領土戦争第一波 ~巨大な力~
――ヴーン、ヴーン、ヴーン――
警報音とも聴き取れる音が、ブレイブシティの街中に鳴り響いた。
それと同時に、智代理たちの目の前にメッセージウィンドウが出現する。
『マスタークエスト:領土戦争第一波』
メッセージウィンドウには、そう記されている。
「マリオルさん、これって……」
領土戦争とは、このゲームにおけるメインストーリー、龍戦士族と悪魔族との領土の奪い合いのことだ。そしてこのゲームの本筋である。
ということは……
「ああ、このクエストを受ければ、彼に会えるかも知れない」
これに参加すれば、龍太郎に会える可能性がある。
龍太郎を探す情報を集めるためにギルドを立ち上げた直後ではあるが、目的を達成できるかもしれないことには変わりない。
智代理はすぐさま参加を決めた。
「智代理、どうせならこの『ギルドとして参加』にしない?」
アスカに言われてメッセージウィンドウを再び見やる。
すると、『参加』『不参加』の選択肢の他に、『ギルドとして参加』の選択肢があった。
「せっかくギルドを立ち上げたんだし、これで参加する方がお得なのよ。普通の参加にすると、多分、他のソロプレイヤーと一緒くたにされると思うし」
「確かにそのほうが効率がいいだろう。では私は、一足先に行っているぞ」
マリオルは何の躊躇いもなく『参加』をタッチした。
すると、転移のエフェクトと共にマリオルの姿が忽然と消えた。
「さて、それじゃあ私たちも」
智代理の指がメッセージウィンドウ上の『ギルドとして参加』に触れる。
だが、何も反応がない。
「あ、あれ?」
何度タッチしても、『ギルドとして参加』を選ぶことが出来ない。
シュンやカエデも試してみるが、同じように反応しない。
「智代理くん……まだギルド設立の申請、していないんじゃないのかい?」
「え?」
セーヴに言われて、思い出す。
智代理は確かにギルド立ち上げの申請をしたはずだ。先ほどの行動をひとつひとつ思い出していく。
そして、
「あ……!」
自分が申請直前でヴレアに睨まれて逃げ帰ってきたことを思い出した。
「智代理様、ギルド設立の件、どうしますか?」
いつの間に横まで来ていたのか、気づけば先ほど智代理が申請を出して逃げ帰ってきた時の受付が何かの紙を持って智代理の横にいた。
「あ、えっと、立ち上げます!」
「では、こちらの方に必要事項の記入をお願いします」
智代理は受付から用紙を受け取る。
渡されたペンで、設立理由、目的、人数、ギルド名及びギルドマスターを記入していく。
全て書き終えたところで、受付に用紙を返した。
「では少々お待ちください。ただいま審査いたしますので」
「し、審査!?」
智代理は未だに出ているメッセージウィンドウを見やる。そこに表示された数字は三百を切っている。これがゼロになってしまうと、メッセージウィンドウが消えてクエスト自体が受けられなくなってしまう。
「あ、あの!」
智代理は、機械になにかを打ち込んでいる受付に声をかけた。
「はい、なんでしょう?」
「あのー……もうギルドが立ち上がったことにはならないでしょうか……」
「いえ、なりません。審査が終わるまで少々お待ちください」
即答された。その間にも、メッセージウィンドウ上の残り時間は着々と減っていく。
「どれくらいかかりそうですか」
「後数分で」
智代理の質問に答えつつも、手を休ませずに情報を打ち込んでいく受付。
もし間に合わなかったらどうしよう、と自然と焦りが生まれる。
そして、受付の手が止まった。
「……はい、これでギルド設立の申請は承りました。ギルド拠点などの施設の貸出は行っておりませんので、予めそのつもりでお願いします」
受付はそう言いながら、ギルド設立の証であるギルド証を発行し、渡してきた。
「智代理、急いで! 時間が!」
