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統治者

 時刻は燃え盛るような夕日が茜色に空を染める、午後六時近く。

 出発が午後からと少し遅めだったことに加えて、ビレトという予期しない介入者が現れたこともあってこんな時間まで掛かってしまった。

 龍太郎たちは無事下山を完了させると、その足でエクライネスへと帰投した。しかし……。


「なんか、暗いね……」


 この商業都市エクライネスという都市は、初めてこの都市に訪れた者誰に対しても交易が盛んな発展した大都市という印象を植え付ける。

 それは龍太郎たちとて例外ではなく、最初にこの都市へと足を踏み入れた時は、その活気さに圧倒されたものだ。

 だが、今このエクライネスは本来の活気など微塵も残っておらず、昼間に軒先で活発に客寄せをしていた店員たちも見当たらない。

 都市中央に存在する巨大ビルに設置された巨大スクリーンには以前まで人気アーティストの新曲のPVなどを流していたのだが、今ではそのスクリーンの一面に赤いドット文字で「緊急戦闘命令発令中」と表示されているのみだ。


「緊急戦闘命令……?」


 見慣れない文字の羅列に首をかしげるアスカ。他のメンバーももちろん、龍太郎だって、この言葉の意味をいまいち理解できないでいる。


「緊急戦闘……何か攻めにでも来るのか?」


 この世界で攻めに来るといえば、真っ先に思いつくのが龍戦士族及び悪魔族の二大種族だ。この二種族はこの世界でも縄張り争いをしているらしく、それに生まれた時から理不尽に巻き込まれる人間族は例外なく悲鳴を上げている。

 しかし、この都市の市民に限っては、その二つの種族に全く支配されている感じがしない。むしろ、この都市が既にひとつの文明として成り立っているのではないかというまでの突出した発展ぶりだ。

 エクライネスの持つ独自の軍は兵一人ひとりの練度がとても高い。それは、あのイグナートに対して、少しではあるが、奮闘していた様子から見てもわかる。

 あくまでもこれは龍太郎の憶測だが、恐らくエクライネスという都市は、その優秀な兵士たちによって二大種族からの攻撃を幾度かに渡って防いできているのだろう。そして、二大種族たちはこの都市の侵略を後回しにしている。その結果、この都市は二大種族の影響を受けることなく独自の発展を遂げたのだろう。

 さらに周辺は山がいくつも連なる山岳地帯だ。地の利を活かせば圧倒することすらできるのかもしれない。

 しかしそうすると問題は…………


「あっ!」


 智代理が突然何かを見つけたように声を上げた。龍太郎は顔を上げ智代理が見やる視線の先を追った。

 するとそこには、年端も行かない女の子を連れた女性が浮かない表情で小走りで走り去ろうとしているのが見えた。


「すみません!」


 既に人気の無くなったこの街で、地元民から事情が訊けるのは有力だ。

 智代理は咄嗟にその女性を呼び止めた。声に振り向いた女性は、切迫した表情をこちらに向ける。


「ご、ごめんなさい。今急いでいるので……」


 女性は口早にそう言うと再び走り出そうとする。


「この都市に、何が起きたんですか」


 智代理が慌てて女性の服の袖を掴み問いた。女性は一度正面に向け直した顔を、再び智代理に向ける。


「いいから、離してくださいっ。急がないと、夫が行ってしまうんです……!」

「夫……?」

「私の夫が、この発令のせいで戦いに赴かなければならなくなってしまったんです。本来は喫茶店の店主というだけで、この都市の兵士さんたちのようには決して戦えないというのに……」


 女性は何かを思い出しているのか、今にも泣き出しそうなほどに目元に涙を溜めていた。女性の愛娘と思われる女の子も、母親の顔を見上げては幼いながらに状況を理解しているようだった。

