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その時になって、やっと

その時になって、やっと


【主な傾向】オリジナル、Cobalt投稿作品(短編小説新人賞投稿作品)

【関連作品】俺とアイツのシャレード / 12月のセレナーデ / アリベデルチ

【厳重禁止】無断転載、無断転記、無断引用、無断使用

この世で初めて呼吸をした日

音として世界に声を発した日




たんじょうび [誕生日]




その人の生まれた当日

生まれた日と同じ月日




それは誰にとっても

大切で特別で嬉しい






【その時になって、やっと】






潤朱女子高等学校/教室




「かなで 私のストラップ知らない?」



放課後の教室。

鞄を閉じ帰り支度を終えた私にとても悲しそうな顔をした親友の貴ちゃんが声を掛けた。

貴ちゃんは自分の携帯電話を"ホラ"と見せながら右手越しに私と視線を合わせる。

貴ちゃんとの間に置かれた携帯電話には確かに貴ちゃん自慢の"ゴテゴテストラップ"が何処にも見当たらなかった。



「取れちゃったの?」

「みたい あー!気に入ってたのに!!」



私は"最悪"と零す親友の前より席を立ち…次いで自身の腰を低く屈める。



「探すの手伝うよ。」



"どの辺りまで探したの"と聞けば貴ちゃんは悲しそうな顔をそのままにふるり…首を左右へ振った。



「ううん この後バイトだから良い。ありがとう。かなで。校門出るまでにもし見付けたら拾ってくれる?」

「解った。」



貴ちゃんと教室で別れてから校門を出るまでずっと私は足元を気にしながら歩いたけれど残念ながらゴテゴテストラップを見付ける事は出来なかった。



(明日 朝から探そう…)






