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ギルドの話

 噴水のあった広場から歩いて五分ほど。お世辞にもあまり綺麗とは言えない外観(がいかん)の宿屋の前に到着(とうちゃく)した。

「……あまり綺麗じゃないな」

 沈黙に()()ねたのか、およそこの場にいる全員が思っていることを青髪の少年がぼそっと呟いた。

「仕方ないじゃない! 一番近いのがここしかなかったんだから……」

 アスカは抗議しながら肩を大きく()らし店内へと入って行った。それに続いて智代理たちも中へと足を踏み入れる。

 中は外観(がいかん)の印象と少し違い、建物が古いことを活かして少しウェスタンな雰囲気を上手く(かも)し出している。

 そして何より、大盛況だった。

 店員と思われるトレイを持った龍戦士族たちは、忙しそうにあっちで注文を聞いたり、こっちで品物を運んだりと店内を縦横無尽(じゅうおうむじん)に駆け回っている。

「いらっしゃい。六人か?」

 カウンターの奥でドリンクを作っていた店主と思わしき龍戦士族が話しかけてきた。入口とカウンターは近いものの、店内にかかるBGMとこの大盛況から生まれる話し声の騒音に負けることなく良く通る声だ。

 人間でないことにまだ若干の違和感を感じるが、明日香はそんな素振(そぶ)りも見せず、店主と思わしきその龍戦士族の下へと進む。

「ええ。席は空いているかしら」

「残念だが一階は見ての通り満席だ。ただ、二階は誰もいねえから適当に使ってくれ」

「ありがとう」

「ああ、忘れてた。二階だと注文が取りづらいんで最初にここでなにか頼んでいってくれ。おすすめはこの辺一帯で()れるアブザーの実を使ったアブザードリンクだ。ひとつ150グラド。どうする?」

「6個で900グラドか……序盤(じょばん)にしたらちょっと痛い出費だけど、それでいいわ、ちょうだい」

「あいよ」

 店主との話を終えたのか明日香は(きびす)を返してこちらに戻ってきた。

「二階が空いているらしいから、行きましょ」

 明日香に連れられて二階へ上がると、一階の半分ほどの面積にテーブルいくつかと椅子があった。そのうちのひとつに適当に腰掛ける。

 二階には冒険者の姿はおろか龍戦士族の姿さえなく、とても静かである。ここまで来るのに螺旋階段状だったため下の喧騒(けんそう)も少し弱まってここに届いている。

 明かりも薄暗く、ホコリも少し()まっているところからするに、ここは普段からあまり使われない場所なのだということが容易に想像できる。

「いやあ、すまんね。あんたらと同じ冒険者たちが押しかけてきたせいで、珍しく一階は満席さ。ま、商売を生業(なりわい)としているこっちにとっちゃありがたいことなんだがね」

 先ほど明日香と話していた店主がトレイに六つのグラスを乗せてやってきた。

 そのグラスには少し赤みがかった液体が注がれており、ほんのり林檎(りんご)の香りがした。

「ほい、アブザードリンク六つ。それとなにか注文するときは、面倒だと思うが一階まで降りてきてくれ。そうすれば気づくから、その場で注文を取ってやる」

 そう言ってひとりひとつずつアブザードリンクと呼ばれる赤い液体を置くと一階に降りていった。

「このドリンク、どんな味なんだろうねぇ。……林檎(りんご)っぽい匂いはするけど」

 目の前に置かれたアブザードリンクをしげしげと(なが)める青年は、智代理の知りえない人物だった。いや、そもそもキャラエディットできる時点でこのタイミングで誰なのかを特定することは不可能なのだが。

「飲んでもいいですよ? それ、今回あたしの(おご)りなので。さっきの狩りで少しグラドには余裕がありますし。それよりも自己紹介をしましょう」

「そうだね、アスカくんの言う通りだ。せっかくだし、僕からやらせてもらうよ」

 その青年は赤く()き通るアブザードリンクをひと呷りすると、グラスをテーブルに置き智代理へと向き直った。

「僕のプレイヤーネームはセーヴ。クラスは【タンク】を取っているよ。主に前衛で敵の怒値(ヘイト)を集める役割を担っている。よろしくね」

 そう気さくに言う彼の目はあまりに細く、頬の動きでしか表情を読み取り(づら)い。

 優しそうではあるものの、どこか影を持っていそう。それが智代理のセーヴに対する最初の印象だ。

「よ、よろしくお願いします」

 にこやかに笑っている(と思われる)セーヴに、智代理はぎこちなくぺこりと頭を下げた。

「じゃあ次、私ですねー。私のプレイヤーネームはユカリって言います。なんでユカリっていう名前にしたかというとですね、ゆかりっていうご飯の上にかけるやつあるじゃないですか。それがもう炊きたてのご飯にかけるとすっごいマッチしてそれが大好きで……」

