そのころブレイブシティでは
ブレイブシティのメインエリア。その最奥部には、外壁を背にして位置する真紅の王宮、グレイダルがある。
周囲には警備の龍戦士族が武装した状態で常に闊歩しており、関係者でなければ近くに来ることすら許されない、絶対的な場所だ。
そんな場所に、黒いローブを羽織った老人が訪れた。
「ここは関係者以外立ち入り禁止だ」
ずいっと、警備の龍戦士族がひとり、老人の前に立つ。すると老人は「はぁ」と小さくため息をつき、こう呟いた。
「全く。NPCの応答テキスト、もう少し増やすべきだったな……。あと、このアバターもだ」
老人は老人らしい嗄れた声で、しかし口調はしっかりと、そう言った。老人の零す言葉は眼前の龍戦士族には聞こえていない。そこから一歩も動くことなく、老人を見下ろし続けている。このまま老人が一歩右に動けば、その動きを遮るかのように一歩左に動くだろう。
「シャドウ・ウェルス」
再び老人は呟いた。今度は先ほどの呟きよりも大きく、眼前の龍戦士族に伝えるように。
すると老人の前に立ちふさがっていた龍戦士族は、スッと横にずれて老人に道を開けた。老人はそれを見て驚くことなどなく、ただ平然と龍戦士族の横を通り抜ける。
「この合言葉も、考えものだ。彼のこういうところのセンスだけは信じられない」
老人は愚痴とも取れる呟きを零しつつ、王宮内を歩く。王宮内部は全壁が金色銀色に塗られており、自分の体が反射して幾重にも映っている。
「……」
金色に塗られた壁に幾重にも映る自分の姿をまじまじと見る。老人は、自分が老人の姿であることを酷く後悔していた。
「今更悔やんでもしょうがないな」
老人は再び、歩き出す。壁だけでなく、見上げるほど高い天井に吊るされたシャンデリアや階段の手すり、そして床など内部のほとんどが金色銀色で塗られた廊下を歩き続ける。
そんな、誰もいない廊下を。
「グリワール様」
王宮内の一室。名を呼ばれたグリワールは、顔を上げた。その目に映るのは、ひとりの男性だ。
グリワールはいつも思う。この目の前の男は、知り合った時からどこでだって頭が切れて、いつだって有能だ。こんな世界に送り込まれても、なお。
「お前か」
グリワールは上げた顔を落とす。声が聞こえた時点で顔など上げずとも誰かはわかったのだが。
「どうやら、ベリアルド様が王宮内にいらしたようです」
「そうか」
グリワールは思う。この男、実はこの状況を楽しんでいるのではないだろうか。役だって、見事にハマっている。
「彼女の方は?」
男が問いてきた。そんなわかりきったこと、この男なら聞かずともわかりきっているはずなのに、それでも問いてくる。
「……彼の限界がそろそろだからな。準備はしてある」
グリワールはそう言って、男と自分の間にある台座に乗った赤紫色の玉を持ち上げる。ほのかに光を放つその玉は、グリワールの手のひらに収まるサイズだ。
「それが、例の?」
男の問いに、グリワールは頷いた。この手に持つ玉こそが、グリワールが追い求めてきた世界への架け橋となるのだ。
老人は全面金色の廊下を歩き続けて、あるひとつの部屋の前で立ち止まった。ここに来るまでもいくつかの部屋はあったが、この部屋は雰囲気だけでただの部屋だとは思わせないちからがある。
二、三度ノックをして、中の様子を伺う。
「ベリアルドか」
老人の名を呼ぶ声が、部屋の奥から聞こえた。老人はそれを確認した後部屋の扉を押し開き、中へと足を踏み入れた。
「待たせたな」
「いいや、時間通りだ」
老人――ベリアルドと、部屋の中にいたグリワールは互いに言葉を交わす。
「誘導は上手く行った。後は、龍戦士族を増やすだけだ」
ベリアルドは言う。
「本当に、いいのか?」
グリワールは、確認するように、意思を確かめるように、眼前の黒いローブを羽織った老人に問いた。
ベリアルドは、少し笑いながら答える。
「はは、それを今更? 私たちはもう既に、彼に全てを託した存在だ。仮に今すぐここから出られたとしても、彼無しでは生きられないだろう。それに、後は子供たちがやってくれるさ」
ベリアルドは老人という見た目に反した喋り方で、しかし声自体は嗄れた声で、そう話す。
グリワールは、少し笑った。
「その通りだ」
時は移り変わる。時代は移り変わる。それは、どんな世界でも一緒だ。
生き残った皆はそれぞれ自分の種族の繁栄に勤しむ。それは、どんな世界でも一緒だ。
現実の世界だって、ゲームの世界だって、それは変わらない。
だから、世界というのは廻り続けているのだ。




