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エヴォリュートクエスト

 ガラミアとの対談から四日後のこと。

 龍太郎たちは、対談によって得られたエクライネスの兵士たちとの顔合わせや軽い打ち合わせやらなにやらで三日を怒涛の忙しさで過ごしていた。

 何せ数が多い上に、それぞれが家庭を持ち、会える時間もバラバラなため、スケジュールを組んでもその通りにいかないことが多々あった。

 しかし、その怒涛の日々を過ごした甲斐あって、エクライネス中の兵士たちに龍太郎たちの存在と七日後のことを一部伝えることができた。これで、三日後の試練に臨むための最初の準備は終了した。

 幸い、兵士たちから反論は上がらなかった。唐突に龍太郎という正体の知れない人物が上に立つことに疑問を持つ兵士が少なからずいると踏んでいたのだが、どうやらその懸念は杞憂だったようだ。

 何故疑問が上がらなかったのかは今のところ不明ではあるが、今そこを追求しても仕方がない。

 そして今。龍太郎たちは自分たちの目的でもある、信用度(トラスト)稼ぎに精を出していた。



                ▼▼▼



「セーヴさん。いい加減、教えてくれますよね?」


 智代理、シュン、ユカリ、そして龍太郎の四人は、今目の前で起きている光景を、懐かしい目で少し離れたところから見ていた。

 鬼の形相で詰め寄る少女と、それに気圧される男性。ふたりの周りには決して踏み入ることのできない謎の壁があるかのようだ。

 今このエクライネスの入口近くでは、見て判る通りの尋問というやつが行われている。

 尋問を執行するのは、鬼の形相で銀色の杖を掲げるカエデ。

 尋問を受けるのは、焦りながらも若干の余裕を残しているセーヴ。

 杖を右手に構えたカエデは、一歩、また一歩とセーヴに詰め寄る。その杖の先からは火の玉が轟々とその存在を主張している。


「お、落ち着いてくれ、カエデくん」


 セーヴはいくらか焦った様子で両手を挙げる。さすがのセーヴも、都市の外という戦闘可能領域でのカエデのスキルは狼狽えるに十分なようだ。


「ダメです。セーヴさんがはっきりとしてくれるまで、許しません」


 しかしカエデは歩みを止める様子ではなかった。容赦なく、一歩一歩セーヴに近寄る。そしてセーヴは迫る威圧感に気圧され、一歩後ずさる。


「わ、わかったから。話すから。その杖をしまってくれ」

「こっちに来る前にも同じ事を聞きましたよ? ……全く、アスカ、あなたも大概よ。あれだけクラスエヴォリュートについて教えてくれと言ってたのに、いつの間にかそれを取得してしてるし……何? セーヴさんに口止めでもされたの?」

「い、いや~……これは……」


 カエデは怒りの矛先を横で見ていたアスカに向ける。鋭い視線が戸惑う少女を射抜いた。アスカは普段見ることのないカエデの怒りに対して少し戸惑っているようだった。


「これは…………何?」


 体の向きを変えたカエデはさらに問い詰める。視線だけでなく、体ごとアスカへと向く。

 今では銀装飾の杖の先に浮かぶ火の玉すらも、アスカを睨んでいるかのようだった。


「え、えっと……」


 アスカが言い淀む。視線を宙に這わせ、次に口にするべき言葉を探しているようだ。

 するとセーヴが、アスカに助け舟を出すようにして慌てて口を開いた。


「ア、アスカくんは何も悪くない。全ては、話さなかった僕の責任だ」


 カエデの意識がアスカからセーヴへと向かう。


「と、言いますと?」

「アスカくんには、確かにクラスエヴォリュートを取得するための教えは講じた。でも、それにはちゃんとした理由があるんだ」

「へえ……」


 カエデは疑いの眼でセーヴを睨みつける。


「それじゃあ、その理由っていうのを教えて貰いましょうか」



                ▼▼▼



「クラスエヴォリュートとは、ある特殊なクエストをクリアすることで得られる特殊なスキルで、文字通り、自分のクラスをさらに上のクラスに進化させることができるんだ」


 カエデの杖に発生している火の玉を視界の端にやりながら、セーヴは話し始めた。


「例えば僕のクラスであれば、【タンク】から【ハイタンク】へ。アスカくんであれば【ムラサメ】から【ケンゴウ】のように。クラスの進化は取得さえしてしまえばどのタイミングでもできる。ただし、リキャストタイムが十分ととてつもない上に、持続時間が五分ほどしかない。さらにリキャストタイムの開始タイミングが、持続時間が終了してからとなる。要は、最後の切り札ってところだね……っと」

「???」


 セーヴは一旦言葉を区切り、メンバーを見渡した。大抵はなんとか付いてきているようなので、話を戻す。智代理に関しては後で判りやすく教えればいいだろう。


「そして、クラスが進化すると基本ステータスが一時的に上昇する。どのステータスが上がるかはそのクラス次第だけど、大体はそのクラスの突出した部分と物足りない部分が上昇する仕組みとなってるんだ」