「はいユカリ、そこまでにしておきなさい」

 熱弁を明日香の一声で制されてしまったユカリは、特に嫌そうな顔もせず話を戻した。

「っと、脱線(だっせん)しかけちゃいましたね。それで、私のクラスは【サマナー】って言ってですね。可愛い小動物から、果てはドラゴンのような怪物に至るまであらゆる生き物を召喚(しょうかん)できるクラスなんですよー」

 なぜかひとりでとても楽しそうに自己紹介をしているユカリ。(しゃべる)るたびに、彼女の肩まで伸びた紫のセミロングとてっぺんに生えたアホ毛がぴょこぴょこと()ねる。

 ここまで恥ずかしがらずに自己紹介できる人は初めて見た。いくらプレッシャーに強い人でも初対面の人に自己紹介するのは多少なりとも緊張するだろう。

 メンタルが強いのか、マイペースなだけなのか。どちらか定かではないが、とにかく明るい子ということだけはひしひしと伝わってくる。それが智代理のユカリに対する最初の印象だ。

「シュンくんと私はお互い知ってるから……いいかな?」

「そうだな。わざわざ時間を使うのももったいない」

 キャラエディットからも既に知り合いだとわかる二人がひそひそと話している。

「あ、でも一応クラスの紹介はしなくちゃ」

 そう言って、話していた二人の内女子の方、大狗花楓(おおいぬかえで)は智代理に向き直った。

「えっと、改めて。プレイヤーネームはカタカナでカエデです。クラスは【セーバー】を取ってるの。回復役ヒーラー専門(せんもん)にしているけど、敵のステータスを制御(せいぎょ)したりすることも得意かな。智代理ちゃん、これからよろしくね」

 にっこりと笑う彼女の姿は現実世界の彼女の姿とほぼ同じである。背の高さから髪の色、顔のパーツ、そしてスタイルに至るまで。

 高校生女子としておよそ完璧なスタイルと均整な顔立ち。そしてそこにトドメと言わんばかりに美しい黒のロングヘアー。学校のアイドルと称されるのも致し方ない。

 今は【セーバー】の初期装備であろう白いローブに身を包んでいるせいで、その清楚(せいそ)さと美しさにさらに拍車(はくしゃ)が掛かっていた。

「じゃあ俺か。俺のプレイヤーネームは……さっきカエデが言っちまったけど、改めて。シュンだ。クラスは【ウォーリア】を取ってる。主にアスカとセーヴさんと一緒に前衛を張ってる。よろしくな」

 彼の本名は来駕俊(らいがしゅん)。シュンもまた、現実世界の(しゅん)の姿とほぼ同じだった。唯一違うのは髪の色くらいか。

 現実世界でクールでスポーツ万能なシュンは、同じくクールでスポーツ万能な明日香とよく衝突していた気がする。ついてっきり仲が悪いのかと思っていたが、明日香の手助けをする辺りそんなことはないのかもしれない。

 この二人とは明日香経由で仲良くなった。

「じゃあ最後にあたしね。プレイヤーネームはカタカナでアスカよ。クラスは【ムラサメ】を取ってるわ。基本的にはセーヴさんやシュンと同じ前衛だけど、主に怒値(ヘイト)を集めてもらってる二人の後ろからダメージを取る感じかな」

 アスカがトリという形でパーティメンバー全員の自己紹介が一通り終わり、自己紹介の順番は智代理へと移行する。

 既に自己紹介を終えた面々は、それぞれの視線を智代理に集中させてきた。

 人前で話した経験がない智代理にとって、たかが五人であってもされど五人である。

「え、えっと、智代理、です。よろしく、お、お願いします……」

 人前で話したことのない智代理はその声をだんだん小さくさせていき、しまいにはかすれていた。それでも個人的にはこれでもかというくらい大声を張り上げたつもりで、それを聞いていたメンバーたちも微笑ましいものを見る目で温かく見守っていてくれていた。