道路/かなで宅前




「こんにちは。」

「あら かなでさんおかえりなさい。」



学校からの帰り道ー…

家の前で庭に水を撒くお手伝いの藤田さんとばったり会った。

藤田さんは父子家庭である我が家へ日中…祖父の身の回りの世話をしに来てくれる五十代の女性だ。

自分の家の事もあるだろうに藤田さんは祖父だけでなく私達姉妹の事まで気遣ってくれるとても優しいおばさんだ。



「かなでさんも帰って来たし そろそろ帰ろうかしら。」

「ありがとうございました。」



藤田さんから割烹着と買い物レシートを受け取ると私は玄関前で藤田さんを見送った。

藤田さんの後ろ姿が見えなくなったところで漸く家へ入る。

そこから台所まで素早く移動。

着替えるよりも先にまずはお米を炊かなければいけない。

祖父は私が生まれるずっと前から"午後十七時三十分には夕食を食べる"と言う謎の拘りを持っていた。



「あっ かなでちゃんだ-!」

「奈々ちゃん久し振り~!」

「おっ 帰ったか。」



夕食の準備がひと段落ついたところで祖父が週二日…月木に開いている書道教室を覗く。

何時もこの時間帯は私と祖父の二人きりだが今日は木曜日。

近所の子供達数人が書道教室となっている祖父の部屋へと集まっていた。



「お祖父ちゃん ただいま。」

「丁度良い かなで…ちょっとこっちに来なさい。」

「?」



"もう直ぐご飯だよ"と伝えに来た私を祖父は笑顔で手招く。

嬉しそうな顔を浮かべる祖父につられ私も近所の子供達と同じように襖を跨ぎー…

墨の匂いが香る祖父の部屋へと足を踏み入れた。

祖父は机の引き出しから何かを取り出し私の目を見てまた…笑う。



「十六歳のお誕生日おめでとう かなで。」

「わあ! 栞!?」



祖父が言葉と同時に私へ差し出したものは書道の先生である祖父の綺麗な字が書かれた和紙…をプラスチックで挟んだ祖父の手作り栞だった。

今年は和紙の右下に露草の押花が添えられている。



「本を読む時に使いなさい。」

「ありがとう! 大切にする!!」






かなで宅/かなで部屋




祖父と二人少し早い夕食を済ませた私は自分の部屋で祖父から贈られた誕生日プレゼントをもう一度…大切にその瞳へ映す。

私は祖父の字が好きだ。

祖父の字は力強く逞しく伸びやかでとても美しい。

直接口に出して"私はお祖父ちゃんの字が好き"と伝えた事はないけれど私は祖父の字を自慢に思っている。

祖父の字を一頻り堪能した後は右下に添えられた押し花へと視線を移した。

今年の押花は露草…去年は嫁菜の花弁。

一昨年はマルバルコウでその前は鰭田牛蒡。

栞に添える押花を毎年変える祖父の拘り…と言うかこの押花は恐らく祖父なりの"気遣い"なのだろう。

そんな祖父の想いが嬉しくて何だか少しくすぐったい。

どう言う訳か今年は一日早い誕生日プレゼントだったけれどー…



「お父さんのプレゼントはあんまり期待してないけど お姉ちゃんは今年何をくれるのかなぁ…」



誕生日当日…明日の事を考えながら通学鞄を開く。

丁度今日図書室で本を借りたのだ。

折角なので祖父から贈られた栞を使おうと思った…のだけれどー…



「あれ…」






コンビニ/レジ前




「いらっしゃいませ。」

「いらっしゃいました。」



午後十八時四十三分ー…

家から三つ目に近いコンビニで私はバイト中の親友…貴ちゃんとレジを挟みその顔を合せている。

貴ちゃんは慣れた手つきで籠から商品を取り出し機械でバーコードを読み取った後…口を開けた。



「どうしたの かなで。」

「うん 貴ちゃんのストラップ見付けたから渡そうと思って来たの。」

「えっ マジで!?」



