やっぱり白虎のほうが格好いいと思うわけですよ
「起立! 礼!」
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「お願いします!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
25人。
目の前に居る25人は、身長は平均153cmくらいだろうか。がっしりとはしていないがそれなりに引き締まった体付きの男子、まだ胸は育っていないものの顔立ちには大人っぽい要素が少しずつ見え始めた女子。
以前勤めていた雛形小学校は辞め、中学校で働くことにした。中学校の教師はかなり大変だと聞いていたが、話の通じる人間が多く、気持ち的にはかなりやり易い。帰宅時間は遅くなったが。
俺が担当するのは2年生の数学。
「はい、教科書開けてー」
すると大半の生徒が教科書を開けるが、やはり頬杖をついて窓の外を眺める生徒、机に突っ伏して寝る生徒は居る。
こういう生徒は無視する。だって起こすの面倒臭いじゃん。
「えーっと、前回はx^4+4で終わったんだっけ。じゃあ……、分かる人手挙げて」
中学の因数分解の範囲ではそこそこの難問であるため手を挙げる生徒は2名。いつもの2名。女子学級委員の鈴木吉菜と、いつも考査で上位をとる男子生徒の山崎壮一。
「えー、じゃあ山崎」
「はい。x^4+4を、x^4+4x^2+4-4x^2にします。これはx^4+4x^2+4は(x^2+2)^2なので、(x^2+2)^2-4x^2になり、2乗-2乗の形になるので、(x^2+2+2x)(x^2+2-2x)です」
山崎が早口で言う。うん、もうちょっとゆっくりでいいよ。
ほら、鈴木以外全員困惑している顔だ。めんどくせー。
俺は黒板に山崎が言っていたことを書く。
「これでもまだ分からん人ー」
パラパラと手が挙がる。
説明をしていると、いつの間にか話は変な方向に逸れ、授業開始から15分が経っていた。やばいやばい。
キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン。
チャイムが鳴ると同時に生徒達は教科書やノートの類を片付け始める。あと一問だけ消化しておきたかったが、これは授業継続は不可能だろう。
「はい終わり」
「起立! 礼!」
「「「(略)「「「ありがとうござしたー」」」(略)」」」
数学の授業が終わり、教材の片付けをしていると、数人の男子生徒が来た。
「平松先生ー」
「ん?」
「これどう思いますか?」
そう言うと、男子生徒の一人がノートを持ってこちらに来た。
そして、ノートの端を持ったかと思うと1ページずつ離していく。俗に言うパラパラ漫画だった。
通常の教師ならばここで、「お前は授業中に何をやっとんじゃ!」と怒鳴るところであろう。しかし俺は違った。人気取りのためとかじゃないよ。マジで。マジで。
「何この無駄な完成度の高さ」
「だろ?」
冗談ではなく普通に結構凄かったのでビビった。
興奮していると、女子から呆れたような目で見られた。
「はい学級のポスター作るよー」
続いて学級活動の時間。今回は学級のポスターを作る。事前に生徒達に紙を渡してあり、参考としてこの学級の色は黄色と白だとか、2-1という文字は絶対入れろだとか、色の種類は多すぎても少なすぎても駄目だとかは言ってある。
回収した紙を見ると、圧倒的に虎――黄色い虎が多い。
えーっと、ほう。この構図はいいな。コロシアム的な場所の真ん中で生徒達? が武装しており、背中合わせの円状になって臨戦態勢、そこに入ってくる獣が二体。
片方からは虎、もう片方からは狼。
これは前門の虎、肛門の狼をモチーフにしてるのだろう。
次、なんじゃこれ。居るよね手抜きするやつ。紙に大きく2-1と書き、炎の絵と学校の絵を描いている。白黒。
23枚の紙――出さない人も居るよね――の中から、俺が良いと思った5枚を黒板に磁石で貼り付ける。
一つは前門の虎、後門の狼のやつ、一つはリアルな虎が大きく描かれているやつ、一つはパラパラ漫画を描いたやつが描いたやつ、一つは白紙、一つは黄色く塗りつぶされたやつ。