メッセージウィンドウを見やると、残り時間は三十秒を切っていた。
智代理はアイテムパックにギルド証を仕舞うと、メッセージウィンドウに手を伸ばす。
「それじゃあ、行くよ!」
智代理はそれぞれが頷くのを確認してから、『ギルドとして参加』をタッチした。
『ギルドとして参加』を押し、ギルドとして今回の大規模クエストに参加することとなった智代理たち百鬼旋風のメンバーは、ギルド統括所の内部から街の西口付近へとワープしていた。
周囲には冒険者が数多くおり、それぞれ複数人で固まっていることから、ギルドなのだとわかる。
「うわぁ、冒険者がたくさん!」
ユカリはたくさんの冒険者を見るのが物珍しいようで、視線をあちこちに漂わせている。
「随分と多いね。これ全部参加する人なのかな」
「このタイミングでここに集まってるってことは、そうだろうな」
周囲を軽く確認するが、マリオルの姿は見当たらない。やはりソロとギルドで割り振られるエリアが違うようだ。
唐突に上空から、声がした。
「聞こえるか、冒険者諸君よ。私は龍戦士族の族長及びこの街の長を務める、グリワードだ」
脳内に直接流れ込んでくるような声に少し違和感を覚えるが、すぐに意識を声の方に戻す。
グリワールと名乗った声は、落ち着いた様子で話を続ける。
「諸君には、これから我が龍戦士族の軍と共に戦場に出てもらい、悪魔族らを倒してもらう。今回の成績次第では、上位者に褒美をやろう」
うおお、と冒険者たちが声を上げる。グリワールが言う褒美とは、おそらくクエスト上位報酬だろう。
上位報酬は、ゲームが壊れない程度に調整された既存武器の色違いなどだ。
「これギルド単位での参加だから、気合入れていきましょう」
アスカが闘争心を燃やしている。
ギルドともなればこの手のゲームに詳しいプレイヤーが多いだろうから、おそらく激戦になるだろう。
ただ不幸中の幸いというべきか、敵の悪魔族が現れる場所の具体的な情報は出回っていない。こちらが先に目星をつけることが出来れば、上位に食い込める可能性は十分にある。
「では、健闘を祈る」
グリワールの言葉で、クエストが開始した。先に出撃していく龍戦士族らの後を追うようにして、冒険者たちは街の外へと駆り出して行く。
「さて、まずはどこに行こうか」
シュンが言う。彼もまた、今回のクエストに燃えているようだ。既に得物であるエストックを抜き出している。
「まずは開けた場所に行くわ。ここは森だから、少しでも視界が開けた場所の方が戦いやすいし、敵もいる可能性が高い。智代理はまだ戦ったことないはずだから、無理して戦わずにあたしの後ろにいてね」
アスカがセーヴと共に先頭を切って歩き出し、その後に智代理、カエデ、ユカリ、シュンの並びで歩く。このギルドのギルドマスターは智代理なのに、なんとも情けない光景だ。
しばらく歩くと、だんだん獣道が晴れてきて視界が開けてくる。
「この辺りかな」
アスカは足を止めると、アイテムパックを操作し始めた。
取り出したのは、MOBを周囲に集めるアイテム、『エンカウントマーカー』だ。
それを開けた場所の中心に投げ込み、物陰に隠れる。
このアイテムを使い、悪魔族をおびき寄せるつもりだろう。
『エンカウントマーカー』から、赤い波動が一定のペースで広がるように出る。
するとしばらくもしないうちに、複数の足音が聞こえてきた。
「きた……!」
作戦通り、武装した悪魔族が『エンカウントマーカー』に引き寄せられるようにして、智代理たちの下へやってきた。
数は三。全員【タンク】のような装備をしていて、それぞれ黒々とした盾や剣を装備している。
「カエデは左翼、ユカリは右翼から詠唱終了次第攻撃。セーヴさんはとにかく怒値を集めて、シュンは私より少し前で攻撃。智代理はあたしから離れないでね」
それぞれ指示を受け、定位置につく。