貴ちゃんは私の言葉に驚きながらも動きが身についているのか商品をレジ袋へ移すと私が持ち易いように取っ手の部分を二つ合わせそのままクルクルと一つに巻いてくれた。



「嬉しい…んだけど 今ちょっと忙しい時間帯なんだよね。」

「みたいだね ちょっと待ってるよ。」

「ありがとっ♡ かなで!」



お釣りを貰い"バイバイ"と手を振った後…今度は雑誌コーナーの前へと移動する。

夕刻とありレジはお弁当を持った人で列が出来ていた。

私は雑誌を立ち読む振りをしながら忙しそうに働く貴ちゃんの様子をチラリチラリと盗み見る。

それから店内に飾られている銀色の時計へもこまめに視線を向けた。

"祖父を一人家に残して来た"と言う心配よりは"普段この時間は家に居るのに不思議だな"と思う気持ちの方が強い。

買い忘れをしない限り夜は滅多に外出しない。

そんな私が今…外に居る。

上手く言えないけど変な気分だ。






コンビニ/雑誌コーナー前




「ありがとう かなで~!!!」

「どういたしまして じゃあ帰るね。」



私の通学鞄の奥底に紛れていた貴ちゃんのデコデコストラップは無事本日中に貴ちゃんの元へ戻る事が出来ました。

"めでたしめでたし"と話の完結を喜ぶ私の服袖を貴ちゃんは何度か右手でグイグイと引っ張った。

"何"と聞こうとする私の口より早く貴ちゃんは私が持つレジ袋の中に何かを入れる。

袋の中を覗けば買った記憶の無い…レジ前で販売していた限定新作のチョコレートだった。

驚く私に届けてくれたお礼だと貴ちゃんは笑う。



「それ ちゃんと清算してあるから!」

「いいのに…」

「貴ちゃん レジ入ってー!」

「あっ は-い!じゃあ明日、学校でね!!」

「うん バイト頑張って。」



慌ててレジへ戻る貴ちゃんにもう一度"バイバイ"と手を振り私はコンビニから出た。

家までの帰り道あまりの手持ち沙汰に何となく貴ちゃんから貰ったお菓子を開ける。

チョコレートは思っていたよりも美味しく家に着くまでに食べ切ってしまった。

これは明日もう一度貴ちゃんにキチンとお礼を言わなければいけない。

何だか明日が益々楽しみになった。



「ただいま!」






かなで宅/かなで部屋




「あれ?」

「かなで お風呂。」

「先に入って!」



部屋の扉をわざわざ開け声を掛けるお姉ちゃんに背を向けたまま私はコンビニから持ち帰った袋をひっくり返しては振る。

何度やっても私の探している物は視界に映らない。

私は"無い"と解っていながらもコンビニ袋同様通学鞄の中をもう一度…今日図書室で借りた本の中まで念入りに目を通したけれどやはり探し物は見当たらない。



「どうして? 栞が…ない…」



今日…つい数時間前に祖父から贈られた栞が消えてしまったのだ。

いや違う。

消えたのではない。

コンビニへ行くまではちゃんと…確かに私は栞を持っていた。

貴ちゃんにストラップを返す序に栞を見せようとー…



「ポケット!!!」



床に散らかした教科書や鞄に足を取られながら私はベットの上に放ったままのカーディガンへと急ぎ手を伸ばす。

初秋…夕刻の風に肌寒さを感じた私はコンビニへ行くのにカーディガンを羽織ったのだ。

慌てカーディガンの左右両ポケットへ右手を突き入れる…もポケットの中に手応えはない。

空だ。



「何で… 何で無いの…?」



私は部屋から飛び出し廊下階段玄関玄関先の順に移動する。

身体を低く屈ませ時には床へ頬を着けながら隅々にまで目を向けた。

動いていないと不安だった。

探していないと落ち着かなかった。

人にとってはたかが栞かもしれない。

でも私にとってあの栞はとても大切なものなのだ。

だってアレは…あの栞はー…



(大丈夫… 絶対見付かる…絶対…ちゃんと…見付ける…!)




