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二人きり 2

 もうエクライネスは、最初来た時のように大量の人々で賑わっている。

 しかしその賑わいも、一時的なものでしかない。龍太郎にはそう思えてしまう。

 腐敗都市。エリュータは古代竜討伐の帰りに、この都市を卑下するようにそう例えた。ガラミアという絶対的な支配者が圧政を強いる商業都市、それがエクライネスだと。彼の目は、自国を愛する者の目だった。

 彼は、龍太郎に何を望んだのか。それを知る術はなかった。昨日別れてから、彼との連絡が途絶えている。


「龍太郎くん?」


 そんな龍太郎の思考を察知したのか定かではないが、智代理が心配そうな顔で覗き込んできた。


「え? あ、ああ。ごめんね。……それよりさ」


 と龍太郎は前方を指差してみる。


「あそこでマーケットをやっているみたいだ。智代理さん、少し買い物していかない? 俺も買いたいものあるしさ」


 今は、エリュータが望んでいるものが何かはわかりきっていない。それなら、今できる最大限のことをしよう。


「う、うん!」


 智代理は若干戸惑ったものの、すぐに笑みを向けて頷いてくれた。

 マーケットが開催されている市場に赴くと、所狭しと屋台が立ち並び、人と人との合間を人が縫うようにしてごった返していた。


「お、思ったより人いるんだな……」


 龍太郎は遠目で見た限りでは判らなかった人の多さに少したじろぐ。

 しかし智代理はそれに反するように、目をキラキラと輝かせていた。


「ねぇねぇ龍太郎くん! ほらあそこ、とっても綺麗な首飾りがあるよ! それにあっちは……可愛い洋服が売ってる! そっちは、骨董品かなぁ? うわあ……すごーい!」


 子供のようにはしゃぐ智代理。龍太郎はそんな彼女を初めて見た。こんな姿、親友のアスカの前でも見せたことがあるのだろうか。そんなことを考えると、少し優越感に浸れた。


「智代理さん」


 龍太郎は、今にも飛び出しそうな勢いの智代理の腕を掴んだ。


「あれ、行かないの?」

「その前に、これ、届けてもいいかな?」


 龍太郎が腕に抱えたかごを持ち上げてみせると、智代理はハッと我に帰ったかのように目を見開き、みるみるうちに頬を赤く染めて俯いた。


「ご、ごめんね……そうだよね、龍太郎くんの用事を先に終わらせるのが先だよね。私、子供みたいにはしゃいじゃって」

「いや、いいんじゃないかな。だってまだ十六歳だ。大人びるには早いと思う」

「うー……。私ももう子供じゃないもん!」

「どうだろう」


 そう言って、智代理は赤くなった頬を膨らませて上目遣いに見てきた。

 ……こんなやり取りも、現実世界でされたら、「ひょっとして今日、俺は死ぬのか?」なんて思っているんだろうな、と龍太郎は少し想像した。

 でも今は不思議と何も感じない。いや、厳密に言えば何も感じないわけではないが。恥ずかしがって戸惑うとか、言葉がつっかえるとか、そういった現実世界での龍太郎の部分がすっぽりと抜け落ちたように、感じられなかった。

 はたして、現実世界の頃の釘丘龍太郎という人物は、どこかへと消え去ってしまったのだろうか。

 もし消えてしまったのだとしたら、どこで消えてしまったのだろうか。

 ――ただ、目の前で拗ねる智代理を見て、可愛いなぁ、とだけは思えた。



                ▼▼▼



「すごい量だな……」


 クエストを出した依頼主の下へ依頼物を届けた後、改めて市場へとやって来た。

 依頼主の下へ直接届けた方がトラストの上昇効率がいいということで届けきるまで少々時間を使ってしまったが、それでも市場から人の量が減った様子はないようだ。むしろ、増えているようですらある。

 龍太郎はその人の多さに圧倒されているが、はたして智代理は、先ほど来た時のように瞳を爛々と輝かせ、出店に揃う様々な洋服を見ていた。


「いらっしゃいませー! いかがですか? このお洋服なんて、あなたにぴったりだと思いますよ?」


 店番をしていたやけにテンションの高い女性店員が智代理に洋服をすすめる。

 ピンクを基調としたその洋服は、確かに智代理が着ればよく似合うと思う。

 しかし智代理は、いまいち微妙、という顔をしていた。


「え、これを私が!? う、う~ん……」

「何でだ? 似合ってると思うけど」

「ですよね! カレシさんも、そう思いますよね!」

「え?」


 言われた龍太郎は驚きつつその女性店員を見た。

 しかし店員はこちらのリアクションがよく判らなかったのか、首をかしげるばかりだ。


「あれ、もしかして違いました?」

「あんまり憶測で物事を言わないでくださいよ……」

「でも、お連れさんは満更でもないようですよ?」


 言われて見れば、智代理は頬こそ赤く染めているものの、この女性店員の言うことに反論していなかった。


「え、ちょっと智代理さん?」


 龍太郎は智代理の肩に手をかけた。


「りゅ、りゅうたろうくんの……か、かのじょ……?? あ、あわわわわ……」


 智代理は、顔を真っ赤にしながら口元を手で押さえてぼそぼそとつぶやいていた。

 ――どうやら反論していないわけではなく、反論できる精神状態じゃないだけだったようだ。

 顔を真っ赤にして俯く智代理をよそに、龍太郎は女性店員に話しかけた。


「とりあえず、そっとしておくか……。あの、すいません。この市場の中で、指輪とかに使う宝石を扱ってるお店ってありますか?」

「うーん……知っていることには知っているんですが、教えちゃうとなぁ……」


 女性店員は、知っていると言いつつも首を捻って教えるか否かを判断しかねているようだ。もしかしたら、この質問はある意味で営業妨害だったかもしれない。

 龍太郎が断るよりも先に、女性店員が「まあいっか!」と口を開いた。


「この店の反対側に、エクライネス周辺で採取できる鉱物を加工しているお店があります。宝石関係なら、お目当ての品きっと見つかると思いますよ」

「本当ですか、ありがとうございます」


 女性店員に一言お礼を言って立ち去ろうとするが、「ただし」と付け加えられた。


「そのお店は私の姉がやっているんですが、今私たち、売上勝負中なんです。ですから、この私の店でも、なにかひと品買って行ってください」

「あ、ああ。それくらいなら……」


 龍太郎も龍太郎で、先ほどの質問が商売人に対して失礼なことだと感じていたため、快く承諾した。

 どんな服を買うか悩んだ結果、どうせならと智代理の欲しい服を買ってあげることにした。

 彼女の顔は赤いままだったが、服の話をしたところ、目の色を変えて服選びを始めていた。ここでも龍太郎は、可愛いという感情を持った。 

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