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 結局、歩が普段起きる時刻まで寝ることもできず、何時間もパソコンを見続けたせいでしばしばする目をこすりながら、一階へと降りていく。いくら時間が経っても、あの早朝の神妙な出来事はしっかりと歩の脳内に刻み込まれ、何度もそのことが脳内をちらついた。

「お母さんおはよぉ」

 台所で朝食を作っていた母親は、歩の声にびっくりしたように振り向いた。

「珍しいね、あんたがこんな時間に起きてくるなんて」

「たまには起きるしぃー」

 めんどうくさそうにそういってソファにすわり、テレビのチャンネルを変える。いつも朝見ているニュース番組に合わせると、朝だというのにとても元気なニュースキャスターが、まじめくさった顔でニュースを読み上げていた。

「昨夜、東京都江戸川区付近海岸で水死体が発見されました。死体は死後約一週間から二週間と思われ、争った形跡がなく、遺書と思われし手紙が発見されたため、警察は入水自殺とみて調査しています。死体は財布の中にはいっていた写真から、東京都の三竹雪子みたけゆきこさんと判明しました」

 そこまでぼんやりと聞いていた歩は、拡大されて若干ぼやけた写真を見てはっとした。色の白い不健康そうな顔、肩までまっすぐと伸ばしたややパサついた、珍しいくらいの黒髪、そして頼りなげな撫でなでがた。この女性──目を一瞬見開いてもう一度聞き流してしまった内容を脳内で反芻した。

 入水自殺、水死体、女性──?

 朝の情景とぴたりと当て嵌まったそれぞれの単語のピースに、背筋がゾクリと粟だった。何より、ぼんやりとしか見てとれなかったとはいえ、その容姿はあの女性に酷似していた。あれは真実、実際に起きた出来事だったんだ……。

 なぜあんなものを私が見たんだろう?

 テレビは最早話題を変えているというのに、視線は釘付けになったまま動かない。なぜ、という言葉と共に、疑問は歩の頭の中を巡り続ける。頭の中は先ほどよりもあの出来事に支配されて、歩は動けなくなってしまった。

「朝ごはん、できたけど食べないの?」

 背中から訝しげな声がかかって、歩はようやくハッとした。

「あ……うん、食べる」

「早くしないと、お姉ちゃん起きてきて洗面所使えなくなるよ。さっさと食べなさい。──にしても、あんたがテレビをまじめに見るなんて、本当に今日は槍でも降るんじゃない? 起きるのも早いし」

「あ……うん。私だってもう大人だからね!」

 からかったように笑う母親にも、うまく返事ができない。笑顔もひきつってしまったような気がした。

 ──本当に、笑い事じゃない。人の自殺場面を見てしまったなんて、口が裂けても言えないわ。──しかも、あんな形で!

 黙々と朝ごはんを食べる歩の顔に陰鬱な影がかかっているのをさすがに心配したのか、母親は労わるように「何かあったら言うのよ」とだけ付け加え、父親の弁当を作りに台所に戻っていった。

 歩はそんな言葉も頭に入らず、食欲さえもなくなってしまって、いつもは残さない朝食を半分以上残し、早々と席を立った。

 何も考えぬよう、いつもはだらだらと用意する制服も、適当にかけているヘアーアイロンも、髪が焦げるのではないかというくらい丁寧にする。

 だから当たり前といえば当たり前、丁寧にやったというのに、いつもよりも二十分も余裕を持って家を出ると、今度はただひたすら歩を進めた。


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