私の願いは神様に届かなかった。

私は十六歳の誕生日の朝…大好きな祖父の顔を何時ものように直視する事が出来なかった。

今までで三番目に最低な朝だ。






潤朱女子高等学校/教室




「HAPPY BIRTH DAY かなで!16(シックスティーン)!!」



教室へ入ると早々"ジャジャーン"と言う効果音を口にした貴ちゃんよりピンク色の包装紙で可愛くラッピングされたプレゼントを受取った。

嬉しい。

プレゼントを貰えた事は勿論貴ちゃんが私の誕生日を覚えていてくれた事が何より…凄く嬉しかった。



「ありがとう。」



本来なら贈られたプレゼントはその場で贈り主の前で直ぐに開封するのがマナーだ。

解っている。

解っているけど今はそんな気分になれずー…

貴ちゃんから受取ったピンクの包装紙はそっと…撫でるだけに留めた。



「どうしたの? 元気ないじゃん!」



"何かあった"と私の顔を覗き込む貴ちゃんに私は"何でもない"と笑おうとして失敗する。

貴ちゃんの言葉に…向けられる瞳にー…

私は昨晩からずっと我慢していた涙をいよいよ零してしまった。



「貴ちゃああん…!!!」



誕生日に貴ちゃんの前で泣くのはこれが二度目だ。






「昨日バイトあがる時はそう言う届け出なかったけど 一応落し物で届いてないか聞いてみるね。」

「ありがとう 貴ちゃん…」



栞の紛失を話すと貴ちゃんは直ぐに携帯電話を開けバイト先のコンビニへ電話を掛けてくれた。

貴ちゃんの携帯電話には貴ちゃん自慢のゴテゴテストラップが何時もと同じようにぶら下がっている。



「いいよいいよ それよりコンビニにあると良いね。」

「うん…」



ハンカチで鼻を覆う私の頭を貴ちゃんは空いている左手で優しく撫でてくれた。

また少しだけ涙が出た。






祖父が手作りの栞を贈ってくれるようになったのは四年前の…母が亡くなった翌年ー…

私の誕生日が始まりだった。

母は五年前の私の誕生日に事故でこの世を去った。

当時小学生だった私は母が死んだと言う現実を受け入れる事が出来ず暫く学校へ行く事が出来なかった。

ただただ毎日が辛かった。

悲しかった。

信じられなかった。

自分の誕生日が大嫌いになった。

私の誕生日なんてもう一生来なければ良いと母が居なくなった年から翌年の誕生日まで一年。

私は自分の誕生日を呪った。

貴ちゃんの前で初めて泣いたのもその時だった。

父と姉は少しずつ日に日に笑えるようになっていったけれど私はどうしても二人のように笑えなかった。

それが寂しくて辛くて心細くて腹が立ってー…

父や姉が笑う度に私は幾度と癇癪を起した。

癇癪は誕生日が近くなるにつれ酷くなった。

母の一周忌…その年の誕生日は一人部屋にこもった。

母の一周忌に出席しない事を父と姉は責めなかった。

情緒不安定だった私を気遣ってくれたのか"人前で癇癪を起されるよりは"と言う気持ちがあったのかー…

どちらにせよ私自身は出席する気になれなかったので都合が良かった。

家に集まる親戚や知人の口から漏れる"可哀相にね"と言う言葉を聞きたくなかった。

耳に入れたくなかった。

やっぱり自分は可哀相なのだと認めたくなかった。

けれど現実問題…私は[可哀相]なのだ。



「…お母さん…!」



何もかも全てが嫌に思えた。

全部を投げ出したい。

ここから逃げたい。

母に…会いたい。

母と一緒に居たい。

もう一度当たり前のように母に抱き締めて貰いたい。

私も死んでしまいたい。

死んで…母に会いたいー…



「かなで ちょっとお祖父ちゃんに顔を見せてごらん。」



自分自身に追い詰められていく私を救い立ち直らせてくれたのは祖父だった。

祖父は私の返事を待つ事無く二十センチ四方の缶箱を抱え部屋の扉を開けた。

"話したくない"と不貞腐る私に祖父は"その缶箱を開けてみなさい"と持っていた缶箱を徐に押し付けて来た。

祖父の強引さに負けた私は渋々缶箱の蓋へと手を伸ばし中を覗く。

缶箱の中に入っていたものは幾つかの栞だった。

栞は市販のものではなく折り紙を二つ折りにしたものを糊付けし更にその上部へリボンを飾ったものだった。

見るからに手作りだ。

"この栞が一体どうしたのか"と言う意味合いの視線を祖父へ移せば祖父はとても懐かしいものを見るような目で缶箱から一つ…栞を持ち上げた。



「この栞は かなでのお母さんが今のかなで位の年齢だったかな?お祖父ちゃんの誕生日に作って…贈ってくれた栞なんだよ。ほら…裏にお母さんの名前が書いてある。」



そう言って祖父は私の掌上に持ち上げた栞をそっと置いた。

"大好き"と書かれた栞だった。

栞の文字は私が知っている母の字ではなかったけれど久しぶりに母に"大好き"と言われた気がして…私は祖父の前で泣いた。

泣きじゃくる私の頭を撫でながら祖父が"さっき押入れを整頓していたら偶然缶箱が出て来たんだ""かなでの誕生日にお母さんが天国から大好きだよってお祝いに来たのかもしれないね"と言うので私は更に声を上げて泣いた。

そしてその日の夜…祖父は私に手作りの栞を贈ってくれた。

とは言っても祖父の栞は折り紙ではなく和紙だった。

文字を書いた和紙を更にプラスチックで挟んだ栞。

栞には押花も添えてあり和紙に書かれた文字は"大好き"だった。

その年の誕生日から毎年…祖父は私と姉に手作りの栞を贈ってくれる。

最初の二年は栞を受取る事で母にも祝って貰っているような…そんな気持ちで満たされた。

嬉しかった。

でも三年目からは祖父の気遣いが…優しさが"嬉しい"とー…

そう思うようになった。

だから私にとって祖父から贈られる栞はとてもとても…とても"大切なもの"なのだ。






コンビニ/店内




「スタッフルームを覗いて来るね。」

「私は昨日貴ちゃんと話したトコ もう一回見て来る。」



授業前と休み時間…貴ちゃんはバイト先に計五回も電話を掛けてくれたけれど五回とも"落し物の届け出はない"と言う返事だった。

その返事を聞き私は目に見えて落ち込んだ顔をしてしまったのだろう。

放課後"一緒にバイト先を見て来よう"と貴ちゃんが誘ってくれた。

そして私達は今…貴ちゃんがバイトをするコンビニに来ている。



(ココにあって欲しい…!)



