自室にて 再び
それからのことは、あまり覚えていない。気づけば戦いは集結していて、俺の周りには随分と数の減った兵たちが無表情な顔で俺を見ていた。
「終わった、のか……?」
「……今回の戦いでこちらの損害は約百人強。対し龍戦士族は冒険者含め半分ほどの損害。この戦いでの損害だけ見ればこちらのほうが少なくはありますが、有利か不利で言えば間違いなく不利。そして、私たちの敗北です」
コルソンが淡々と、事実だけを伝える。
「そして最後に。今回の戦いで、第二突撃隊リーダー、シトリーアボトルさんが戦死されました」
それを言った瞬間、場が凍りついた。
この城の前に戻ってきたとき、シトリーの隊だけ明らかに人数が減っていること、そしてシトリー本人がいないこと、それは皆気づき口に出そうとはしなかった。
彼が、死ぬわけなどないと思っていたから。前回の戦いでリーダーは全員生き残ることができた。それならば、今回だってリーダー誰ひとり欠けることないだろうと、そう思っていたから。
でも聞いてしまえばそれは現実として自分たちの前に現れる。
「……」
誰もが、黙ってその事実を噛み締めていた。
次の日から、龍戦士族の猛攻が始まった。
二日目、龍戦士族たちは前日連れてきた天使らは使わなかったものの、代わりに、歪な形をした剣や槍、杖などの武器から鎧に至るまでを魔龍魂で生み出したもので身を武装してやってきた。
昨日の今日でのこの猛攻である。当然俺たちはまともな戦法を立てることもできておらず、俺が取れる戦法はたったひとつに絞られていた。
それは、捨て駒戦法である。
その名のとおり、俺はNPCである兵たちを捨て駒として時間稼ぎに使った。そう、俺が死なないための。
捨て駒戦法は、辛うじて相手の戦意を削ぐ形になりなんとか耐えしのぐことは出来ていた。
そしてその日、兵力の三分の一を再び失うこととなった。
三日目、前日の夜になんとか作戦を立てようとしたが、先の戦いで再び兵力を失っていたため今の状態ではまともな作戦は立てられなかった。
龍戦士族たちは再び、猛攻を仕掛け、俺たちは再び、捨て駒戦法を強いられた。
そしてこの日、ベレットとウェパルを失うことになった。
四日目、俺は隊のリーダーを二人も失ってしまったショックで、戦場に出るのが苦痛になっていた。もう何もかも、夢であってくれと願っていた。
だが、いざ警報が鳴り響き、城の残っている者たちが慌て出すと、俺は否応になく戦場へと指揮官として駆り出された。
俺は、未だに戦い方を変えなかった。いや、変えるほど余裕がなかったのだ。兵力的にはもちろん、俺の精神的にも。
再び俺は、捨て駒を使った。戦鏡の中で、次々と空気に溶けていく兵たち。それを俺は、いつしか冷めた感情で見るようになっていた。
俺はここで死ねない。絶対に現実世界に戻るのだ。
そのためには……こいつらを踏み台にしたっていいだろ。
俺はリーダーなんだ。今やアドラメレクは愚かコルソンさえ消えていなくなったこの城で一番権限を持つのはこの俺だ。
俺が……絶対だ。
心が壊れていくのがわかった。それを止めようと、修正しようと動く俺がいるのもわかった。あの日までは、今までの釘丘龍太郎は確実に俺の中にいた。
五日目、兵力もそろそろ底が見えてきて、捨て駒の効率的な使い方を覚えてきた頃。初めて、城に乗り込んできた龍戦士族がいた。
そいつはステルス効果を持ったスキルを使用していたらしく、見張りをやらせていた元ベレット隊の兵も気づかず、侵入を許してしまったのだという。
そして侵入してきたそいつは何を思ったか、階段を上り、俺の部屋の前に来ていたライムと……ラウムを殺した。
俺がそれに気づいたのは戦いが終わった後だった。
俺は悲しみに声も出なかった。そしてその日から、俺の中の元の釘丘龍太郎はその存在を消し、機械のようにただただ兵たちを踏み台にすることも厭わない本物の悪魔が生まれた。
