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竜の試練2

 《楽園の日》――頭部に装着した機器から発生する催眠効果によって脳に働きをかけることで、人の意識をVR(バーチャル)世界に用意されたアバターに投下することを可能にしたVRMMORPG、デビルズ・コンフリクトで起こった異世界転移現象。

 この現象によって飛ばされた先である異世界レーリレイスでは、何故かデビルズ・コンフリクトの世界と同じような境遇や環境が存在した。龍戦士と悪魔族が互いに領地を求めて戦いを起こしていたのだ。

 龍太郎たちはレーリレイスの最南近くに位置するアルカミアという小さな街に転移させられ、そこで四十八日間という月日を過ごし、その結果、この異世界からの脱出を開始した。その第一段階として、龍戦士族と悪魔族に影響されない第三の勢力を作り上げることを目的に掲げて。

 しかし、本当の目的は――――

 

 そして、今。《楽園の日》から五十五日が経過したこの日。

 龍太郎たち“冒険者”がレーリレイスに現れてから一番の変化が世界に訪れようとしていた。

 世界の廻転(かいてん)は、もう誰にも止められない。



                ▼▼▼



 空が赤紫に染まった。空を飛んでいた鳥たちは来ていた飛路を返し、雲は意思を持つかのようにしてUターンを決める。常軌を逸した空気が辺りを包み込む。


「来るぞ! エリュータ、セーヴさん!」

 

 周囲に生えた木々の影から二人の鎧を着た男が飛び出してきた。既に抜き身状態の剣を、両者共に眼前の古代竜に向かって振りかぶる。

 二つの剣閃が交錯するようにしてイグナートの赤道色に染まったウロコに斬り込まれる。


「……ふんっ」


 腹部に傷を付けられたイグナートは空高く飛び上がった。頭上に光るHPバーはいちドットと削れていない。地上にいる剣士二人からの攻撃をこれ以上受けないようにするためであろう。翼を持つ以上、この手段を取られてしまえば確かにエリュータとセーヴは攻撃を加えることができない。

 しかし、これは想定の範囲内だ。


「ユカリ!」


 龍太郎が背後に向かってそう叫ぶと、木々の影から翼を持った小さな飛行物体が姿を現した。それは鳥にしては大き過ぎ、かといって同じく空を飛ぶイグナートと比べれば何倍も小さい。

 その正体は――


「幼竜が……我に逆らうか!」

 

 ――竜だ。背後の木々の影から颯爽と飛び出してきたのは、体格こそ小柄なもののしっかりと黒に染まった皮膚を持つ黒竜だった。

 イグナートと比べれば三分の一程度しかないその体で、眼前の古代竜と戦いを繰り広げる。

 口部に生え揃えられた牙を剥き出しにイグナートの首元に噛み付く。しかしイグナートはそれをいとも容易く避け、その翼を使って小さな黒竜をあしらおうとする。

 だがそれを今度は黒竜が避ける。黒竜の動きは、イグナートにダメージを与えるでなくちょっかいを出しているだけのようにも見える。そうしたイタチごっこのような戦いが続き、イグナートの意識がほぼほぼ黒竜に向いた時――