後衛職は詠唱を始め、前衛職は各々の武器を抜き出し、急襲体制に入る。全員が配置についたのを確認してから、一番前衛であるセーヴが飛び出していった。
「さぁて、行きますよ!」
盾に片手直剣を握り締め、駆け出していく。セーヴの出現と共に『エンカウントマーカー』もその効力を消す。
不意を突かれた悪魔族は、隊列を崩しながらも、セーヴの攻撃を受け止める。
だが、これはセーヴにターゲットを向ける単純な行動でしかない。
「《アンガーポイント》!」
剣を掲げ叫んだセーヴの周りから衝撃波のようなものが生まれ、それを見た悪魔族はその注意を一気にセーヴへと引き寄せる。
「はぁっ!」
それに続くように、隠れていた物陰からシュンが飛び出していく。そして、セーヴに気を取られている悪魔族の一体に向かって曲剣を振り下ろした。
「《クラック・エッジ》!」
黄色い剣閃が、悪魔の体を斬りつける。それにより、悪魔族は頭上のHPバーを三割ほど削られる。
後ろによろめいた悪魔は、今しがた自分に攻撃を仕掛けてきたシュンにターゲットを移す。
「《クラッシュ・インパクト》!」
それを見たセーヴはすかさず突進攻撃を繰り出す。その効力により、さらに数歩、よろめき下がる。ノックバックの追加効果があるおかげで、少しばかり動きが鈍くなった。
「溜まった――《フレイム・アロー》!」
今度は、気の陰に隠れて遠距離スキルの詠唱をしていたカエデがその詠唱を終え、スキルを発動する。
杖の先から三本ほどの燃え盛る矢が出現し、それが赤い軌跡を描きつつ、よろめく悪魔族へと一直線に向かう。
悪魔族の装備している鎧の上から、炎の矢がくい込む。痛みと熱さに悶え苦しんている悪魔族の残りHPは、二割程度。
「切り裂け――《臥竜一閃》!」
アスカが、燃え盛る矢が突き刺さる悪魔族に走って行き、途中で速度を上げ、斬り抜ける。
銀の弧を描くようにして斬り付けると、悪魔族は最後の悲鳴を上げ、光の粒子へとその姿を変える。
この間、僅か二十秒ほどのできごとである。
後衛職のスキル詠唱が予め行われていたというのはあるだろうが、それにしても手馴れている。それは一番智代理がわかっていた。
「す、すごい……」
みるみるうちに、残りの二体も光の粒子へと変換させたアスカたちは、息ひとつ乱した様子も見せず武器を仕舞う。
「ま、こんなものかしらね」
「はは、アスカくんは相変わらず攻撃のタイミングが完璧だね」
「何言ってるんですか、俺たち前衛が仕事出来るのは【タンク】のセーヴさんがいてくれるからですよ」
「みなさん! 前方五十メートル先に生体反応! おそらく敵の悪魔族と思われます!」
召喚獣を偵察に行かせていたらしい【サモナー】のユカリが、パーティメンバーに敵の所在を知らせる。
それを聞いたメンバーは再びそれぞれの得物を掴み、敵の下へと走り出した。
それから智代理たちは、ユカリの情報を頼りに悪魔族たちの不意をつく形で次々に倒していく。
「智代理」
ちょうど五体目の悪魔族を倒したとき、アスカが話しかけてきた。
「そろそろ、戦ってみない? SP、どれくらい溜まってる?」
メニューパネルを呼び出し、ステータス画面を開く。
見ると、現在の獲得SPが表示されている。
「えっと……ちょうど三十かな」
「どれどれ……」
画面を覗いたアスカは、おもむろに画面をタッチした。
SPの横には、今覚えることのできるスキル一覧に飛べるタグがある。
「良かったわ、どうやら攻撃スキルがひとつ、覚えられるようになったみたい」
アスカが指さしたスキルは、《ランサー・シュート》というスキルだ。本来、槍を装備してのスキルになるが、このスキルに関しては片手剣でも代用が利く。
SPを十九使用し、《ランサー・シュート》を獲得した。
「これが……私の攻撃スキル……!」
本来槍で使うスキルなので、片手剣では少し効力が落ちるものの、やはり覚えるとこみ上げてくるものがある。