「…………なるほど。ここまではなんとなくわかりました」


 カエデは納得したように頷いた。


「では、そのスキルを取得するための特殊なクエストとは……?」


 カエデが、おそらくこの場にいる全員が持っているであろう疑問をセーヴに投げかけた。


「それが、エヴォリュートクエストだ。このクエストは基本的にMOBの討伐という一般のクエストのものしかない。ただ、その討伐対象に特徴があるから、一目でエヴォリュートクエストであることが判るんだ」

「特徴?」


 カエデが首を傾げて言った。


「それは、そのMOBの色だ。エヴォリュートクエストで出現するMOBは通常の色とは異なるんだ。これは、大きな特徴と言えるだろう」


 それを聴いていた龍太郎が声を上げた。


「つまり、亜種のようなものですか?」

「うん。そう取って貰って構わない」


 セーヴは龍太郎の発言に肯定を示すと、さらに続けた。


「それで、こっちの世界にがデビルズ・コンフリクトの世界と酷似することが多くあったから、アルカミアにいるうちに個人的に色々と調べたんだ。すると読み通り、こっちの世界で出される依頼(クエスト)の中にもエヴォリュートクエストが発生していることが判ったんだ」

「……それでアスカで試した、というわけですね?」

「もちろん、本人の許諾を得てからね」


 カエデはふう、と息を吐き杖を下ろすと、改めてセーヴを見やった。


「……とりあえずの事情は判りました。そういうことなら、もう私は何も言いません。でも、もしやるなら私たちに一言言ってからでも良かったんじゃないですか?」

「そこは完全に僕の配慮ミスだ。それのせいで今回みたいな誤解を生んでしまっているわけだからね。済まないと思っている」

「まあ、もういいですけどね」


 セーヴとカエデは互いに笑い合う。二人の顔を見てか、傍観していた智代理たちの顔にも綻びが現れた。

 しかし、ただひとりだけ、この空気に混ざれていない人物がいた。


「丁寧な解説ありがとうございます。ですがセーヴさん、俺から二つだけ訊きたいことがあるんですが、いいですか?」


 この空気に混ざれないでいた者……龍太郎が、声を上げた。

 しかし龍太郎のその眼付きは心なしか睨むようなものとなっていて、まるで、セーヴの内側にある何かを睨んでいるようだった。


「おい、釘丘?」


 横で見ていたシュンが心配そうに声を上げる。全員の視線が龍太郎に集まる。


「……なんだい? 言ってくれ」


 セーヴは龍太郎の表情からただならぬことだと察したのか、真剣な表情で質問を促した。


「……どうして、アスカを実験台としたんですか? 俺や他の人じゃダメな理由とかあったりしたんですか?」

「それは簡単さ。その出現したエヴォリュートクエストが【ムラサメ】専用だったから、これだけだよ。このクエストは見つけた時点で、対応するクラスを持つ人のクラス名が白く光るんだ。だから、アスカ君じゃなきゃいけないし、そうあるべきだった」

「……なるほど」


 龍太郎はセーヴの答えに異論はないのか軽く頷いた。

 どうやら今の質問は龍太郎の中でもそこまで気になる内容のものではなかったらしい。鋭かった眼付きが一瞬にして元に戻る。


「……では、二つめ」


 しかし再び、セーヴを見る龍太郎の眼付きは鋭いものになっていた。

 疑いの眼差しは、続けざまにセーヴに注がれる。


「どうしたんだい? 訊きたいこと、まだあるんだろう?」


 セーヴは睨む龍太郎に臆することなく質問を促した。

 彼もまた、龍太郎の質問に対しては正直に答えるつもりのようだ。


「…………どうしてセーヴさんは、エヴォリュートクエストなんてシステムがあることを知っていたんですか?」


 その問いに、セーヴの眉がぴくりとした。


「え? それってどういう……」

「……エヴォリュートクエスト及びクラスエヴォリュートなんていうものは、公式のホームページに載っていないどころか、猛者たちが集まる掲示板でもあたしが知る限りではそんな話一度も聞かなかったわ」


 アスカが補足するように智代理に言った。

 龍太郎は、やはり、といったふうに頷くと、質問を続けた。


「そんな誰も知らないようなことを、どうしてセーヴさんは知っているんですか?」


 龍太郎の眼差しが、セーヴを鋭く睨みつける。

 眼前の目の細いこの男性は、間違いなく自分たちに何かを隠している……龍太郎のカンが、そう告げていた。


「はは……やっぱり、気付いちゃったか」


 はたして、セーヴはバツが悪そうに後ろ髪を掻いた。バレてしまった、という割にはあまり焦っている様子ではない。

 そして、真剣な表情をしてこう言った。


「……直球に言ってしまえば、僕がデビルズ・コンフリクトというゲームの開発プロジェクトに関わっていた人間のひとりだからだ」

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