就任した直後辺りにこの都市を頻繁に訪れるようになった。

 その度にガラミアと面会を申し出てきて、その面会は秘書のミルドレイすらも立ち入ることができないのだという。


「今までも約束の時間より十五分ほどなら早めに来ることはあったのですが……今日に限っては、一時間以上も早い到着なのです」


 十五分程度だったものが、一時間。

 待ち合わせに遅れないようにするというのは、付き合いの中で非常に大切で当たり前のことだとは思うが、さすがに一時間以上も、それにそのタイミングで面会を強要してくるというのはいささか怪しいとも捉えられる。


「何か企んでいる可能性があるな」

「ええ、私もそう思います。ですが……」


 とは言え、エリュータ自身はこのように身動きがとれず、またミルドレイも、ガラミアの秘書という立場上あまりあの男の周りで探りを入れるような動きはできない。


「何にしても、今は彼らに任せるしかないということか」

「私も、何とか隙を窺って彼らにコンタクトを取ってみます。一応顔見知りではあるので」

「ああ、頼む」

「では、私はそろそろ」


 ミルドレイはエリュータに対して軽く頭を下げると、地下から上がっていった。

 最後の足音が段々遠のき、しだい聞こえなくなった。


「……」


 そして地下に訪れた静寂。

 エリュータはその静寂に身を任せるかのように、ゆっくりと目を瞑った。

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