奪われた商売道具
少しプレイヤーの出入りも落ち着いてきた頃合の、神の泉前。
そこを通り過ぎ、北に真っ直ぐに進むと目的の場所はある。
「ここがメインエリアね」
神の泉がある中央エリアから北に進んだ先にある蒼色の大門が、メインエリアへの入口である。
このメインエリアには、ショップエリアまでとはいかずともそれなりの店が立ち並び、主に龍戦士族たちの居住区となっている。
ここにくるプレイヤーは比較的少なく、特に今の時間では周囲にプレイヤーなどひとりもいない。
「さて、ギュルガスはまだ移動していなようだけど……」
マリオルから託されたこの町の地図には、赤い点が一箇所点灯している。その赤い点が指すのは、今智代理たちが捜し求めている龍戦士族、ギュルガスの居場所だ。
「これ、結構奥まった場所だな」
シュンがアスカの持つ地図を覗き込むように見る。
確かにシュンの言うとおり、メインエリアの中でも相当奥の方であることが地図から読み取れる。
「ていうかこれ、王宮のすぐ近くだね」
カエデが言った王宮という施設名。その名のとおりの王宮である。いったい誰の王宮であるかといえば、領土戦争という名の大規模クエストを運営からプレイヤーに伝える存在として確立している、グリワールがいる王宮だ。
領土戦争に参加する龍戦士族の多くはここに常駐しているという。
「王宮近くの路地ね。それじゃあそこに……」
アスカは、アスカにほぼ密着するシュンのせいで動きづらそうにしていた。
「ちょっと、シュン。少し離れてくれる?」
「ん? あ、ああ悪い」
シュンはアスカに言われて少し距離を取ろうとする。が、さらにその後ろに密着するカエデの存在により、シュンまでもが動きづらそうだ。
「カエデ」
アスカが少し呆れた様子でカエデに声をかける。するとカエデは見入っていた地図から目を離し、ハッとした様子で素早くシュンから離れた。
「ご、ごめんね、シュンくん」
「いや、大丈夫」
「カエデちゃん、もしかして……」
智代理がその先の言葉を紡ごうとすると、アスカに手で口を抑えられてしまった。
「それ以上言っちゃだめ、智代理」
「んーっんーっ」
「どうした? 早く行こうぜ」
シュンは、何事もなかったかのように歩いていく。
カエデは、その少し後ろをついていく。
そして、智代理を含む他のメンバーは、その後ろをついていくのだった。
メインエリアも他のエリアと変わらず、基本的な構造は同じだ。
特に曲がり角もなく、ただただ一直線に突き進む。
時々、冒険者が珍しいのか、若い龍戦士族や子供の龍戦士族などが智代理たちに視線を向ける。
「な、なんか見られてるね……」
「冒険者が珍しいんでしょ」
ひたすら歩くこと、約五分。このブレイブシティの最北に位置する真紅の王宮、グレイダルの目前までやってきた。
地図を確認すると、ギュルガスはやはりこの近くの細路地にいるようだ。
「地図で見ると……ちょうどあの辺かしら」
アスカが指さした先には確かに細く狭い路地がある。だがその路地は本当に人ひとりが入れるくらいのスペースしかない。
「とにかく、行けばわかるよ、きっと」
智代理の言葉に全員が頷く。
路地の奥は、既に夕刻が迫っていることも相まって、相当な暗闇が広がっていた。
全員が路地の闇の中に入ったと同時に、奥から若い男性の飄々とした声が聞こえてきた。
「ククッ、珍しいね、こんなところに冒険者様が来るなんて。あの褐色の以来か?」
そう言って姿を現したのは、茶色いボロ切れのマントを羽織った、男の龍戦士族だった。
「あなたが、ギュルガスさんですか?」
智代理がストレートにそう問うと、その龍戦士族はククッと声を押し殺すようにして小さく笑った。
「俺に敬語を使うなんざ、もったいないよ。そのとおり、俺がギュルガスだ。どうせあの褐色に聞いてやってきたんだろ?」
目の前の龍戦士族、ギュルガスは、再び押し殺すように笑みをこぼした。
「話が早くて助かるわ。早速だけど、情報屋の居場所を教えてくれる?」
アスカが一歩前に出てそう言うと、ギュルガスは目を見開き、両手を広げた。
「おいおい、嘘だろ? まさかタダで教えてもらえるなんて思ってるのか? 頭の中お花畑か?」
今度はこちらを嘲笑するように、クククッと笑うギュルガス。
「ええ、タダで教えてくれると思っていたわ、ごめんなさい。だってあなた、その謎の情報屋とやらに自分のお株を奪われるくらい落ちぶれているんでしょ? それならあたしたちに情報を無償提供してくれるくらいのバカだと思って」
「よ、容赦ねぇ……」
智代理を含むアスカ以外のメンバーは、アスカの口から放たれる矢の如き毒舌に若干引いていた。
「これ、絶対怒ってるよね……」
智代理が恐る恐るギュルガスの方を向くと、予想とは裏腹に、ギュルガスは下を向いて笑っていた。
「ククククッ、面白いねぇ、あんた。確かにあんたの言うとおり、俺はあの野郎に情報屋としてお株……大事なものを奪われたんだ」