"落し物や忘れ物類は数日間スタッフルームで保管する決まりになっているから"と話す貴ちゃんと店内で別れ私は昨日貴ちゃんにストラップを渡した雑誌コーナーの前へと足を進めた。

コンビニには私と貴ちゃんの他にも数人お客さんが居た。

雑誌コーナーの前には男の人が三人…それぞれ雑誌を立ち読んでいる。

私は三人の背後で少しだけ迷い…そして女らしく覚悟を決めた。

一時の恥…一瞬だ。

恥ずかしいのは今だけ。

女は度胸と愛嬌だ。



「ちょっと みません。」



言葉を声に出すと同時私は身体を屈め…乱雑に置いてある雑誌の山を一カ所へとまとめる。

男の人達から"何だこの子"と言うような視線を全身に注がれるがもう動いてしまった後の話だ。

やってしまったからには最後までやり通さなければいけない。

向けられる視線にいちいち怯んでいる暇はないのだ。

私には栞を探し出すと言う大切な目的がある。



「…」



とは言え…やはり恥ずかしい事に変わりはなくー…

私は出来るだけ顔を俯かせながら次々と雑誌を手に取り数分後には雑誌コーナーに置いてある雑誌の全て(立て置いてある雑誌以外)を綺麗に一カ所へと固めまとめた。

その間私の様子を見に来た店員さんに声を掛けられたけれど私の事情説明に"終わったら綺麗に直しておいてね"と店員さんはあっさりレジの方へ戻って行ってしまった。

もしかしたら貴ちゃんに今日何度もココへ電話を掛けて貰っているから店員さんも大目に見てくれたのかもしれない。



(仕事の邪魔にならないよう早く見付けて片付けよう!)



