俺とアイツのシャレード
俺とアイツのシャレード
【主な傾向】オリジナル、Cobalt投稿作品(短編小説新人賞投稿作品)
【関連作品】その時になって、やっと / 12月のセレナーデ / アリベデルチ
【厳重禁止】無断転載、無断転記、無断引用、無断使用
【俺とアイツのシャレード】
商店街/長岡豆腐店前道路
「おはよう。」
「はよ。」
サラサラのロングストレート茶髪を靡かせ歩く俺の幼馴染…小町まいか。
まいかは二十六年の時を経て誰もが振り返る美人へと成長した。
九歳からまいかに片想いをしている俺が言っても説得力はないかもしれない。
然し実際まいかはTVで見るアイドルよりも可愛いのだ。
そんなまいかには勿論彼氏が…いない。
別にまいかが選り好みをしているとか気取っていると言う理由ではない。
恋人と別れたばかりでたまたまいない(フリー)理由でも二十六歳にして未だ根気強く運命の王子様を待っているでも俺からの告白を待っている…でもない。
その理由はまいか自身にある。
俺が恋する小町まいかと言う女の子は所謂"男性恐怖症"と言う悩みを抱えていた。
「ッ ぎゃあああああああああああああ!」
長岡豆腐店/店内
「何時ものください。」
「何時ものって 失礼だな。」
朝…店前ですれ違ったばかりのまいかが二週間ぶりに店の暖簾を潜り店内へと入って来る。
時刻は丁度午後二十時。
"客波も引きそろそろ夕食を"と思ったタイミングで来る辺りまいかはウチの店の状況をよく解っている。
流石二十年来の幼馴染だ。
その幼馴染は"何時ものください"と言ったきり次の言葉を紡がない。
黙ってカウンター左端に置いてあるパイプ椅子(お客さんと母ちゃんが日中談笑する時に使う為の椅子)に大人しく腰掛け座っている。
"これは相当落ち込んでいるな"と察しながらまいかのご所望[何時もの]を皿に乗せ割り箸を割って渡した。
まいかは"いただきます"と小さく呟き[何時もの]俺が失敗した苦汁の強い豆腐を口へと運ぶ。
「うえええ!苦ああああ!!」
「なら食うなよ。」
べええと舌を出すまいかに呆れながらも昆布茶を湯呑へ注ぐ。
まいかは悲しい事や落ち込む事があると決まって昔から苦いものを口にしたがる。
そしてそれを味わいながら"苦い""不味い"と文句を言い泣くのだ。
"きっとまた例の悩みだろうな"と思いながらも敢えて理由は聞かない。
他の男との話を親身に頷き聞いてやれる程…俺はまだ人間が出来てはいない。
「剛ご飯…あら まいかちゃんいらっしゃい!」
「こんばんは。」
まいかに湯呑みを渡したところで母ちゃんが店へ顔を出した。
「お揚げ持って帰りなさい。」
「何時も有難う御座います。」
母ちゃんはまいかの事を気に入っている。
まあ…まいかを気に入っているのは母ちゃんだけじゃないけれどー…
「おい母さ まいかちゃん!」
「おじさんこんばんは。」
出た…父ちゃん。
「よお! 相変わらず別嬪さんだなぁ!!」
「有難う御座います。」
父ちゃんは練っていた納豆ご飯と箸をカウンター上に置き…次いでまいかに"もうちょっとコッチへ来い"と手招く。
"おい犬じゃねえんだから止めろ"と俺が怒ろうとするより早くまいかは嬉しそうな顔そのままにカウンターへ寄って来た。
畜生…まいか可愛い。
「はっはっは!謙遜しないとこが俺は好きだねぇ!!」
「小さい頃色々ありまして あ!久しぶりにおじさんの雪花菜食べたいな!!あります?」
「おう あるある!」
「お揚げと一緒に家族分 パックに詰めるわね。」
「わはあ! 有難う御座います!!」
うちの親は揃ってまいかに甘い。
ベタ甘だ。
「たく 父ちゃんも母ちゃんもお前に甘いよなぁ…」
