初クエスト
時は流れ、時刻は二十三時三十分を回ったという頃合。周囲は青く輝く街灯により照らされて、幻想的な雰囲気が漂う。
街を闊歩するのは硬質なウロコを持つNPCの龍戦士族ではなく、全身を様々な鎧やローブで着飾ったプレイヤーの冒険者だ。
今いる彼ら彼女らは、運営側によるレベルデザインの崩壊とも言えるほどの理不尽な力を見せつけられてもなお心の底からこのゲームを楽しみ、このゲームにプレイする意味を見入出している者たちである。
初期と比べてプレイヤーの数は減ってしまったが、見方を変えてみれば、今ここに残るプレイヤーたちはこのゲームに真剣に取り組んでいる者たちである、ということにほかならない。
「さてと、みんないるよね?」
ブレイブシティを外の森林軍と隔てる街壁の外側。そこにいるギルドマスターのその声に、ギルド百鬼旋風のメンバー五人はそれぞれ頷く。
智代理たちは今、ブレイブシティの外側にいる。なぜここにいるのかといえば、もちろん、ギュルガスから受けたクエストをこなすためだ。
「よし、それじゃあしゅっぱーつ!」
元気いっぱいの智代理の号令とともに、ギルド百鬼旋風はブレイブシティから見て北に位置する神殿、ヴァルパレス神殿へと向かった。
「そう言えば私たちって、如何にもサブクエらしいクエストを受けるのって初めてですよね?」
ヴァルパレス神殿へ行く道すがら、ユカリがそんな事を聞いてきた。
サブクエとは、サブクエストの略称である。
サブクエストとは、依頼所で受けることのできる通常のクエストや、マスタークエストコールにより作動するメインシナリオを進める大規模クエストなどとは異なり、NPCであるところの龍戦士族或いは冒険者であるプレイヤーから個人的に頼まれたりするクエストの総称だ。
それはシステム的にクエストと判断されるわけではなく、報酬もその個人間での譲渡となる。
智代理たちは、このゲーム目的である龍太郎探しが初期の時点でマリオルの情報によって大規模クエストである領土戦争に参加すればいいということがわかってしまっていたため、本来依頼所で受ける通常のクエストやサブクエストを受けることなく来てしまった。
覚えるスキルも領土戦争に参加さえしていれば事足りるレベルなのも、またひとつの原因だ。
「まあ私たち、そうとうイレギュラーなゲームプラン取ってるからね」
カエデが言う。
通常のゲームプランを取っているのならば、まず通常クエストから受けて徐々に行動範囲を広めていって、段々とサブクエストも受けていくという形に収まるのだろう。
「でも、これはこれで楽しいから僕は好きだよ」
道中に現れた狼型MOB、ハウンド・ウルフを倒しつつ、セーヴが言う。
そんな他愛ない話をしながら、道中に現れる通常のMOBや夜間にしかポップしない夜型MOBを倒しつつ、先へと進む。
智代理はこの時に、自分がいつの間にやら複数のスキルを覚えていることに気がついた。
スキル名は、《スナイパー・ランス》と《スパイラル・フロウ》。そして、《ダーク・コリジョン》の三つである。
それぞれ急所突き、回避、特殊技と役割が分かれている。
「あれ、こんなスキルいつの間に覚えたんだろう」
智代理がひとりでに呟くと、アスカが教えてくれた。
「多分、新しい武器を装備した時に覚えたのね。武器装備によるスキル獲得は何もエフェクトが出ないから実際にスキル一覧を見るまで気付き辛いのよ」
アスカはその後ため息混じりに「早めのアップデートを望むわ」と付け加えた。
獲得の手段はどうであれ、智代理に使える新しい攻撃スキルが増えたのは事実であるようだ。これで、よりギルドの足を引っ張ることなく活躍できると智代理は喜んだ。
「でも今のままでも十分に戦力ですよ、智代理さん」
ユカリが、召喚した熊型の使役獣、モーリスに指示を出しながら言う。
だが智代理には、いまいちこのギルドの役に立っているということが実感できない。総合的な判断力、戦闘における判断力や反射神経、単純なセンスなどで、アスカたちに敵うとは思えない。