幸いな事に何時の間にか雑誌コーナーの前に立っているのは私だけとなっていた。

私は屈んだままの状態で雑誌棚を隅々まで見る…も栞は見当たらない。

こうなったら最後の希望。

雑誌棚(ラック)と床の僅かな隙間…足元だ。

私はもう人の目などお構いなしに両手両足…ちょっと隙間が低く見難かったので頬も床に着けた。

丁度片手が入るくらいの隙間は栞を取るにも目で探すにも幅としては有り難かったけれど雲のような綿のような埃が所々みっちりと詰まっていた。

私は少し迷ってからポケットティッシュ数枚を使い埃の塊を一カ所に寄せ集める。

もしかしたら埃の塊の奥に栞が落ちているかもしれない。

その場合栞を見逃してしまう可能性が高いと思った。

あと"こうして一カ所にまとめておけば後で店員さんも掃除がし易いだろう"と言う余計なお世話かもしれない気遣い。

いや…でも埃を一カ所に集めた状態で長時間放置すると言う行為は危険かもしれない。

ちょっとした風でこの埃の塊は飛んでいってしまう気がする。

ここは今のこの状況を大目に見て貰っている私がこのままこの埃の塊を摘みゴミ箱へ持って行く方が自然な流れだ。

そして何より説明不要…ややこしくない。

"そうと決まれば"と私は集めた埃をティッシュで鷲掴む。

屈ませていた身体を伸ばし床に着けていた両膝も空いている方の手でパパッと払った。

ゴミ箱へティッシュを捨てに行く途中スカートにも埃がついている事に気付いたけれどこのゴミを捨てたらまた屈むつもりなので今は気にしない事にする。

それよりも三つ並んだ雑誌棚のうちのまだ一カ所しか探せていない。

"早く探さなければお店側の迷惑になってしまう"とゴミ捨てを済ませた私は足早に雑誌コーナーへと戻る…もー…

私が立ち歩いている隙に雑誌コーナーの前には男の人が一人…立っていた。

それもまだ探していない右側の棚の前だ。

ついていない。

"せめて確認を済ませた中央の棚の前に立ってくれたら良いのに"と思いつつも私の足は止まらない。

正直男の人の前で屈むと言う行為は恥かしい。

いや男の人に限らず"人前で屈むと言う行為はちょっとどうなの"と言う感じだ。

でも私はさっきまで屈んでいた。

その場所で屈んでいたのだ。

さっきが出来て今が出来ない訳がない。

そう考えたら何だか急に怖いものがなくなってしまった。

思い込みって凄い。



「…」



とは言えやはり恥ずかしい事に変わりはない。

私は男の人と視線を合わさないよう顔を俯かせ男の人が立っていない左側の棚の前でまた身体を低く屈めた。



「「…」」



頭上に注がれる視線が痛い。

"私ではなく手に持つ雑誌を読んでください"と思いながらも私は左手を勢い良く隙間へとつき入れる。

先程と異なり今度は利き手ではない為少し手を動かし辛い。

そしてまた…予想はしていたものの私は視界いっぱいに広がる埃との再会を果たした。



(何やってるんだろう…私…)



