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 重たい空気の中時間はひたすらに過ぎていき、気づけばそこは葬儀場だった。黙って降りた三人にならい、ハンカチで目元を拭いた歩も着いていく。当然だけれど、そこにいるのは知らない顔ばかり。そして勿論三竹雪子だって、朝の出来事とニュースぐらいでしか顔を見た記憶はない。

 ──本当に、私の母親があの人?

 ぼんやりとその顔を見つめてみるけれど、歩にはどう考えても母親には見えなかった。

 確かに歩の肩は撫で肩で、髪も珍しいくらいに漆黒だ。三竹雪子の面影は、なんとなくとはいえあった。でも、そうだとしても歩の心境は変わらなかった。

 幾分か落ち着いたとはいえ、叫んでしまいたい衝動を心の中で必死に押さえ込む。黙って不機嫌そうにする歩は、姉の横に座ってただ葬儀が始まるのを待った。

「君……もしかして歩? 絶対にそうだよね。だって、この黒髪……アイツにそっくりじゃないか」

 低い掠れた声が聞こえて、歩ははたと横を見た。自分を覗き込むように見るその顔に、見覚えはない。

「誰ですか?」

 自分が不機嫌なのを悟られぬようにか、葬式で大きな声をあげるのが恥ずかしかったのか、声を押し殺して歩は言う。男は戸惑ったような笑みを見せて、頬を人差し指で掻いた。

「覚えてるわけ、ないよね。僕は、大沼隆志おおぬまたかし。君の父親……いや、元父親か。あの時親権を受け取らなかったのには深い事情があったんだ……今まで忘れたことなんてなかった! それにしても、養子になっていたんだね。良かったよ、僕の可愛い娘が不幸な人生を辿るなんて真っ平ごめんだから。……皮肉なもんだよね。前妻の自殺で歩と再び会えるなんて。でも、なんでもう戸籍上僕らに関係のない君が葬儀場に?」

 言葉を挟む余裕もなくそう言い切った男に、歩は本当に叫びだしたくなった。

 ──元父親? 私の父親は新瀬信夫にいせのぶおただ一人だ。今日はいったいなんなの!? こう次から次へと──。

 胸の中で渦巻くモノをこらえた歩は、その男──大沼隆志をぎろりと睨んでやった。

「申し訳ありませんが、知りません。私の父親は新瀬信夫、ただ一人です。そこにいる母と父以外の子供だった覚えなんてありません」

 面食らったような大沼を、歩はもう一度思い切り睨むと、ふんっ、と鼻息荒く逆方向を見る。と、姉と父と、母と、目があった。心配そうな表情で歩を見ているのは母親だけで、姉と父は呆れたように苦笑いしている。

 普段の歩ならどうだとばかりに胸を張ってやる。けれど今はそんな余裕ないのか、そのまま俯いてしまった。しばらく呆然と眺めていた大沼は、小さくため息をついてどこかへ去っていく。

 大沼は、密かにどれだけ自分の娘が可憐に成長しているのか楽しみだったため、その落胆ようは実は半端ではなかった。けれど、肩を落とし去っていく大沼以外、それは誰も知らない。


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