智代理には、このギルドに入る隙間がないのだ。頭の回転だって早くなければ、戦闘のセンスが特別あるわけでもない。
その気持ちが渦巻き、自分がこのギルドのマスターなはずなのに、自分がいない方がいいんじゃないかとすら思えてくる。
ユカリが言ってくれたようなことは、過去に言い方こそ違えどみんな智代理に言ってくれた。それは純粋に嬉しいのだが、本当に自分が役に立っているのかどうかということが確認が取れないためモヤモヤしている。
「う~~ん……」
智代理は道中でこちらに敵意を向けてくるMOBを倒しながら頭で考える。
確かに、戦闘にはある程度慣れた。倒す速度だって戦闘をこなすたびに少しずつだが早まっている。初めて対峙するMOBに対しても、まず最初に敵の弱点やパターンを把握するところから始めたりと、色々変わってきた。
でも、それでも。智代理は他のメンバーに比べて足りないものが確実にある。それがわからないのも、胸の中がモヤモヤする要因のひとつだ。
歩きながらそんなことを考えていると、ザッザッと鳴り響いていたギルドメンバーの足音が途絶えた。
「着いた、みたいだが……」
シュンの声に、思考の海にトリップしていた意識を引き戻す。
視線を上げると、そこには荒れ果てて遺跡のような造りとなってしまった神殿があった。
周囲は神殿同様荒れ果てており、屋根を支えていたであろう複数の柱は無残にも折れ砕け、柱としての役割を保っていない。
こんな場所がとてもダンジョンだとは思えないのだが、ギュルガスの話を聞く限りではここのはずだ。
「うーん、偽情報掴まされたのかな……」
「そもそもさ、マリオルさんがあのギュルガスから聞いたって情報をもとにガイズって人は情報屋を探して、んで結局いなかったんだろ? てことはあのギュルガスってやつ、嘘ついてたんじゃないのか? 話し方もNPCっぽくないし」
カエデとシュンがそんな言い合いを繰り広げる。
その間にも、ギュルガスの言っていた魔物どころか生物らしき影は見当たらない。
「……とにかく、近くに行って調べましょう」
アスカがそう言って神殿へとさらに数歩近づいた――その時。
「な、なに!?」
「うおおっ!」
「きゃぁっ!」
デビルズ・コンフリクトの大地が、突如揺れ始めた。
揺れはだんだん強まり、立っていることすらままならないほどまで大きくなっていく。
「い、一体何が!?」
揺れは収まることを知らず、とうとう地面に稲妻状の亀裂が走った。
揺れるごとにその亀裂は広がり、智代理たちに迫ってくる。
「あ、あれは……」
そしてその亀裂を押し開くように、中から、一体の魔物が這い出てきた。
黒に近い紫の全身をさらに上から紫の煙が覆い、全てを叩き潰さんとする木の幹のような腕に、それに類似する剛脚。
顔に相当する部分はそれぞれのパーツが煙によって見え辛いものの、その中でも緋く輝き智代理たちを品定めでもするかのように見下ろしてくるそれは、おそらく目に相当するものだろう。
現れた魔物は咆哮を上げると、フシューっと体中から紫煙を吐き出す。
「こいつが……例の魔物か……!?」
シュンは突如亀裂から現れた巨大な魔物に少し顔が引きつっているが、手足が震えているようなことはない。
「気を引き締めて! コイツは[ラプラス:ベヒーモス]! 相当高位のボスだから、陣形を崩さないようにね!」
セーヴは早口でそう言うと、ものすごい速度で一気に距離を詰める。
補助スキル《ロケット・ダッシュ》のおかげで、最初の踏み出しに速度補正が掛かったのだ。
「《ライブラ・アイ》!」
いつの間にやら詠唱を終えていたカエデが、杖を前方に掲げてスキルを発動した。
そのおかげで、メンバー全員に敵の公開情報が流れ込む。その情報を受け取って詰め寄ったセーヴが、真っ先にスキルを使用する。
「《アンガー・ポイント》!!」