「自己紹介は終わりだ。改めてよろしくね、智代理くん。それにしても珍しいね、プレイヤーネームに漢字(かんじ)を使うなんて。しかもさっきのアスカくんの反応を見るに、きっとリアルの名前でしょ? このゲームは最初から漢字変換(かんじへんかん)できるけど、本名をそのまま漢字(かんじ)ごと使う人は初めて見たよ」

「そ、そうなんですか」

 智代理はオンラインゲームを触ったことがないのでその辺りの事情はよくわからない。が、パーティメンバーの名前を見る限り、そしてマリオルの名を思い出す限りカタカナ使用が主流であることは本当なのかもしれない。

「名前はわかったんですけど、智代理さんのクラスってなんなんですか? なんか装備を見るに結構派手(はで)なクラスっぽいんですけど、見たことがないんですよね……」

 自分の名前を言うことに精一杯でクラスを伝えるところまで頭が回転しなかったらしい。

「えっと、クラスは【ヴァルキリー】を取ったよ」

「え……」

 それを言った途端、この場にいる全員の表情が(こお)りついた。表情だけでなく時間も止まっているように感じられ、空気の流れは止まり、下の階の喧騒(けんそう)はいよいよ聞こえなくなった。この二階だけが、まるで別空間にワープして時空の狭間(はざま)に閉じ込められたように、時が止まる。

「……?」

 どうしたのだろう、と首をかしげる智代理。

「ねえ智代理ちゃん。今、【ヴァルキリー】って言ったの? ええと、できれば聞き間違いであってほしいんだけど……」

 お淑やかで常に冷静な印象のカエデが明らかに動揺している。

「うん。【ヴァルキリー】のハズだよ」

 智代理は証拠(しょうこ)として自分のステータス画面を全員に見せた。

 それを見た全員は、総じて同じリアクションをした。

「「「「「マジだ」」」」」

「……もしかして私、まずいこと、しちゃった?」

 困惑してわけもわからずいる智代理に、カエデが懇切丁寧(こんせつていねい)に説明する。

「えっとね、智代理ちゃん。このゲームのクラスって、二つのスキルを(あらかじ)め覚えているでしょ? 例えば私の【セーバー】であれば回復とステータスダウン系の両方だから、この範囲回復スキルの《エリア・ヒール》と敵の攻撃力を少し下げる、能力制御系スキル《パワー・セーブ》とか」

「う、うん」

 わかりやすいようにカエデは自分のステータス画面とそこから飛べるスキル一覧を智代理に見せながら説明する。

 説明の通り、カエデのスキル一覧には《エリア・ヒール》と《パワー・セーブ》の二種類のスキルがあった。

「この初期スキルって、このゲームにおける序盤の戦闘で大きな役割を果たすの。後衛はもちろん、前衛なら尚更(なおさら)

 ジェスチャーで握った剣を振り下ろしながらカエデは話す。

「このゲームにおけるスキルを使わない状態の単なる一撃って、その辺のレベル1の雑魚MOBにすら(すずめ)の涙程度のダメージしか与えられないのよ。つまり、後衛職なら私みたいに遠距離攻撃系スキルを持っていなくてもこうしてパーティを組めばなんとかできるけど、前衛職はパーティを組んでも、最初の頃はそのパーティ自体がダメージソースを前衛に頼るしかないから、そこで圧倒的不利が生じる。でも普通、そういうシステムを取るなら開発側は前衛職全てに均等に近距離攻撃系スキルを与えるの。このゲームも例外(れいがい)ではないわ」

 カエデは人差し指をピンと立て、ただし、と付け足してから続ける。

「……【ヴァルキリー】を(のぞ)いてね。さっきも言ったけどこのゲーム、スキル未使用時の武器によるダメージが極端(きょくたん)に少ないの。それなのになぜ、【ヴァルキリー】のようなクラスが存在してしまっているのか、その理由はただひとつ……」

