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素顔

 ビレトがこの場を去ってから約二十分が経過したころ。

 黒い渦から解放された古代竜――モンスターネーム、宝竜イグナート――は、赤道色のウロコで体を包む全長三十メートルもある巨大な翼竜である。しかしてその様子は相当体力を消耗しているように感じられ、出現時に羽ばたかせていた翼も今は大人しく閉じられている。

 垂れた頭部に生える二つの琥珀色の瞳が蠢く。イグナートの眼下にいる龍太郎たちを品定めするように見渡しているようだ。


「ふむ」


 巨大な翼竜の喉の奥から、くぐもった声が響いた。


「やはり、お前たちが我の試練を受ける権利を得るべき者たちであることは確かなようだ。……しかし、今の我では試練を与えるに相応しいちからを残していない」


 先ほどまでこの場にいた悪魔族軍守護隊ビレト・マースナーが放った……と思しきスキル《グラビティ・ホール》によって、やはりイグナートは相当の体力を消耗しているようだ。《グラビティ・ホール》は【タンク】のセーヴも取得しているスキルである。

 どうして悪魔族であるビレトが龍太郎たちのようにスキルを使うことが出来るのかは不明なところではあるが、ビレト本人が既にこの場にいない以上問いただすこともままならない。

 それよりも、今問いただすことのできる問題を先に解決する方が懸命であろう。


「それなら、どうすれば試練を受けることができる?」


 龍太郎たちは、この古代竜が出す試練に打ち勝たなくてはならない。今の目的は、龍戦士族でも悪魔族でもない第三の勢力を築き上げることだ。

 イグナートは琥珀色の双眸を這わせ、眼下の龍太郎を視界の中心に収めた。


「七日の時を過ぎれば、失われた我のちからも完全になるだろう。その時にもう一度、ここへ来ればいい」


 再びこの場所に来いということは、登ってきた山道を再び辿ってこいということである。しかしその時は今回と違い足音を忍ばせてくる必要がないため、平然とスキルで速度を上げられる。そうなれば、身体的疲労も半分ほどで済むだろう。


「七日か……」


 そして龍太郎は、かねてから気になっていたことを、イグナートに問いた。


「試練は、どういった内容なんだ?」


 今回、龍太郎たちがこのイグナートと接触を試みたのはアスカの提案があってのことだ。アスカは言葉を話せるイグナートがゲームにおけるボス的立ち位置にいると睨み、悪魔族と龍戦士族の戦いを止めるための第三勢力としての力添えをしてくれることを期待して対話しようと言った。


「それを知ってどうする?」


「どうするもこうするも、対策を練るために決まってるだろ」


 イグナートは、訝しげな視線で龍太郎を見やってきた。今までこの試練を受けてきたものたちはみな、このような問いをしなかったのだろうか。

 龍太郎は不思議そうに首をかしげて声を上げた。


「対策、か。我はお前たちのことをよくは知らぬが、確かに知らないことを調べるということは非常に重要であるな。……よかろう、教えてやる。この試練が何のために存在するのかを」