早速タッチして、一度使用する。近接スキルはこうして一度一覧から使うと、二回目から頭の中でモーションをイメージすることで発動が可能となる。
「やぁっ――《ランサー・シュート》!」
剣を持った腕を後方に引き、一気に突き出す。赤い軌跡を描きながら空気を切り裂き突き出された剣は、眼前の木を潰すように貫いた。
「ア、アスカちゃん! やったよ! 発動できたよ!」
智代理は嬉しさのあまりアスカに飛びついた。
「良かったわね、智代理。後は戦い方を練習しないと……」
ちょうどその時、近くの茂みからガサガサと音がした。
視線が全てそちらに向いたとき、音の正体は姿を現す。
「あっ」
茂みから出てきたのは、智代理の膝くらいまでの大きさの体躯を持つ、オレンジ色の鼠だった。
ネームは、ルヴィア・マウス。ブレイブシティ周辺に出てくる、極めて初心者向けのMOBだ。
「ちょうどいいわ、智代理、これを倒してみて」
「う、うん」
智代理は得物の片手剣を握り締め、橙色の毛を持つルヴィア・マウスに向き直る。
ルヴィア・マウスは、目の前に自分を倒そうとしている者がいるというのに、余裕綽々で毛づくろいをしている。
智代理は先ほどのスキルのイメージを頭の中で形成していく。
記憶を掘り返して、それをなぞるように頭の中でモーションを形成していくと、体が同じように勝手に動き出す。
智代理の体が赤く光り、剣を後方に引く。
「《ランサー・シュート》!」
限界まで引いた剣を、勢いよく目の前の巨大鼠に向かって突き出す。
巨大鼠は、智代理の剣先が眼前まで迫った時にようやく顔を上げたが、それではもう遅い。
智代理の突き出した剣が、ルヴィア・マウスの体を貫く。勢いで吹き飛んだルヴィア・マウスは、その体を木に叩きつけ、消滅した。
「や、やったぁ!」
初めてMOBを倒したことで感極まった智代理は、勢いそのままアスカに飛びついた。
「落ち着いて、智代理。ドロップアイテム拾ってね」
ルヴィア・マウスのドロップアイテムは、『ルヴィア・マウスの毛』だ。主に防具の強化に使われる。
そして智代理たちは次のMOBを探すために歩きだした。
それからしばらく、できるだけ通常のMOBを倒しながら、アスカや他のメンバーに戦い方を教わっていった。
途中で遭遇した悪魔族は、智代理以外のメンバーで要領よく倒していく。
「はぁ、はぁ」
智代理が肩で息をするようになった頃、智代理の体にはもう戦闘する際の動きが刻み込まれているまでになった。
「智代理くん、そろそろ戦ってみるかい?」
セーヴがそんな事を聞いてきた。この戦うというのは、今まで戦ってきたMOBを指すのではなく、悪魔族のことを指しているのだろうな、と智代理は思う。
「はい……! やってみたいです!」
そう答える智代理に、カエデが心配そうに話しかける。
「智代理ちゃん、疲れてない? この世界だと少しとはいっても確実に疲労はするから、疲れたら休んでいいんだよ?」
「ううん、大丈夫。むしろここで休んじゃったら、戦い方忘れちゃいそうだし」
「……そっか」
「それならちょうどいいですよ、智代理さん! 今前方百メートル先に生体反応、悪魔族のものがあります。ただ龍戦士族の反応もあるので、どうやら交戦中みたいですけど」
ユカリのその言葉に全員が振り向く。
「よし、それじゃあそこに行こうか」
ユカリとアスカについていく形で、歩き出す。
再び入ることとなった獣道を進むと、次第剣戟の音が顕著になってくる。
「やってるな」
今まで智代理たちが戦っていたような少しばかり開けた場所で、悪魔族と龍戦士族は交戦していた。
悪魔族の数はリーダーらしき赤髪を含めて、六。対し龍戦士族は五。
互いが剣と剣を擦り合わせる度に、辺りに火花が散る。
だが、少し様子がおかしい。
