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交渉

 龍太郎たちは、施設内と外を隔てる自動ドアを通り抜けて中へと入った。

 内部は外観通り広々としていて、天井は美しいアーチを描いたドーム型となっている。

 その中央部。龍太郎たちから見て丁度直線上に位置するところに、千名近いのではという人が群がっていた。群がるその集団は、総じて男性でもあった。

 広く開け特別なものなど何も置いていないこのドームの中央で不穏な空気を漂わせながら群がる彼らは、訝しげな表情でこちらを見やってきた。


「おい、ミルドレイ。男がまだいるようだ。しっかりと点呼は取ったんじゃないのか?」


 ふと、上方から中年男性の声がした。声の方を振り向くと、黄色や紫といったカラフルなボタンが付いた銀色のスーツに、トラ柄のネクタイという服装の太った男性が、施設の二階部分からこちらを見下ろしていた。


「いえ……確かに私の手元の情報によれば今いる分で全員のはずです。申し訳ありませんが、あの方たちは私の存じ上げない方たちのようです」


 中年男性の横に待機していた細身の男性が、謝罪するように頭を下げた。


「……まあいい。客人なら、あいにく今は取り込み中だ。そもそも、今日は誰とも面会をする約束をしていないから、お前たちはアポ無しで来た礼儀も弁えないクズだということだな」


 中年男性は、近くに設置してある一人がけ用のソファに腰掛けた。遠目で見ても分かるほどそのソファは煌びやかで、明らかにこの無骨なドームとは対照的である。


「あんたが、市長のガラミアか?」


 龍太郎が一歩、前に出る。中年男性は、そんな龍太郎を見てどう思ったか、口角を釣り上げ笑みを見せた。


「だったらどうした?」

「あんた、さっき自分が出した隊が全滅したって、聞いたか?」


 龍太郎のその一言に、口角を釣り上げ嫌な笑みを浮かべていたガラミアの顔色が変貌した。


「貴様、それをどこで?」

「そんなこと、今はどうだっていいだろ」


 龍太郎は一階中央部に集まる男性たちを一瞥し、再びガラミアへと視線を向けた。


「単刀直入に話す。ここにいる俺たちは、あんたがどうしても倒したがっている古代竜を倒せる」


 その言葉に、ガラミアはソファから立ち上がった。


「……笑わせる。そんなハッタリが、なぜ通ると?」

「ハッタリなんかじゃないさ。なんなら試してみるか? 俺たちと、あんたの持つ自慢の軍とやらで」


 エクライネスの軍事力は、兵数にしておよそ三百を超える。以前滞在していたアルカミアでは、ロークレス姫が戦いを好まないことから兵数は五十と少なかったが、このエクライネスの三百という数字は、決して少ないものではない。

 だが、龍太郎は確信していた。スキルを使えない彼らならば、スキルを使える龍太郎たちの前には恐るるに足らないと。

 そして、この都市をここまで活性化させることに成功したガラミアは、恐ろしいほどに頭が切れる人物だ。そんな彼が、得体もしれない龍太郎たちに、いくらこちらの戦力が少ないとはいっても警戒せずに挑発に乗るようなことはないだろう。


「……面白くないな。貴様は、俺が一番嫌いな人種のようだ」


 ガラミアは、苦虫を噛み潰したような表情をした。


「安心しろ、俺もあんたといがみ合う気はない。ただ、手を組もうというだけだ」


 そして龍太郎は、考えていた案をガラミアに話し始めた。



                ▼▼▼



「その話、どこまでが嘘だ?」


 話を聞き終えたガラミアが発した言葉がそれだった。


 龍太郎がガラミアに提示した内容とは、単純に言えば、古代竜を討伐する代わりにエクライネスの兵を貸してくれ、というものだった。

 しかしガラミアの琴線に触れたのは、エクライネスの兵を貸すかどうかのところではなく、他の部分だった。


「古代竜は俺が出した討伐隊をいとも簡単に全滅させた後、割り込んできた悪魔族に体力を削がれ、七日後に再び行かないと会えない? ふん、貴様の言っていることは、子供の頃に絵本で読んだおとぎ話か?」


