親友との遭遇
神森明日香には親友がいる。親友の名前は、神崎智代理。
ちっちゃくて臆病で、緊張すればすぐ舞い上がってしまう、そんな女の子。放っておけない、明日香の大切な大事な親友。
明日香は学校である噂を聞いた。
それは、親友である智代理がクラスの冴えない男子、釘丘龍太郎とともにゲームをするという噂。
龍太郎はクラスの中でも頭一つ抜けたぼっちで、女子はおろか男子とさえも話しているところを滅多に見たことがない。
そんな男が、クラスのアイドル兼マスコット的存在である智代理と一緒にゲームを? 噂を聞いた当初は当然気にしておらず、一応智代理本人に聞いてはみたが当然そんなことはないと言っていた。
だが噂を聞いた数日後から、やけにふたりの距離は短くなっていた。明日香が智代理と一緒に帰ろうと声を掛けようとすれば、龍太郎と話している。
信じられなかった。あの臆病で人見知りで明日香がいなければいつもびくびくしているような智代理が男子とふたりだけで話しているなんて。いくら冴えなくて影が薄いといっても相手は男、もしかしたら脅されているのかもしれない。
そう考えた明日香は、ある手段を取ることにした。
噂に聞けばプレイするゲームはオンラインゲームだそうだ。ならば、それを自分もプレイしてしまえばいい。そうすれば、あの男から智代理を守る事ができる。
ただひとりでは力不足なので明日香は早急に有志を募った。結果集まってくれたのは明日香自信を除いて4人。全員、明日香の友人である。
最後にメンバーを集めた明日香は、ダメ元で智代理を自分のパーティに誘った。そして案の定、パーティ加入を断られた。龍太郎と一緒にやるからという理由をつけて。
だがこれで確定した。ターゲットはあの男、釘丘龍太郎だ。
「――! ねえってば!!」
思考の海にトリップしかけていた脳内に聞き覚えのある声が響いた。その声によって、無理矢理にも意識が引きずり戻される。
ゆっくりと視界に広がっていた暗闇が晴れ、光が戻ってくる。木造作りの古風な店内が、その雰囲気に合ったゆったりしたBGMとともに鮮明に展開されていく。
「もう、またぼーっとしてたよ?」
再び聞こえた声。この声が、明日香がこのゲームに誘ったメンバーの一人である大狗花楓のものであることはすぐにわかった。
顔を上げると、このゲームでの花楓の腰まで伸びた黒髪が視界に映る。
「ご、ごめん……」
自分のこういった癖は悪いことだと自覚しているので素直に謝る。この癖が出始めたのは智代理と親しくなりたて頃だっただろうか、いや、今ほどではないものの相当親しくなってからだっただろうか。
「ま、もう私は慣れっこだけどね」
花楓とは中学時代からの付き合いで、中学高校合わせて六年間同じクラスの腐れ縁であり明日香が智代理と同じくらいの信頼を寄せている人物でもある。
「みんな、店の外で待ってるよ」
花楓に促されて店の外に出ると、外に待機していた他のメンバーの視線が集まる。
「おせーぞ」
「先輩、またぼーっとしてたんですか?」
「ははは。君たち、そんなにいじめなくてもいいんじゃないかい?」
店の外には、明日香が誘ってこのゲームにやってきた友人たちが待っていた。
集まってくれた彼ら彼女らは、善意で明日香に手を貸してくれている。学校の後輩もいれば、昨年卒業した部活の先輩もいる。この人たちの善意を無駄にはできない。絶対に龍太郎から智代理を引き剥がさなければ。
絶対に。
智代理は周りからよく「素直でいい子だね」と言われる。それはもちろん褒められていると感じるし、褒められていい気分にならないことなんてない。
でも最近、その限りでない気もしてきた。
「もう、諦めたほうがいいのかな……」
ぼうっと、夕暮れに染まる空と闇が迫る空の境目を眺める。右上に表示されている時刻はまもなく十七時を指そうとしていた。
今日はサービス開始の一日目ということもあって、智代理がここに来た辺りから発狂したように街の外へと駆け出していった冒険者が大量にこの噴水前を通っていった。あんな人ごみに智代理ひとりで歩み寄ろうものなら、ごちゃまぜになって消えてしまいそうだ。
相変わらず、智代理の横には誰も座っていない。釘丘龍太郎は、未だ姿を現していない。
遅刻にしたって遅すぎることはわかっている。探しに行きたくて仕方がない自分がいることもわかっている。
でも、臆病で、ずっと人に頼りっぱなしで、ひとりでやることに怯えてきた智代理には、このまだ何も知らない世界でひとり人探しをやろうなど到底できることではなかった。
このゲームに来る決意をしたのだって…………
「あれ……智代理?」
そんな声がして、顔を上げる。
顔を上げると、オレンジと藍の美しいコントラストが崩れかかっている空を背に、とても見覚えのある顔がそこにはあった。
「やっぱり! 智代理じゃない!」
「え、もしかして……明日香ちゃん?」
目の前に現れた彼女は、現実世界での智代理の親友、神森明日香だった。
