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むしゃくしゃした気持ちを抱えながら、歩はひたすらに俯いて、黙っていた。未だ当たり前だといえば当たり前だけれど、信じられない気持ちが大きくて、今更顔すら覚えていない父親に対してアラハジメマシテヨロシクネとはいかないものだ。それと同じで、もう亡き三竹雪子の腹から自分が出てきたなんて信じられないし、ましてや三歳まで一緒に暮らしてたなんて──
「それでは、三竹雪子様の葬儀を始めさせていただきます」
若い男性の声に、ようやく歩は俯かせていた顔を上げた。いつの間にやら席は喪服に身を飾られた老若男女で埋め尽くされている。後ろは見ることができないが、歩より前の席をザッと眺めてもその人数はあまり多いとはいえなかった。三竹雪子は内向的、というかあまり社交的ではなかったのだろうか。
低い男性の声で始まったお経をどこか遠くで聞きながら、歩の意識はどこか違うところへ向けられていた。
今まであまりに目まぐるしく起こる事態に混乱していた頭がようやく冷静さを取り戻し、あることを思い出していた。──朝の出来事である。
なぜ自分の母親である三竹雪子の自殺場面が視えたのだろう? 本当にハチョウというものがあっただけなんだろうか。もしかしたら私になにか訴えたかったのでは──?
そんな考えがポンポンと飛び出しては、歩の頭の中を毒霧が充満したような、重たい疑問で追い込む。
「……歩。お焼香回ってきたけど……ちょっと、ねえ、聞いてる?」
姉の声ではたと我に返ると、お焼香がもう目の前まで来ていた。小さな声で姉に謝り、三度つまんで手を合わせる。何も、思わなかった。……それどころではなかった。
隣の人に回すと、また歩の脳は疑問を増やし続けようとする。けれど、またあの頭の重たくなるような、鈍痛が襲ってくるような思いはしたくない歩は頭を二、三度振って意識を現実へ向けた。
低い声でお経を唱え続ける僧侶を見つめ、下へ視線を落として耳に意識を集中させる。




