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遭遇

 それからしばらくの時間が経つ。

 空を覆っていた蒼いカーテンもその役目を終え、今では橙色にカラーチェンジを施していた。既に夕日は沈み、遠くの空では闇が空を支配せんと迫ってきている。


「もうこんな時間か……」


 ふと、都市中央部に設置されている時計塔を見上げると、時刻は十八時を回ったという頃合。こちらの世界でも、現実世界と同じような日の傾き方である。

 龍太郎はあれから智代理と別れた後、単独で行動していた。少し用事があって、工房に出向いていたのだ。

 そろそろ宿に戻らねばアスカ辺りが小うるさく叱ってくるだろう。やはりリーダーというまとめ役は、彼女のほうが適任ではないのだろうか。

 小さな憂鬱を胸に歩き出そうとすると、何処からともなく声が聞こえてきた。


「……ん?」


 何処か聞き覚えのある声。声量は蚊の羽音のように微量なものの、確かに龍太郎の耳に届いた。それに、その声から察するに、澄んだ声であった。おそらくは、女性の声だろう。

 背後を振り返るが、それらしい人物は見当たらない。都市を闊歩するのは若い男女ばかりで、みな一様に誰かとおしゃべりしながら歩いている。誰も龍太郎に話しかける素振りを見せていない。


「気のせいか……?」


 そう思って歩き始めたとき、再び声が耳の中に響いた。


「――て」


 今度は、先ほどよりも少しばかり鮮明に聞こえた。


「誰だ」

「す――って」


 呼びかけに応じるように、だんだんと声がはっきりとしてきた。

 そしてとうとう、その声ははっきりと聞き覚えのある少女の声として龍太郎の耳に届いた。


「――救って」


 同時に、目の前に現れた少女。美しいという言葉すらもどかしく思えてしまうほどの銀髪。整った顔立ちにきめ細やかな肌。

 ――間違いない。龍太郎や智代理たちをこの異世界に送り込んだと思われる張本人、エリスだ。


「救うとは、どういう意味だ?」


 龍太郎は久しぶりに顔を合わせた少女に向かって、睨みつけるような視線を送った。


「救う。そのままの意味」


 少女は少女らしい声でただ冷たく、淡々と、言葉を並べた。その一言一言に感情の起伏は無く、まるでロボットが発するような冷徹な口調である。


「……この都市をか?」


 少女は頷いた。


「あなたには、この都市を救う“義務”がある。“あの方”に選ばれたのは、あなた。あなたしか、囚われた“あの方”を救うちからは無い」


 少女は変わらず、淡々と言葉を重ねていく。もはやその言葉に意味なんてあるのかと思える程に、少女の言葉から意志を感じれない。


「色々と聞きたいことがあるが……多分、聞いても教えてくれないんだろう」


 少女は澄んだ瞳で龍太郎をまっすぐ捉える。


「それなら、簡潔に言う。――この都市を救うことが、俺たちが元の世界に帰れることに繋がるのか?」


 沈黙が流れる。時の進み具合が判らない。彼女と出会ってから、今どれくらいの時間が経っただろう。目は完全に少女に奪われ、固まったように動かせない。今は何時だろう。この瞬間、一秒はちゃんと一秒を刻んでいるのだろうか。

 はたして少女は、目を伏せて何も言うことはなかった。白い光に身を包み、龍太郎の前から姿を消す。

 ――物言わぬ少女は、消える寸前に微笑んでいた。それが意味するところを完璧に推し量ることはできないものの、彼女との関わりを一番深く持つ龍太郎には、ある程度の予想ができた。

 少女の笑顔が、肯定の意であったということを。



                ▼▼▼


「遅いわ」


 沈黙の中に堕ちる声。それはとても凛々しく、しかしそれでいて確かな怒気を含んでいた。


「いくらなんでも遅すぎる」


 時刻は既に闇が世界を支配する、午後八時。ホテルのロビーに集まっている百鬼旋風は、メンバーがひとり足りていない。

 そう、百鬼旋風の実質的なリーダーでもある龍太郎がいないのだ。


「も、もう少しで帰ってくるはずだから……!」


 可愛らしい少女が、ホテルの入口を睨み付ける凛々しく美しい少女を宥めようとする。

 しかし彼女の怒りは収まらない。


「智代理と別れた後、釘丘はひとりで一体何をやっているのかしら……! 智代理を途中で放り出した上にこんなに帰りが遅いなんて、無責任にも程がある」


 しかし彼女の怒りももっともだった。龍太郎以外のメンバーがロビーに集まってはや二時間といったところか。彼女たちはそれ程の時間、待ちぼうけを食らっている。龍太郎に対して厳しい彼女がここまで憤怒の色に染まるのも無理はない。


「もう、一旦部屋に戻ってもいいんじゃないか? 受付にあいつが来たら連絡もらえるだろうし」


 シュンの提案に、鬼面の少女はため息を吐く。どうやら諦めたようだ。

 全員がロビーのソファから立ち上がろうとした時、ホテルの入口である扉が開いた。

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