再会、そして
小型の島のような形をしたデビルズ・コンフリクトの大地の恐らく最南に位置すると思われる、悪魔城ガリデル。それはそびえ立つ崖の上に顕在しており、まるで敵からの襲撃に備えるためのものであるかのようだ。
時刻は既に陽も落ち切った十九時三十分。一番星はその輝きを強く放ち、浮かぶ月も満月を形取る。
「《スカイ・アップ》」
カエデがスキルを唱えた。すると忽ち、智代理たちの体は浮かび上がり、まるでエレベーターのように崖を登っていく。
「まるでこのためにあるようなスキルだな」
シュンは何気なく呟いたが、恐らく智代理を含めたこの場にいる全員が思っていることかもしれない。と智代理は思った。
そんなことを考えている間に、智代理たちは目的の場所へと到達した。
崖の上、その城は確かにあった。いや、あるのは当然知っていたが、やはり目の前で見る城というのは、威圧感が違う気がする。
銀を基調に、藍や黒など暗めの色を多めに使用して造られている悪魔城ガリデルは、まさに悪魔の城と呼ばれるにふさわしい形をしていた。
夜景と相まって、更なる雰囲気を醸し出している。
「ここに、龍太郎くんが……」
「感動していないで、さっさと入っちゃいましょう」
「ア、アスカちゃん! 待ってよー!」
アスカが軽く押すだけで、巨大な扉は簡単に開いた。この世界では鍵というものが基本的にないということを、そういえば、と智代理は気づいた。
アスカに続いて中に入ると、内部は非常に暗く、壁の上方にあるいくつかのステンドグラスから差し込む月明かりだけが床を照らす。
「人気、ないね……」
内部の悪魔族はベリアルドが何とかしてくれているはずなのは確かなのだが、それにしても人気が無さ過ぎる。もはや、龍太郎本人すらいないと思えるほどに。
……いや、そんなことを考えてはいけない。この城の中に、龍太郎は必ずいるのだ。そうでもなければ、ここまで来た意味がまるでない。
それに、このチャンスが最後のチャンスかもしれないのに。
「行こう」
智代理は、意思を固めた。
城内部は、どの場所も明かりがついていなかった。一階には食堂や浴場を含め複数大小さまざまな部屋があったが、そのどれも、明かりがついておらず、また、明かりをつけるスイッチも見当たらなかった。
最後に、二階へと上がる階段の脇にある扉を開けようとするが、なぜかここだけ鍵が掛かっていた。
「ここだけ……?」
「鍵が掛かっているのね。とりあえず、今は後回しにしましょう」
今は、しらみつぶしに全ての部屋を探索する方が先だ。ここで時間を食っている場合ではない。
智代理たちはそのまま脇の階段を昇り、二階へと足を踏み入れた。
相変わらず明かりは点いておらず、月明かりだけが智代理たちの足元を照らす。
再び、近くの部屋から探索を試みる。
階段近くの二部屋、いない。その次に並ぶ小部屋、いない。更に奥の大部屋、いない。
「ここも、いない……。あの部屋も……」
数個の部屋を見た後、龍太郎が見つからない焦りからか、智代理の表情に陰りが出始めた。心なしか、動作もそわそわしていて落ち着きがないように見える。
「落ち着いて、智代理」
アスカはそんな智代理を落ち着かせようと声をかけるが、この城、外から見た限りではせいぜい三階建てが限度だろう。この階にいないとなれば、残るは後一階。
「そうだよ、智代理ちゃん。まだこの城を全部探索したわけじゃないんだし、ね?」
カエデもアスカの掩護をする。
智代理は二人に言われて少し落ち着いたのか、軽く息を吐いた。
「……ごめん、ね。私のわがままでこうなってるのに、私がしっかりしなきゃ……」
「あんまり気負うなよ。俺たちは構わないからさ」
「智代理くんの探し人は必ずいるさ。六人もそう信じてるんだから、絶対だよ」
「元気出してください、智代理さん! 私の召喚獣たちも今一階をもう一度捜索してますから、絶対見つかりますよ!」
シュン、セーヴ、ユカリもそれぞれ智代理に励ましの言葉をくれる。素直に嬉しい。そして同時に、素直に自分が情けなくも思う。
