一章 九条遼太は間違えた 2
よろしくお願いします。
三年生が引退して、二年生中心の練習になった。
二年のキャプテンは問題児であり、技能だけで選ばれた。
彼は自分がチームの中心であることを望んでおり、それが叶わなかったら問題を起こすのではないか。そう踏んだ顧問が彼を任命した。
そのためほかの部とは違う体制が取られた。普通、部長とキャプテンは同一人物なのだが、キャプテンとは別に、部長が任命された。
部長は事務仕事、キャプテンはコート内での仕切り役だ。
キャプテンは同じ二年のメンバー、一年生をどのように扱っても咎められることはなかった。
気に入らなければ、怒鳴り、殴り、蹴る。
それをほかの誰かが止めようとしないのは、彼がそれだけ部の中で、いや、学校内で権力を持っていたからである。
周りのみんなは彼をおだてて、機嫌をとり、ヘコヘコしている。
以前、誰かが彼に反感を持ち、愚痴をこぼしたところ一斉に叩かれ友達を失って不登校になった。
それが怖くて誰も何もできない。
ただ一年の輪の中だけは安全だった。理不尽に暴力を振られた九条たちは一年のリーダー格の狐塚を中心にまとまった。
狐塚はバスケが一年の中では最もうまい一人で、一年生大会のレギュラーである。
話すことも面白く、女子からの人気も高い。
そんな彼がリーダーになるのは当然のことかも知れない。
始まったのは狐塚の一言から。
「うちのキャプテン、ウザくね?」
みんなで隠れてキャプテンのことを叩く。いわゆる、陰口である。九条たちには悪いことをしているとは思っていなかった。あれだけのことをされているのだ、当然だろう。そう思っていた。
二年キャプテンの弾圧が始まってから2ヶ月半、十月中旬の帰り道でのできごとである。
その日九条は坂井というバスケ部の一人と歩いていた。
それまでは和気藹々と中学生らしい会話をしていたその時である。彼の口からこんな言葉が飛び出してきた。
「陣内、調子乗ってね?」
・・・・・・は?
陣内というのはバスケ部の1年で五つの指に入る実力を持っている。あだ名はコーちゃん。
ミニバス経験はなく、中学からだというのにあっという間に経験者たちを抜いていった。
そして坂井。彼もまた陣内に抜かれたひとりである。
だってさ、あいつ背ェ低いくせして俺に張り合ってくるんだぜ?笑えるだろ?と続ける彼の声がイヤでイヤで仕方なかった。だから「そうかな、だってコーちゃんめっちゃうまいじゃん。」そう返す。
「は?何言ってんの?俺のほうがうまいし。目ェ悪いんじゃね、お前。」
何言ってんの?はこっちのセリフだよ。坂井は現実を見ていなかった。
そしてそんな理由で陰口を叩くなんて、信じられなかった。別に坂井自身がコーちゃんになにかされたわけではないのに。
調子乗ってんのはそっちじゃないのか。出かかったその言葉を飲み込み、俺は黙り込んだ。
それから一週間が過ぎたころそれが始まった。
キッカケは坂井のいない帰り道。メンバーは九条とコーちゃんと狐塚を含めたバスケ部6人。
「なんかさ、塾で坂井といっしょなんだけどさ。」
そう切り出したのは石崎。
「コーちゃんの陰口、叩いてたよ。」
その場にいた全員が凍りつく。
「なんだよそれ、なんて言ってたんだよ。」
コーちゃんはおかしいだろ、と顔をしかめながら聞く。
「いやほら、チョーシ乗ってるとかどうとか。」
はぁ?と呆れた表情のコーちゃん。
九条は我慢できなくなっていた。黙っててやったのにまたそれを繰り返すのか。
「ああ、俺も聞かされたよ、陰口。」
みんなが一斉に俺のほうを向く。
「なんかコーちゃんが自分より上手いのが気に食わないみたいだった。」
スッキリした。彼と一緒に帰るたびに愚痴につき合わされたのだ。何回か注意はしたが、やめなかった。
「そーいえばおれはクジョーの陰口聞かされたぞ。」
「あ、俺も聞かされた!」
すっきりしたのもつかの間だった。九条は黙り込む。
「クサイって。キモいとも言ってた。」
「あれ?俺には最近無視してくるって言ってきたけど。」
クサいのには残念ながら心当たりがある。九条は代謝が良く、練習の時に着替えを大量に持っていかないと汗でべちょべちょになってしまう。脱いだものはビニール袋に入れているし、デオドラントとかを使ったりしてる。ニオイは気にしている。それがたまたまうまくいかなかった時があったかもしれない。
キモイ。黙れ。お前がキモい。
無視。これも思い当たるフシがある。帰り道一緒になるたびに愚痴をこぼされるのが辛いので、最近その手の話を振られたときは無視するようにしている。
これをみんなに伝えると、「九条が気にしてるのは見ててわかるよ。それを悪く言うなんて最低だよな。」とか「無視されてんのは自分のせいじゃん」とか言ってくれた。
「じゃあさ、明日から坂井のこと見たら、全力で逃げようぜ。もちろん会話もなしね。」
そう提案したのは狐塚だ。その時の九条はイライラが最骨頂に達していたのもあり、何のためらいもなくその話に乗った。