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無くしていたもの

「あなた……! 一体今までどこで何を……」


 突然ホテルに入ってきたのは、紛れもない龍太郎その人物だった。


「悪かった。ちょっと話し込んでてな」


 アスカの怒りを軽く受け流した彼はよほど急いでいる様子だ。アスカは自分の怒りが軽く受け流されたことに更なる怒りを覚えたが、龍太郎の様子からそれを自制する。


「何があったのよ」

「ガラミアを市長の座から引きずり落とす」

「……どうして?」

「エリスと会った。そこであいつから、この都市を救えって言われたんだ」


 怒りを抑えた様子のアスカは冷静な顔つきになって考える。


「それ……信用するの? 信用したところで、何が起きるっていうの?」

「この世界は、やっぱりゲームだ。そして、デビルズ・コンフリクトと何らかの形で繋がっている。ゲームと言えば、ゲームクリア。ゲームをクリアするということはすなわち、そのゲームから解放されるということだ」

「ちょっと待って。仮にあなたの言った説を信じたとする。でもそれなら、このゲームのクリア条件は竜戦士族が悪魔族の陣地を奪い取る、じゃない?」


 アスカが龍太郎の説に苦言を呈した。


「いや、それはありえない話だ」

「どうしてよ?」


 一方的に意見を蔑ろされたアスカは少しむっとする。


「冷静に考えてみろ。デビルズ・コンフリクトの時の龍戦士族はどうだ? あんなものがプレイヤー側に味方するNPCだと思うか?」

「そ、それは……」

「それに、こっちの龍戦士族もどうだ。こっちだって褒められたものじゃないだろ。そんなやつらに味方することがゲームクリアの条件だとは、俺は微塵も思わない」

「……」


 アスカは完全に黙ってしまっていた。返す言葉がないと表情にそう出ていた。いつも冷静であまり表情を変えない彼女が、傍から見ても判るほど悔しがっている。


「……最後にひとつ、言わせて」

「なんだ」


 もうこちらはどんなことを言われようとこの考えを変えるつもりはない。


「やはりあなたは、危険物質だわ」




               ▼▼▼



 空には満天の星々。美しいまるを描いた月。この世界の夜空を見ていると、何となくだが現実世界に戻れているような気がしてくる。

 現実世界にも同じように夜空が存在するからだろうか? とは言えこっちの月は形が全く変わらない。既に一ヶ月以上この空を見てきた龍太郎が言うのだから間違いない。

 夜風が頬を撫でる。風当たりがとても丁度いい。これはいい部屋を取った、と思う。

 ふと、隣の部屋のベランダを見やる。隣はアスカたちが泊まる部屋になっているはずだ。龍太郎は、いつかの夜にこのベランダで嫌な出来事があったのを思い出した。あんな体験はもうごめんだとかぶりを振る。

 思考をリセットし、スッキリした頭で考える。


「それにしても……」


 はたして仲間たちは自分の考えに納得してくれたのだろうか。結局全員から完全な回答をもらうことはできなかった。特にアスカに至っては、あの後から口すら聞いてくれない。


「まあ、神森の俺に対する態度なんて今に始まったことじゃないな」


 神森(かもり)明日香。龍太郎のクラスメイトのはずである彼女は、これまで関わりを持たなかった龍太郎に大変な敵意を抱いているようだった。理由は既に見当が付いているが……

 背後に、人の気配がした。同じ部屋に泊まるシュンかセーヴかとも思ったが、シュンは今入浴中だし、セーヴはどこかへ行ってしまっていないはずだ。


「智代理さんか?」


 背後で、今度は息を呑む声。憶測に過ぎなかったが、どうやら図星だったようだ。


「な、なんで判ったの……?」

「別に、判ったところで何もないだろう? それとも智代理さん、俺を驚かそうとでもしてた?」


 振り向いた先にいた小柄……だった少女、智代理を視界の中央に収める。彼女は本来龍太郎よりも三十センチほど背が小さいはずだが、その身長は今、龍太郎と十センチほどの差となっている。

