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潜入直前

 今日は、連休最後の日曜日。そして、デビルズ・コンフリクトという名のVRMMORPGにおいて、特別な日でもある。

 それでも、このゲームをプレイする人口が変化するわけではない。現在このゲームをプレイしているプレイヤーは、他の者を寄せ付けないような、廃人と呼ばれるプレイヤーしかいない。

 このゲームを興味本位で買って、単純に楽しむだけのプレイヤーは、もういない。今残るのは、このゲームの初期に発覚した、「味方NPCがPCを遥かに上回る超常的なちからを持つ」という理不尽な仕様を体験してもなお、このゲームに意味を持つ者たちだけだ。

「……よっし」

 強者プレイヤーが右往左往する神の泉前に降り立つひとりの少女、神崎智代理。現実世界では垣ノ崎高校に通う、引っ込み思案な高校二年生。そしてこのゲームでは、ギルド百鬼旋風(ひゃっきせんぷう)を纏める、ギルドマスターだ。

 彼女は、このゲームの発売初日からログインしてプレイしているが、決して廃人というわけではない。

 むしろこれ以外に、俗に言うゲームというものにほとんど触れてきたことがない初心者だ。最初のクラス選択時に特に性能を見るわけでもなく、『かっこよさ』という曖昧な観点(かんてん)から【ヴァルキリー】という不遇クラスを選んでしまうくらいには。

 そんな彼女が、自らの意思で、この理不尽なゲームをプレイしている。それには、当然ながら理由がある。

「こんにちは、智代理」

 声をかけてきたのは、智代理より少し遅れてやってきた赤く長い髪が特徴の少女、アスカだ。現実世界でも智代理の同級生である彼女の名は、神森明日香(かもりあすか)。家が剣道の道場というだけあって、凛々しく、とても真っ直ぐで、美しい少女だ。腰には、剣道を思わせる美しく伸びた太刀が携えられている。服装は、クラスである【ムラサメ】に合った白と赤のコントラストが綺麗な着物だ。

「あ、こんにちは、アスカちゃん」

 智代理はアスカを見るなり、安心した表情を浮かべる。

「珍しい……と言っては失礼だけど、智代理が一番なのね」

 アスカは周囲を見渡しながらそう言った。智代理とアスカを含んだ他のメンバー――百鬼旋風(ひゃっきせんぷう)のメンバーは全部で六人。最小ギルドとしての最少人数だ。

「今日くらいは、一番取らせてよー」

 智代理はぷくっとむくれてみせた。それを見たアスカは、ふふっと少し笑う。

「それにしても、このゲームどうなっちゃうのかな……」

 むくれていた智代理はいつの間にか真剣な表情になって、考え込んでいた。

「それは、私たちにはわからないわ。でも、あのグリワールが言っていたことが本当なら、終わりはしないのでしょうけど」

 数日前、このブレイブシティの長、グリワールは言った。

 ――「終わりなどはしない。次の段階に移行するだけだ」――

 あの言葉の意味は未だ明かされていない。

「あのグリワールも、所詮運営の言葉を伝えるだけのNPCに過ぎないんだろ? なら、アップデートかなにかだろ」

 そう背後から声がして振り向いた。すると振り向いた先には、足元まで伸びた白いコートに柄が薄く透き通った赤の大剣を腰に携えた【ウォーリア】のシュンと、真っ赤なローブと銀色の杖が特徴的な【セーバー】のカエデの姿が。

 そしてその横には、銀色の特殊金属を使用した鎧と背中に大きめの片手剣を携えたセーヴ、肘にあたる部分が明るめの朱に彩られた見る者に活発な印象を与えるデザインの革鎧に腰には細身のレイピアを携えた【サモナー】らしくない服装のユカリの姿もあった。

「みんな、一緒にログインしたの?」

「いいや、僕がひとりでポーションとか色々小物を買っていたらユカリくんが同じ店に入ってきて、その後でシュンくんとカエデくんにバッタリ会ったから、一緒に来たんだ」

 セーヴは、その買ったと思われる青色のポーションをアイテムパックから取り出してみせた。青いポーションは、スキルを使用するときに消費するMPを回復するためのアイテムだ。

