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始発の駅にて

拙い文章でお目汚しになるかもしれませんが、どうかこの天柳啓介と釘丘龍太郎の成長を見守ってくださると幸いです。

 京浜東北線の始発よりも前。閑散とした誰もいないホームに、この俺、垣の崎高校に通う高校二年生の釘丘龍太郎(くぎおかりゅうたろう)は電車を待つべくひとり佇む。


 いきなりひとりでに自分の学校と名前を紹介したことはさておき、ひとえに佇むといっても、ずっと立っていては足が疲れてしまう。だから今は、ホームに設置されているベンチに腰をかけて、すぐ隣の自動販売機で買ったカルピスウォーターで別に乾いてない(のど)(うるお)していた。

 ペットボトルの中に入った白い液体をごくごくと(のど)に流し込みながら、左手首につけた腕時計を確認する。始発まであと三十分以上もある。

 今日は土曜日。普段ならば金曜日の学校が終わり次第誰と話すことなくそそくさと学校を出て、さっさと家に帰ってダラダラし、明け方の三時か四時くらいまでゲームしたりパソコンを(いじ)ったり本を読んだりなどして夜ふかしをする。そして、昼の十四時とかに起きる。それが俺のいつもの休日の過ごし方だ。

 それが今日はどうだ。毎朝ラジオ体操に欠かさず(おもむ)くおじいちゃんも真っ青の時間に、俺はこうして誰もいない駅のホームで白いえきた……カルピスウォーターを飲みながら電車を待っている。こんなこと、生まれてから初めてだ。

 そんな俺がなぜこんな朝早くに京浜東北線のホームにいるのか。それは、今日発売のあるゲームをいち早く買いに行くためだ。


 ――デビルズ・コンフリクト。


 直訳すると『悪魔たちと対峙(たいじ)する』というタイトルになるこのゲームは、そのタイトル通りプレイヤーが敵となる悪魔たちと対立し、デビルズ・コンフリクトのフィールドに設置された街や村などを奪い合うゲームだ。このゲーム、それだけ聞くと陣地の取り合いゲームなのかとも思うが、あくまでも、RPGとして売り出される。

 このゲームでの陣取り要素はゲームのメインシナリオのみで、その他はクエストをこなしたりダンジョンを攻略したりボスを倒していったり……などなど、通常のRPGとそこまで大差はない。


 まぁ要するに、普段はRPGとしての顔を見せつつ、運営側でメインシナリオを進める際に陣取り要素が加わる、という感じだろうか。


 しかしこのゲーム、これだけでは終わらない。このゲームは俗にMMORPG(マッシブリィ・マルチプレイヤー・オンラインロールプレイングゲーム)と呼ばれるジャンルに分類されるゲームである。カタカナにするとやけに長いので、アルファベットで「MMORPG」と表記するのが一般的だ。

 このMMORPGとは、通常のRPGと違い、「大規模多人数同時参加型オンラインRPG」という種別に当たる。

 これはオンラインゲームの一種で、複数のプレイヤーが同時にひとつの世界に集まり、そこでRPG、つまりロールプレイングゲームをするのだ。

 だから、よくあるRPGのパーティが自分が操作するキャラクター以外は普通NPCなのに対し、MMORPGでは、パーティ全員が今ゲームにログインしている知能を持ったプレイヤーとなりうる。


 その面白さは折り紙つきで、かれこれ友達ができずにRPGというRPGをことごとくひとりで制覇してきた俺でさえも、十分にのめり込める面白さを持ったゲームなのだ。あと、ゲーム内ならギルドとかで友達っぽいのも作れるし。別に現実で友達ができないからって逃げているわけではない。……決して。

 そんなわけでMMORPGは十分に面白い要素を(たくわ)えたゲームジャンルではあるのだが、そのジャンルが広まったのはもう随分(ずいぶん)と前の話。今となっては、幾多(いくた)ものMMORPGが世に輩出(はいしゅつ)されている。

 そして今日発売のデビルズ・コンフリクトは、ゲームの内容で言えばさほど珍しいものではなく、陣取り要素とRPG要素を掛け合わせたようなゲームである。


 本来ならそんなありきたりなゲームに、この自称コアゲーマーである俺が食いつくはずはないのだが、このデビルズ・コンフリクトというゲーム、さらにもうひと味違う。


 今やライトノベルでいくつも作品のテーマとされている、VRMMORPG(バーチャルリアリティ・マッシブリィ・マルチプレイヤー・オンラインロールプレイングゲーム)。このゲームは、そのジャンルに(ぞく)し、さらにデビルズ・コンフリクトはそのゲームジャンルの第一号なのだ。

