領土戦争第四波 ~復帰戦と情報屋~
十五時丁度。神の泉前に、ひとりの少女が降り立った。
上は紫の軽鎧に、下はレザースカートの中に黒のタイツが見え隠れし、足元は鉄製の膝丈までのブーツで保護している。
その姿を見る者は全員、目を疑う。
何せ、全クラス中トップレベルの不遇クラスとされている【ヴァルキリー】の衣装なのだから。
白い光に包まれて約二日ぶりにこの地へと降り立った智代理は、まず周りを見渡した。
「……いるわけないか」
周囲の視線にはもう以前までのプレイで慣れてしまった。自分が不遇クラスを選んでしまっていることも重々承知している。
「智代理ちゃん!」
ギルドメンバーを探そうと歩きだした瞬間、右側から聞き覚えのある声が人ごみを掻き分けて耳に届いた。振り向けば、そこには二日しか空いていないもののなぜかとても懐かしく感じる面々が揃っていた。
今しがた智代理を呼んだカエデ、スポーツ万能のシュン、珍しい召喚スキルを使いこなすユカリ、先陣の要であるセーヴ、そして、親友のアスカ。
ギルド百鬼旋風のメンバーが、ひとりも欠けることなくそこにいた。
「久しぶりカエデちゃん、みんなも」
「といっても二日しか空いてないけどね」
セーヴは朗らかに笑いながらそういうが、智代理にとってこの二日間はとてつもなく長いと感じたものだ。
「あれ……」
智代理はアスカたちを見ているうちに、全員のある変化に気づいた。
アスカは以前着ていた赤色に近いレザーマントを脱ぎ捨て、まるで着物のような出で立ちの防具を身に付け、腰に携える得物は刀身が細く真っ直ぐ装飾などほとんど施されていない刀になっている。
セーヴは無骨な鎧からよりしっかりとした重量感のある銀色の鎧を装備しており、得物の片手剣もグレードアップしているようだ。
ユカリは以前のフリフリの衣装からスッキリと、しかしそれでいてユカリ自身の元気の良さを感じることができるようなデザインがされた革鎧へと装備を変更している。そして得物はなんと細身のレイピアとなっていた。
シュンはほとんどが【ウォーリア】の初期装備だったのが、今では下は足元まで伸びる白のレザーコートに持ち手が薄い赤に輝く大剣を携えている。
カエデは今まで白いフード付きのローブを身につけていたのが、今は複数の宝石が首元をなぞるように嵌め込まれた真っ赤なローブを身にまとっており、手に持つ杖は木製から銀製へと変わっていた。
「装備が変わってる……」
「あたしたち、智代理がいない間にも領土戦争に参加してたって話はしたじゃない? この装備……というか防具、全部領土戦争第三波時のクエスト上位報酬なのよ」
アスカが自慢げに自分が身につけている着物めいた防具の袖をひらひらとさせる。
「どうやらギルド単位で参加しての報酬は、ギルドメンバー全員にそれぞれのクラス合った防具がもらえるらしいわ。ちなみに武器は、その時一緒にもらったグラドで全部新調したの……って、智代理?」
アスカがここまで説明を終えると、智代理の頬がみるみるリスのように膨らんでいくのがわかった。
限界まで頬を膨らませた智代理は、その空気を吐き出すように、ぼそりと呟いた。
「ずるい」
「ずるいって言ったって、智代理いなかったんだから仕方ないじゃない。ワガママ言わない」
「むー……」
智代理は諦めたのかそうではないのか、しきりに自分の装備とアスカたちの装備を見比べる。
アスカはそれを見てはぁ、とため息をつくと、メニューパネルを呼び出して操作を始めた。
「冗談よ」
アスカがそう言いながらパネルの操作を終えると、智代理の視界の端にプレゼントのアイコンが現れた。
それをおもむろにタッチすると、今度は視界に、あるアイテムの詳細が書かれたパネルが出現した。
「『シグルドリーヴァの言葉』……?」
