早すぎた決着
「セーヴ……さん……?」
智代理の前方にいるセーヴ。彼の姿は、既に智代理の知りうる【タンク】クラスのセーヴの姿ではない。いや、厳密に言えば【タンク】クラスの装備らしいといえばそうなのだが。
今のセーヴは、全身を屈強な鎧で固め、右手には鎌のように曲がった大剣と、左手には側面に刃のついた盾を装備している。
そしてそれらは紅が基調のデザインが施されており、どこかで見た装備を彷彿とさせるが、どこで見た装備だったかがいまいち思い出せない。
智代理があれこれ思い出そうとしているうちに、眼前の戦況はみるみるうちに変わっていく。
セーヴは強化されたベヒーモスが振り下ろす一撃を、体の半分ほどもある真紅の盾で受け流すように軸をずらし、体幹が崩れて防御が追いつかなくなったところを見切り右手に持つ真紅の大剣で脇腹に素早く一撃を入れる。
苦悶の悲鳴を上げるベヒーモスをよそに、セーヴはベヒーモスを守ろうと向かってくる漆黒の騎士をも落ち着いた様子で平然と捌く。
一体、また一体と漆黒の騎士を薙ぎ倒すと、反撃に出たベヒーモスを再びいなす。
「アスカちゃん。セーヴさんのあの装備は一体……?」
アスカは智代理の問いに、さっぱり、といった様子で首を横に振った。
「見たことがないわ、あんな装備」
セーヴの装備はその全てが紅に塗られたものに変わっている。数分前まで、智代理を助けた時に見たセーヴの装備は確か、領土戦争の上位報酬で貰ったと言っていた装備だったはずだ。
鎌のように曲がった大剣をセーヴが振る度に、虚空に鮮やかな紅線を残し、体の半分ほどもある盾でベヒーモスの一撃を受け止めれば、衝突による火花の鮮やかな紅色が虚空に飛び散る。
セーヴは、着々とベヒーモスの体力を奪い続けた。見たことのないスキルを駆使して、脚、胴、腕と次々に剣で払いHPバーを削り取る。
その姿はまるで、戦場で暴れまわる鬼のよう。眼前の巨大な蒼紫の魔物に屈することなく、それでいて圧倒していく。
すると、そんなセーヴに近寄る影が現れた。
「セーヴさん!!」
智代理が声を上げたと同時に、その影、最後に生き残った漆黒の騎士は剣を縦に振りかぶった。袈裟斬りを模したひと振りは、ベヒーモスとの戦いに集中するセーヴの背中めがけて振り下ろされる。
しかし、その剣がセーヴの体に触れることはなかった。
セーヴは眼前の蒼紫の魔物と対峙しながら、滑らかで迷いのない動きで左手に持つ巨大な盾を肩から後ろに回し、少しも違うことなく漆黒の騎士の一撃を止めてみせた。
だが、セーヴの盾は受け止めるためだけにあるのではない。
セーヴは大ぶりのスキルでベヒーモスの体を大きくノックバックさせると、素早く体を捻り、盾を振り回して側面の刃で漆黒の騎士を切り刻む。側面にまるでチェーンソーのような刃がついた盾は、とうとう無慈悲に漆黒の騎士のHPバーを鎧ごと削りとってしまった。
「す、すごい……ひとりであの数を相手に……」
セーヴの強さには、ただただ驚嘆するだけだ。彼の強さはあの得体の知れない装備からくるものでもあるのだろうが、それ以上にセーヴ本人の身体能力の高さも伺える。
四方から繰り出される乱雑な攻撃に対して、そちらに視線を向けることなく倒してしまうのだ。こんなことは、そうそうできることではない。
この間、約一分もない。
「皆! 後はコイツだけだよ!」
セーヴが、声を張り上げた。それに反応するように、フリーとなったシュンを始め、後衛のカエデやユカリも戦闘態勢に入り直す。
彼は、ものの一分程度で智代理が犯したミスを取り消し、あろう事か有利とも呼べる戦況にまで持ち込んでしまったのだ。
その後の展開は、非常に一方的なものだった。従来通りにセーヴがベヒーモスの怒値を集め、ターゲットが向かない程度にシュン、智代理、アスカが攻撃を加える。
後衛のカエデとユカリは本来サポート役に回るのだが、今回だけは、セーヴの強化された怒値集めとHP管理によって回復する必要が無かったため、ほとんど攻撃に回っていた。