最後の二つは見世物です。
「しかしだ!」
いきなり大きな声で俺は叫んだ。それにより女子数人が身を跳ね上がらせた。
「白虎のほうが格好いいと思わないかい? そう思う人挙手」
数人。
「は? ……えー、じゃあそう思わない人挙手」
こちらも数人。
「は? じゃあ挙げてない人は?」
「どっちとも思わない」
「あーあー、そういうことね。じゃあ今日からは白虎のほうが格好いいと思いなさい。OK?」
「No」
「あー、そうすか。……じゃあ勝手にどうぞ。委員長司会して全員で決めて」
その時間が終わる頃には一つの紙が黒板に貼ってあった。白紙のやつね。OK。
「えー、じゃあ学級ポスターは白紙に決まりました。先生! 終わりました」
「あいよ」
その日の勤務は終わり、帰路につく。もう6時56分29秒76だが、長い所はまだ部活だ。
「平松先生!」
「ん」
「どの胸が一番好みですか?」
そう言って男子生徒が見せてきたノートには、あらゆる曲線が描いてあった。恐らく横からみた物だろう。
こいつは良く分かっている。俺の好みの周りをウロついているような曲線が多い。
「んー、これかな」
「やっぱりですか!? それは俺が深夜2時まで考えて描いた自信作なんです!」
「うんはよ寝ようか」
俺はその後も生徒とのやり取りを幾らか終えた後、校門に向かった。
いつもは暗い、誰もいない校門。
「……あれ?」
いつもは暗い、誰もいない筈の校門。
今日はそこに一人の女性が居た。
「どうかされましたか?」
「あ……、あのっ!」
「はい……?」
「平松先生ですよね?」
「あーはい」
「あのっ、私と結婚……いえ、付き合って頂けませんか……!」
一瞬の間。
「あ、すみません。いきなり付き合ってくださいって行っても分かりませんよね」
「は、はあ」
「私は尼葺美佐と申します。今日、息子から貴方が白虎好きだと言うことを聞きました」
ああ、尼葺悟の母親か。
「それがどのようにお付き合いへと?」
「私……、」
と言うと尼葺母は黙った。そして暫く間を置いた後に続きを言った。
「白虎が好きな人が好きなんです!」
「へ?」
思わず間抜けな声が出てしまった。
「だから……白虎が好きな人が好きだと言ったんです!」
なるほど。頭死んでる系の人だ。
「夫さんは?」
「夫とは……、離婚しました……」
「あ、申し訳ありません」
「いえ」
とりあえず現状をまとめる。
仕事終える、校門見る、女性居る、結構美人、告白してくる、頭イッてる、キ○グクルール、何形態もある、キンチョ○ル、俺も頭イッてきたわ。
まあ、ここは。
「非常に申し訳ないのですが、すみません」
「そう、ですよね……」
「ええ! 白虎好きが好きとか正気の沙汰じゃありませんよ! 大・草・原・不・回・避!」
「そうですよね! アハハハハハハハハハ!」
「アハハハハハハハ!」
「先生何やってんすか」
「ハッ!」
後ろを振り返るとさっきの胸好き男子生徒。今後同じ過ちを犯さないように、立ち直りやすい方向に心折ろうとしてました。
「女性と二人でそんな笑い声あげてたらそりゃ人も来ますって」
周りを見ると大勢の生徒。恥ずかしくて顔が熱い。それは尼葺母も暗くて見えづらいながら顔が赤く見える。その様子に少し親近感を抱く。
結構……可愛いよな。
「ふふっ」
どれだけの間顔を赤らめていたか分からないが、いつの間にか尼葺母は笑っていた。
「先程までの自分は忘れてください。さっきは白虎が好きな人が好きだと言いましたが、今までのやり取りで、貴方が気遣いをしてくださる方だという事やユーモアのある方だという事が分かりました。白虎が好きな人のことが好きな人としてではなく、一人の女として、貴方が好きになりました。お付き合いしてください!」
もう答えは決まっている。
「だが断る」
「えっ」
周りでは俺が承諾すると確信していた人が居たのか、1回だけ手を叩くという謎の行動を起こした人が複数居た。
「先生何で断ったんすか?」
「いやだってさ、俺」
「俺?」
「既婚だし」
途中に「……」が多くなってしまいましたがあまり削れませんでした……。
……ああ、なんと無力なのでしょう……。