竜の意思
戦いの後、イグナートは何事もなかったように起き上がり話を始めた。
「何だ、ピンピンしてるんだな」
「試練の際、我は本来の力を使っていない。我が死んでしまっては、試練を行うものが居なくなるからな」
「それもそうか」
こういったところはゲーム的なものが適用されているのだな、と龍太郎は頷く。
「これであたしたちは試練を乗り越えたわけだけれど、その結果としてあなたは何をしてくれるの?」
アスカが半ば身を乗り出すように言った。イグナートに戦いを挑んだのも、もとよりアスカの提案からだから当然と言えるだろう。
はたしてイグナートは、一瞬アスカの方に視線を向けると口を開いた。
「……試練を超えた者には、ちからを貸す。それが魔龍騎士によって生み出された我らの使命だ」
「ちからを貸す……そう、良かったわ。あたしたちもちょうど、あなたのちからを借りたいと思っていたところなの」
アスカは何でもないように言うが、その表情には安堵の色が見られた。彼女自身も、今回ばかりは勘で動いていたからなのかもしれない。
「ならば、これを持っていくがいい」
イグナートがそう言うと、アスカの目の前に赤く光った手のひらサイズの球体が姿を現した。
アスカはそれを掴むと、イグナートに問う。
「これは……?」
「我のちからの欠片とも言えよう。それに念じれば、我はお前たちにちからを貸す」
イグナートはそれだけ言うと、こちらの反応を気にすることなく翼を羽ばたかせて、すっかり元に戻った空に飛び上がる。
「では、我は再び眠りにつくとしよう。お前たちがこの世界にこれからどのような変化をもたらすのか……それを楽しみにしている」
イグナートは、遥か蒼穹へと飛び立っていった。
▼▼▼
無事試練を乗り越えて下山している途中の会話。
「龍太郎。今回はお前に感謝しなくてはいけないな」
そんなことを言いだしたのは、今回龍太郎が指揮した兵たちの隊長エリュータだった。
「この作戦がもし成功していなかったら、俺たちはもちろん、お前たちも、ガラミアに何をされていたかわからなかった」
「そんな切迫した状況だったのか?」
「あの、誰もが生きる気力と希望を無くしたような荒んだ都市……あれが本来のエクライネスだ。お前たちが今まで見ていた、まるで年中祭りでもやっているかのような賑わいのエクライネスは、本当の姿じゃない。ガラミアという支配者に圧政を強いられた腐った都市……腐敗都市だ」
龍太郎にそんなことを言うエリュータの顔は、エクライネス兵隊長の顔でもなければ、同都市随一の剣士の顔でもなく、エクライネスに住む一市民の顔だった。
「だからお前たちには悪いが、勝手に期待しているんだ。お前たちが、俺たちにとっての救世主になることをな」
「エリュータ……」
エリュータはそう言って歩みを止めると、後ろに付いて来ていた自分の部下たちに向かって叫ぶ。
「みんな、今日はご苦労だった! 明日から数日は、俺が市長に持ち掛けて休日としておく! 家に帰って久しぶりに家族と会うのも良し、都市に買い物に出かけるのもいいだろう。もしくは、別の街に行くなんてことも考えてもいいかも知れない。だから今は、古代竜討伐という大挙を成し遂げたこのことを誇りに思って……目一杯楽しめ」
エリュータの率いる約三十名のエクライネス兵たちから、一斉に歓喜の声が上がった。
「おい、勝手に決めていいのか? お前たちの主はあくまでもガラミアだろう?」
「やつが市長に就任してから、今までほとんど休みが取れなかったんだ。それにたまには、隊長らしい振る舞いも見せないとな」
そう言うエリュータの顔は、部下たちを想う立派な上司の表情だった。