「うん! 私剛くんのお父さんお母さん大好きだよ!!」
「…」
「何?」
「別にぃ…」
"だったら嫁に来いよ"と言ってしまいたい気持ちを押さえまいかから皿と割り箸を受取った。
皿に食べ残しはない。
こう言うところも好きなところだ。
長岡家宅/リビング
「アンタ達どこまで進んでるの?」
「どこまでも進んでねえよ。」
「「「…」」」
母ちゃんがまいかと顔を合わせた日の食卓は決まって何時もこの話題だ。
俺は無心で茶碗の納豆を練る。
「あらまあ この子ったら一体誰に似たのかしら?」
「剛しっかりしろ!」
「煩いなぁ…」
幼かった頃母ちゃんに"剛は好きな子いるの"と聞かれたあの日からずっと俺の好きな子がまいかだと言う事を両親は知っている。
流石に思春期真っ只中の頃はこうして親にからかわれる事が嫌で恥かしくて"もう好きじゃねえあんなブス"と否定をしたものだが俺も今年で二十六歳。
可愛く照れる年齢はとうに過ぎてしまった。
今となっては否定も肯定もしない。
そんな俺に両親は二十歳を過ぎた頃から遠慮と言うものをしなくなった。
同じ相手へ長い長い片想いを続ける息子にこうして容赦なく同情の目を向けて来る。
その視線を少しだけ煩わしく思いながら俺は茶碗いっぱいの納豆を喉へ掛け込ませた。
俺だって今の状況を何とかしたいと思っている。
かれこれもう十五年以上も俺はまいかの事が好きなのだ。
でもまいかの現状…気持ちを考えたら今直ぐ告白する事は出来ない。
まいかの抱える悩みをこれ以上増やしたくはない。
だからまだ…言えないー…
(男性恐怖症 って言うのがなあ…)
長岡豆腐店/店内
「こんにちは。」
「らっしゃい!」
翌日午後十六時。
まいかの妹…かなでが店の暖簾を潜り店内へ入って来た。
かなでは買物かごを片手に真っ直ぐ俺が立つカウンターまで歩いて来る。
「剛くん 昨日はご馳走様でした。美味しかったです。」
「おう。」
"こう言うちゃんとしたところは流石姉妹だな"と思いながら俺はハッと店内を見回す。
この時間にしては珍しく客はかなで一人だ。
「今日は何時もの木綿豆腐と」
「なあ かなで。」
俺はかなでの注文を遮り身体(主に上半身)をやや前のめりにかなでとの間に立つカウンターへと自身の腹をピタリ押し付ける。
「まいか まだ彼氏いないよな?」
好きな子の妹に探りを入れるなんて男として情けないと思う…けれどやはり昨日のまいかが気になった。
目に涙を溜めながら豆腐を口へ運ぶあの姿がどうしても気になって"何があったんだろう""どうしたんだろう"と考えているうちに夜は俺の頭上を全速力で過ぎ気付けば新しい朝…希望の朝だ。
寝た気がしない上に未だしつこくまいかの事ばかり考える。
昨日のまいかの姿ばかりが頭を過る。
そんな悩ましげな俺の前でかなでは店内をキョロキョロと見回した後右手を自身の口元へと添え付けた。
所謂内緒話のポーズに俺は腰を少しだけ屈ませ…かなでの口に左耳の位置を合わせる。
合わせながら"この年齢でもう中腰体勢が辛く感じるとは"と内心ショックを受けた。
まだ俺…二十代だぞ。
「昨日 剛くんの家で苦いお豆腐を食べたならまだ…だと思うけど最近あんまりお姉ちゃんとそう言う話しないから…直接聞いた方が早いと思うよ。」
小声でそう話してくれるかなでに"その通りだ"と頷きながら腰を伸ばす。
何時もこうして周りに頼ってばかりいるから俺の恋はなかなか発展しなかったのかもしれない。
「…木綿と?」
「いなり寿司用の揚げをください。」
「毎度あり!」
長岡豆腐店特製の木綿豆腐と寿司用の揚げー…