「それは、智代理の装備よ」
「え? でも私参加してないよ?」
「まあ確かにそうなんだけど、ギルド単位で参加するとあたしたちみたいな六人以下の小規模ギルドは文字通りギルドメンバー全員に報酬が与えられるらしいのよ。ちなみに小規模ギルドで報酬をもらったのはあたしたちだけみたい」
わけのわかっていない智代理の代わりに、アスカがパネルを操作する。
すると智代理の体を空泡のようなエフェクトが包み、あっという間に新しい装備へと変化した。
「これが……私の新しい装備……?」
「それはあたしたちから智代理対する復帰祝いとして受け取ってちょうだい。今後ギルドメンバーが増えたりすると今回みたいにいなくても報酬がもらえるなんてことはないから、多分これが最後ね」
「アスカちゃん……」
「お礼ならあたしじゃなくて、メンバー全員にね。みんな平等に頑張って上位に入賞できたんだから」
智代理はアスカの声が聞こえていたのかいないのか、とても幸せそうな顔で新しく身につけた防具に何度も視線を巡らせている。
「それはそうと智代理さん。そろそろクエスト来るんじゃないですか?」
ユカリの言葉に防具に奪われていた目を右上の時刻にやると、現在は十五時四十七分を示していた。
アスカが昨日持ってきてくれた情報の中に、「領土戦争のメールは今のところ15:30~20:00時の間で送信され、一度目は17:30、二度目は20:00、三度目は19:15である」という情報があった。
それを見たからこそ、今回の集合時間を十五時に設定したのだ。
そして時刻が十五時五十分となると同時に、ブレイブシティ内にマスタークエストコールが鳴り響いた。
領土戦争の基本的な目的は変わらない。敵である悪魔族をどれだけ倒せるかで、上位に入賞できるかどうかが変わる。
智代理がいた最初の領土戦争は龍戦士族側の謎の召喚スキルによって、悪魔族たちは理不尽に惨殺されプレイヤーの出る幕などほとんどなかった。
そしてアスカの言っていた通り、その召喚スキルの影響もあって確かに参加人数は減っていた。
だが、いざ今回の領土戦争が始まってみると、参加人数以外にも最初の時と大きく違うことがいくつかあった。
まず、味方の龍戦士族の装備の変化。
ほぼ全ての龍戦士族の装備が、それこそ悪魔のような存在がつけるにふさわしい出で立ちの歪な形ばかりが目に付く武器防具を装備していた。
どうやら性能も上昇しているようで、見かける龍戦士族はみな対峙する悪魔族を一方的に攻め落としていく。
次に、悪魔族たちの戦法の変化。最初の悪魔族たちは基本的に散り散りになって戦い、戦力を分散することで効率的な戦い方を披露していたが、今回、いや、話に聞けば二回目の領土戦争から今回のような戦い方になった。
捨て駒戦法。
あくまでも見ただけの感覚ではあるが、以前の戦い方よりも悪魔族たちの特攻頻度が上がっている。こちらにダメージを与えるということよりも、背後に回復役の集団がいることをいいことにまるでゾンビのように回復しては特攻を繰り返して、時間稼ぎをしているように見える。
それでもやはり限界というものはあるため、時々回復しきれなかった悪魔族が龍戦士族や他のプレイヤーの手によって粒子へと変えられていた。
意味のない特攻。意味のない戦闘を、悪魔族は繰り返していた。
そして最後に、謎のローブ集団が使用した召喚スキル。
今回はまだわからないが、前回と前々回の領土戦争時、最初の領土戦争のような天使たちが現れるどころか、あのローブを羽織った魔法使いのような風貌のNPC及びそれを引き連れていたあの龍戦士族も目撃されなかったという。
なぜ、一回で終わらせたのか。初回だからプレイヤーの手助け? それとも何か致命的な問題が発生して急遽中止になった?