セーヴのスキルのおかげで、相当な怒値がセーヴに集中する。
ギロリと、煙の中で蠢く緋い点が足元のセーヴを追い掛け回す。
「ほらほら!」
セーヴは巨大な蒼紫の魔物ベヒーモスに、ひたすらダメージを与え続けて怒値を稼ぎ出す。こうして、後衛や、打たれ弱いが一撃が重い前衛職の手助けをする。
「はぁっ――《斬魔叫》!!」
今度はアスカが、黒く輝く刀身を振りかざす。するとその刀身から黒い波動が三日月の形を描いて生成され、ベヒーモスの体にくい込んだ。その苦痛にベヒーモスは、地を揺るがすほどの叫びを上げる。
声にならない叫びを上げ続けるベヒーモスだが、アスカの黒い斬撃はゆっくりと前進を続ける。
そしてセーヴはそのアスカのスキルに当たらないような位置取りで、さらに攻撃を続ける。
「おらっ――《ザンク・スラッシュ》!」
そんな二人の合間から、シュンがすかさず一太刀浴びせる。
三人による連続して行われた攻撃に対し、反撃しようと体を動かすベヒーモスだが、アスカの斬撃がいまだ体にくい込んだままで思ったように動けない。
「ここだぁっ――《スナイパー・ランス》!」
智代理は身動きの取れないベヒーモス目掛けて、その弱点部位である腰の付け根に狙いを定め、一突き繰り出す。
空気を突き潰すように押し出された白銀の槍は、少しも違うことなく見事腰の付け根に突き刺さった。
硬い肉を抉る感触。コンクリートのように硬いものに棒を通すような感触とはまた違う抵抗が、智代理の手に腕に伝わってくる。
だがこれはゲームだ。システム的なスキルアシストによって、何百倍にも強化された智代理の腕力で、それこそ潰すように、ベヒーモスの腰に槍を深く突き刺していく。
「やぁぁぁぁっ!」
声を上げ、槍を持つ手にさらに力を込める。
――だが。
「きゃっ!」
ガキン! と、唐突に智代理の槍が弾かれた。
弾かれた勢いで智代理の体は後方に飛ばされ、地面にひれ伏す。カランカランと音を立てて、ベヒーモスの体に深く突き刺さっていた『ヒョルス・リムル』が智代理の手の中から離れて近くに飛んでいく。
何に弾かれたのかを見ようと顔を上げた智代理の目の前に立ちはだかっていたのは、漆黒の鎧を身につけた騎士だった。
「クソッ、何なんだこいつら!」
シュンの声にそちらを向けば、シュンだけでなく、セーヴやアスカまでもが漆黒の騎士にベヒーモスまでの道を塞がれている状態だった。
漆黒の騎士は数にして七。手には同じ漆黒の両刃剣を持ち、シュンたち前衛三人をひとりに対して複数で応戦している。
今のところ後衛にまで騎士の手が伸びる心配はなさそうだが、多勢に無勢のこの状況、いつ前衛の壁が突破されるかわからない。
「今助けるよ! 《ホーリー・ソウル》!」
「先輩たちを助けて! 《サモン:レオ》!」
詠唱を終えたカエデの杖の先から、無数の光の玉が出現し漆黒の騎士に向かって飛んでいく。それに続くように、ユカリの呼び出した金色の鬣をもつ巨大な獅子がその身に空気を纏いながら突進していく。
後方からの急襲に気付いた漆黒の騎士たちは、一斉にに注意をそちらに向ける。
カエデの生み出した光球は一体の漆黒の騎士に直撃し、ユカリの呼び出した地を駆ける黄金の獅子はまた別の騎士に食らいつき、瞬く間に優位を得る。
「私も助けに……!」
智代理がそう言って槍を拾って立ち上がると、彼女の目の前にその行く手を塞ぐ形で漆黒の騎士が立ちはだかった。
「どいてっ!」
智代理は槍を地面と水平に突き出す、《ランサー・シュート》を使用した。
だがその一突きは騎士の手に持つ剣によって軸をずらされ、スキルがキャンセル扱いとなったために智代理の体は体幹を崩し大きく傾く。
「くっ!」
智代理は右へと倒れる自分の体をなんとか立て直そうと、右足を体より横に出して力を込めて体を支える。
なんとか倒れることは防げたものの、漆黒の騎士はその隙を見逃さない。右手に持つ剣をそのまま後ろに振りかぶり、袈裟斬りを繰り出す。