それから"美味しかった"と感想を貰った雪花菜をオマケに付ければかなでの顔はみるみる緩む。
「応援してるよ!」
"そこは有難うだろう"と内心にて突っ込みつつも"サンキュ"と手を振り返した。
「何時ものください。」
「…」
午後二十時十七分。
一週間ぶりに店の暖簾を潜り店内へ入って来たまいかの顔色は最悪だった。
体調が悪いのかと心配すれば何て事無い"合コンに参加して失敗した"と言う全くどうでも良い話を暫く聞かされた。
心配損な上に話の内容が此方としては面白くない。
「いい加減学習しろよ。」
「今回は大丈夫だと思ったんだもん!」
「そもそも そう言う場所(合コン)苦手な癖に何で行くんだよ。行くなよ。」
俺の言葉にまいかはムッと顔を顰めた。
「私だって本当はあんまり行きたくないけど でも断ると友達が…!」
「お前さ いい加減その周りに流される性格直したら?」
言葉を発した後で"しまった"と口を覆うも遅かった。
それっきりまいかは一言も話さず…黙々と無言で苦汁の強い豆腐を口へと運び続ける。
そんなまいかの姿を見ていられず俺はカウンターへ背を向けつい今し方の失言を反省する。
言い過ぎた。
まいかは周りに流されて合コンに参加するような女の子じゃない。
多分…いやきっと百パーセント男性恐怖症を克服しようと思い参加したのだ。
まいかが考えそうな事だ。
恐らく頑張って参加してみたものの克服出来ず落ち込みながら店の暖簾を潜ったのだろう。
そんなまいかに俺は…俺がトドメを刺してしまった。
(サイテーだ…)
「まいか!」
「何?」
皿上にきちんと箸を添え"ごちそうさまでした"と頭を下げるまいかに俺は慌て声を掛ける。
まいかは鞄を肩へ掛け直しながら俺の声にその身をくるり振り返らせた。
俺はカウンター横の通路から急いでまいかの真正面まで移動しまいかへ袋を押し渡す。
「土産。」
"持ってけ"と半ば強制的に渡したものは長岡豆腐店跡取り息子…長岡剛こと俺が作った木綿豆腐だ。
まだ店には並べて貰えないけれど…それでも最近漸く感覚を掴んだ。
父ちゃんの豆腐に比べたらまだまだだけどなかなか上手く作れるようになって来たと思っている。
いや上手く作れている。
まいかに苦い豆腐ばかりじゃなく美味い豆腐を食べて貰いたくて頑張った。
この豆腐はそんな俺のある意味邪な努力の結果だ。
「苦いお豆腐?」
「バカ! 俺だってもう失敗ばっかしてねえよ!!」
「へえ 成功のお豆腐?」
"苦くない剛くんのお豆腐を食べるの初めてだ"と袋の中を覗きながらまいかが笑った。
そんなまいかの笑顔に俺の心臓は跳ねる。
さっき酷い事を言ったのに何でまいかは笑ってくれるんだろう。
絶対俺の言葉はまいかを傷付けた。
そうだ謝らないと。
謝る為に今俺はまいかを引き留めているんじゃないか。
「帰ったら食え。」
「うん お風呂上がりに食べる。ありがとう。」
違うだろ。
食べては欲しいけど…そうじゃないだろ。
今言わなきゃいけないのはそれじゃない。
モタモタするな。
まいかが暖簾を潜る前に言え。
言うんだ。
一言謝るだけだろ。
さっきはごめん。
悪かったってー…
「…っ まいか!」
「何?」
三文字だ。
たった三文字。
まいかに謝る…伝えなくちゃいけない三文字の言葉。
言え。
今だ。
言うんだ俺。
「…っ 好きだっ!!!」
その日俺は生まれて初めて豆腐の角に頭をぶつけたいと思った。
長岡宅/剛部屋
「何だよアイツ あれから店に来ないとか…」
八月半ば…頭上で風鈴の音が空しく響く。
まいかに謝る筈だった謝罪の言葉"ごめん"の三文字は何故か俺の知らないところで"好きだ"と言う告白に変わっていた。
無意識だった。