「カエデ!」


 再び、龍太郎が叫んだ。今度はイグナートの上空に、白い光沢を放つ輪が出現する。

 しかしイグナートはそれに気づかない。何故なら、眼前で粘り強い戦いを見せる黒竜に気を取られているからだ。


「《ホーリー・バインド》!」


 イグナートの上空に浮遊していた輪が、急落下する。黒竜はそれに合わせるように身を引いた。

 黒竜が不意に身を引いたせいで他のことに意識を向けることが出来るようになったイグナートが頭上の輪に気づくが、それではもう遅い。

 白く光る輪はあっという間にイグナートの体を拘束した。


「……やはりこのちから、魔龍騎士が与えたものに違いない……だが、この程度で我を縛り付けきれたと思うな!」

「そんなこと、微塵も思っちゃいないさ。……いや、そもそもお前を“拘束”しようだなんて誰も考えちゃいない」

「なに……!?」


 龍太郎が、背後の木々に向かって最後の合図を出した。それに反応するように、今度はひとりの着物の少女が姿を現す。


「……全く、どうしてこんな方法を考えつくのかしらね。あなたは」


 木々の隙間から姿を現したアスカは、呆れ顔でイグナートを見据えた。

 その瞳が――赤黒かった。


「ぐっ!?」


 イグナートの動きが急に鈍った。まるで、蛇に睨まれた蛙のように。


「ふう、これで使うのは二度目ね――《邪眼》」


 《邪眼》。アスカが旅の途中で取得した状態異常系スキルのひとつ。対象の自由を奪うスキル。

 その効力は、誰よりも龍太郎が知っている。


「ぐっ……、中々に強い拘束方法ではあるが……抜け出せぬわけではない…………!」


 イグナートは苦しげな表情をしながらも必死に喘いでいた。いやしかし、このままでは確かに拘束から抜け出されるのも時間の問題だろう。

 と、龍太郎が不敵な笑みを作った。


「おい、数分前に言ったこと、もう忘れたのか? 俺は、“拘束”する気なんてないぜ」


 奥の木々から、人影がひとつ、素早い動きで現れる。

 透き通るような翠色の防具を身につけた少女――智代理の姿がそこにはあった。


「少しだけ、飛ぶちからを奪わせてもらいますっ!」


 智代理は誰よりも早くイグナートの下へ駆け寄ると、自身の身長の三倍は跳躍した。

 それは……ちょうどイグナートの翼のある位置と同じ程度の高さ。


「貴様……、空を飛べ……っ!?」


 空を飛んでいるようにも見える智代理の体は、青白い光に包まれていた。

 ――《フェザー・ウェイト》。

 対象者の重量を大幅に減らす、身体強化系スキルのひとつ。

 本来ならば移動速度を高めることに集中して使用されることが多いこのスキルではあるが、それを今回は、“体重を軽くすることを利用した超跳躍”の実現に利用した。

 この戦いが始まる前にカエデから掛けて貰った脚力を高める身体強化系スキルと組み合わせて、この跳躍を実現させた。

 そして智代理は、手に持った白銀の槍を高らかに掲げる。


「《コラプション》!」


 智代理の突き出した槍はイグナートの右翼に突き刺さる。

 槍の一撃を受けたイグナートは、呻き声をあげた。

 そして――地に堕ちた。


「貴様っ……何を……!?」

「ちょいとばかり、お前の飛行能力を消させて貰ったのさ。空を飛べるんじゃあ、こいつらが手出しできないんでね」

「なっ……!?」


 木々の向こうから、いくつもの足音が聞こえ出す。

 そうして姿を現すのはもちろん、控えていたエクライネス兵総勢三十名強だった。

 地に堕ちた翼竜を見やり、龍太郎は嗤う。


「さぁて、数の暴力を始めようか」



                ▼▼▼



「ククク……やはりお前たちは魔龍騎士が選定したものたちに相応しい……」


 イグナートは押し殺すような笑い声を上げると、既に飛行能力を失った左右の翼を広げ天を仰ぎ見た。

 

「そうでなくては、こちらも面白みがないというものだ!」

 

 そう言うやいなや、黒々しい赤に染まるイグナートの体。そしてその体から迸るちからの奔流。それは、大海原を撫で荒らす大波のように周囲に広がる。


「くっ!?」


 龍太郎たちは思わずその場で踏ん張ることを余儀なくされた。全面から叩きつけるような波動が迫り来る。


「耐えてみせろ!」

「……っ! 全員、退避して防御体制!」


 イグナートは自分が放出した赤い波動を吸い込んでいく。

 何かを察した龍太郎は、メンバー全員に防御の指示を送り、腰元のアイテムパックからアイテムをひとつ取り出した。


「間に合えっ……」


 龍太郎は取り出したアイテムを前方に放り投げる。

 同時に、イグナートの口から灼熱の息吹が吐き出された。

 

「オープン――『紅蓮竜の加護』」


 龍太郎が、アイテムの解除コードであるアイテム名を呟く。

 すると、前方に放り投げたアイテムが破裂し、内部から火花が飛び散った。

 それはこの平地全体に雨のように降り注ぎ、そして、龍太郎たちの身を包み込んだ。


「これが……お前のちからか……?」


 横に居たエリュータがかすれた声を絞り出す。


「まあ厳密に言えば、この世界のちから、だな。……さあ、来るぞ。いくら威力が軽減されてるとは言え、準備してなかったら倒れるぞ」


 直後、龍太郎たちに高熱の波が襲いかかった。


「ぐぁっ……熱い……!」


 横でエリュータが呻き声を上げる。

 それもそうだ。彼ら兵士たちはあくまでも“人間”なのだから。本来現実世界で生きていた龍太郎たちのような何の特別な力も持たないただの無力な生き物なのだ。

 龍太郎はそんなエリュータを横目で見やる。今の龍太郎たちは、明らかに“普通の人間ではない”特別なちからを持った、有力な生き物なのである。

 

「俺たちにとっちゃ、この熱風も単なる風にしか過ぎないんだな……」


 この世界にやってきてから、龍太郎たちが本来感じる痛みは全て頭上のHPバーの減少に取って代わる。

 それがどれだけイレギュラーなことなのか。その度合いを龍太郎たちはまだ完全には知らない。

 ――それからしばらくして、イグナートの吐き出した熱風は止んだ。

 

「大丈夫か? エリュータ」

「全く……何ともないお前たちが羨ましいぞ……」


 頭上のHPバーの減少だけで済む龍太郎に対しエリュータは若干苦しそうに肩で息をしていた。しかし龍太郎が貼った『紅蓮竜の加護』というアイテムの膜のおかげでそれだけで済んでいるようだ。

 今の一撃は、本来の人間ならば一瞬で焼け死んでしまうほどのものである。


「さて、反撃開始と行きましょうかね」


 龍太郎はさっとメニューパネルを開き、スキル一覧へと移行する。

 その中のひとつ、《キープザアームドフォース》を選択。


「エリュータ、兵たちへの最初の指揮はお前に任せるぞ。予定通り、左右からの挟み撃ちに入れ!」

「判っている! ……ブジルチーム、右翼から攻撃開始! ローガスチームは五秒後に左翼より攻撃開始!」


 兵たちの本来のリーダーであるエリュータの掛け声により、三十名強の兵たちが一斉に動き出す。

 地を這うことになった翼竜の周囲を半数ずつの兵が取り囲み、瞬時に攻撃を始めた。

 龍太郎はその間に、百鬼旋風のメンバーに指示を出す。


「セーヴさんはブジルチームに入って怒値(ヘイト)稼ぎを、神森とシュンはローガスチームでとにかくダメージを出せ! ユカリとカエデは後方支援、智代理さんはイグナートの状態を見て適宜スキルを使って!」


 それぞれのメンバーが頷きと共に戦場へと駆け出す。龍太郎は、こういった時の彼ら彼女らの連携は凄まじいものがあると睨んでいるため特に心配はしていない。

 しかし、今回の心配の種は別にある。

 それは智代理だ。

 今回の作戦において、智代理の持つスキル《コラプション》は重要な要素となる。


「無事、終わってくれるといいんだが……」


 龍太郎は後方で、スキルの効果を使って各員に指示を出しながら戦況を忙しなく見守っていた。

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