 革製の一人用ソファにどっかりと座り、手と足をおおっぴらにしてこちらをあざ笑うかのように見るガラミア。


「しかも、お前たちがその古代竜に選ばれた者たちだと? 笑わせるな。俺はビジネスでやってるんだ。ガキのふざけた話なんて、まともに聴いてられるか」


 ガラミアは、龍太郎を睨みつける。深い闇のように黒々とした瞳が、龍太郎を射抜く。


「……あんたが俺の話を信じるか信じないかはこの際どうでもいい。だが、もし信じないというのなら、今すぐ俺たちを跳ね除けても構わないんじゃないか?」


 不敵に笑いながら言う龍太郎に、ガラミアは再び苦虫を噛み潰したような顔をした。


「……どこまでも気に食わないな、貴様」


 そう言って立ち上がると、ガラミアは近くにいた細身の男性を呼びつけた。


「ミルドレイ。一階にいるやつらを解放しろ」

「よろしいのですか」

「解放しろと言っている。俺に時間を取らせるつもりか」


 ガラミアは眉を顰めた。ミルドレイはそれ以上何も言うことなく、ガラミアに一礼、そしてなぜか龍太郎たちにも一礼し、その場を去っていった。


「随分と物分りがいいな」

「ふん。今回は貴様の手に乗ってやる、というだけだ」


 ガラミアは鼻を鳴らし、顔を背けた。

 実際、彼の判断は正しいと、龍太郎は分析していた。

 仮に龍太郎の話を信用せず、このまま大量の軍勢を率いてイグナートのもとへ向かったとする。

 イグナートはちからを消耗して休息に入っているものの、恐らく、龍太郎たちも目撃したあの青い玉によって、原理は分からないが出現を余儀なくされるだろう。

 いくらちからを消耗したイグナートと言えども、あの精鋭を数十秒で壊滅させたのであれば、寄せ集めた素人が何人いようと関係ない。

 結果、エクライネスは大量の死人を出すことになる。

 しかし、そこに龍太郎の出した案が重なった。龍太郎の案を飲めば、仮に龍太郎たちがイグナートの討伐に失敗して全滅したとしても、エクライネス的には損失など無いに等しい。

 大量の命を一手に抱える者には、大きな損失を伴う判断を下す際、その肩にとてつもない重さの覚悟と責任がのしかかる。それを龍太郎は、既に体験している。集団の責任を負うものは、常に慎重でなくてはならない。

 よって龍太郎は、この案を提示した時から、ガラミアがこの案を飲むことを確信していた。

 だが、ひとつだけ気になることが残る。


「……」


 龍太郎は考える。そのひとつだけ残った疑問に。

 正直、この疑問自体は龍太郎たちになにか影響を及ぼすという可能性は低いと思われるが、内容次第ではそうとも言い切れなくなる。


「いや、これはことが済み次第、わかることだな」


 龍太郎は頭を振り、脳からその疑問を振り落とした。

 いま集中するべきは、七日後の試練に対してだ。




                ▼▼▼




 街から少し離れたところにある丘の上。この場所からは、街と空がよく見える。女性のお気に入りの場所だった。

 女性は辛いことが起きる度、この場所に来ていた。なぜか気持ちが落ち着くのだ。

 今夜も、空には月と星が浮かび瞬いている。

 夜空といえば現実世界でも存在したが、その空は酷く汚れ、月はともかく星が見えない日などザラにあった。

 しかしこの世界の夜空はどうだろうか。見上げれば綺麗な円形を描いた月が宵闇の空をくり抜くように浮かび、その周りでは幾億もの星々が光り輝いている。


「作られた世界なのだから、これが当たり前か」


 女性は夜空を見上げることをやめると、溜息を吐いた。どこかあきらめにも似たような表情に見える。


「でも、“お父さん”が作った世界、楽しいよ。すごく楽しい」


 女性は柔らかい笑みを浮かべながら、ひとり呟いた。普段の堅物な女性からは想像し難い表情である。

 そんな女性の横顔を、月明かりが淡く照らした。

 褐色。微笑む女性の肌は、そんな色をしていた。

 隻眼の碧い瞳は、その奥に強い意志を感じさせる。まるで今、この世界を包み込んでいる深い闇を切り裂くように。


「絶対に、“お父さん”の理想を叶えてあげてみせるから。犠牲になった人たちのためにも……」


 女性は全てを知っている。いや、最初から知っていたというべきか。

 この世界の有り様、存在意義、そして……うまれた理由。

 女性は、ここに来るまでに何人もの仲間を騙しながらやってきた。いや、何人もではない。女性に関わった全ての人間を騙してきた。実際、今も騙し続けている。

 その事実が、優しい心を持つ女性の胸を容赦なく突く。しかし、立ち止まるわけには行かなかった。

 なんの取り柄もなかった自分を見て、罵倒することなく、軽蔑するでもなく、ただただ手を差し伸べてくれたあの人のために、女性はこの命を燃やして付き従おうと決意した。

 それは生半可な決意では到底できない。固く強い意志を持つ女性だからこそできることだった。


 だから、女性は前に進み続ける。

 この世界を、恩人が望んだ楽園にするために――

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