俺自身吃驚しているし混乱もしている。
まいかも鳩が豆鉄砲を食ったような顔を浮かべていた。
あれから二週間と三日…まいかは店に顔を出さない。
平日毎朝顔を合わせていた出社時間も時間帯を変えたようだった。
最後にまいかと会ったのは七月の終りだ。
「こうも極端に避けられると 凹むな…」
仰向けだった身体をごろり横へ向ける。
視界に映る景色は何時もと同じ見慣れた部屋の畳やらゴミ箱…開いたままの雑誌とブタの蚊取り線香。
生まれてこの方俺は部屋の家具配置換えと言うものを一度とした事がない。
物心ついた頃からずっとこの部屋の景色は変わらない。
変えていない。
「…」
ふと変わらない事…同じである事が自分の中で当たり前となっていたのではないかと言う事に気付く。
俺は"変わる事""変えてしまう事"を心の奥底で極端に避けていたのではないだろうか。
この部屋の事も…まいかとの関係もー…
当り前を自分の手で変えてしまう事が俺はきっと"怖かった"んだ。
"告白するつもりなんてなかった""無意識だった"は言い訳だ。
"まいかの抱える悩みが解決するまでは告白出来ない"も全部言い訳だ。
自分にとっての当り前を壊したくなくて…心地良い今の関係を失いたくなくてー…
自分に勇気がないだけなのにまいかのせいにしてずっと逃げていた。
変化から…逃げていた。
今までずっと"ソレ"に触れないよう目を閉じてー…
「剛 配達に行って来て。」
「んー…」
母ちゃんの声に気だるい身体を起す。
畳で寝そべっていたせいか背中が痛んだ。
自業自得だ。
胸が痛いのも…無性に泣きたいのもー…
商店街/長岡豆腐店前道路
「ま… いか…」
「つ… よし…くん…」
店の戸をガラリと開け暖簾を潜ったその先で…店の前を歩くまいかとばったり出くわした。
恐らく偶然…なのだろう。
目前のまいかも俺に驚いたような視線を向けている。
「「…」」
然し…近い。
一メートルも離れていないこの近過ぎる距離に俺は足を一歩下げようとして…止めた。
「まいかちゃん? 知り合い??」
まいかの右隣…俺から見てまいかの後ろには俺の記憶にはない"知らない男"が立っていた。
男はまいかと共に足を止め先程から俺に視線を向けている。
"誰だコイツ"と言うような男からの視線に俺も同じ意味合いの視線をぶつけ返した。
「えっと… 幼なじみ…」
「…どうも…」
"それがお前の返事か"と内心挫けそうになりながらも男への視線は逸らさない。
まいかの紹介を聞いた途端男の顔が目に見えて和らいだからだ。
珍しく俺は人の顔を見て苛立っている。
「初めまして 僕はまいかちゃんの仕事仲間で彼女とお付き合いをさせて貰ってる…」
「ッッッ…!!!」
男がまいかの肩を掴んだ瞬間正直カッとなった…けれどー…
男に引き寄せられるまいかの反応を目に入れた途端高ぶった気持ちが急に鎮まった。
一目で理解ってしまった。
まいかはこの男と付き合ってなどいない。
段々と青ざめていくまいかの顔色と全身を小刻みに震わせる動作…多分"例のやつ"だ。
「…ッッッッッ!!!」
俺を避け俺の告白に答えないで他の男と肩を並べ歩いていたまいか。
まいかは俺が思っていたより俺の事を何とも思っていない。
俺の気持ちは好きな子に届かなかった。
俺は好きな子に振られたのだ。
察しなければ。
認めなくては。
でもだからと言って…振られたからと言ってこの状況を放ってはおけない。
目の前で震えるまいかを俺は無視出来ない。
まいかが俺の事を好きではなくても…例えただの幼馴染程度の認識だとしても俺はまいかの事が好きだ。
この女の子の事が誰にも負けない位…好きだ。
(まいかの アホ!)