その真意はわからないが、現実にあの天使たちが再びこの戦場に舞い戻ることはなかった。
「前方三十メートル先に生体反応! 数は十五!」
捨て駒戦法を取ってきた悪魔族側は、龍戦士族側の集団ひとつひとつに対して十数体の前衛と数体の後衛を同行させて捨て駒作戦を敢行しているようだ。
ユカリの言葉通り、数秒後に前方を歩いてきた悪魔族たちと鉢合わせる。
事前に来るのがわかっていた智代理たちは既に臨戦態勢に入っており、悪魔族たちが戦闘態勢に入る前にはもう、距離を詰めきっていた。
「やぁっ――《ランサー・シュート》!!」
地面と水平に後方へと引き絞った智代理の直剣は、スキルアシストによる動作保護のおかげでスムーズに前方へと突き出される。
空気を穿つように突き出されたそれは見事一体の悪魔族の腹部へと命中し、まるで地獄の底から湧き出てくるような低い悲鳴を上げながら、悪魔族はその姿を粒子へと変貌させる。
カエデがクエスト直後にかけてくれた攻撃力を上昇させる補助スキル《フォース・オブ・フォース》のおかげで、敵の回復役たちの計算を狂わせて次々となぎ倒していく。
そして隙を見つけては、前衛をゾンビせしめている後衛に近づこうとするが、それは前衛が全力を持ってして庇い阻止してくる。
だがその庇った悪魔族は軒並み瀕死状態ばかりで、智代理たちの攻撃を受けた瞬間その体を空気に溶かす。
対峙していたひとつの集団のうちの前衛が倒されきれそうになれば、後衛は予め詠唱していた転移スキルによって別の場所へと転移する。
「ったく。もうNPCがスキルを使うのが普通に見えてきたな」
シュンが目の前の最後の前衛にトドメを刺したところで、空気に散り溶けていく粒子を見ながらぼやく。
「本当だよね。マニュアルには『出てくるNPCはスキルを使用しません』なんてわざわざ書いてあるのに。どうやらホームページのメールフォームとかファンタジスタリバー社の電話受付とかも今止まっちゃってる状態だし。本当に大丈夫なのかな、このゲーム……」
シュンに同意するように、カエデも心配そうな顔で頷く。
「そんなことは僕らが心配する事ではないよ。さあ、とにかく悪魔族たちを討伐しよう」
セーヴのそんな言葉に煮え切らないシュンとカエデだったが、これはあくまでもゲーム、現実とはわけが違うと言い聞かせ頷いた。
それから三十分後、領土戦争の終了を告げるグリワールの声が脳内に響いた。
「ご苦労であった、冒険者諸君。君たちの尽力のおかげで随分と敵の戦力を減らすことができた。これでこの地の支配もまた一歩、近づいたということだ」
突如響いたグリワールの声に足を止めると、智代理たちの足元から円形の文様が現れたかと思えば、瞬き程度の間にブレイブシティの入口前にワープしていた。
「では今回も、より多くの悪魔族を倒した冒険者には褒美をやろう」
グリワールがそう言うと、ギルド単位で参加していた集団が集まるこの場から、いくつかの歓声が上がった。
「そして今回は君たちにひとつ、知らせがある」
いつになく厳格な声音のグリワールに、上位ギルドを讃えて賑やかだった場がしんと静まり返る。
「この領土戦争はこれで四回目を迎えたが、残り三回、合計七回の領土戦争を持って、悪魔族たちとの戦いを終結させる」
グリワールの放ったその一言は領土戦争の終結を意味するもので、同時に、このゲームのメインストーリーの終幕を告げるものだった。
「おい、それじゃあ俺らはもう後三回で用済みってことかよ!?」
今回の上位ギルドに所属する男性プレイヤーが、グリワールに向かって声を荒げる。
だがグリワールはそれに臆することなく、問いに答える。
「いや、終わりなどはしない。次の段階に移行するだけだ」
次の段階、と聞きなれない言葉をグリワールが発したことで、周囲が微かにざわついた。
「では今日はこれまでにしよう。改めて冒険者諸君、ご苦労だった」
それを言うなり、グリワールの声は聞こえなくなった。
「おいおい、色々と謎が残ったままじゃないか」
智代理たちの周りのプレイヤーも同じ事を思っているらしく、近くのプレイヤーや仲間たちと話していてなかなかその場を離れようとしない。
「私たちは、どうする?」
アスカに聞かれたので右上にある時刻を一瞥すると、18:00を示している。
そろそろログアウトしないと、夕飯に遅れてしまいそうだ。
「でもなぁ……」
智代理の視界には新調されたギルドメンバーの装備が目に付く。
キラキラと真新しく輝くその武器の数々は、やはり目の前にあると羨ましいことこの上ない。
「私も新しい武器、ほしいなあ」
現在の智代理の装備は、アスカから渡された『シグルドリーヴァの言葉』という名の、腕脚胴をそれぞれ守るようにして作られた翡翠色の防具以外は全て初期装備のままだ。
