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情報屋ベリアルド

「やあ、こんにちは、智代理くん」

 智代理が神の泉前に降り立つと、既にギルドメンバー全員の姿があった。

 だがギルドメンバーの様相(ようそう)はいつものと同じではなく、いつもと変わらない挨拶をしてくれたセーヴの四方を囲むようにして集まっていた。

「さあ、智代理も来たことですし。話してもらいましょうか」

 アスカが、獲物を付け狙う眼で一歩セーヴに迫る。

「だから、僕は別に話したくないって言ってるわけじゃ……」

 セーヴは困り果てたように智代理に視線を送ってくる。

「でも、全ては話せないんですよね?」

「それだけは……ダメなんだ」

「本当に無理なんですね?」

「うん。そういう約束だからね」

「……」

 セーヴとアスカのやり取り。セーヴの意思はどこまでも強いらしく、アスカの方が先に音を上げてため息をついた。

「……わかりました。話せるところまでで構いません」

「うん。そうするよ」

 セーヴはそう言うと一度咳払いをし、改まって話し始めた。

「君たちは、僕が昨日使った力について、聞きたいんだよね?」

 その言葉に、アスカは勿論、智代理を含めた他のメンバーも頷く。

 セーヴが使った力。昨日の夜中、セーヴはあのベヒーモス戦で、装備を突如入れ替えた。それも、見たこともないような装備に。

 さらにセーヴの使うスキルの数々も、見たこともないものばかりだった。あれは一体、何だったのだろうか。

「簡単に言ってしまえば、あれはクラスの『進化』だよ」

「クラスの進化……?」

「うん。意味はそのままだよ。今のクラスより一段階上のクラスに進化するんだ。その結果、昨日のような装備や新しいスキルが使えるようになる」

 セーヴの言っていることはギルドメンバーの誰もが知り得ない情報で、全員が驚きの表情を作り上げている。

「それは、俺たちにも使えたり……」

 シュンが言った当然の疑問に、セーヴは手で制すようにして止める。

「残念だけど、今の僕の口からはこれしか言えない。まだ時期が早い」

「時期が早いって、一体どういう……」

 さらに問い詰めようとしたシュンを、今度はアスカが止める。

「セーヴさん。その時期とやらが来たら、絶対に話してくれますか?」

 アスカの眼差しは真剣そのものだ。対するセーヴも、線のように細い目で、アスカを見据える。

「……うん。勿論だよ」

「そうですか」

 アスカはセーヴのその言葉を聞くなり、それ以上の追求は行わなかった。それを見ていたシュンも、これ以上の追求が野暮(やぼ)だと感じたのか、追求しなくなった。

「さて、それじゃあ僕の問題も済んだことだし、ギュルガスから貰った情報を確認しようよ。もし例の情報屋に会うのなら、マスタークエストコールが来る前にしたいし」

「そう、ですね」

 アスカはアイテムパックから昨日ギュルガスに貰った紙を取り出した。開くと、地図と思われる図解とその下の空白に箇条(かじょう)書きで文字が記されていた。それをアスカが読み上げていく。

「情報屋の名前は、ベリアルド・ウォッシュ。特徴は黒いローブを羽織り背が小さいこと。ローブを決して取らないため素顔は確認できていない。活動場所は……ショップエリア手前の雑貨屋って書いてあるわ」

「ショップエリア手前の雑貨屋か……記憶にないな」

 ショップエリアの手前といえば、ギリギリで中央エリアの管轄(かんかつ)となる。中央エリアには基本的に宿が集中して集まっているので、雑貨屋と言われてもいまいちピンと来ない。

「とりあえず行ってみましょう。この紙に地図も載っているし」

 



 智代理たちはアスカの持つ地図を頼りに、ショップエリア手前にあるという雑貨屋を目指した。

 歩くこと数分。雑貨屋らしい外観の建物を探していると、ちょうどショップエリア手前に雑貨屋然とした木造の建物が姿を現した。

 扉の上にある店名を記す看板には、【キュートルクス】と書かれている。周囲をもう一度確認しても、ショップエリア手前の雑貨屋といったらここ以外該当しないようなので、入口の扉を開けて中に入る。

「……客か」

 店内は外装の明るめな印象と異なり、明かりが暗めに設定されているのか薄暗く視界が悪い。

 (たな)に飾られた雑貨品の数々は種類こそあるものの、紫色のポーションや独特な形をした薬草などどれも普段あまり目にしないものばかりだ。

 そしてそんな店内のカウンター奥に居る龍戦士族。まるで店内の雰囲気に合わせたかのような黒を基調とした服装に暗い表情、疑心が募っていく。

「お伺いします。あなたは、ベリアルド・ウォッシュさんですか?」

 智代理が問う。だが目の前の龍戦士族は驚いた様子で、次に少し含みのある笑いをこぼした。カウンターに手を付き、こちらを見やる。

「あんた、どこでその名前を? ……いや、どこでその情報を?」

「ある筋からね」

 アスカが一歩前に出て智代理の代わりに答えた。

「そうか。まあこっちで情報の出処のおおよその予想はつくが……とりあえずあんたたちの目的はこの店にいるベリアルドに会うことだろ?」

「やっぱり、ここにいらっしゃるんですか!?」

 智代理が少し食い気味に言うと、眼前の龍戦士族はこちらを嘲笑するように笑ってくる。

「はっ、ある筋とやらから情報を仕入れてわざわざここまでやってきたんだろ? まあ着いて来な」

 名も知らない龍戦士族はこちらに手招きした。それに従いカウンターの奥に足を踏み入れると、カウンターの裏側の床に下へと続く階段が姿を現していた。

「ここを進めばベリアルドはいるぜ。アイツは長話が嫌いだから、用事はさっさと終わらせることだな」

 そんな名も知らない龍戦士族の言葉を背に、智代理たちはベリアルドがいるという地下へ続く階段を降りていった。

 ――階段の幅は非常に狭く、さらに左右には松明が燃え(たぎ)っているために人一人がようやく通れるといった位の幅だ。そんな狭い階段をもうかれこれ三分以上は降り続けているが、一向に終わりが見えない。