「長岡豆腐店跡取りの長岡剛です。良かったら食べてみてください。」
持っていた配達用の豆腐を左手で男へ突き出し空いている右手でまいかの腕を掴み引く。
それ程強く手を引いたつもりはなかったけれどまいかは勢い良く俺の胸にぶつかった。
"ふがっ"と言う声が聞き間違えでなければまいかは俺の胸部で鼻をぶつけた。
「ああ ありがとう…」
俺がまいかを引き寄せるとは思わなかったのだろう。
男は驚いた顔のまま俺から受取った豆腐の礼を口にした。
この状況で先ず豆腐の礼を口にする辺り男は相当この現状に混乱している…とみた。
俺は容赦なく更に男の混乱に拍車を掛けさせて貰う。
「それから まいかの事は諦めてください。」
「えっ?」
「アンタにまいかの隣は歩かせねえって言ってんだよ。」
長岡豆腐店/店内
「…」
午後二十時二十七分。
夕方顔を合わせたばかりのまいかが二週間と三日ぶりに店の暖簾を潜り店内へと入って来た。
気まずそうに視線を足元へ下げながらまいかは何時もの定位置ではなくカウンターを挟んだ…俺と真正面の位置でその足を止めた。
そのまままいかは足元に向けた視線をキョロキョロと左右へ動かす。
言葉を探しているようだった。
まいかの事だ。
恐らく夕方の礼を言いに来たのだろう。
別に良いのに。
相変わらず律儀だ。
そう言うところも好きだ。
好きだけどー…
(礼を言われた後その口できっと いや百パーセント振られる気がする…)
男の勘だ。
出来ればもう少し傷心に浸らせて欲しかった。
そう考えてしまう女々しい自分に"ああまた逃げ思考が働いている"と益々嫌気がさす。
"現実を受け入れなくては"と叱咤した夕方の俺は一体何処へ行った。
戻って来い…出番だ。
「あの」
「ちょっと待て。」
漸く口を開けたまいかへ俺は咄嗟に右手を突き出す。
ストップ="止まれ""待て"の意だ。
振られると解っていてもせめて心の準備位はさせて欲しい。
俺は出来る限り大きく息を吸い肺いっぱいに空気を取り入れ…次いで両目を静かに閉じる。
(俺は振られる 俺は振られる…俺は振られる…俺は振られる…俺は振られる…俺は振られる…俺は振られる…俺は振られる…よし…俺は振られる!!!)
心の準備が整ったところで吸い込んだ息を深く吐き再び正面のまいかへ顔を向け直す…もー…
まいかの視線は相変わらず足元固定だ。
まいかは俺が今右手を引っ込めた事に気付いているのだろうか。
俺から"もう良いぞ"とまいかに声を掛けた方が良いのだろうか。
「「…」」
「お前さ 告白した相手を振ってから次に行けよ。」
「!」
午後二十時三十四分。
五分を超える沈黙に耐え切れなくなった俺はこの八分の間考えていた事を口にした。
まいかに対しての注意だ。
俺が振られるのは仕方がない。
だが…やはり物事には順序と言うものがあると思う。
返事を放置されたのがもし俺ではなく他の男だったら…その男がとてもしつこくねちっこい性格の男だとしたらー…
下手をすればまいかの身が危ない。
事件へと発展する可能性がないとも言えない。
だから例えこれから俺が振られるとしても"これはまいかの為に注意しなければ"と思った。
そしてそう思いながら"何か俺って凄く良い男じゃないか"と言った後で少し自分に酔った。
俺格好良いぞ。
「あの人とは付き合ってないもん…」
「…まあ そうだろうな…」
自惚れる俺を現実へと引き戻したのは勿論まいかの一言…だがそこから再び俺は夕方会った初対面の男を思い出す。
あの男はまいかに気が有り牽制のつもりで恐らく俺にあんな嘘を吐いた。
でも実際は自分の好きな子にあんな全身で拒絶されー…
(…)
何だかとても気の毒に思えて来た。
これから振られる俺も可哀相だがあの男も相当可哀相じゃないか。
まいかに悪気がないところが一番救われない。
今度見掛けたらもう一丁豆腐を渡そう。
それから少し話してみよう。
好きな女の子が同じ…つまりは好みが同じなのだ。
きっと仲良くなれるような気がする。
「何で男の人ってあんなにベタベタ触るの 気持ち悪い…」
「…」
まいかはあからさまに嫌そうな声を出した。
まいかはまいかで夕方の出来事を思い出しているのだろう。