「『MMORPG完全玄人向けクラス』ってことだ」

 カエデの言葉を受け()ぎ、シュンが割入った。

 カエデは頷くと、智代理にメニューパネルを出すように促した。

 指示に従いスキル一覧まで行くと、昼間に使用した《フェザー・ウェイト》の横に《ドロップ・アップ》というスキルもあった。

「《フェザー・ウェイト》は歩行速度が上がるスキル。これは敵と遭遇(そうぐう)した時とかにギリギリ使える範囲だけど、使用不可時間リキャストタイムが二分という遅さな上に、MPの燃費も悪い」

 カエデは智代理のメニューパネルに手を伸ばし、隣のスキル《ドロップ・アップ》の説明欄に移行する。

「《ドロップ・アップ》は倒した敵からのドロップ率を上げるものだけど、そもそもこの職じゃ敵を倒しづらい上に使用者がトドメを刺さないと意味がない。そしてこれもMP消費が尋常(じんじょう)じゃないからそんなに回数は使えない」

「要するに、だ。【ヴァルキリー】は前衛職でありながら初期状態では絶望的に弱く、現時点では縛りプレイを好む玄人向けのクラスになってるってわけだ」

 最後にシュンが補足とまとめをして、智代理のクラス【ヴァルキリー】の講義は終了した。

 ゲームをあまりやったことがない智代理でさえ、このクラスの理不尽さは痛いほどわかった。

 見た目なんかでクラスを選ぶのではなかった。強い自分になりたくて、強そうな衣装を着ていたというだけで【ヴァルキリー】を選んだあの時の自分を殴りたい。

「まぁ、ここまで現実を突きつけてなんだけど、このゲームはまだ始まったばかりな上になぜかクローズドテストはおろかオープンテストもなかったの。だから、今後同じく【ヴァルキリー】を取ったプレイヤーがSP(スキルポイント)()めて強いスキルを発掘するかもしれない」

「さすが戦女神(ヴァルキリー)なだけあって、初期ステータスはトップクラスだから、後はスキルが見つかるまでの辛抱だよ、智代理くん」

 (なか)ば泣きそうになっている智代理を必死になだめようとカエデたちは言葉の限りを尽くす。それでも彼女の心を(いや)すには少しばかり時間がかかった。




「本題、入ろっか」

 アスカが堰を切って話し始めた。

 智代理はもう既に心の整理をつけ、いましがたこのクラス【ヴァルキリー】とともに歩むことを決めたばかりだ。

「今後の方針を決めましょう」

「ああ、智代理が言っていた釘丘を探すって話か」

 シュンの発言にアスカは頷く。

「シュンくん、釘丘くんとは話したりしないの?」

 カエデに言われて少し思い出す仕草をするシュン。顎に手を当てうーん、と(うなる)る。

「俺は……そういやないな。あいつもゲームかなりやるってのは前々から知ってるから話したら意外と気が合うかもしれないけど」

「……とにかく。その釘丘さんを探さなくちゃいけないんですよね? でも情報がなにもないんじゃ……」

 うんうんと頭を抱えて(うな)るユカリ。探すと意気込んだはいいものの、今のところなにも情報がないため手探り状態からスタートである。

 そんな時、セーヴがなにか(ひらめ)いたように、ポンと手を叩いた。

「そうだ、まずは情報だよ。情報を集めるのならギルドに助けを求めるのが一番じゃないかな? このゲームは発売前からかなり注目されていたから他のMMORPGでも有名なギルドやプレイヤーがいるって噂だよ」

「確かに……」

 確かに妙案だ。妙案だが、ひとつだけ懸念材料が存在する。

 それが頭をよぎり、喜びきれない。

「でも、ギルドでもない私たちにそんな人たちが力を貸してくれるんでしょうか」

 カエデが代表してその懸念材料を質問としてセーヴに投げかけた。

 だがセーヴはその質問を読んでいたかのように即答する。

「それなら問題ない。ついでに僕たちもギルドを立ち上げてしまえばいいんだよ」

「私たちが、ギルドを?」

「…………それだぁっ!」

 ガラにもなく大声を上げていた。もちろんすべての視線は集中し、自分がとった行動の突飛(とっぴ)さに顔が赤くなる。

 声を上げたのは、智代理だった。

「ご、ごめんなさい……」

 熱でもあるんじゃないかというほどに智代理の顔は赤くなっていた。

「でも、ギルド立ち上げてみたいです……やって、みたいです」

 智代理は自分の想いを勇気を振り絞って伝えた。せっかく決意してこのゲームを始めたのだから、現実世界では到底できないことをやってみたい。

 それに、智代理の本当の目的を達成するには智代理本人も強くならなくてはいけない。

「でも、どうして? もしギルドを立ち上げたとしても必ず接触できるとは限らないのに……」

「実は、みんなに会う前にギルドのリーダーさんと出会ったの。その人が何人も男の人を引き連れてて、とってもかっこよくって素敵で、私もいつかあんなふうに強くいられるようになれるかな、なりたいなって思って……」

