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 思わぬ方法で、しかも無料でデビルズ・コンフリクトを手に入れた俺は気分上々、ルンルンとスキップをして鼻歌を歌いながら帰路に着いた。

 玄関の前で足を止め、鼻歌交じりにポケットから家の鍵を取り出す。それを慣れた手つきで鍵穴へと挿入し、ひとひねりする。

 ガチャという開錠音(かいじょうおん)を聞き届け、玄関の扉を開ける。


「たっだいまー!」

 俺は元気よく挨拶をしながら家へと入るが、両親は共働きで姉は昨日から友達の家へ泊まりに行ってるらしいので、返ってくる声は猫のニャースケ(♀)くらいだ。

 フニャアとあくびをするかのようにふわっと口を大きく開けて玄関までやってきたニャースケ(♀)は、そのまま俺の(むか)えをしてくれるのかと思いきや、玄関付近に設置されたクッションの入った丸いカゴの中に収まった。

 おいおい、ご主人様が帰ってきたんだぞ。少しくらいお迎えの気持ちがあってもいいじゃないか。

 そんな俺の(はかな)い願いは知らんといったようなニャースケ(♀)は、意識をまどろみの中に消そうとしていた。なんか死にそう。…………お前、死ぬのか……?


 ……おい、死ぬなニャースケ(♀)! お前には俺が付いているからな! 寂しくないぞ! だから……死ぬなぁぁ!


 心の中で一人芝居をやってのけた俺は、なに食わぬ顔でひょい、とニャースケ(♀)のホームポジションであるカゴを持ち上げた。

 ギニャア!? と悲鳴とも取れるニャースケ(♀)の抗議を無視して二階の俺の部屋へと持ち運ぶ。

 片手で器用にカゴとゲームが入った紙袋を持ち、もう片方の手で自室の扉を開ける。

 一人部屋にしては少々大きいこの部屋の隅に、まずはニャースケ(♀)の入ったカゴを置く。


「お前、意外と重たくなってんのな……」

 こいつを持ち上げたのは久々で、体重が増えていることに全く気付かなかった。まぁ別に俺は体力がないだけで力がないわけではないので、さほど辛くはなかったが。……腕痛ぇ。

 そして、ニャースケ(♀)を連れてきたのはほかでもない。この俺が初めてVRMMORPGにログインする世紀の場面を、唯一この家に残っていたこいつに見せてやるためだ。


「ま、せいぜいありがたく見るこったな」


 先ほどまで抗議の声をギャアギャア上げていたニャースケ(♀)も今では大人しくなり、再びまどろみの中へと意識をダイブさせようとしていた。今度は助けてなどやらんぞ。

 それを横目に、俺はちゃっちゃと機器の設定を終える。


「これを、ここに入れて……」

 スーっと、組み立てたVR機にゲームディスクが吸い込まれていく。これで準備は完了。あとはラフな服装で楽な姿勢(しせい)でこれをかぶり、ニャースケ(♀)と同じくまどろみへと意識を向かわせるだけ。

 俺は上着と外行きのために履いていたジーパンを脱ぎ捨て、部屋着へと着替えた。そしてベッドへ仰向けに倒れ込む。


 セットしたVR機――名を「エクリプスG1」というらしい――をかぶり、左側についている電源ボタンを一度、押す。

 すると、まるで催眠術をかけられたかのように恐ろしいまでの睡魔(すいま)が襲って来る。それに逆らう事などできず、俺は意識をあっという間にまどろみの中へと溶けさせる。

 意識だけが、空中を彷徨(さまよ)う感覚。足場などなく、本当に空を飛んでいるといった感じだ。慣れないその感覚に、俺の強い三半規管は狂い始める。

 吐き気をもよおしてきた。ここで吐いたらどうなるんだろ。そもそも吐けんの? 俺って今、意識だけでしょ? ここで吐いたら、間違いなく現実世界のベッドで寝てる俺の口から汚いの出るよね? そんな状態で目覚めたくない。

 俺は必死に吐き気をこらえた。しばらくすると、地に足が着く感覚。そうそう、これこれ。やっぱ人間はこうでなくっちゃ。空飛びたいとか夢あるけど、やっぱ一番は陸だよな。陸最高。


 完全に地に足がついて、浮遊感覚がなくなった頃には、吐き気も収まっていた。


「……」

 俺の周りには、何やらプログラミング言語のようなものが上から下へ高速で延々と流れておりそれが円を描くようにして俺の周りに展開されている。

 そして目の前には、四角い半透明で厚さはタブレットほどのパネルが宙に浮いていた。浮いているというより、空中で固定されてる感じか。

 そのパネルには、本名の入力と、パスワードの入力画面が表示されていた。

 俺は素早く名前の欄に「釘丘龍太郎」と打ち、パスワードも事前に決めていたものをささっと入力した。

 下の決定ボタンをタッチすると、パネルは一旦閉じ、今度は円を描いている文字の滝に合わせて、これまた円を描くようにしてキャラエディット画面が現れた。

 できるだけかっこよくしよ。『ゲームくらい かっこつけても いいじゃない』うむ、我ながらいい詩だ。

 キャラエディットを終えると、脳内に直接アナウンスが入り込んできた。


「デビルズ・コンフリクトの世界へようこそ! これからあなたが行く世界では、あなたたちプレイヤーと、向こうの世界で悪事を働く悪魔たちとの戦闘が待っています! 悪魔たちはプレイヤーの味方である村人や街の一般人に危害を加える許しがたい種族です! あなたたちの冒険者としての力を使い、悪魔たちを退けましょう!」

 言っていることに対してやたら元気だな、このアナウンス。雰囲気もあったもんじゃない。

 そういえばふと思い出したけど、これを渡してくれた皇が、最後別れる直前になんか言ってたんだよな。確か……。


 必死に思い出そうとしていると、それを遮るかのように視界が突然白くなった。

 急に訪れた強い光に俺は目を瞑る。光が収まるまで目を瞑り、その時を待つ。

 次第に光が薄れていくのがわかる。……そうだ、思い出した、皇が最後に言ってた言葉。


 そう、“この”デビルズ・コンフリクトは特別製なのだと。ただ品質には全く問題ないらしく、むしろ有利になることがあるそうだ。

 それを一介のゲーマーに渡していいのかとも思ったが、それを言うなりスタスタ去っていってしまったので問いただすこともできなかった。

 有利、か。

 次第光は完全に収まり、俺はまぶたをゆっくりと開けた。

 これから始まるんだ、俺のVRMMORPGが。ラノベでいくつも読んだ、夢にまで見た世界の物語が――。

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