「それにしても、最後の領土戦争の日だけあって、人が多く見えますねー」

 ユカリは周囲のプレイヤーに目を移ろわせながら言う。現在の時刻は十七時半、もう既にマスタークエストコールが来てもおかしくない時刻だからか、この神の泉周辺は武装したプレイヤーで(あふ)れている。

「まあ、人数自体は増えていないと思うけれどね」

 セーヴが出したポーションを仕舞いながら言った。

 そうしてギルドメンバーが全員揃ったところで陣形などの最終確認をしていると、突然智代理のフレンドコールが鳴った。視界に出てきた受話器マークをタッチして応答する。

「もしもし。智代理様ですかな?」

 声の主は、今回の智代理たちの目的の要になる、情報屋ベリアルドのものだ。

「はい、智代理です」

「こちらの準備は完了しましたので、そちらの準備が出来次第合図を送っていただけると」

「わ、わかりました! それじゃあ、準備が出来たらこちらからワンコールかけますね。それを合図にしてもらえれば!」

 ベリアルドは「了解いたしました」と短く返答すると、そのまま智代理との会話を終了した。

「いよいよね」

 アスカが真剣な眼差しで言う。これから智代理たちは、このブレイブシティから悪魔城ガリデルへと潜入するのだ。

 フィールドは今までの森林軍とは違い室内である上に、敵のホームでもある。ベリアルドの手助けがあるとは言っても完璧であるとは限らない。罠が残っている可能性もあれば、伏兵だって潜んでいる可能性もある。

「不安?」

 アスカが智代理の顔を覗き込むようにして、問いてきた。

 それに対して、智代理は力強く答える。

「……ううん、不安なんかないよ。もうここまで来たんだ。あと少し、頑張るよ」

 ――そして、デビルズ・コンフリクトの空が朱色に染まった頃、最後のマスタークエストコールが鳴り響いた――




「前方三十メートル内に生体反応! 数は……四!」

 よく通るユカリの声が、森の中に響く。智代理は手首をスナップさせ、得物である槍の『ヒョルス・リムル』を出現させ構える。

 他の面々も、それぞれの得物を持ち出して、対面する悪魔族たちを待ち構える。

「……来ます!」

 ユカリの声と同時に、前方の視認可能距離から四人の悪魔族が姿を現した。それぞれ既に剣や杖を抜いており、初期の頃のように奇襲はできなくなっている。

 だが、装備のレベルは圧倒的にこちらが上だ。多少の消耗をしつつ、それでいて効率よく倒していく。

 減ったMPはセーヴが買い込んだポーションで回復し、ひたすら前に進む。目的地のガリデルは崖の上に顕在するために、見上げればその存在を簡単に視認することはできる。だが、目に見えているだけですぐ到着するわけではなく、意外と距離がある。

 時折、十数人単位の敵集団に出会い、そこで少しばかり苦戦を強いられた。敵は互いが互いを守るように、そして時々誰かの言葉に耳を貸すようにして陣形を細かに変化させる。

 時間はかかるが、それでも回復手段があるこちらが消耗戦で勝つ、そんな戦いが数回行われた頃。

「智代理さん! ポイントに到着しました!」

「うん! ありがとう!」

 ユカリの声に智代理はメニューパネルを出現させると、素早くフレンド一覧に飛ぶ。その中にあるベリアルドの名を素早くタッチして、ワンコール入れた。

 これで、ベリアルドは役目をこなしてくれるはずだ。

 智代理は内心で無事を祈りながら、そしれず向かってくる悪魔族たちを倒しつつベリアルドの連絡を待った。

 そして、さらに三十分ほど経った頃、その連絡はやってきた。

 智代理は即座に応答する。

「……城の内部はもう安全です。では、ご武運を祈りますぞ、智代理様」

「ありがとうございます! このお礼は必ず!」

 ベリアルドの声音はどこか疲弊していた。だが、彼は無事やり遂げてくれたようだ。

 智代理はそのままの勢いで会話を切り、背後のギルドメンバーに振り向く。

「よし――行くよ、みんな!」

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