 しかしジャンル名が長い。非常に長い。人の心をげんなりさせるような長さを持つこのゲームジャンルだが、その新鮮さといったらそれこそ折り紙付きだ。

 VRMMORPGとは、ゲームをやる人間なら誰でも一度は夢に見た「ゲームの中に自分が入る」ということができるゲームジャンルなのだ。

 ゲームの世界に入れるなんて今までは本の中のお話でしかなかったのに、このご時世(じせい)、いよいよそれを実現させる(やから)が現れた。


 コアゲーマーを自称(じしょう)している俺にとって、これは買わざるを得ないゲームとなった。(ゆえ)に、今こうして眠気まなこを擦り、始発の電車に乗って、秋葉原まで買いに行くのだ。


 恐らく今日の秋葉原はいつも以上に人でごった返すだろう。俺はそうならないうちにこのミッションを遂行するつもりだ。

 もちろん、俺と同じ考えのやつもたくさんいることだろう。だが、それはもう仕方のないことであって、むしろここまでする奴は俺と同じく(はい)ゲーマーである確率が高い。だから俺は、そんな同士たちに一言声をかけて回ることもやぶさかではないのだ。度胸があれば。

 それに対し、ゲームに俺たちほどまで執着(しゅうちゃく)しない一般ピーポーたちは、のそのそと亀のように八時か九時頃に起き出し、昼前に秋葉原につき、購入後ラーメンを頬張る。そんな算段で今は自宅のベッドであほ(づら)かいて寝ていることだろう。

 甘い、甘すぎる。販売店の店員だってお前らより早く起きてるぞ。そして俺をはじめとした(はい)ゲーマーたちは、誰よりも早くこの近未来型ゲームを買うべくこうして始発を待つのだ。


 さて、ぞろぞろと普段あまり外に出ないような格好(かっこう)のやつらが始発に合わせてきた。まぁ中にはスーツを着た人もいるみたいだが。俺は座っていたベンチから何気ない感じで立ち上がり、秋葉原駅ホームのエスカレーターに一番近い車両位置(しゃりょういち)に仁王立ちする……度胸はあるはずもないので、普通に二列に並べるように左側を空けておく。

 すると早速俺の横に、見るからに(はい)ゲーマーという雰囲気を(ただよ)わせている()せぎすの男が並んできた。その男は身長約180cmといったところで、眼鏡(めがね)をかけて、猫背だ。眼鏡(めがね)と猫背というセットは、勉強をよくする者とゲームをよくする者に付くオプションだ。しかし、前者などは現実ではほとんどいるはずもなく、大方後者である可能性が高い。

 まぁ直接見て思ってるわけじゃないんで、本当のところ横に立ってる男が()せぎすなのか、そうじゃないのか、眼鏡(めがね)かけてるのかかけてないのか、猫背なのかそうじゃないのかなんてわからないんですけどね。え? なんですぐ横にいるのに確認しないのかって? そりゃアレですよ、チラっと見て目が合ったら怖いじゃないですか。実はメッチャ強面(こわもて)の人で、銀色のスーツにトラ(がら)のネクタイとかしてるかもしれないじゃん? 怖いじゃん? それでなくとも「人は見かけで判断するな」ってよく言うし。


 と俺がそんなことを考えていると、背後がだんだんざわつき始めた。おそらく俺と俺の横に立っている男と同じことを考えている(はい)ゲーマーの同士たちのざわめきだろう。

 俺は確認のために右回(みぎまわ)りで後ろを振り向く。右回(みぎまわ)りなのはもちろん、横の男と目を合わせないためだ。振り向くと、そこにはひとつの電車には入りきらないであろう数の人々が(うごめ)いていた。

 あっぶねー。超あぶねぇ。俺が機転(きてん)()かせて始発よりかなり早めに来るとかしてなかったら確実に電車に乗れてないぞ。後ろの方のやつら、ご愁傷様(しゅうしょうさま)

 心の中で手を合わせてから体の向きを戻すと、ホームに電車が来ることを知らせる案内が(ひび)いた。

 まもなくして、目の前に京浜東北線が停車した。始発なのでもちろん誰も乗っておらず、中は閑散(かんさん)としている。

 俺は車両に入ってすぐ右手のもたれかかれる座席にターゲットを絞ると、心の中だけでイメージトレーニングを始める。

 最速()つ誰にも邪魔(じゃま)されずに(ねら)った位置に座るためのイメージトレーニングをしながらまっすぐ前を見ると、正面のドアのガラスに俺の顔が映っているのがわかる。身長180cm前後で眼鏡(めがね)をかけて、猫背。なんだよ、俺が(はい)ゲーマーのヴィジュアルそのものじゃねぇか。わかってたけど。

 しかし、俺の体が映っている、ということは、俺の横にいる奴の姿も当然映る。


 ――俺の横に映っていたのは、銀色のスーツにトラ(がら)のネクタイとサングラスを装備した、小指でも()めてそうな滅茶苦茶(めちゃくちゃ)(いか)つい方でした。

最後まで読んで下さりありがとうございました。この小説は一週間に一度ほどのペースで更新してまいりますので、どうか続読していただけると幸いです。

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