龍戦士族側は悪魔族側と比べてやや装備に恵まれている。それなのに悪魔族の攻撃を受け止めるだけで、返すことは一切していない。それどころか、あえて攻撃を受けているようにも見える。
「調子でも悪いのかな」
カエデが今まさに斬りつけられている龍戦士族を見やりながら、そう呟いた。
「とにかく手助けしましょう」
アスカがそう言い、各自武器を手に取る。それに続いて、智代理も剣を抜き出した。
今攻撃を受けている龍戦士族の残りHPは約四割程度。ここで智代理たちが加勢に入れば、総力的にも彼ら龍戦士族を助けることが出来るだろう。
「あの赤髪のやつに気をつけて、戦いましょう」
アスカのその言葉に、全員が頷く。あの赤髪は、悪魔のような風貌をしていない。それどころか、比較的人間に近い体をしている。
理由はわからないが、このゲームのキャラクターであることは間違いないため、リーダーという特別な存在であることを強調するための単なるデザインだろう。
「よし、それじゃあ――」
今までと同様に、セーヴが先陣を切って突撃しようとした、その時だ。
「待ちたまえ」
背後から、低い男性の声がした。
突然響いた声に驚き、全員振り向く。すると背後には、数人の魔法使いのようなフードを深く被った者たちと、それを束ねるかのごとくこちらに威光を見せつけている龍戦士族の男性が、ひとり。
「どいてもらおうか」
半ば押し返すように、智代理の体をどけて進もうとする。
押された智代理は傍の木に体をぶつけた。
「ちょっと、あんた!」
アスカが声を上げる。だがそれをなんとも思っていないのか、視線を向けることなく、こちらに言い放つ。
「どけ、と言っている。やつらは我らが消す」
そう言い男が手を前に掲げると、それを合図にして背後の魔法使いたちが詠唱を始めた。
「一体何を……」
ゲームの設定では、龍戦士族が遠距離スキルの類を使うことは公表されていないはずだ。それなのに、今目の前にいるフードを被った者たちは、龍戦士族の合図と共に詠唱を始めた。
「これ……召喚スキルだ……」
ユカリが唐突に、声を上げる。
「でも、見たことない色……」
「見たことない色……?」
ユカリはこれまで【サモナー】一筋で、そうとう戦闘にも手馴れている。おそらく覚えているスキルは大量にあるだろう。
そんなユカリが見たことのない召喚スキル……それだけで、メンバーに動揺が広がる。
「詠唱終了――サモン、《ガーディアン》」
魔法使いが静かに、詠唱終了を告げた。宣言と共に、足元の魔法陣から這い出るように召喚獣が姿を現した。
「こいつは……!」
天使。一言で言うならば、それに尽きる。
無機質な質感を保つ純白の体躯は見る者の目を釘付けにさせ、手に持つ剣や盾は同じく純白。
一般プレイヤーの数倍はあるだろうかという身長から見下ろすように、顔が存在する。その顔には目や口、耳といったパーツはなく、それらに該当する部分が窪みとなっている。
それが、三体。圧倒的威圧を前に、智代理たちは言葉をなくしていた。
「行くぞ」
龍戦士族の男は静かにそう告げる。
茂みから突然現れた天使の軍勢に、悪魔族はたじろいだ。リーダーであろう赤髪も、その動揺を隠しきれていない。
天使たちは圧倒的な力を見せつけ、次々に悪魔族たちをねじ伏せる。
盾で斬撃を弾き、剣で突き返す。それを辛うじて避ける悪魔族だが、それにも限界が来ていた。
ひとり、天使の剣の餌食となった。
突き刺さった悪魔族の体はだらりと垂れ、頭上のHPバーは残り一割もない。天使はそのまま剣を薙ぎ払い、悪魔族を吹き飛ばした。
そして木にぶつかった衝撃で残りのHPが削り取られ、粒子へと姿を変えた。
それを見た他の悪魔族は、皆一斉に一歩引いた。
だが、赤髪の青年だけは、最後まで必死に食らいついていた。それどころか、天使を倒してしまう勢いだ。
天使の攻撃を避けつつ確実に距離を詰めて、盾での防御はフェイントを使いダメージを与えていく。