この防具も新品なので消耗なくその輝きを保持してはいるが、やはり武器が新しくない点で劣ってしまう。
「じゃあ、買いに行こっか?」
「え?」
「グラドにはまだ余裕があるし、そもそも今日の領土戦争の報酬のグラドがあるでしょ? メンバー全員の分をかき集めれば武器ひとつくらい些細な買い物よ」
でもそれじゃあ皆に悪いんじゃ……と他のメンバーを見やるが、全員アスカの案に反対の様子はなかった。
「決まりだね。それじゃあ西側のショップエリアに行こうか」
中央に相変わらずその存在感を放ち続ける純白の噴水、神の泉。
それを通り抜けて、以前行ったギルドエリアとは真反対の西側、数々のアイテム露店や武器防具専門店が軒を連ねるショップエリアへと、智代理たちは足を踏み入れた。
「わぁ……!」
ショップエリアは反対のギルドエリアとはベクトルの違う賑やかさだった。
色とりどりな目を引く外装を施した店の数々、消耗品やアクセサリ等を取り扱う露店には汗を流し声を張る龍戦士族がきらびやかに映る。
「ここがショップエリア。あたしたちは智代理と最初に会う前に一回とこの間の武器の新調で一回、これで来るのは三回目になるわ」
まるで祭りでも開かれているような盛況ぶりに、視線があちこちへと吸い寄せられる。
露店に並ぶアクセサリはどれも金や銀などの貴金属を使用しており、中にはカエデのローブにも使用されているような宝石が嵌め込まれているものもある。
智代理だって年頃の女の子なのだから当然そういったものは映えて映る。
透き通るような紅色の宝石を金色のクサリでぶら下げたアクセサリに吸い寄せられるように、とてて、と千鳥足で露店へと歩み寄る。
「いたっ!」
突然、目の前に現れた何かにぶつかった。その衝撃で勢いよく尻餅をつく。
痛みはないが、思ったよりも強い衝撃に少し足がおぼつく。
「だ、大丈夫か、お嬢ちゃん?」
声とともに差し出された手はどこかで見たことがあるような岩のようにゴツゴツとしており、耳に入ってきた声も聞き覚えがある。
その記憶を掘り起こす前に、智代理は顔を上げた。
「あ、あなたは……!」
「じょ、嬢ちゃんは……」
お互いがお互いの顔を見た瞬間、ほとんど同じ反応をした。
間違いない。この岩のような手に、智代理の倍以上の体躯を持ち無骨な鎧を装備しているこのプレイヤーは……
「あれ、ガイズさんじゃない! どうしたの、こんなところで」
智代理の思考を遮るように、アスカが割って入ってきた。
アスカの声に振り向いた大男は、気さくな笑みとともに智代理に差し出していた片手を上げて返事をする。
「おお、アスカちゃんじゃねぇか! 久しぶりだなぁ、二年前のWarImpact以来か?」
「もう、ちゃん付けはやめてくださいって」
「え、えっと……」
自分が話の輪に入る前に、どうやら知り合いらしい二人の会話はずんずんと進んでいく。
「あ、ごめんね智代理。この人はガイズさんって言って、あたしが前にやってたゲームで隊長を努めてた人なの」
アスカが困り果てていた智代理に気づいて話を振る。
「おう、よろしくな……って、そうじゃない!」
「そうじゃないよ!」
智代理とガイズの「そうじゃない」がハモる。
「お嬢ちゃん、確かサービス開始の時俺がぶつかっちまった……」
「はい……あの時はすみませんでした……。完全に私の不注意です」
「い、いや、俺も仲間と喋りながら前見て歩いてなかったからな……あの時神の泉前はログインしてきた奴らでいっぱいだってのはわかりきってたことなのに」
「い、いえ、ガイズさんが謝る事では……!」
お互いにぺこぺこと頭を下げ合うやり取りを見ていたアスカは、ひとつため息をつくと会話に割り込んできた。
「二人の間で何が起こったかはなんとなくわかったわ。譲り合ってても仕方ないし、お互いに非もあるようだから、ここはおあいこでどうかしら」
「う、うん……」
「おう……」
アスカの提案に不満が残るのか、なかなか煮え切らないといった顔を見せる二人だが、やむなく首を縦に振った。
「それで、ガイズさんはどうしてひとりでここに? いつも単独行動は控えていたのに」
「うん? ああ、それはだな」
ガイズの口から出た言葉は、思いもよらぬ一言だった。
「このショップエリアに最近店を出し始めたっていう情報屋のことを調べに来たんだ。どうやらその情報屋がマリオルさんが見たっていう少年の情報を握ってるってもっぱらの噂なんだ」
「ガイズさん……、その情報屋はどこに?」
「どうした、急に目の色変わって?」
いつも冷静できりっとした顔つきのアスカだが、それよりも更に真剣な表情になったことにより、ガイズが少し驚くように聞いた。