顔を俯かせているせいで確認は出来ないが声から察するに多分…相当まいかの顔は酷いものだと推測する。
眉間皺を縦に三本は浮かせているだろう。
然しだからと言ってまいかの言葉に同意はしてやれない。
ここで頷いてしまうと"益々男が気の毒になるじゃないか"と言う理由ではなくまいかの考え方…捉え方に賛同出来なかった。
「好きな相手には触りたいだろ。」
「…解んない…」
"そう言うと思った"と未だ視線を合わせないまいかの前で俺は深く頷いた。
「美味しいね。」
「褒めたっておかわりは出さねえぞ。」
午後二十時三十九分。
小腹が空いて仕方がなかった為俺は一度店の奥へと引っ込み豆腐二丁を土産に再び同位置へ身体を置く。
豆腐一丁を皿に乗せ割り箸を添えた状態でまいかの前へ差し出せばまいかは手を合わせ"いただきます"と豆腐を口へ運んだ。
俺が店で豆腐を食べている事とこの後振られる事を除けば何時も通り…普通の長岡剛と小町まいかだ。
(…って ダメだ…また逃げ思考が…)
「まいかは…さ 俺とは幼馴染でいたいって…思ってる?」
「えっ」
"しまった""口が勝手に"って…別に慌てる事じゃないか。
まいかと会話をしない事には話が進まないし俺は振られない。
いや別に振られたい訳ではないけれど…何て言うかー…
振られると解っていながらこうじりじりと…決定的な一言を待ち続けなければいけない時間と気持ちが辛い。
まいか言うなら早く言ってくれ。
俺は不貞寝する準備は出来ている。
「…想像出来ないの 剛くんと手を繋いだりキスしたり…その先も…ちゃんと…拒否せず出来るか…想像出来ない…自信がない…だから…」
"ごめんなさい"とまいかは俺に謝罪した。
俺は黙って豆腐を口へ運ぶ。
長岡剛…本日初めて恋をした女の子に初めて振られた。
理由が理由だ。
ただ…俺はまだ幸せだ。
まいかは俺の事が嫌いだからと言う理由で俺を振った訳ではない。
抱えているまいか自身の悩みが原因だ。
そう言う理由なら仕方がないー…
「訳ねえだろ!何だその理由!!まいかお前マジふざけんなよ!!! お前のコンプレックスなんて俺にとっちゃあ大した事ねえんだよ!!!!そんな理由で俺の十七年に謝るな!!!!!」
「えっ 十七年…?」
「小学校三年生から 九歳から今までずっとお前の事が好きだったんだよ!」
「九歳から!?」
驚いた顔を向けて来るまいかに…信じられないとでも言うような見開いた目にー…
向けられるその視線に俺は大人気なく自分の中のブレーキを外した。
「そうだよ!九歳の時からずっとお前が好きだった!!俺はお前の良いところも悪いところも男が苦手なところもそんな自分に自信が持てないところも全部知ってる!!! だからお前の体質にも引かない!!!!引いてたらそもそも告白だってしなかった!!!!!」
「剛くん…」
「悪いけどな お前の嫌がるような事を無理矢理しようとは思わん!そう言うのが大丈夫になるまで待ってやれる!!お前のお陰で俺は本当に忍耐強くなったよありがとなっ!!!」
"振られた人間が何言ってんだ"と思いながらも俺の口が止まったのは言いたい事を一頻り言葉にした後だった。
凄い爽快感だ。
十七年溜め込んでいた思いを全部吐き出すとこんなにも心が軽くなるものなんだな。
吃驚だ。
だからと言ってまいかに振られた事実は変わらない…けれどー…
でも俺はこの変化を思っていたよりもすんなり受け入れる事が出来そうだ。
引きずる事無く綺麗な思い出に出来る。
何だかそんな気がしてならない。
これからはまいかの幼馴染として恋愛相談にだって快く乗ってやろう。
まいかにはちゃんとした…しっかりとした優しくて包容力と経済力と落ち着きを持ったそんな大人の男と幸せな恋愛を経て幸せな家庭を築いて貰いたい。
「あのっ 好きっ!!!」
「当り前だ!好き同士の結婚じゃないと俺は認め え?」
"今何つった"と聞けばまいかは自身の顔をより一層赤らめもう一度"好き"と呟いた。
「? 今食べてる豆腐の話か??」
「違うよ! いや…これも美味しくて好きだけど…今の好き…は…剛くん…に…言ったの…」
「それはどうも…っ 痛てえ!!!」
「ライクじゃなくてラブの好きだよ!!!」