ただいつも見る明日香の服装ではなく、全身を革鎧で包み、腰には彼女がいつも実家の道場で使うようなシンプルな刀が携えられている。
それでも、彼女の赤い髪はその人物が神森明日香であることを主張していた。
明日香は驚きの表情とともに、後ろにいる智代理の友人でもある人物らを差し置いてつかつかとこちらに歩み寄ってきた。
「……智代理、あいつは?」
耳打ちでされたその問いに智代理は首を横に振る。
「連絡、来てないの?」
「その、フレンド登録……まだしてなくて……」
智代理はまだ、龍太郎とフレンド登録をしていなかった。いや、厳密に言えば、できなかったのだ。
このゲームにおけるフレンド登録方法は二種。ひとつは近くの者とワイヤレスコンタクトによる登録。もうひとつは、プレイヤーネームをプレイヤー検索にかけてのフレンド登録だ。
前者は近くにいなければできないものだが、後者はプレイヤーネームを知っていさえいれば一方的にフレンド登録依頼が送れる。送る依頼にはメッセージを付けることもできるので、誰から来たのか把握が可能だ。
だが智代理は、龍太郎のプレイヤーネームを知らなかった。さらに彼は重度のゲーマーだと知っていたので、そんな人物が本名をそのままプレイヤーネームとすることは考えづらく、検索をかけるという選択肢も頭から離れていた。
そもそも、こんなことになるとは予想だにしていなかった。
「それじゃあ、探しにもいかず、ずっとこの待ち合わせ場所で何時間も……?」
その問いに、智代理は首を縦に振る。それを見た明日香はギリギリと拳を固く握った。
「釘丘ァ……!」
明日香の顔がみるみるうちに鬼のように変貌していく。眉間に青筋が立ち、ぴくぴくと痙攣している。
「絶対に許さん……! あたしの智代理との約束を……たかが釘丘の分際で……!」
「明日香ちゃん、落ち着いて……ね?」
智代理になだめられて怒りを収める明日香。
と、何かを閃いたように明日香がにやりと笑った。だがその笑みはすぐ仕舞われ、いつもの表情に戻ってこちらに向き直る。
……こういう時の明日香は、なにか良くないことを考えていると相場が決まっている。
「ねえ智代理。今は、釘丘がこの待ち合わせ場所に来なくて、連絡も取れないんだよね?」
つい数分前に知った事実を、噛み締めるように問い直してくる明日香。
「う、うん……」
「智代理。やっぱり、私たちのパーティに入らない? この間断られた時は釘丘と一緒にやることになるからって理由で断られたけれど、その釘丘がいないんじゃ智代理ひとりじゃない。こんな初めての世界で智代理ソロで行動するなんて無謀にも程があるわ」
確かに明日香の言う通りではある。龍太郎と連絡が取れない以上、何らかの方法で情報を集めこちらからコンタクトを取らなければならない。いつまでも同じ場所に突っ立っているわけにはいかないのだ。
「それに、この類のゲームならあたしたちが少し知識あるし。そういう人間といるほうが、何かと便利でしょう?」
明日香の言うことは正しかった。智代理がパートナーに龍太郎を選んだのだって、彼がゲームが得意という情報を手に入れたからだ。
「……わかった。私、明日香ちゃんのパーティに入るよ。でも、ひとつだけ条件をつけさせて」
「何?」
ひと呼吸置いたあと、決意するように口を開く。
「釘丘くんを……龍太郎くんを、探させて」
強い眼差しで、確固たる意思で、明日香を射抜く。自分が龍太郎を探さなくてはならないことを、目だけで訴える。
「……どうして探すの? なにか理由、あるんでしょ?」
明日香にはお見通しだった。彼女との付き合いは高校に入ってからなのに、智代理のことをよく見ている。よく見てくれている。だから智代理は、この少女に信頼をおけるのだ。
聡明な明日香には、やっぱりお見通しなのだ。
でも……
「……今は、言えない……」
それでもやっぱり言えない。まだ、言う時じゃない。
「どうしても、言えないことなの?」
明日香は再び、問いてくる。
それを智代理は、頷きで返す。
明日香はそれを見るなりふぅと肩を竦め、やれやれといった仕草をした。
「……驚いたわ。智代理がそこまで頑なに意志を貫き通すなんてね。……その意志に免じて今は聞かないでおいてあげる。ついでに、釘丘探しも手伝ってあげる。でもその代わり……」
一拍おいて明日香は告げる。
「話せる時が来たら、絶対に話して」
「……うん。約束する」
明日香はそれを聞いて満足げに智代理から一歩距離をとった。
「よし、じゃあまずは宿屋でも行きましょうか。ここで話すよりテーブル囲んだほうが話しやすいし。それに、メンバーも紹介しないとね」
彼女の後ろで待機していた者たちは、智代理が顔を向けると気さくに笑みを返してくれた。
どうやら二人ほど、智代理の顔見知りもいる。
どんな自己紹介しようかな。そんなことを考えながら、智代理は明日香たちの後を追って宿屋へと向かった。