「……! 《スパイラル・フロウ》!」
智代理が咄嗟に自分の槍を地面に突き刺すと、突き刺した地面から竜巻が発生し襲いかかってくる剣を弾くように吹き飛ばした。
盾を持たない漆黒の騎士から両刃剣が奪われ、完全に無防備になる。
「当たってぇ!」
小さな竜巻から姿を現した智代理は既に槍を振りかぶっており、騎士の胸元に目掛けて逆手で振り下ろす。
《ダーク・コリジョン》。武器全体に様々な状態異常を引き起こす黒い瘴気を纏わせそれを突き刺すことにより、対象の内部に様々な影響をもたらす近距離スキル。
黒い煙を薄く纏った白銀の槍は、黒と銀の混合した幻想的な雰囲気を醸し出しつつ、漆黒の騎士の鎧の隙間を縫って突き刺さる。
突き刺さった槍からその身に纏う黒の瘴気を騎士の体に流し込まれる。瘴気を注入された騎士は段々と力を無くし、次第に膝を地面につけた。
「はぁっはぁっ」
智代理は肩で息をしながら、地に膝をついて沈黙する漆黒の騎士を見下ろす。おそらく今は《ダーク・コリジョン》の効果の一つ、催眠状態に陥っているのだろう。
この催眠状態は長くは続かない。しばらくすれば起きてしまうが、起きた時にはまた別の効力が働く。毒による行動の鈍足化か、麻痺による行動停止か、はたまた筋力の衰えによる攻撃力及び防御力の低下か。
働く効力はその相手の耐性次第になるが、とりあえず催眠が効いて助かった。これが効かなければ、智代理はすぐさま反撃を受けていたかもしれない。
智代理は漆黒の騎士が完全に催眠状態に入っていることを様子から確かめると、ベヒーモスへと視線を向けた。
見るとベヒーモスは丸く蹲り、体全体を脈打たせながら淡く発光している。
その蹲る姿はさながら、成虫になるために力を溜め込む蛹のようだ。
初心者の智代理でもわかる。あれは、何か良くないことが起きる前兆だと。
「倒さなきゃ……っ!」
智代理は脈打つベヒーモスに一直線に走り出す。先程の騎士との交戦でMPはほとんど使い果たしている状態のため、スキルは使えて後一度。
走りながら槍を構え直し、柄を持つ手に力を込める。せめてあの発光現象だけでも止めることができれば、何かが変わるかも知れない。
「――ダメだ! 智代理くん!」
智代理の特攻に気付いたセーヴが声を張り上げる。がしかし、智代理は既に目の前の巨躯に一撃入れることしか頭にないようで、走る速度を落とす気配がない。
「やぁぁぁっ――《スナイパー・ランス》!!!」
智代理の突き出した白銀の槍は、再びベヒーモスの足の付け根目掛けて一直線に向かう。
空気を切り裂き、ベヒーモスが噴出する紫煙を掻い潜り、その肉体に一撃入れんと白銀の槍はひたすらに突き進む
そして――――
「っ!」
何かに当たる感触。だがその感触は肉を突き刺したような感触ではなく、鋼鉄の物質に当たった感触。
それに心なしか槍が軽くなった気がする。突き刺した槍は紫煙によって先が見えない。
その紫煙の中から、唐突に巨腕が振るわれた。
智代理は咄嗟に避けようと体を後ろに捻るが、振り下ろされる腕は大樹のように太く、このままでは腹部より下を叩き潰されてしまう。
だが智代理にはもう避ける術が無い。今の《スナイパー・ランス》によってMPは完全に底を尽き、この状況ではMPポーションを飲んでスキルを発動する事も叶わない。
「いやっ……」
智代理の頭に、この腕によって潰される自分の姿が第三者目線で投影される。
いくらゲーム、デジタルといっても感じる恐怖は現実世界とそう大差無い。それは、最初の領土戦争で嫌というほど思い知った。
あの時は対象が自分ではなかったが、今回の対象者は智代理自身だ。
眼前の蒼紫の魔物は自分に危害を加えようとしてきた智代理に、反撃の鉄槌を下そうとしている。
生物の防衛本能として当然の行為だ。そして、相手の実力を測り損ねた智代理に対する当然の罰だ。
智代理はあまりの恐怖に、後方へと飛びながら目を瞑った。
――ガキン!