「なるほど。それでギルドの立ち上げに興味を示したわけだね?」

「はい」

 智代理はマリオルと出会ったとき、強烈な感銘(かんめい)を受けた。彼女は智代理がかつて出会ったきた誰よりも凛々(りり)しく(きら)めいて(まぶ)しかった。そんな彼女を(うらや)むと同時に、憧れの気持ちもあった。

「私はあの人みたいな人間になりたい。それは見た目じゃなくて、中身の話。だから私は、ギルドを立ち上げたい!」

 智代理は胸の前で小さな手をぎゅっと握り締める。強く曲がることのない意思で言葉を紡ぐ。

 それを見たアスカは、はぁと諦めのようなため息をついた。

「……わかったわ、ギルド立ち上げましょう。セーヴさんの言う通り確かにその方が人探しの効率は良くなるし。そうと決まれば早速……」

「名前! ですよねっ!」

 ユカリが待ってましたと言わんばかりに、身を乗り出して食い気味に割入ってくる。

 その行動に(そく)して、てっぺんのアホ毛がぴょこぴょこと跳ね(おど)る。

「ファンタジーソーサーがいいですかねー? ミラクルポップスとかもいいなー。それとも、シューティングレインボー?」

「なんでそんなにキラキラフワフワしたものばかりが出てくるんだ……」

「ユカリのネーミングセンスは置いといて、確かにギルド名は大切よね。智代理、なにか候補(こうほ)とかある? イメージでもいいけど」

 アスカに問われて少し考える。名前なんて、家で飼っている犬の名前くらいしかつけたことがない。

「目立つ名前、がいいかな」

 周りから一目置かれて、とても覚えやすい名前が好ましい。

「目立つ……か。注目されるっていう目的なら、まだあまり使われていない漢字を使うのがいいんじゃないかな。それに、漢字なら四字熟語とかで覚えやすくもできる」

 四字熟語なら覚えやすくて目立ちそうだ。実に理にかなっている。

「とりあえず、カエデくん、シュンくん、ユカリくん、アスカくんの四人にひとつずつ案を出してもらおう。その中から最終的に智代理くんが選ぶという形で、いいかな?」

「セーヴさんはなにするんですか?」

「僕は四字熟語っていう案を出したからおやすみ」

「なんかずるい……」

 セーヴは極めてにこやかな表情をして言った。

 それからしばらくして、四人がそれぞれ頭の中で浮かべたギルド名を発表する時間がやってきた。

 一番手は、先ほど横文字のギルド名を挙げて無事撃沈したユカリだ。

「私はー、これですっ」

 ユカリがパーティチャットにあらかじめ下書きしたギルド名をペーストする。ピロンというチャットの受信音を聞き届け、パネルに表示されているユカリの考えたギルド名を見やる。