「いえ、ちょっと色々ありまして。それで、その情報屋はどこに?」
「それがなぁ……、この辺一帯の店に入ってはそこにいるプレイヤーやNPCに聞いてはみたんだが、見事空振りでな」
ガイズは情報屋についての情報が全く入らなかったことを示すように、はぁ、と肩を落とした。
「見ての通り、これからマリオルさんのところに報告しに行くつもりだ。ま、理由はわからんがお前さんたちもその情報屋を探す時は根気よくな」
そう言い残したガイズはこちらに手を振り上げながらショップエリアから出ていった。
「情報屋か……」
セーヴがガイズが言っていたワードを噛み締めるように繰り返す。
「マリオルさんが見つけた少年って、やっぱり……」
カエデが疑い半分で聞いてくるそれに、アスカは頷きで返した。
「でも、居場所がわからないんですよね……」
せっかく得た有益な情報ではあるが、ユカリの言うとおり情報屋の居場所がまだ特定できていない。
「いえ、まだ見つからないと決まったわけではないわ」
アスカはそんなネガティブな思考を断ち切るように、声を上げた。
「ガイズさんは多分、マリオルさんからこのショップエリアにその情報屋がいることを聞いてやってきたはず。でも、マリオルさんが本当の事を言っていたとは限らないんじゃない?」
「それって、マリオルさんがガイズさんに嘘を教えたってこと?」
首をきょとんとかしげる智代理に、否定するようにアスカは首を横に振った。
「さすがのあたしもまだまともに話してもいない人を悪く言うつもりはないわ。そうじゃなくて……もし智代理がマリオルさんの立場だったとして、自分が探している人物の情報を持っている情報屋を"実際に見つけたら"わざわざガイズさんに情報屋の事を調べさせると思う?」
「あ……!」
智代理は閃いたように、口を開けて手をポン、と叩いた。
「そう、多分マリオルさんもまた、人伝てに聞いたことでしかないのよ、その情報屋の存在を。もしくはなにか直接会えない理由があるか、ってところかしらね。どちらにしてもマリオルさん本人に直接聞いた方が早いわね」
「それなら、私が連絡してみるよ!」
智代理は、マリオルが探している少年――龍太郎に関することだとわかると、すぐに行動を起こした。
「あ、マリオルさんですか? 智代理です。ちょっとお聞きしたいことがあって、今から会えないかなって……」
はい、はい、とボイスチャットの先にいるマリオルと会話しながら頷く智代理。
「はい……わかりました! ではもう少ししたらそちらに向かいますね!」
そう言ってマリオルとのボイスチャットを終了した智代理の顔は、表情を見るだけで答えが明らかだった。
「マリオルさん、会ってくれるみたい! ただギルドホールから離れられないから、こっちに来てくれだって!」
「わかったわ。それじゃあ向かいましょう」
「あ、でもその前に……」
いざマリオルのもとへと向かおうとしたアスカたちを、智代理が遠慮がちに引き止めた。
「どうしたの?」
「えっと、もうマリオルさんには言ってあるんだけど……お買い物、したいなぁ……って」
「ああ……」
智代理のその言葉に、思い出したかのようなリアクションを取るアスカ。
「もともとここには智代理の武器を買いに来たんだものね、先にそっちの用事を済ませるのは当たり前ね。ごめんね、智代理」
「う、ううん、いいよ! 私も龍太郎くんの情報が手に入ると思ったらすっかり頭から抜けてたし」
「それじゃお買い物、いこっか」
ショップエリアで営業している店はそのほとんどがNPC経営である。
理由を挙げるとすれば、このゲームのプレイヤーがなれるクラスの中に商売系のクラスがないことが挙げられる。
経営自体はクラス関係なく行えるが、初期からほとんどやる者がいなかったためにプレイヤーによる経営が浸透しなかった。
それでもシステム的にはできるので、極小数ながらも自分の店を持つプレイヤーもいる。
「いらっしゃーい」
智代理たちが選び入店したこの武器屋、【アルマテリオ】がそのひとつだ。
外観だけで選んだ店だが店内はそれなりに賑わっており、店主と思しきプレイヤーは活発そうな橙髪の少女なので智代理的にも安心した。
「えっと、新しい武器を買いたいんですけど……」
「それじゃあ、あなたのクラスを教えてもらってもいいですか?」
智代理は自分のクラスが【ヴァルキリー】であると伝えた。
すると目の前の橙髪の少女は苦い顔をした。
「うわちゃー……えっと、そちらにいるのはパーティメンバーさんですか? うーんと、この方がゲームを始める際に【ヴァルキリー】の存在を教えたりは……?」
「残念ながら、あたしたちが言う前に既に【ヴァルキリー】を取っていたみたいなの」