 智代理は、そんな母娘を見て引き止めていられるほどの性格ではなかった。自然と、袖を掴んでいた手の力が緩む。


「……私たち、もう行きます。最後まで市長に打診して、何とか夫を返してもらわないと……」

「……待て」


 女性が智代理の手を振り払うようにしてその場を立ち去ろうとした時、今まで黙って話を聴いていた龍太郎が声を上げた。


「……ごめんなさい」


 女性は龍太郎の声に一瞬足を止めたが、一言謝罪をするとすぐさま歩き出してしまった。しかし龍太郎は、一歩前に出て声を張る。


「俺たちを、あなたの夫がいるところまで連れて行ってくれ」


 女性は思わぬ言葉をかけられた、という様子で、思わず振り向いていた。かくいう龍太郎以外の百鬼旋風メンバーも、きょとんとした顔をしていた。

 龍太郎はまるで静止したかのような空気を再び動かすように、ゆっくりと口を開いた。


「もう一度言う。俺たちをあなたの夫がいるところまで連れて行ってくれ」



                ▼▼▼ 



 数分後。龍太郎たち百鬼旋風は、母娘の案内の下でエクライネスの東側に位置する施設の前まで赴いていた。

 施設はドーム状で、かなりの大きさがあるようだ。その大きさは軽くこの都市の全人口が入るのではないかというほどである。


「あの……あなたたちは一体何を……?」


 施設の前で足を止めた龍太郎たちに、母娘の母親の方が不安げな顔で見やる。


「ここにあなたの夫が……いや、“この都市中の男性”がいるんだな?」


 問われた女性は一瞬驚いた表情をしたが、すぐさま龍太郎の言葉を肯定した。


「おい、どういうことだ?」


 どうやら事態を理解しきれていない様子のシュンが龍太郎の肩をつついてきた。


「どうもこうも、この施設の中にこの都市中の男性がいるって言ったんだよ」

「そうじゃねえ。俺が聞いてるのは……」


 シュンは龍太郎の説明では理解しきれないのか抗議の声を上げた。

 しかしそれをアスカが遮る。


「釘丘は言葉が足ら無さ過ぎるわ。……要するに、今発令されている緊急戦闘命令で、市長によって戦えると判断された男性がこの施設に集まっているということ……ですね?」


 アスカは確認を取るように母親に問いかけた。母親は再び、肯定する。

 シュンはアスカの補足によって納得したのか、遮られながらも言いかけていた言葉を飲み込んだ。


「はい……。発令に引っかからなかった私たちのような女性や、子供、お年寄りなどは、みんな市長のやり方に怯えて家に引きこもってしまっているんです……」


 女性は俯きながらに言った。どうやらこの都市に人気が感じられない理由はそれらしい。


「……とりあえずは把握した。だが龍太郎、お前はこの後ちゃんと考えがあるんだろうな?」


 シュンは龍太郎を睨む。


「任せろ」


 龍太郎はこの後に起こることを想像しているのか、愉しそうに口元を歪めてそう言い放った。



                ▼▼▼



 同時刻。エクライネスの東側に位置するドーム状の建物内にて。


「市長。点呼終了しました」


 そう言い、書類を挟んだバインダーを持ったスーツ姿の男性が、ぶくぶくと醜く太った体にやたらと派手な服装をしたある男の下へ近寄った。


「ご苦労。居ない者はいたか?」

「いえ。全員集まっています」

「そうか」


 派手な服装の男はそう言うと、二階から吹き抜けている一階を見下ろした。

 今この特殊シェルター内には、総勢千名近い男たちが集まっている。彼らはここへ連れ込まれた際の服装のままでいるので、そのほとんどが私服、もしくは仕事着だ。


「ククク……いくら古代竜といえども、この人数を相手にしては地に堕ちるしかあるまい」


 男は声を押し殺し、たださえ醜いその顔をさらに歪め笑う。それを横目で見ていたスーツの男性は、笑っているこの男が嫌いだった。

 長年この男の秘書という立場を続けているが、どうもこの男、人々の上に立つべき性格をしていない。

 まるで物を扱うかのごとく、市民や権力を行使するのだ。

 しかしそれでもこの男が長年市長居座り続けていられるのは、彼が持つ先天的な交易術にあった。

 彼はその天才的とも謳われる交易術によって、この辺境の都市エクライネスをたった一代で巨大な商業都市としてしまったのだ。

 周囲を山岳に覆われた交易を行うには絶望的だとまで言えるこの立地でさえも、彼の手にかかれば、山岳の麓に無理やり大量のトンネルを掘り、トロッコで人々や物を運ぶといった強行手段であっという間に交通機関へと変貌する。実際、どういった方法で山にトンネルを大量に掘ったのか不明ではあるが、それのおかげで元々土地が広いこの都市の人口が爆発的に増える結果となった。

 しかし、いくら交易術に長けているとは言え、やはり内面の性格までもが肯定されるわけではない。実際、彼の横暴ぶりがいかんなく発揮され始めてからというもの、市民の彼に対する評判は決していいものとは言えない。しかしそれでも市長の座に居座り続けるのは、彼を越える手腕の持ち主が現れないためであった。

 それでも、いつかはこの男を市長の座から引き摺り下ろさなければこの都市は死んでしまうだろう。この男に、この都市の行く末を任せるわけには行かない。


 だから男性は、彼に一番近い秘書という立場を維持し続け市長の座を奪い取るチャンスを伺うのだ。

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