「えーっと……ひゃ、ひゃく、ひゃくせい……?」

百世不磨(ひゃくせいふま)ね。確か、永遠に無くならないとか、不朽(ふきゅう)とかの意味があったかしら。ユカリにしては結構まともだけど、ちょっと安直すぎるわね」

「へぇ~。さすがアスカちゃん、なんでも知ってるね」

 ユカリ以外がユカリの意外とまともな意見に感心していると、ユカリがりのように頬をぷくっと膨らませて抗議を始めた。

「違いますよ! これは百世不磨と書いてエターナルトゥインクルって読むんです!」

 ほらここ! と指をさす百世不磨の文字の上にはとても小さくエターナルトゥインクルと(しる)されていた。

(かろ)うじてエターナルくらいしか合ってねえ……」

「どうですか? かっこいいし、可愛いし。とってもリバーシブルじゃないですか?」

 えっへんと胸を張るユカリ。その態度は非常に自信に満ち溢れているが、周りは苦笑いしている。

「と、とりあえず保留かな。次、誰かお願いするよ」

 セーヴの指揮で、シュン、カエデと自分の考えた名前を提示する。そして最後にアスカの提示も終了した。

 智代理はそれぞれチャットに提示されたギルド名候補たちを一瞥(いちべつ)する。

「ユカリちゃんの百世不磨トゥインクルエターナルにシュンくんの鬼之矢継(おにのやつぎ)、カエデちゃんの旋乱軍団(せんらんぐんだん)とアスカちゃんの風光鶴唳(ふうこうかくれい)か……」

 どれも……とは言い(がた)いがいい名前ばかりが出揃っている。誰もがギルドのために知恵を振り絞り、智代理の龍太郎探しを必死に手伝ってくれようとしている。

 名前なんてこのどれが選ばれてもおかしくないのかもしれない。どれも選出条件であるインパクトと覚えやすさは十分に兼ね備えているのだ。

「智代理、どれがいい?」

 アスカが聞いてくる。そう、決めるのは他の誰でもない自分自身だ。どれでもいいなんて思っていても自分以外の誰かが決めてくれるわけではない。

 自分の意志で、決定しなければ。

「私は……」

 智代理が口を開こうとした、まさにその時。

百鬼旋風(ひゃっきせんぷう)……」

 ぼそっと、耳元で低い男性の声が聞こえた。いや、耳元というよりは直接脳内に語りかけてくるような、不思議な声。

 智代理ははっとして周りを見渡す。この場にいる男性はシュンとセーヴの二人。だが先ほど聞こえた声はこの二人の声よりずっと低かった。

「智代理? どうしたの?」

「え、えっと……」

 自分の気のせいだろうか。それにしてははっきりと声が聞こえた感覚がある。そしてその声が残した言葉が、脳内に染み付く。

 百鬼旋風(ひゃっきせんぷう)。その言葉は、なぜだか耳に心地よく染みわたり、あたかもそれが付けられるべくして付けられた名のようにすら感じる。

 そう、ギルド名として。

「百鬼、旋風……」

「え?」

 パーティメンバーが全員心配そうに智代理の顔を(のぞ)き込む。

「智代理、大丈夫……?」

 アスカが心配そうに顔を覗き込む。だがそれを打ち払うように智代理は立ち上がった。

「百鬼旋風! 百鬼旋風にします!」

 そう声を上げた智代理はメンバーのを見渡し宣言する。

「ユカリちゃんの百! シュンくんの鬼! カエデちゃんの旋! アスカちゃんの風!」

 ひとりひとりに視線を送りながら読み上げる。 

 そしてもう一度、高らかに宣言する。

「百鬼旋風! みんなの頭文字を取って、ギルド名は百鬼旋風にします!」

 びしぃっと前方に人差し指を突き出す。

「百鬼旋風……確かに、すべての案の頭文字を取って……うん、いい名前だと思うよ」

 メンバーからは否定の反応はなかった。

 そして安心からか智代理はへなへなと床に座り込んでしまった。

「お、おい! 大丈夫か?」

「え、えへへ……だいひょうぶ……」

「滑舌回ってないわよ? 今日は一旦、お開きにしましょうか」

 時刻は十八時ちょうどだった。今日は日曜日なので明日は学校だ。だが嬉しいことに、今週は祝日と県民の日と開校記念日が上手く重なって、火水木金土日とミラクルゴールデンウィークとなっている。

 智代理は手を伸ばしてくれたカエデの手を借り立ち上がる。

 ホコリを(はた)いてメニューパネルを操作し、下部にあるオプションからログアウトコマンドを実行……したと同時に、ある大事なことに気が付いた。

 それに気づいたのは智代理だけでなく、同学年であるアスカ、シュン、カエデもそれぞれ気付いたようだった。

 なぜこんな簡単なことに気付かなかったのだろう。

 わざわざギルドを立ち上げて、情報を集めようとしなくても、龍太郎と接触する機会はあるじゃないか。

「明日、学校で龍太郎くんに聞けばいいんじゃ……」

 その真実に気付き声を上げようとした時にはもう、意識はデビルズ・コンフリクトの世界から()き消えていた。

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