アスカがそう言うと、橙髪の少女は少し困った顔をした。
「うーんと、別に私の店が【ヴァルキリー】の武器を取り扱っていないわけではないんです。それに【ヴァルキリー】って今のあなたみたいに片手剣で代用できたりしちゃうし。でも新しい武器を買うってなると、【ヴァルキリー】のステータスを最大限発揮できる槍の方がいいと思うんですよ」
橙髪の少女は、その姿に似合わずまるで武器屋の店主のような発言を連発する。
……いや、現実に店主ではあるのだが。
「それで、オススメ出来る槍があればもちろんそれを出すんですけど……実は槍ってこのゲームだと作るのに相当なコストが掛かってしまうので、かなりお高くついちゃうんですよ。【ヴァルキリー】を取っているのにまだ初期装備の片手剣なあなたを見るに、おそらくこの類のゲームの初心者だと思うのでお金もあまり持っていないと思いますし……」
ほとんどひとりで喋ってはひとりで唸る店主を見て、アスカは智代理より一歩前に出る。
「お金……グラドの心配ならいらないわ。この子の納得のいく槍を作ってちょうだい」
智代理が心配そうにアスカを見るが、それにアスカは笑顔で返す。
「そうですか……ちなみに予算はどれくらいですか?」
「そうね…………800000グラドってところかしら」
「は、800000グラド!? あ、安心してください、私が今作れる最高の槍でもその半分も使わないですよ」
800000という金額に、実際に予算を聞いていなかった智代理も同様に驚いた。800000グラドというと、今の智代理の所持グラドの何十倍もある。
……領土戦争の上位報酬はいったいどれだけの報酬なのだろうか……。
「それじゃあ、こちらのリストからお選びください。武器アイコンをタッチするとサンプルが出現しますので、持ったり振ったりできます。ただこの店から出ると自然消滅するので持ち帰りはできませんけどね」
橙髪の店主は皮肉げにそう言う。かつてそのようなことをする客でもいたのだろうか。
智代理が言われたとおりとりあえず気になった槍をタッチすると、ヴィンという稼動音の直後にポリゴン化した槍が目の前のカウンターの上に出現した。
「それは『アルヒメス・ランス』ですね。槍を使うことのできるクラスは他に【バーサーカー】というクラスがありますが、そのクラスの方々が最近よく買われていきます。重さも一般的な槍より少し重い程度で、それが手になじむという方が多いです」
見た目の色は薄い金色でどちらかというとクリーム色に近い。刃の部分は下部が丸みを帯びており、まるでスライムのような形状をしている。
長い柄の部分は特別な装飾も施されておらず、一言で言えばシンプルだ。
智代理は出現したそれを、とりあえず持ち上げてみることにした。
「あ、あれ……」
『アルヒメス・ランス』という名のその槍は、智代理がほとんど力を入れることなく軽々と持ち上げることができた。むしろ軽すぎて扱い辛いほどだ。
軽めに振り回してみるが、まるでプラスチックのような軽さなために振る姿もぎこちなくなってしまう。
「どうやら軽すぎるみたいですね。おそらく【ヴァルキリー】だと槍系の武器に筋力補正が多くかかっているんだと思います」
「筋力補正?」
「それぞれのクラスには、それぞれに合った相性武器と呼ばれる物が存在します。例えば【タンク】ならば、盾を持つことができる片手剣に。【ウォーリア】ならば、威力を重視した大剣に。【ヒールマスター】ならば、遠距離攻撃や回復スキルに影響する杖に、といった感じです。そして武器というものはグレードが上がれば上がるほどに重量が増すものが多くなります。そこで、クラス毎に存在する相性武器には装備の幅を広げるために筋力補正が掛かるんです」
その筋力補正の影響で、相性武器が槍でない【バーサーカー】にはちょうどいい重さのこの槍も、相性武器が槍である【ヴァルキリー】にとっては軽すぎる代物になってしまう、ということらしい。
智代理は再びパネルの『アルヒメス・ランス』をタッチし、ポリゴンをしまった。
次に出現させたのは、『サングリズル』という名の槍だ。
稼動音とともに現れたその槍は、とても歪な形をしており、柄の部分が軽く曲がりS字を描くカーブ状になっている。
刃の部分は極端に短く、ナイフの半分くらいしかない。その先端は赤黒く塗られており、見るものを不安に追いやるようなデザインだ。
「それはあまり人気がないですねー。まあそもそも槍を装備できるクラスが少なすぎるっていうのもありますけど、この槍、柄の部分が曲がってたり先端の刃の部分が極端に短かったり、あとは見ればわかると思いますが無駄に大きいんです」