そんな、ギルドメンバー全員が攻撃しても、セーヴ以外にターゲットが向くことは戦闘中一度も無かった。
じきに、ベヒーモスはそのHPバーを根こそぎ奪われ、地に伏した。
「よし、やっと終わったね。みんなの力があってこそだ」
セーヴは笑いながら、ベヒーモスのドロップアイテムを確認するために歩き出す。
だがそれを静止するように、アスカが静かな声で言った。
「待って下さい、セーヴさん。あたしたちに、きちんと話して下さい」
「……いずれ、話さなくちゃいけないことだからね」
セーヴはそう言いながら、足元の球体を拾い上げる。
「でも、全ては話せない。今、話せることだけなら、話すよ」
セーヴのその言葉に、アスカは頷いた。セーヴは背中越しにアスカの頷きが感じ取れたのか、話を一旦区切る。
「よし! じゃあまずはこれを早速ギュルガスのところへ持っていこう!」
セーヴの手に握られた球体には、『ラプラスの開眼(元)』という名前が表示されていた。
街も静まり返った、夜中二時近く。この時間帯に歩く冒険者は、揃いも揃って廃人揃いだ。
カエデの転移スキル《ピンポイント・ワープ》によって、街の中央、神の泉前にワープしてきた智代理たちは、早速その足でギュルガスの下へ向かった。
アスカがマリオルから預かった特製の地図を広げると、サブクエ受注時とは多少違うものの、ギュルガスの存在を赤い点で確認することができる。
「意外と早かったじゃねえか」
王宮より少し手前に離れた路地に、ギュルガスの姿はあった。
「まあ、あたしたちは優秀だからね」
アスカが皮肉混じりに言う。
ギュルガスはアスカのその言葉に少し眉間にシワを寄せるが、すぐにスッと手を差し出してきた。さっさと寄越せと言うことだろうか。
「待って。まだあなたから情報をもらっていないわ。あなたが求める物はここにあるし、あなたもこちらに渡すものを提示するべきなんじゃない?」
アスカはベヒーモスのドロップアイテム、『ラプラスの開眼(元)』を手玉よろしく弄んでみせる。
「チッ」
ギュルガスは小さく舌打ちすると、こちらに巻物状に巻かれた紙を投げてきた。アスカはそれを受け取って中を確認すると、満足気に手に持った『ラプラスの開眼(元)』を放り投げた。
「そんな狡賢いことしようとするから、同業者に出し抜かれるのよ」
アスカはそう言いながら、身を翻す。智代理たちもそれに続こうと、身を翻して歩きだした。
そんな智代理たちの背中に、ギュルガスの叫びが届いた。
「これ、『ラプラスの開眼(元)』じゃねぇかぁぁぁ――!!」
「ね、ねえ、アスカちゃん。あんなこと、していいのかな……?」
智代理は先ほど起こったことに対して、アスカに恐る恐る聞いた。
アスカが投げ渡した『ラプラスの開眼(元)』とは、アイテムの説明によれば、『ラプラスの開眼』になる一段階前の状態らしい。あそこから、何かしらの手を加えないと、『ラプラスの開眼』にはならないとのことだ。
「あれは、同業者如きに出し抜かれた罰よ。それに、曲がりなりにも情報屋の名を騙っておいて魔物一匹のドロップアイテムすら間違えるなんて、情報屋の風上にも置けないわ」
アスカは少し苛立ったようにそう言う。ゲームを真剣にプレイするアスカにとって、運営が用意したNPCの龍戦士族が適当なことをするのが許せないでいるのだ。
「まあ、色々解決していないことはあるけど。とりあえず今日はそろそろお開きにしたほうがいいんじゃない?」
悪くなってきた空気を直そうと、カエデが声を上げる。
「……そうね。明日も休みだとは言っても、もう遅い時間だしね」
アスカは頷くと、素早くログアウト作業を始めた。
「それじゃあ、また明日」
アスカはそれだけを残すと、白い光に包まれてログアウトしていった。
残された智代理たちはお互いに顔を見合わせる。
「アスカちゃん……機嫌悪かったね……」
「ああ。余程あのギュルガスの行動が気に食わなかったんだろうな」
「真面目なアスカらしいというか何というか」
「ま、僕は当然の反応だと思うよ」
残った智代理たちは、誰からと言わずそれぞれのタイミングでログアウトした。