「ふむ……」
男の龍戦士族が手を顎に当て考える。召喚獣の類にはHPバーは存在しないが、やはり一定以上のダメージを受けると当然消滅する。
「あの赤髪に集中させろ」
男の言葉に従い、魔法使いは自分が出した天使に指示を出す。
一体の天使と剣戟を繰り広げていた赤髪の下に、二体の天使が近寄る。
それに気づいた赤髪は一旦距離をとり、剣を前に構え直したかと思うと、赤髪の体が淡い黄色に光りだした。
「《アルカディア・ソード》」
小さく、ぼそりと呟いたその声に呼応し、光が強まる。
そして、みるみるうちに剣の先が伸びていく。
元の二倍は伸びたのではというくらいに、赤髪の持つ剣が伸びた。それを掲げ、赤髪は三体の天使に向かって走り出す。
当然それを迎え撃とうとする天使だが、赤髪は長剣を走りざまに振り抜く。
振り抜かれた剣は鞭のようにしなり、空を切って天使へと刃を向ける。それを盾で防ごうと差し出すが、あまりの勢いに盾が一瞬で砕け散る。
砕かれた盾と共に後方に吹き飛ばされる天使。それと入れ替わるように第二の天使が赤髪に剣を向けるが、それすらも弾き飛ばす。
今まで圧倒的な力で押していた天使たちを、あろうことかひとりで、斬り超えていく。
「少し予想外だったが、アレを試すにはちょうどいい」
赤髪の謎の力で押され気味のはずの男は、なぜか愉しそうに口元を歪めた。
「アルサ」
名を呼ぶ。すると、男の背後にまるで瞬間移動でもしたかのように魔法使いがひとり、現れた。
「ミカエルを呼べ」
男がそう告げると、魔法使いはすぐさま詠唱を始めた。
「――サモン、《ミカエル》」
魔法使いの足元に巨大な白い魔法陣が出現したかと思うと、そこから純白の巨体が姿を見せる。
「な……!」
大きさは約天使の五倍。森の木々を足元に見るような、そんな体躯を持つ、巨大な天使が、姿を現した。
「やれ」
巨大天使は手に持っている大剣をひと振りする。すると、爆風と共に周りの木々が吹き飛んだ。
爆風で瞑っていた目を開ければ、赤髪の手下である悪魔族は一体しか残っておらずそれもボロボロで、同じく赤髪も立つのがやっとの状態になっていた。
「なによこれ……」
アスカが絶望した声を上げる。
「こんなの、ゲームじゃない……!」
NPCだけでここまで一方的な戦いを出来ることも問題だが、それ以前に、これはもはや虐殺に近い。最初に戦っていた龍戦士族は後ろで笑いながら話しているし、こちらの損害はゼロに近い。
対し悪魔族は残すところ通常の悪魔族一体と、赤髪の青年の二人。状態は瀕死で立つのがやっとだ。
これでは、冒険者など必要ないじゃないか。
「意外としぶといな」
よろけて前を見ることもかなわないほどに消耗している悪魔族に向かって、天使が歩み出る。手には、純白の剣。
「やめ……て……!」
かすれる声で、智代理はそう叫んでいた。ただそれはもう叫びなどではなく、喉の奥から絞り出る微かな音でしかない。
天使は、さらに歩み寄る。剣を後ろに引き、目の前で最後の力を振り絞り立ち続ける悪魔族に、それを突き出した。
「あ……」
悪魔族は抵抗することなく、その一撃を受けた。体を、一本の剣が貫く。
力なくだらりと四肢を垂らした悪魔族を、天使は何のためらいもなく放り捨てる。
地面に転がった悪魔族の体はまもなく消滅した。
「最後まで生き残ったお前には敬意を評し、最大の一撃をくれてやろう」
巨大天使は両手で輪を作り前に突き出す。すると、そこからだんだん大きくなるように光の輪が形成されていく。
「詠唱終了、これより殲滅を開始します」
巨大天使を呼び出した魔法使いのその言葉を最後に、巨大天使の手から輪を伝い、高エネルギーの波動が放出された。
赤髪の青年は最後、誰かと会話していたようにも見えた。
その会話で彼は、苦い顔をしていた。




