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VRMMORPG「デビルズ・コンフリクト」の世界

《プロローグ》

 人類初のVRMMORPG、デビルズ・コンフリクト。

 突如発表がなされたこのゲームは発売前からとんでもない反響を呼び、瞬く間にユーザーの心を捉えた。

 発売当日は各地のゲームショップが戦場のように入り乱れ、テレビの向こうでゲームを勝ち取ったユーザーの笑顔が全国に放送された。

 発売、開発を担当した会社はファンタジスタリバー社という小さな新参会社で、その意外性からさらに大きな反響を生むこととなった。

「ん……」

 教会で目を覚ました智代理はクラス【ヴァルキリー】の衣装をまとっている自分を体をひねって確認する。

 赤黒いボディプレートを着用し、現実世界の自分と同じツーサイドアップの髪型。

 腰には簡易的(かんいてき)に作られたと思われる剣が携えられており、足にはブーツを履いている。

 自分で好きで選んだクラスではあるが、少々派手だったかもしれない。

「目を覚まされましたか、冒険者よ」

 唐突に、声がした。振り向くと、この教会の神父らしき背の高い老人が智代理を見下ろしていた。

「神は言います。この地に、災いが訪れることを……」

 神父はそう言いながら、奥の部屋へと引っ込んでいった。正直いきなりこんなことを言われたらびっくりするが、NPC特有のマニュアルコメントだと思ってしまえばそれ限りではない。



 

 外に出た智代理は街の再現度に驚いた。足元の石畳の質感や空気の匂い、街並み等が現実世界のようにリアリティ感たっぷりで視界に展開されている。

 行き交う人々は皆、龍のようなウロコを持った人型MOB、この世界では龍戦士族と呼ばれる。

「これが、お父さんの作った世界……!」

 智代理の父親である神崎冨影(かんざきとみかげ)は、このゲーム、デビルズ・コンフリクトの開発、発売元であるファンタジスタリバー社の社員で実際にこのゲームを作るプロジェクトに携わっていた。

 そんな理由もあって智代理は父親の(すす)めでこのゲームをプレイすることになった、というわけだ。

 ただ、本来ならこういったゲームを一人でやることはないのだが、今回は勇気を振り絞って誘った人物がいる。

 同じ高校に通い、クラスも同じの、釘丘龍太郎(くぎおかりゅうたろう)

 龍太郎にある想いを寄せている智代理は、今回のこのチャンスをうまく使うため勇気を振り絞って彼を誘った。

 快く受け入れてくれた龍太郎は、サービス開始の今日、十三時から一緒にこのゲームをプレイしてくれるという。

 龍太郎を誘ったのは何も智代理が想いを寄せているだけではなく、ゲームが非常に得意という情報を得たからでもある。そんな彼についていけばゲームをほとんどやったことがない智代理でも楽しく、そして目的を達成できると踏んだ。

 右上に表示されている現在時刻を確認する。デジタル表記で示された時刻は現在十二時十分といったところ。

「遅れたら、いけないよね!」

 智代理は事前に得た知識から、手首をひねってメニューパネルを呼び出す。それを操作して【ヴァルキリー】の初期スキルである《フェザー・ウェイト》を使用。その効力により軽くなった体重で羽のように街を駆ける。

 人ごみは嫌いだ。だからあんまり祭りとかもいかない。まぁ友達に誘われたら行くんだけど。

 街中を走り抜けている間、すれ違う人々はなぜか智代理をジロジロと見てきた。向けられる()めついた視線に怯えるように思わず目をつむった。

「あいたっ!」

「うおっ」

 目をつむっているのだから当たり前なのだが、人にぶつかった。コテンと地面に尻餅をついて見上げると、ゴツゴツの大鎧を着込んだ無精(ぶしょう)ひげが特徴的な厳つい男性プレイヤーの顔があった。

