壊れた器、それでもあなたは求める
ただいま、いつものとおりに言葉をかけて部屋に入ろうとした。
そこで見た光景は、ありえない、ありえてほしくないものだった。
肌を重ね合う、私の彼と、義弟。
目の前が真っ赤に染まり、近くにあった花瓶を床に叩きつけていた。
花とガラスの破片がすごい音を立てて散らばった。
「優貴、違うんだ…これは…」
たった今元彼になった人間は、くだらない言い訳をしようとする。
義弟は相変わらず表情を変えない。
そうだ、いつも、私の大切なものを奪っていくのだ。
今回はそんなことはないと祈っていた。
今までの人間のように、私と義弟を比べない、とても優しくて、誠実な人だった。
ゆっくりと時間をかけて、わかりあってきたはずだった。そう、「はず」だったのだ。
いつもは義弟に掴みかかって、怒鳴っていた。何度も、何度もその繰り返し。
義弟は、その度、申し訳なさそうな顔をして、内では笑っていたのだ。その綺麗な顔で美しく微笑みながら。
もう、いいじゃないか。そんな声が私の頭の中に響く。
怒りというより、虚しさだけが広がっている。
これは、私の最後のかけだったようだ。どこかでそう、決意していた。
その最後の決意は、無残にも散らばってしまったようだ。
ただ、自分だけを大切にしてくれる相手を求めて何が悪いのだろう。
何もかも、こうなってしまっては、遅かった。
無意識に、彼らに向けて、私は微笑んでいた。
「バイバイ」
義弟が大きく目を見開いて、驚愕していた。
私は何も感じなかった。そう言って私は部屋を出て、外へ駆け出した。
走る、走る、走る。
ここは、とある施設の屋上。上から見下ろした景色が、森や花、草木が一面に広がっていて、大好きだった。微かな光がそれらを照らして、暖かい雰囲気を醸し出していた。
今日、ここで、すべてを終わりにするのだ。
あっけないし、なさけない。彼氏に浮気されたくらいで、なんて。でも、そういう理由で、終わりにするわけではないのだ。
これから、ずっとあの男に奪われていくだけの人生なら、今、ここで終わらせたほうがずっと幸せだと感じるからだ。
幸せだ、この綺麗な景色の中に飛び込んで、最期を迎えることができるなんて。もう辛い想いをすることはない。
私は、人生で今が一番、すっきりとしていて、心が晴れていた。
低い手すりに手をかけようとしたとき、後ろから私を呼ぶ声がした。
「姉さん!」
義弟だ。何故、ここがわかったのか。いや、もうそんなことはどうでもいい。
「いますぐそこから離れて!こっちへくるんだ!」
義弟のあんなにも焦った表情ははじめてみた。そんな顔もできるのか。
「もう、いいじゃない。そう思わない?」
私は相変わらず微笑んだまま、質問した。答えは求めてはいない。
「何を言ってるんだ!やめてくれ!」
今にも泣きそうだった。綺麗な顔の人間は、そんな表情さえも綺麗なんだ。
私は、もう何も言いたくなかったし、聞きたくなかった。
手すりの向こう側へ行き、そのまま飛び降りた。
義弟の絶叫が響いたが、私にはもう何も聞こえていなかった。
***
「あの病室の弟さん、毎日お姉さんのお見舞いにいらしてるのね」
「お姉さんの方は、まだ覚まさないのよね。もう半年もたつのに」
「原因も自殺未遂だから、余計に心配なんじゃないかしら」
「でも、なんだか、不思議なのよね。家族というよりは」
「林さん!元木さん!こっち手伝って!」
「「はい!」」
病室には、穏やかな表情で眠る女性と、その女性の手を強く握り、女性を愛おしそうに見つめる男性がいた。
「ねえ、姉さん。残念だね、姉さんの願いは叶わなかった。でも、僕の願いは叶ったみたいだ。やっと、僕だけの「君」を手に入れることができた…」
人形でもいい。どこかへ行ってしまわなければ、いい。ずっと、傍にいて。