 過去に聞いた話によれば、デビルズ・コンフリクトのキャラエディットの際に身長部分を弄ったらしい。


「そ、そんなことは……」

「まあ、今はどうでもいいか。それより、俺に用があるんだろう」

「う、うん……」


 どうしてわざわざ隣室のベランダまで来てとか、どうして龍太郎がベランダに居ることが判ったのかとか、色々聞いているとアスカがやってきそうな気がするので手短に用件を伺うことにする。


「あのね、アスカちゃんのことなんだけど……」


 またあいつの話か……と肩を落とす。智代理はこれまでにもこうして龍太郎にコンタクトを取ってきたことがあったが、そのどれも、始まりはアスカの話であった。


「神森が、どうした?」

「もう少し、仲良くして欲しいなあって……」


 目の前の少女は自分とアスカをどうしたいのだろうか? くっつけたがっているのか? 残念だが、既に龍太郎の心は智代理に奪われている。今こうして智代理と分け隔てなく話せるのも、異世界特有の空気とかそんなんじゃないだろうか。どうせ現実世界に戻れば、いつもの釘丘龍太郎が姿を現す。

 ……この思考回路、現実世界の釘丘龍太郎と同じではないか。少し前に、こっちの世界に来てから自分の中から釘丘龍太郎という人物の要素が抜け出していると考えたが、これでは杞憂だったと言える。


「……あの、龍太郎くん?」


 いかん、いつもの悪い癖が出てしまった。


「あ、ああ。すまん。……それで、神森との仲の話だが……」


 アスカがああいう態度な以上、おそらくこちらを改善してもどうにもならないだろう。


「神森の性格が変わらない限り、無理だろうな」

「そ、そんなぁ……」

「でも、よく考えてみてくれ。俺と神森は互いを良くは思っていないが、本当に嫌いなら、既に俺なんてあいつに置いてかれてるだろ」


 アスカはその辺をしっかり決める人物だ。決断力が高い、と言った方がいいだろうか。

 龍太郎は約一週間前のあの山岳地帯での出来事を思い出す。アスカはあの時、ビレトという名の悪魔族から龍太郎を護ってくれた。さらに龍太郎の代わりにビレトと決闘までした。

 それを考えてみても、アスカの龍太郎に対する態度は全てが悪いとは言えないのではないだろうか。


「確かに……アスカちゃん、すごいサバサバしてるから」


 同意見のようだ。彼女と一番身近にいると思われる智代理が言うということは、やはりそういうことなのだろう。


「ごめんね、私の思い違いだったみたい」

「いや、俺たちの方こそ心配させるような態度を取ってすまない」


 互いに謝罪の意を述べる。これで、おあいこだ。


「……それじゃ、私そろそろ戻るね」

「ああ。アスカに見つかれば面倒だろうからな」


 智代理は、とてて、という効果音がよく似合う足取りでドアまで向かう。

 そんな後ろ姿を見ていたら、ひとつだけ言わなくてはいけないことを思い出した。


「智代理さん! ちょっと待って」

「え?」


 急に呼び止められて振り向く智代理。そんな彼女に、龍太郎は少し恥ずかし混じりに告げる。


「あ、あの……俺は、智代理さんともう少しだけ、近づきたいな、って……」


 男らしくもなく頬を赤く染め、限界まで勇気を振り絞ったその言葉は、確かに智代理の耳に届いた……

 が、


「?」


 可愛らしく小首を傾げられてしまった。意図がうまく伝わらなかったようだ。


「ご、ごめん! そろそろアスカちゃんお風呂上がっちゃうから、これでねっ」


 そう言って、そそくさとベランダを出て行ってしまった。

 ……アスカの風呂の時間まで頭に入れてるとは、これは将来、アスカが逆に智代理の尻にひかれる時が来るんじゃないだろうか。


「…………」


 智代理が戻っていった道筋をじっと眺める。既に彼女はそこにいないが、遠くからでも彼女のぬくもりを感じれる。

 龍太郎は自分の中に、汚いながらも大切なものが戻り始めている気がした。

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