二度目のゴミを捨てながら流石に"この現状は何だ"と考えてしまう。

私は栞を探しているだけなのに何故さっきから埃を摘んでいるのだろう。

いや…栞を見付け易くする為なのだけれども。

店員さんに頼まれた訳ではなく私が勝手にしている事なので不満を口にするのはおかしな話だけど何だか酷くついてないと思ってしまう。

人前で恥かしくも身体を屈ませていると言うのに失くした栞はまだ出て来ない。

スカートは埃まみれだ。

折角の誕生日なのに。

折角祖父が贈ってくれたのに…作ってくれたのに。

せめて栞だけは出て来て欲しい。

ココにあって欲しい。

ありますように…見付かりますように。

神様ー…



「あの 君!」



雑誌コーナーへ戻る途中スーツ姿のお兄さんに声を掛けられた。






「…」

「あ ごめん。いきなり声を掛けたらそう言う反応になっちゃうよね。」



全く記憶にない顔のお兄さんに声を掛けられた私はどうやら警戒するあまり無意識にお兄さんを睨んでしまっていたらしい。

黒髪の…少したれ目で紺色のスーツを着たお兄さんは"ちょっと待ってね"とスーツの胸ポケットへ手を入れる。

"ナンパだろうか"と私は更に一層警戒心を強めた。

私の睨みがきつかったのかお兄さんはふと…自身の胸ポケットへと留めていた視線を再び私に向けて来た。

改めてバチッと合う目に"ちょっと格好良いかもしれない"と思ってしまった事は秘密だ。



「君 もしかしてこの栞の持ち主?」



そう言ってお兄さんが私に差し出したものは私が埃まみれになって探していた…祖父から贈られた大切な栞だった。



「あっ! わっ…私のです!!それ!!!」



栞から勢いよくお兄さんへまた視線を向ければお兄さんは"どうぞ"と栞を渡してくれた。

漸く手元へ戻って来た栞に安堵感で満たされた私は深い息を吐く。

良かった…見付かって本当に良かった。



「あのっ ありがとうございます!!!」



誠心誠意を込め一礼する私の頭上でお兄さんが少し慌てたような声を出した。



「ああっ そんな!お礼を言わなきゃいけないのは僕の方だし…」

「えっ?」



思いもしなかった言葉に私は顔を上げる。

"どう言う意味だろう"と自分の中で考えながら正面に立つお兄さんと顔を合わせた。

お兄さんは私と顔を合わせるなり恥ずかしそうな困ったような…照れているようなー…

そんな幾つかの表情を数秒のうちにコロコロと見せた。

なかなか言葉を発しないお兄さんの前で私はハッと一つの可能性に辿り着く。

もしかしたら無意識にまた私は眉間に皺を寄せているのではないだろうか。

"お兄さんは私の威嚇に戸惑って言葉が発せないのではないだろうか"と。

その結論に達してからの私の行動は早かった。



「…何…してるの…?」

「えっ…あの…皺をちょっと…伸ばして…ます…」



右手四本の指で眉間を引き上げる私にお兄さんはとても冷静なつっこみを返してくれた。






「かなでー!遅くなってごめん!! スタッフルームに保管してある落し物めちゃくちゃ沢山あってもうかき分けるだけで重労働…かなで?」

「貴ちゃん…あった…」

「本当!? 良かったぁ!」

「うん…良かった…」

「? かなで??」



時刻は午後二十二時十七分。

あれから私は貴ちゃんと雑誌を片付けコンビニを出た。

家へ帰宅してからは予め藤田さんが頼んでくれていたお寿司の出前を祖父と食し帰って来た姉と父からプレゼントを受取った。

その後は家族皆でケーキを食べ順番にお風呂を済ませそして今に至る…のだけれどー…

正直貴ちゃんとコンビニで別れる少し前からこれらの記憶は朧げだ。

どうやって家へ帰って来たのかも覚えていない。

しっかりと覚えているのは…お兄さんの言葉。



『君のその栞の言葉に勇気づけられたよ ありがとう』



そう言ってお兄さんは私の髪に触れた。

ドキリと心臓を跳ねさせる私にお兄さんは"大きな埃"と何時の間にか私の髪に付着していた埃を取り払ってくれた。



「…っ~…!!!」



ダメだ。

思い出すだけでドキドキする。

落ち着かない。

何だか急に熱くなって来た。

私は熱い顔を冷ます為ベットの上へと投げ出していた身体を起こし自身の顔に向け両手を勢いよく扇ぐ。



(栞が見付かって嬉しいからって…いや確かに凄く嬉しいけど お祖父ちゃんの栞を褒めて貰った事も凄く凄く嬉しかった…けど…でもだからってこんなにドキドキするなんて…変!絶対変!!何これ何これ何これ~!!!)



今まで経験した事のない謎の…身体の奥から何かが込み上がってくるようなそんな良く解らない感覚に私は起こしたばかりの身体をもう一度ベットの上へと突っ伏せー…

けれどまた直ぐに身体を起き上がらせる。

お兄さんが言った"栞の言葉"と言うのが気になったからだ。

私は腰を上げ勉強机の右端に置いてある小箱の蓋を開く。

"もう失くさないように"と祖父より贈られた栞は今日から必ずこの小箱に収納すると決めたのだ。

四枚の栞の中から今年の誕生日に贈られた栞を取り出す。



「今年の栞の言葉は…ことわざ…かな?どう言う意味だろう…」



"人生意気に感ず"。

今年贈られた栞にはそう書いてある。

こう言う時携帯電話を持っていたら直ぐに意味を調べる事が出来るのだろうが生憎私は帰りの遅い姉と異なり未だ持たせて貰えない。

別に不満はないけれど少しだけ…今日はほんの少しだけ"携帯電話を持っていたら"と考えてしまう。



(また 会いたいなぁ…)



そんな事を考えながら明日"姉に辞書を借りよう"と決めた。






十六歳の誕生日に起きたこの出来事は翌日からは何時も通り…まるで魔法が解けてしまったかのように何時もと同じ毎日だった。

学校と家の往復ー…

誕生日から一か月は熱心に貴ちゃんのバイト先を覗いたけれど一度とお兄さんに会う事はなかった。

半年通ってもお兄さんには会えずそれから暫く…私はコンビニ通いを止めた。






季節は巡り私は高校を卒業しこの春大学へと進学した。

お兄さんの顔ももうぼんやりとしか思い出せなくなっていたその年の誕生日…午前九時三十七分五十八秒。



「あれ 君もしかして…"栞ちゃん"…だよね?」

「…え…?」



小さな動物病院の前で犬を五匹も連れた白衣をまとった男性に私は呼び止められる。

顔を上げた先に映ったその男性は…栞を拾ってくれたお兄さんー…

二年前にコンビニで出会ったその人だった。

突然の再会に驚いたけれどこの瞬間…私は自分がずっとお兄さんに恋をしていたのだと初めて気付く。

自覚したら何だか急に可笑しくて思わず笑ってしまった。

笑う私を見て何故かお兄さんも笑い…お兄さんの笑い声に犬達も吠えた。

今日は最高の誕生日だ。






End

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