 イグナートは竜であるにも関わらず、心なしかドヤ顔っぽい表情をしていた。しかし、龍太郎含む百鬼旋風のメンバーの間には、困惑の空気が漂っていた。


「ねえ、釘丘。なんかさ、あのドラゴン、対策の意味を取り違えてない?」


 何かを察したのか、カエデがこそっと耳打ちしてきた。


「……ああ。もしかしたら……」

「時は、千年近く前まで遡る」


 まるで龍太郎のその先の言葉を遮るかのように、イグナートが話を始めた。


「え、ちょ」

「この世界は、あるひとつの存在によって生み出された」


 勝手に話が始まったことに対する龍太郎の困惑などいざ知らず、イグナートは勝手に話し進める。


「この世界を生み出したその存在とは、俗に魔竜騎士と呼ばれる存在だ」

「だから勝手に話を……って、え?」


 イグナートの言葉に、龍太郎はカエデと互いの顔を見合う。


「今、なんて……?」


 龍太郎は恐る恐る、イグナートに問い返した。


「この世界を生み出したのは魔竜騎士と呼ばれる存在だ、といっただけだ」

「魔竜騎士……!? この世界にも、いるのか……?」


 イグナートは不思議そうに首をかしげた。


「当たり前だろう。我は魔竜騎士が生み出した子供に過ぎない。我だけではない。この世界全てがそもそも、魔竜騎士のちからによって生み出されているのだからな」

「こ、この話……」


 デビルズ・コンフリクトの世界設定の中には、魔竜騎士と呼ばれる存在が自身の持つ強大なちからで世界を生み出し、大陸を生み出し、そして悪魔族と龍戦士族という二つの種族を生み出した。とあったことを思い出す。ちなみに街の外にポップしていたMOBたちは、魔竜騎士が世界を生み出した時に使った強大なちからの代償として、野生動物が突然変異した結果、という設定であるらしい。

 龍太郎は再び、カエデと顔を見合わせる。よく見ると、智代理を除く他のメンバーもそれぞれ目を丸くし驚愕の表情を浮かべている。恐らく、龍太郎やカエデと考えていることは同じだろう。

 智代理だけは唯一、現状をいまいち把握していない様子で、頭の上にハテナマークを浮かべているが。

 その後のイグナートの話は、どうもデビルズ・コンフリクトの時にあった設定に似通っているようであった。この世界に存在する悪魔族も龍戦士族も人間族も、全て魔竜騎士と呼ばれる存在が遥か昔に創りあげたのだという。そして何より、この世界にもかつて領土戦争に似たものがあったという。

 それは正確には“魔竜大戦”と呼ばれたらしいが、その内容を聞く限りでは、龍太郎たちのような特別なちからを持った冒険者、という存在が無い以外はほとんど領土戦争と同じものだった。

 話を終えたイグナートは満足気な表情をした後、龍太郎たちの顔を見渡して、訝しげな表情になった。


「……む。お前たち、何故そんなに嬉しそうなのだ?」


 龍太郎たちの表情は、みな一様に笑顔だった。しかしその笑顔は単純な嬉しさからくるものではなく、探究心に満ち溢れた“冒険をする者”の笑だった。


「当たり前だろ! 判らなかったことに一歩、近づいたかもしれないんだから」


 イグナートの話から推測できるのは、この世界の存在理由におけるひとつの可能性。まだまだ検証を必要とする項目であるのには違いない。

 イグナートは未だ龍太郎たちの真意がわかっていない様子でいるようだ。

 しかし、「まあいい」と言って閉じていた翼を再びはためかせ、上空へと飛んだ。同時に、空の色も元の青空に戻る。


「試練の際は十分な心構えをしてくるといい。生半可な心構えで来ても、後悔するだけだ」

「そんなこと、分かってるさ」

「ふん、お前その小生意気な顔が試練の後まで残っていることを期待している。古き時を遡り現れた選ばれし者が、我の試練如きで音を上げるのならば、それこそこの先生きてゆけぬだろうからな」


随分なものいいをする竜だなとも思ったが、そもそも竜という存在の言葉遣いについて龍太郎たちが知っていることは何もない。よって、眼前の巨大な翼竜がこのような言葉遣いをするのも、或いは仕方ないことなのかも知れない。

 そしてイグナートは「お前たちがまたここに来る時を待つとしよう」と言い残し、遥か彼方レーリレイスの空へと飛び立っていった。



                ▼▼▼



 下山中、龍太郎たちはイグナートから聞いたことに関する会話で持ちきりだった。

 しかしその輪の中に唯一、智代理だけが取り残されていた。彼女はゲーム初心者中の初心者で、アスカたちに多少鍛えられ、技術などをスポンジのように吸収していった。その成長ぶりはとても目覚しいもので、【ヴァルキリー】というクラスを含めても、十分戦力になる程度だ。戦闘時に使うスキルだって、だいたい把握し自分で臨機応変に戦う自身もある。

 しかし、それはあくまでも戦闘時での話である。

 智代理の戦闘外でのゲームの知識は無いに等しかった。龍太郎たちの会話が既に存在するものに対しての考察ならまだ入れる隙は多少なりともあったかもしれない。しかし、今龍太郎たちの会話の中心ワードは、未だ誰も知らないであろうこの世界の正体についてだ。それも、ほぼ百パーセントが推測で議論されている。