その槍は、実際智代理の背丈の倍以上はあるだろうという大きさを誇っていた。智代理がこれを選んだ理由として、ただ単純にデザインが禍々しくて強そうに思えたからである。しかし【ヴァルキリー】の時もそうだったが、やはりこのゲームでデザインや見た目から入るのはあまりよろしくないのかもしれない。
持った感じの重みはかなりちょうど良かったのだが、実際に手に持って振ってみるとどうしても異常なまでの大きさが気になった。
「うーん……」
なかなか気になる槍が見つからない。数あるリストをどんどんスクロールしていくが、どれも見た目ばかりを重視したもので、先の『サングリズル』を考えると、とりあえずシンプルなものがいい気がしてくる。
「『アルヒメス・ランス』がもう少し重ければ、それにしたんだけどなぁ」
そうぼやきながらスクロールしていき、とうとう最後のページ。もう槍じゃなくてもいいんじゃないかなと思い始めた頃に、智代理の指はある槍の前で止まった。
「これ……」
パネルの中に映るのは、全身銀色の細身の槍だった。
それをタッチして呼び出す。すると、その槍はパネル越しよりやや小さいと感じるものの、智代理の求めるシンプルさ且つ、重さも『サングリズル』と同等で持ちやすい。
刃の部分はちょうど今の片手剣の刃の部分を半分にしたくらいの長さだ。柄の部分には特別な装飾が施されていないが、強いて言えば蒼く煌くサファイアのような宝石が中心に嵌め込まれている。
「お、目がいいですね。それはつい昨日開拓された新ダンジョンで採掘できるメタルを使用した槍です。ただ値段が他のよりも数倍近いので未だ買っていったお客さんはいませんけど」
智代理の目にとまった槍『ヒョルス・リムル』という名のそれは、しめて200000グラドという値をたたき出していた。
「に、200000グラド……」
本来ならばこんな序盤に買える代物ではないが、智代理はちらりとアスカを見た。
するとアスカは何も言わずに頷くと、パネルを操作し智代理に200000グラドを渡してきた。
「そ、それじゃあこれ、ください!」
「わかりました。ただ最初も言ったとおり、槍っていうのは作るのに時間がかかるので今すぐに渡すってことはできません。まあかかるといっても一時間二時間なので、出来たら連絡しますよ。連絡取りやすいようにフレンド登録、お願いしてもいいですか?」
「は、はい!」
こうして智代理と【アルマテリオ】の店主、レインとのフレンド登録が行われた。
「今更ですけど、レインさんって言うんですね」
「ああ、そう言えば名乗ってませんでしたね。って、私の上に表示されてると思いますけど」
「あ、そうだった。すいません、この手のゲームに慣れていなくて」
そんな会話をしながら、前払い料である50000グラドを先にレインへと手渡した。
「はい、では確かに前金受け取りました。それじゃあ出来上がり次第連絡を入れるので、好きなところを見てまわっててください」
【アルマテリオ】を出た智代理たちは、次にどこに行くかを確認していた。
「さて、これで智代理の武器はいいとして……探しましょうか、情報屋」
「そのためにはまず、マリオルさんに会いにいくんですよね!」
ユカリの言葉にアスカと智代理は頷く。
時刻は十八時十五分といったところだ。マリオルはおそらくまだギルドホールにいるのだろう。
智代理が念の為にマリオルにこれから行く旨を伝えると、やはりギルドホールまで来てくれということになった。
西側のショップエリアの真反対、東側に位置するギルドエリア。
以前はギルドの立ち上げで一度足を踏み入れた場所ではあるが、今回はさらにその奥、もはや最奥と言っていい場所に足を向ける。
未だ人の絶えない神の泉前を抜け、東側へ。
茶色いレンガのような石造りの大門を潜ると、屈強な戦士たちが集まるギルドエリアに入ることができる。
やはり時間は関係なく、そして以前来た時よりも装備を強化したプレイヤーたちがエリア内を闊歩している。
以前来たギルド統括所を右手に見ながら、さらに奥へ。
このブレイブシティのそれぞれのエリアの構造は比較的シンプルで、基本的には直進しか必要なく、左右の壁に沿うようにして各店が軒を連ねる。たまに路地裏へと続く細道があり、その先にはお洒落な店があったりするくらいだ。
ギルドエリアの最奥には、ほどなくして到着した。
西洋映画に出てくるサーカス団が持ち運ぶようなバルーン状の建物が、ギルドホールだ。
大きさはとてつもなく、ギルドエリアの横幅をほとんど埋めつくすほどである。
「ようこそ、ギルドホール及び銀の氷槍のギルド拠点へ」
内部に入った智代理たちを待ち受けていたのは、受付嬢をしている女性龍戦士族だった。
「おいおい、これってNPCを雇ってるってことになるのか?」