「大事な、もの?」
「ああそうさ。俺が肌身離さず持ち歩いていた商売道具、『ラプラスの開眼』を奪われたんだ。あれがなくちゃあ、俺は情報屋として生きていけねえ」
「それじゃあ、それを取り返してくればいいんですか?」
智代理がそう言うと、ギュルガスは再び嘲笑するような笑い声を上げた。
「クククッ、そっちのお嬢さんはそっちのお姉さんと違って本当に頭ン中お花畑みたいだなぁ……。そんなことしたらお前ら、俺に『ラプラスの開眼』を渡す前にどっかに逃げるだろ」
「わ、私たちはそんなこと……!」
「どうだかな。初対面のやつに信用しろってのも、無理な話だろ?」
智代理はギュルガスに言われて、押し黙ってしまった。
「ちょっと。これ以上智代理を虐めたら許さないわよ」
「へっ、おー怖い怖い」
ギュルガスは両手を挙げ、ひらひらと振ってみせた。
「……それで、あたしたちに何を求めるの?」
アスカがギュルガスを真正面から見据える。
それを迎え撃つように、ギュルガスもまた、アスカを見据える。
ギュルガスはゆっくりと、口を開いた。
「お前たちに求めるのはただひとつ。奪われた『ラプラスの開眼』よりもさらにひとつ上の、『ラプラスの六感』をとってきてもらう」
ギュルガスから言い渡されたそれは、MMORPGでもよくある形のお使いクエストだった。
このブレイブシティから出て真っ直ぐ北に向かうと、今は荒廃してその姿をなくした神殿があるらしく、そこに出てくる巨大な魔物の瞳を加工したものが、ギュルガスの言う『ラプラスの六感』らしい。
「全く、なんでもとの奪われたアイテムよりさらに上位のものを渡さなくちゃならないんだ」
シュンはギュルガスの出したクエストに悪態を吐く。
「ま、まあまあ」
カエデがシュンを落ち着かせようとする。
「ギュルガスの言う魔物はおそらくボス級のMOBだと思うわ。深夜しか出ないって話だし、みんな一旦解散にしましょう」
アスカがギルドメンバーにそう言うと、唐突に智代理のボイスチャットが鳴り出した。
「誰だろう?」
掛けてきた者の名前を見ると、そこにはあの橙髪の少女、レインの名前が表示されていた。
智代理はコールボタンを押して、ボイスチャットに応答した。
「あ、もしもし。レインです!」
虚空から、活発な少女を思わせるハキハキとした声が響いてきた。
「こんばんわ、もしかして武器出来上がったんですか?」
「はい! 今すぐにでも取りに来てもらって大丈夫ですよ」
智代理は、目配せで武器が出来上がったことをギルドメンバーに伝える。
「それじゃあ、今からそっちに行きますね」
智代理はレインとのボイスチャットを切ると、アスカたちに口頭で武器が完成したことを説明した。
時刻は十九時ちょうど。武器を回収するくらいの時間はあるだろう。
再び訪れたショップエリア。もう既に陽は落ち切ったというのに、このエリアの活発さは衰えを知らない。
だが、街灯は昼間の白灯から夜の青灯へと様変わりし、賑わってはいるものの雰囲気もどこかしっとりしているように思える。
行き交う龍戦士族はその数を少なくしていて、どちらかというとプレイヤーの方が数多く歩いているようにも見受けられる。
そんな賑わいながらもゆったりとした空気が漂うショップエリアに佇む一軒の武器屋、【アルマテリオ】。
その扉に手をかけ、智代理たちは【アルマテリオ】へと入店した。
「お、来ましたねー!」
中に入ると、待ってましたというように、橙髪の少女がカウンターの奥にいた。
そしてそのカウンターの上に、昼間来た時には無かった、全身白銀色で柄の中心に蒼い宝石が嵌め込まれた細身の槍が置かれていた。
「『ヒョルス・リムル』完成しましたよ、智代理さん! ……よいしょっと」
橙髪の少女レインは、少し重たそうにその輝く銀の槍を持ち上げた。
「これが、私の新しい武器……!」
智代理はレインから『ヒョルス・リムル』を受け取ると、そのまま装備画面に移行して早速装備した。
「わぁ……」
やはり目の前で見る時と装備した時とでは武器の見え方も違ってくるようで、智代理は輝く目で手に持つ『ヒョルス・リムル』をしげしげと眺めている。
さらに智代理の防具『シグルドリーヴァの言葉』の翡翠色と相まって、なかなかに美しい成りをしていた。
「似合ってますよ、智代理さん!」
「え、えへへ、そうですかね……」
智代理は純粋に嬉しいのか、頬を赤らめ照れている。
「……あ、でももうこんな時間だ。私そろそろ帰らなくちゃ」
現在の時刻は十九時二十分を示していた。一般的な家庭ならもうとっくに夕飯を食べている時間だ。
「それじゃあまた後で、だね」
ログアウトボタンを押し、体が白い光に包まれ始めた智代理が言う。
「ええ、二十三時頃に神の泉前でね」
智代理は最後にアスカたちに手を振りながら、【アルマテリオ】にて白く輝く光の中へと消えていった。