でも、それでも。今ここにいる五人は、そんな智代理のわがままについて来てくれているのだ。
「……ありがとう」
智代理は一言そう言って、再び歩き出す。
残っている部屋数は今までの構造からして、十個あるかないか程度だろう。
二階の探索を続けている途中、それは、一目でわかった。
他の部屋とは一線を画した雰囲気……というよりは、扉が半開きになり、隙間から月明かりが漏れ出ているために嫌でも気づいた。
「あそこだけ開いてる……!」
明らかに、生物がいた痕跡だ。何者かがあの部屋を開けて、そのまま閉め切らずに放置している。
智代理たちはすぐさまその扉に近づいた。まずは扉に耳を当て、中の様子を伺う。
「どう?」
背後で待機しているアスカが問いかけてくる。
「何も聞こえない」
首を横に振って、答えた。
だが、まだ部屋の中を見ていない。話は、それからだ。
智代理は扉の取っ手に手をかける。金属質のひんやりとした感覚が、まるで現実世界のように伝わってくる。
取っ手をゆっくりと捻り、扉を開いた。
「あ……」
扉を開けた先には、床に膝を付け渇望の瞳で少女を見上げる青年の姿があった。
それはずっと探してきた姿で。ずっと追いかけてきた背中で。
龍太郎が、釘丘龍太郎が、そこにはいた。
今まさに、銀色の髪を持つ謎の少女の手を取ろうとその手を伸ばしていた。
「――だめっ――!」
智代理は咄嗟に、走り出していた。龍太郎との距離はそんなに離れていないのに、なぜか手を伸ばしている少女が危険な気がして、智代理は走り出していた。
滑らかな動作で槍を取り出し、銀髪の少女へとその刃を向ける。
だが刃を向けられた少女は、その華奢な身を思わせないような俊敏な動きで智代理の一撃を避ける。
「まだっ!」
智代理は少女の回避がわかっていたかのように、滑らかな動作で次のスキルを使用する。空気を突き潰すように、別方向から白銀の槍が少女に迫る。
だが、それも避けられた。避けざまに少女の銀色の髪がなびく。
智代理は何度も何度も突きを繰り出すが、それらは全て、その攻撃の軌道がわかっているとでも言わんばかりの少女の回避行動に尽く回避されていく。
通算何度目かの突きを避けた後、ふわりとした動作で、少女は部屋のベッドの近くまで距離をとった。
今、智代理の背後には、ずっと探し続けてきた龍太郎がいる。どんな表情をしているのだろう。今すぐに振り向いて、その姿を、その声を見聞きしたい。それでも、今はぐっとこらえて、眼前の謎の銀髪少女に視線を向ける。
開いた窓から吹きすさぶ風になびく銀色の髪。透き通るようでそれでいて儚く細い四肢。この少女は、一体何者なのだろうか。いや、もしかすると“者”ではないのかもしれない。この少女からは、生気が感じられないから。
「……みんな、戦闘準備を」
智代理の一言に、アスカたちは我に返ったようにして得物を引き抜いた。
それに対し、ベッドの上に立った銀髪の少女は智代理を見下ろしながら、焦ることなどなく、そして抑揚のない口調で言葉を発した。
「目標者、『神崎智代理』と断定。『釘丘龍太郎』も合わせその他数名のプレイヤーも捕捉。条件達成、これより、《楽園》モードに移行します」
智代理を含めたこの場にいる全員が、その言葉の意味を理解できなかった。聞き取れはしたものの、誰もその言葉を理解しようとはしなかった。
ただひとつ理解できたのは、その言葉が紡がれた瞬間に目を焼き焦がすような強烈な白い光がその少女から発せられたことだけだった。
みなさんこんにちは、天柳啓介です。
ここまで読んでいただいたことに多大なる感謝をしたいと思います。
さて、神崎智代理編はこれで終幕を迎えます。この作品はタグにもあるとおり三部構成になっています。よって、次更新から始まる物語が、最後の部となります。
かなりの急展開になりますが、今後ともどうか龍太郎と智代理、そしてこの天柳啓介を応援して下さると幸いです。