 そんな中に、ゲーム初心者である智代理が入れるはずがなかった。

 よって、自動的に輪から外される形となってしまった。


「はぁ……」


 深い溜息を吐いた。前を歩く龍太郎たちは、真剣な様子で話をし、時に煌くような瞳や、楽しそうな笑顔を見せる。



「私も、アスカちゃんたちと一緒にゲームやってれば、あの中に入れたのかなぁ……」

「それは少し違うと思いますよ」


 つい心の中の言葉が出た智代理の肩を、ポンポンと叩く者がいた。

 振り向けば、こっちの世界での智代理より頭ひとつ分ほど小さいユカリが、いつもの快活な笑顔をこちらに向けていた。


「あれ……ユカリちゃん、あなたもあっちにいたんじゃなかったの?」


 ユカリもまた、龍太郎やアスカたちと同じくゲーマーの部類である。それも、学年がひとつ上であるアスカやシュンなどに匹敵するほどに。そんな彼女なら、彼ら彼女らが繰り広げる高度な話題にもついていけるはずなのだが。

 はたして紫髪の小柄な少女は、努めて明るくこう言った。


「私、難しい話は苦手なんですよね」


 聞けば、ゲーマーと呼ばれる中にも、ああいった推察を好んでやる側のゲーマーと、そうでない側のゲーマーと二分されるらしい。そのうちユカリは、そうでない側のゲーマーであり、その側のゲーマーは、総じてダンジョン攻略や戦闘系に強く興味を持つらしい。


「このギルドって、冷静で、頭で考えるタイプの人が多いんですよね。アスカさんやシュンさんは学校でもよく見かけて、お互いにクールな人なんだなってイメージがありましたけど、カエデさんとかは結構明るめの性格で、でもアスカさんやシュンさんといった方々とは違うベクトルの思考を持つ人かなって思ってたので、少し予想が外れてびっくりです。セーヴさんは……私はリアルで会ったことがないので、いまいち分かりません」


 ユカリはそう自分の考えを披露した後、にへらっと笑ってみせた。


「でも、智代理さん。今更智代理さんがあの輪の中に入ったところで、いつもと変わらないと思いますよ? いつもみたいに、アスカさんが智代理さんに対して異常なまでのあいじょ……絡みをしたり、智代理さんに近づく龍太郎さんをアスカさんが止めて、次いで他の方々が冷たい目で龍太郎さんを見やる……そんな光景が、すぐに想像できます」


 この紫髪の少女は、百鬼旋風という集団……いや、智代理たちをよく見ている。それは、一番年下であるが故に常に奥手で周りの顔色を伺いつつ話しているからとも取れるが、決して智代理たちに対する遠慮からくるものなどではなく、ただ単純に、彼女の観察眼が優れているからに過ぎないのかもしれない。


「ユカリちゃんは……大人だね」

「えっ?」


 智代理は優しい顔をして言った。すっと立ち止まり、呆ける少女の髪を優しく撫でる。

 紫色の髪。現実世界では非常に珍しい髪色ではあるが、ことゲームの中においては珍しいものではない。

 頭を撫でられたユカリは、何故かぷくっとむくれた顔になった。


「嫌です、そうやって大人扱いされるの……むー」

「そうなの? 大体の人って、逆に子供扱いされると嫌がるっていう人が多いけど……」

「……智代理さんが私を大人だって言ってくれているのは、常に表に出している私を見て、それと比較した結果、大人だねって言ってくれているんだと思います」

「???」


 智代理は突然ユカリの口から出てきた難しい言い回しに首を捻る。


「あはは……まぁ本当の私は、堅っ苦しくて変な言い回ししかできない不器用な少女ってことです」


 ユカリは努めて明るくそう言うと、数歩前に出て、くるりと智代理の方に向き直った。


「早くしないと、置いてかれちゃいますよ?」


 前を見ると、龍太郎たちの背中が先ほどよりも小さくなってしまっていた。


「ほんとだ! 早く行かなきゃ。ユカリちゃんも、ほら」


 智代理はユカリを追い抜くと、手を差し伸べた。


「……はい!」


 ユカリはその差し出された手を、ぎゅっと握った。

 温かなひとのぬくもりが、手の中に広がった。

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