七日目、恐ろしい速度で減っていったこの城の兵力も、この日の戦いでとうとう底を尽きた。もう城に残っている者は俺しかいない。
この一週間、地獄のような日々だったと思う。思うだけで、確証などない。何せ、もう何も感じないのだから。
暗くなった廊下を無感情で歩く。ラウムやライムと歩んだこの階段も、リーダー同士で集まってこの城のことを聞いたりした食堂も、今はもう誰もいない。
そのいなくなってしまったことに既に俺の心は反応しない。
俺は、部屋の前で立ち止まる。ここは、ライムとラウムが死んだ場所。少し、感傷的になった。
俺は、扉を開け放つ。もちろん誰かがいることもなく、もう何日前から開けているかもわからない窓から吹く風が、頬をなでる。
ベッドの位置、棚の位置、そして窓の位置。こうして見ると、なぜだか懐かしく感じる配置。
今までこの部屋の構造についてあまり考えたことがなかったからか、俺の頭は久しぶりに稼働を始めた。
確かにこの家具などの配置は見覚えがある。ふと見た洋服がけも、そこにタンスを置けばさらに鮮明に蘇る。
壁の色だって、今の黒々しい色から白だと想像すればさらにはっきりと思い出す。
部屋の角、俺が今まで気付かなかった場所に、見覚えのあるカゴがぽつんとあった。
それを見た瞬間、俺の脳内に映像が流れ込んできた。
あれは、ある休みの日の映像。俺は朝早くに眠気まなこを擦りながら電車に乗り、ゲームを買いに行ったこと。
待ち時間でプレイしていたゲームに夢中になり買い逃したものの、後に思わぬ方法で手に入れて、プレイしようと家に帰ってきたこと。
そしてそのプレイを飼い猫に見せようと部屋に連れ込んだこと。
その部屋が、今いる部屋に似通っていること。
俺の頬を、一粒の雫が伝い落ちた。
手で拭うと、それは手の甲に染み付き、やがて無くなった。
「ああ……が、あああ……」
俺の目から溢れ出した涙はとどまることを知らず、俺の頬を絶えず濡らし続けた。
「なんで、なんでこんなことしなくちゃいけないんだよ……!」
次々と心の底から沸き上がってくる感情の波。
今まで跳ね除けてきたと思っていた感情はしっかりと俺の心の中に溜まっていて、それが今、涙とともにとめどなく溢れ出している。
俺の頭の中に、この城で出会った者たちの姿が投影されていく。忘れていたと思っていた仲間の顔が次々と浮かび上がってくる。
惨めに床に膝と額をこすりつけ、溢れる涙と感情を制御しようともがき呻く。
「……こんな世界、もう嫌だ…………!!」
俺のその言葉に呼応するかのように、開いた窓から一陣の風がなびいた。
「あなたは、この世界から抜け出したいですか?」
静かに、ただ冷徹に、そして機械的に発せられたその言葉に、俺は顔を上げる。
顔を上げた俺の目の前にいたのは、白い肌に白いワンピースドレスを着た、あの銀髪の少女だった。
あの日のように、風になびかれて月明かりに照らされている。
「君、は……」
彼女は、口を開く。
「あなたは、この世界から抜け出したいですか?」
再度問われたその質問。その質問の意味なんて、考えなくたってわかる。
でも、この少女は何者なのだろうか。
少女は、手を差し延べる。
「この手を取れば、あなたは救われる」
透き通るような肌の小さくて華奢な手が、俺の眼前まで伸びる。
その手は決して力強いとはいえないけれど、不思議な力を感じた。その手が、その雰囲気が、この少女は本当の意味で女神なんじゃないかと思わせる。
少女の手を取れば、この手を握れば、救われるかもしれない。
俺は…………。
ここまで読んでくれてありがとうございました。
龍太郎視点のお話はこれで一旦お休みを迎えます。
次回更新から別視点からの物語となるので、改めて宜しくお願い致します。




