二人きり
エクライネス周辺の山岳地帯には、様々な種類の植物が生息している。
例えば、このレーミルという植物に生える茎。これは、切り傷や擦り傷などの外的な傷を癒すちからがある。アルカミアにいた際も、薬屋でこの茎を使った治療薬が市販されていた。
他には、滋養強壮の効力があるエルモミルの花や、調味料として良く用いられるカゼランという名のハーブなども生息している。
このように、ここはある意味植物たちの楽園でもある。
古代竜討伐から一夜明けた昼頃、龍太郎はこの山岳地帯に再び足を踏み入れていた。
「これで全部か」
屈みながら、足元に生えていたエルモミルを採取し、ふう、と溜息を吐く。屈む龍太郎の隣には、この山で採れる植物がぎっしりと詰まったかごが置かれていた。この周辺の散策は地道に歩いて行うしかないため、なかなか骨が折れる。
先程まで『エルモミル』の採取のせいで曲がりっぱなしだった腰を伸ばすようにして立ち上がると、背中をちょいちょい、と突つかれた。
「お疲れ様」
振り返ると、こちらを見ている智代理の姿があった。
「ああ、智代理さんか」
「龍太郎くん、もう採取は終わったの?」
「一通りは。智代理さんの方は?」
「こっちも、問題なく終わったよ」
今日智代理には、セーヴとユカリと組ませて別のクエストをこなすように指示していた。
古代竜の件が終わった以上、後はエクライネスのトラストを最大値まで上げるだけだ。
互いに報告を終えた二人は、どちらからともなく歩き出す。
「ごめんね、智代理さん。昨日あんな大規模な戦闘があったのに駆り出しちゃって」
「私は大丈夫だよ。それよりも、アスカちゃんが心配かな……」
「ああ……」
今朝、全員に今日のクエストの割り振りを発表したところ、いささかアスカの機嫌が良くなかったのである。
大方、大好きな智代理と組ませてもらえなかったことに関してだろう。イグナート戦でも智代理に無茶をさせる龍太郎の采配が気に食わなかった様子でもあったし。つくづく、ベタ惚れだなぁ、と龍太郎は思う。
「まぁ、神森だってバカじゃないんだ。今日はひとりでの行動を指示してあるし、勝手に頭でも冷やすんじゃないかな」
「うん……」
横で親友の心配をする少女は、どこか煮え切らない様子だ。いくら人間観察が得意な龍太郎とて、さすがに親友同士の意思疎通までを推し量ることはできない。智代理にしか判らない、アスカのことがあるのだろう。
少し微妙な空気になってしまった。ここはひとつ、話題を変えてみよう。
「そう言えば、どうして智代理さんはここに?」
「えっ?」
智代理は何故か龍太郎の言葉に戸惑い、少しだけ頬を紅潮させた。
「あ、その……、龍太郎くんの方の様子はどうかなって……」
「……一緒にいた二人に何か言われた?」
「う、それは……」
やっぱりな、と龍太郎は思った。
どうやらセーヴとユカリは、メンバー内でのそういったことを一歩引いたところで観察し、要らないことをちょくちょく口添えするクセがある。それは智代理に限らず、カエデとシュンにもだ。
「ごめんなさい……」
「あー、いや、別に智代理さんが悪いわけじゃないし謝らなくても……」
龍太郎はこっちの世界に来て、随分と性格が変わったと自分ながらに思う。だって、現実世界にいた時なら、間違いなくこういう流れで口が回らなくなっていたからだ。自分が想いを寄せている女の子と二人きり……そんな状況、生まれてから一度も遭遇したことない。
ゲームだから。そう思えばそうかもしれない。恋愛ゲームの中にも、主人公を自分と見立てて進行するものもあるわけで。
元々自分たちはデビルズ・コンフリクトというゲームの世界からこっちにやって来た身だ。龍太郎の奥底に眠る本能が、この世界ごとゲームの世界だと認知させているのなら、それを理由に龍太郎が戸惑わないということが既に証明されているのかもしれない。
いや、或いは……
「あの……龍太郎くん?」
智代理の声に、ハッと我に返る。気付けば、歩いていた足もその動きを止めていた。どうやらまた、悪い癖が出てしまったようだ。
「ああ、ごめん。ちょっと考え事してて」
取り繕うように笑ってみせるが、智代理の顔から疑いの色が取れない。
ここは再び、話の路線を変える必要があるようだ。
「ほら、もうすぐ着くみたいだ。早く戻ろうか」
話題を変える意味も含めて、龍太郎は智代理の手を引きエクライネスへと戻った。