「え……」
蒼紫の魔物が振るった鉄槌は、智代理の体を潰すことはなかった。それどころか、目を開けると体に外傷がひとつも見当たらない。
代わりに、智代理を覆うようにして上に影が出来ていた。
「セーヴさん……?」
智代理を守るようにして盾を構えていたのは、セーヴだった。
ギリリ、と盾が割れんばかりの悲鳴を上げている。
「早く……逃げて……っ!」
ベヒーモスの腕を受け止めながら、苦しそうにセーヴが言う。
「あ……」
だが智代理の足は、眼前の出来事のプレッシャーで全くいうことを聞かない。
動け動けと脳は命令信号を出し続けているのに、それを足が受け取ろうとしない。
(動いて……! お願い……!)
そう願った瞬間、智代理の体は乱暴に持ち上げられ、風のようにセーヴとベヒーモスのいる場所から遠ざけられた。
「全く。さっさと動きなさい」
そう言う声の主は、智代理をお姫様抱っこしている状態のアスカだった。
アスカはそのまま風のように走り抜け、神殿の周りに立つ木々の中に身を潜める。
「アスカちゃん……!?」
智代理が口を開こうとすると、アスカがそれを手で制する。
「大丈夫よ、セーヴさんなら。きっと何か策があってあそこに飛び込んだはずよ」
アスカはそう言って、今もなおベヒーモスの腕を受け止め続けるセーヴから目を離そうとしない。
智代理はアスカがこちらを向いてくれないとわかると、同じくセーヴの方に視線を向ける。
相変わらずセーヴはベヒーモスの腕をギリギリの状態で抑えている状況で、互いに睨み合っている。
セーヴの両手は盾を支えるために使われ、足は上からくる重圧で地面に半ばめり込んでいる。
そしてセーヴを守る盾も、そろそろ限界が来ていると見える。このままでは、どう考えてもセーヴが押しつぶされてしまう。
だが隣のアスカは、それでもセーヴを信じるのだという。戦闘中に何か話していた様子も見られないし、アスカの言葉は一体どこから出てくるものなのだろうか。
そして、セーヴはこの状況を、一体どうやって切り抜けるつもりなのか。
セーヴは、アスカが智代理を抱き抱えて安全な場所まで避難したことを確認すると、ふっと口元を歪めた。
「相変わらずすごい後輩だよ、彼女は」
セーヴは眼前の蒼紫の魔物の腕を受け止め続ける盾『オラクル・シールド』を持つ手に力を込める。
「これは、あっちの時代で使いたかったんだけれどね」
不敵に笑いながら、セーヴは零す。
そして、次に言葉をこう紡いだ。
「クラスエヴォリュート:【ハイタンク】」
そう呟いた瞬間、セーヴの足元が彼を囲うようにして光り出し、次第にその光が彼の体を包み込み始めた。
その光はやがてセーヴの顔半分までを埋め尽くし、体は全く見えない状態となるまでに大きくなる。
光の波動、とでも言うべき現象が、セーヴの体を隠すように包み込んだ。
「……話には聞いていたけれど、ラプラスの悪魔が今、僕にこれを使わせるほどとはね」
光の中から発せられる誰にも聞こえないセーヴの呟きと同時に、周囲の光の波動は消滅を始めた。徐々にセーヴの体が再び姿を現していく。
そして、光に包まれていたセーヴの体は完全に視認できるようになった。
光の中から現れたセーヴは、再度不敵に笑い、ベヒーモスを見上げながら呟く。
「さあ、壁の攻撃を始めようか」