割り箸を人の頭に思い切り刺すとは何て女だ。
その割り箸は俺の頭に刺す為じゃなく豆腐を美味しく食べる為に渡したものだぞ…ってー…
待て。
待て待て待て。
まいかは一体何の話をしている。
ラブって何だ。
何がラブだ。
「だからね 剛くんが…好き…です。」
ラブの意味について頭を捻る俺にまいかが照れた様子でそう説明してくれた。
成程。
「ああ そう言うラブか。まいか俺の事好きなん…はああああああああ!?」
"何言ってんだお前"と言う目をまいかへ向ける…も。
まいかはその顔を赤くさせ自分の髪…毛先を恥かしそうにクルクルと巻き遊ぶ。
まいかが照れた時によく出す癖だ。
"まいか可愛い"じゃなくて。
何がどうなって今この展開になっている。
"順を追って述べよ"とまいかに向かって言いたい気持ちを俺はグッと堪える。
好きな子の前でそんな格好悪く取り乱すような事はしたくない。
俺は落ち着きを装いながら咳払いを一つ零した。
「あー その…何時から…とか?」
「いっ 意識したのは…中学二年生…頃。」
「はあっ!? そんなに前から?お前何でそれ言わねえんだよ!」
「そっ そんなの恥ずかしくて言える訳ないじゃない!」
そりゃそうだ。
十七年告白出来なかった俺が何故まいかを責める。
棚上げも良いところだ。
然し驚いた。
俺とまいかは中学生の頃からもう両想いだったのか。
俺は何をしてたんだ。
いや…だからこそ今の俺がある訳でー…
「待て じゃあ何で二週間前の俺の告白をなかった事にした。」
「あれは…別に なかった事になんてしてない…よ?」
モジモジとそう答えるまいかに"いや二週間近く避けてただろ"と突っ込めばまいかは照れながらもちゃんと…やっと俺とその視線を合わせた。
「あの時 嬉しいって…思ったよ。でも私こう言う体質じゃない?だからね…剛くんも突き飛ばしちゃうんじゃないかって…急に怖くなったの。突き飛ばしたら剛くん…もう私の事嫌いになっちゃうんじゃないかって…そう思ったら…怖くて…会えなかった…」
「…」
種明かしを聞き終えた途端俺は身体中の力が抜けていくのを感じた。
凄い脱力感だ。
そんな俺の前で更にまいかは言葉を続ける。
「剛くんを突き飛ばさないように頑張って他の男の子の隣を歩く練習をしてたんだけど…触られるとやっぱりダメで…」
声のトーンからしてまいかは今しょんぼりしているのだろう。
しょんぼりするまいかは可愛い。
見慣れているものの出来れば見たい…けれど。
今度は俺がまいかの顔を見れず俯いている。
(俺 めちゃくちゃ愛されてる…!)
畜生好きだまいか。
にやけてしまいそうな顔を必死に我慢する。
別に俯いているのだからにやけたってまいかには見られないのだがさっきから俺の背後…壁向こうより黙って俺達の様子を覗き見している両親ににやけ顔を見せたくはなかった。
ちっとも母ちゃんが呼びに来ないと思ったらどうやら何時の間にか覗き見をされていたらしい。
冷やかしに両親が出て来ないだけ有難いけれどまいかとの話はここまでだ。
「送るよ。」
「えっ」
「幼馴染みじゃなく こっ!恋人として!!」
「!」
格好良く決めたかった言葉は肝心なところで裏返った…けれど。
まいかは俺の声に笑わず、頷いてくれた。
まいかと交際を始めてから俺は様々な変化を体感する。
先ずまいかが抱えていた"男性恐怖症"-…
実は男性恐怖症ではなく"潔癖症"ではないかと言う疑いが強まった。
と言うのもある日店へ訪れたまいかの肩にたまたま父ちゃんが手を乗せた。
俺は咄嗟に突き飛ばされるであろう父ちゃんを受け止める姿勢をとった…のだが。
肝心のまいかが父ちゃんを突き飛ばす事はなかった。
どうやらまいか自身が心を許す身近な異性であればまいかは触れても相手を突き飛ばさないと言う事が解った。
父ちゃんがキッカケと言うのは少しムカつくけれどその日を境に俺とまいかの距離はまたグンと縮まった。
次の変化は俺…長岡剛が作った豆腐を商品として店に並べて貰えるようになった。
嬉しさのあまり俺は数年ぶりに男泣きをした。
その次の変化はー…
「タンスの位置はコッチの方が良いんじゃない?」
俺の部屋の大改装。
この春からまいかの荷物が俺の部屋に増える。
End