シュンが驚いた様子で女性龍戦士族を眺める。
この女性龍戦士族は今までギルド統括所以外では見たことがなく、それもギルド統括所はNPCのみで運営されているいわば公共施設のひとつだ。
だがこのギルドホールは違う。あくまでもここは銀の氷槍のギルド拠点であり、決して開発側が用意した施設ではない。
それなのにも関わらず、この施設の大きさと受付用のNPCを雇うほどの資金に余裕があるという点において、やはりマリオル及び銀の氷槍はとてつもないギルドなのだと実感させられる。
「やあ、ようこそ。百鬼旋風の諸君」
女性にしては低い、ハスキーな声が響いたかと思えば、奥の扉から豊満な双丘を持つ褐色肌の女性プレイヤー、マリオルが姿を現した。
「ここではなんだな。応接間に案内しよう」
マリオルはそう言うと踵を返し、いくつも並ぶ扉の中からひとつ選び出し、奥へと進んでいった。
扉の先は廊下になっており、足元には赤色の絨毯が引かれている。
それを踏みしめながら先へと進むと、次第前の扉よりひと回り大きな扉にぶつかった。
「さあ、ここが応接間だ。どうぞ入ってくれ」
マリオルに促され中へと入ると、そこには外観から見たギルドホールからは考えられないほどのスペースを誇る大広間が存在した。
中心にはソファがいくつも並び、ガラスでできたテーブルがソファの数に応じて並べられている。
「す、すごい……」
遥か上部の天井にはシャンデリアが三つほどぶら下げられており、眩しいほどに輝きを放っている。
促されて座ったソファはもはやゲームの中とは思えないほどの質感を保ち、ほどよい反発感で智代理たちを受け止める。
一応とは言えども現実ではお嬢様の立場であるカエデが声を漏らしてしまうのも、この内部を見てしまえば致し方ないのかもしれない。
「さて、と。君たちは私に情報屋のことを聞きに来たんだったな?」
「はい。私たちもその情報屋さんに会わないといけないようなので」
「あの青年の話だな。……ではこの話をする前に、私から君たちに隠していたことを打ち明けよう」
「隠していたこと?」
心当たりのない智代理が首をかしげると、マリオルは話し始めた。
「私が見つけたといった少年。私は彼を、"このゲームを真にクリアするために必要な人物"であると睨んでいる」
「真にクリア……?」
未だマリオルの言いたいことは智代理には伝わっていない。かといってアスカや他の面々に伝わっている様子でもなかった。
「この話はいずれするとして、彼がこのゲームをクリアするために必要な特別な存在であることは、君たちに出会う前、最初に彼を見つけた時に直感で感じていたことだ。結果から言えば、この事を早急に伝えていればもしかするともう今頃には彼を見つけていたかもしれない。本当にすまない」
マリオルはそう言って、頭を下げてきた。
「マ、マリオルさん! 顔を上げてください!」
突然マリオルが頭を下げたことにより、智代理は焦ってその顔を上げさせる。
顔を上げたマリオルは続けて話す。
「だが、許して欲しい。あの時の私にはこの事を言っていいのかどうか判断がつかなかった。君たちを、疑っていた」
「そんな、当然ですよ。会って間もない人に信用しろなんて言う方が無理です」
「ありがとう。でも、そのことも今は消え去った。君たちはこの情報を知るに値するプレイヤーたちだと、私が判断した」
ここから話の本題に入るということが、マリオルの視線からひしひしと伝わってくる。
「このギルドホールがある東側を抜けて、北側。ブレイブシティの入口とは真反対に位置するエリア、メインエリア。そこに、私が情報屋の情報をもらったある人物がいる」
「その人の名前は……?」
「その者の名は、ギュルガス。このゲームにおける龍戦士族、NPCの立場でありながらもまるで意思を持つかのような言動をする男だ」
「ギュルガス……」
「彼に会えば、君たちが直接情報屋の居場所を聞き出せるだろう。私の紹介で来たことは言って構わない」
マリオルはそう言って、地図の画像を添付したメールを智代理に送った。
「その目印のところに行けば、少なくとも私の時はいた。今回もそこにいるといいのだが、彼は如何せん気まぐれでな。時々別の場所にいることもある。だが、そのメインエリアから出ることはないそうだ」
マリオルに渡された地図を見る。すると赤い点が打たれているのがわかり、そこにおそらくギュルガスがいるのだろう。
「私からは以上だ。ここから先は、君たち自身の問題になる。無事彼を見つけることができるよう、祈っている」
「あ、ありがとうございます!」
マリオルに別れを告げたあと、智代理たちは早速ブレイブシティの北側、まだ見ぬメインエリアというエリアに足を伸ばした。