 向けられる視線は異形なものを見る目。先ほどのようなねっとりとした睨めつける視線ではないものの、こちらは単純な恐怖が襲ってきた。

「え……あ……」

 声は枯れ、足はガクガクと震えだし、障害物にぶつかったことで《フェザー・ウェイト》の効力も切れてしまった。

 涙袋(なみだぶくろ)から目元に溜まる涙。それを必死に抑えようとこらえるが……

「お嬢ちゃん……だいじょ」

「う、うう……!」

 男の野太い一声で、あっさりと涙が溢れだした。

「ちょ、ガイズさん! 何やってるんすか!」

「いや、俺はだな、ただこの子が転んだから手を貸そうと……」

「ガイズさん、周りの目、やばいっすよ」

 (せき)を切って溢れる涙は智代理の言うことを聞かない。自分では泣きたくないのに、それでも泣いてしまっている自分がみっともなくてさらに涙が押し寄せる。

「ガ、ガイズさん! 姉御が戻ってきやした!」

「げ、マジかよ……なんてタイミングの悪い……!」

 男はそう言うと慌てて智代理の前から去っていった。巨漢の大男に支配されていた目の前は開け、見るとそれなりの人だかりが出来てしまっていた。

「大丈夫かい?」

「えっ……?」

 スっと横から差し出されたその手に、智代理は顔を上げた。

「大丈夫かい? お嬢さん」

 長身で肌は若干浅黒(あさぐろ)く、片目に黒い眼帯をしている女性が智代理に手を差し伸べていた。

 さっきの大男と似たセリフなのに、この女性に言われると何だか落ち着く。

 強い女の人って感じだ。

「え、あ、ありがとうございます……」

 手を取って立ち上がり、手の甲で涙を拭く。

「ごめんね、ウチのもんが君に嫌な思いをさせちまったみたいだ。後でしっかり(しつけ)ておくよ。君、名前は?」

「え、えっと、智代理、です」

「智代理ちゃんか。私は、ギルド銀の氷槍(ブリューナク)のギルドマスター、マリオルだ。今回のおわびとして、なにか困ったことがあったら、力になるよ」

 そう言って気さくに笑う彼女の顔はとても眩しくて、綺麗で、まっすぐな人の笑顔だった。

 そんなマリオルの顔に見蕩(みと)れていると、マリオルは何やらパネルを操作し始め、智代理のメッセージボックスに一通のメールが届いた。

「それ、ウチのギルドのパス。それ見せてくれればいつでも歓迎だよ。場所もそこに書いてあるから」

 開くと確かに銀の氷槍(ブリューナク)ギルドパスと書かれたパスがあった。場所はこの街の東にあるギルドエリアの一番奥らしい。

「それじゃ、私たちはこれで」

 マリオルは手を挙げて別れを告げると、数人の男を引き連れてギルドエリアに向かっていった。

「はぁ……」

 その背中を見送り、智代理はため息をついた。

 今の一連のやりとりで精神的にも疲れたが、これは憧れから来るため息だった。

「マリオルさん、大人の女の人って感じですごいかっこよかったなぁ……」

 智代理はもとより臆病で引っ込み思案(じあん)で小心者で、マリオルのような女性とは真反対の位置にいる人間だ。

 だからこそ、彼女の姿は智代理にとって目指すべき人間像に見えた。




 マリオルと遭遇して少し心の余裕ができた智代理は、なんとかひとりで噴水の前までやってくることができた。

 この街の目印でもある巨大な噴水は通称、神の泉と呼ばれている。ゲーム的にはここを復活点(リバースポイント)とすることが可能だ。

 白い大理石のようなオブジェクトを使った石造りで、それが幾重(いくえ)にもなって円形に噴水の型を作り上げている。

 溢れ出る水は透き通るように(きらめ)き、天に昇る太陽からの光を乱反射させている。

 ここを待ち合わせ場所としている冒険者も多いらしく、智代理のように一人で待つ者もいれば、数人で談笑(だんしょう)しながら時間をつぶす者など色々いる。

「ふぅ」

 少し歩いて疲れた。右上の時刻を見やると、現在は十二時三十分を示している。思わぬトラブルで時間を使った気もしたが、どうやら平気なようだ。

 智代理は空いていたベンチに座った。これも白い大理石で出来ているのか、やたらすべすべした質感(しつかん)を保っている。

 行き交う人々はNPCである龍戦士族や、プレイヤーとなる冒険者。服装は様々で、冒険者は軒並みRPGにおけるスタンダードな服装はしているものの、NPCだけあって龍戦士族は、冒険者のように武装した者や上流階級なのかやたらめったら派手な服装をしている者、店の前で客引きをしている(あきな)()を着ている者や現実世界でもよく見る私服を着ている者など、様々だ。

 だがそこに、龍太郎の姿はまだなかった。

 というか、ひとつ重大なことに気がついた。

 智代理は彼、龍太郎のプレイヤーネームを知らないのだ。

 このゲームでは自分の分身となるアバターをゲーム開始前のキャラエディット画面で細かく設定できる。実際智代理の今の姿は髪型こそ現実世界のそれと同じものの、コンプレックスである身長は少し高めに設定してあったり、髪色は薄めの青になっていたりする。

 それと同じように、龍太郎もキャラエディットで現実世界の自分の姿とは別の姿をしている可能性がある。というか、おそらくそうだ。そしてそれならば、今の智代理では見つけ出すことが不可能に近くなってしまう。

 この場をへたに動くこともできない智代理は、ここで龍太郎を待つほかなかった。

 だが、それから空を茜色(あかねいろ)に染める夕刻まで龍太郎は智代理の前に姿を現わさなかった。

最後まで読んでくれてありがとうございます。天柳啓介です。

前回更新で釘丘龍太郎編は一旦終了、今回更新から別視点の神崎智代理編がスタートします。

この回は読んだけどその前はまだ読んでないよ!っていう方はぜひ読んで下さると幸いです。

では、また来週お会いしましょう。

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