「本当にいるのか? こんなところに……」

 シュンが少し不安げな声音で言う。実際に入ってきた入口は遥か彼方まで遠ざかっており、それが更なる不安を煽る。コツコツと、ギルドメンバー六人の足音が地下の狭い道に鳴り響く。

 そして、歩くこと更に五分と少し。ようやくゴールと言える扉が姿を現した。

「やっとついた……」

 VR機を通して脳に送られる疲労信号はある程度抑えられているためにそこまでの疲労感は無いが、ずっと同じ狭い道を歩き続けるのは気持ち的に滅入るものがある。

「開けるよ」

 智代理は背後のアスカたちに最後の確認を取る。この扉を開ければ、再び龍太郎に近づくことができる。

「ええ、いいわよ」

 智代理の目を真正面から受け止めるアスカの頷きを最後の確認とし、智代理は扉を開けた。




「おや、お客さんですかな?」

 扉を開けた瞬間、そんな老人の声が耳に届いた。視線を巡らせると、部屋の中央に設置されたソファに座る人物が確認できる。

「あなたが、ベリアルドさん……?」

 部屋にいる老人は、ベリアルドに関する情報と同じ黒いローブを羽織り、身長はギルドメンバーの中で一番小さい智代理よりもさらに小さい。

 ただ、その顔はローブで隠されておらず、ほうれい線が幾重(いくえ)にも入った老人の顔そのものが露わとなっている。

 情報と違うのは顔がローブで隠されていないということだけで、後は該当する。

「はい。私が、ここで(つたな)い情報屋をやらせていただいている、ベリアルド・ウォッシュです。ここにいらっしゃったのは、私が最近現れた情報屋だと知って来たのですな?」

 正真正銘、自らの口でベリアルドと名乗った老人は、ホッホッと軽快に笑った。

「まあ、座りなされ」

 手でベリアルドに促されて、向かいのソファに腰を掛ける。

「ベリアルド・ウォッシュさん。あなたに、伺いたいことがあってきました」

 智代理は促されたソファに座るやいなや、迷わずに口を開いた。龍太郎の話をする際の智代理はいつも以上に真剣で、それをわかっているからこそ、他のメンバーは敢えて口を出さない。

「ほう、なんですかな?」

 ベリアルドは柔和な笑みを浮かべていた顔から、少し真剣な眼差しになった。

「私が……いえ、私たちが聞きたいのは、この世界にいる釘丘龍太郎という青年についてです」

 そう智代理が言った途端、ベリアルドは目を一瞬にして見開らくと、次いで考え込むように目を伏せた。

「……そうですか、龍太郎様を……あなた方が……」

 俯き小声で呟くベリアルドの声は、誰にも聞こえていない。

「それで、そのことについて何か知っていることがあれば、何でもいいんです。聞かせて下さい」

 ベリアルドは十秒以上間を空けて、口を開いた。

「わかりました。あなた方があの方を探し出すべき人物にふさわしいのであれば、この情報を上手く使えることでしょう」

 ベリアルドの前置きに、智代理たちは強く頷いた。




 ベリアルドによれば、今龍太郎は悪魔城ガリデルと呼ばれる建物にいるらしい。これが正しいのであれば、目指すべき場所はかなり絞られるために、捜索は楽になる。

 問題は、どうやって城に乗り込むかだ。これに関しては、城の中に常駐する悪魔族が厄介なため、楽な問題ではない。

「まあ、領土戦争の時の戦いに乗じて乗り込むのが一番得策だろうな」

 シュンが、眼前のテーブルに置かれた地図を見ながら言った。

 今見ている地図はベリアルドが用意してくれたもので、このブレイブシティ周辺が描かれている。丘の上に建つ悪魔城ガリデルは、視認するだけならこのブレイブシティの外からでも可能だ。

「ガリデルに乗り込んだ後は、いよいよ悪魔族たちと真っ向勝負なわけだけど……城の中は外と違って狭い上にやつらのホームだ。こっちが不利なのは変わりないね」

 そう言って、唸り込むセーヴ。

 確かに、敵の根城に直接乗り込むわけだからこちらが不利なのはごく当然である。

「それならば、私が手を回して、城にいる悪魔族らはなんとかいたしましょう」

「できるんですか?」

 智代理が問うと、ベリアルドは頷いた。

「ええ。ただ、それを行うのは悪魔族の戦力が大幅に落ちてからでなくては難しいですな。……そうですな、領土戦争が行われるのは後二回。最終日を潜入の日とするのは如何でしょう?」

 ベリアルドの提案に、智代理たちは互いに顔を見合わせて、頷いた。

「はい。それで大丈夫です。お願いします」

 そう言うと、ベリアルドは頬を上げて柔和に笑った。

「それで、報酬の方はどれほど出せば……」

 智代理は密かに懸念していた、情報に対する対価となる報酬の話を切り出した。このまま行けば、ベリアルドに情報を貰うだけでなく潜入も手伝ってもらうことになるため、報酬が大幅に上がる可能性もある。

「いえ。今回の件は報酬の話は無しにしましょう。今回の件は私にも色々と得がありますので」

 ベリアルドの言う得というものはわからないが、懸念していた報酬が無しになるというのはありがたい。智代理は頷いてそれを了承した。

 その後、ベリアルドと連絡手段についての話をしてから、雑貨屋【キュートルクス】を出た。

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