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やる気のない最強/最凶衛兵兄弟が護衛になった第16王子くん

作者: 若槻風亜
掲載日:2026/09/26

 フローリス王家第9側妃の子・第16王子、ミーチ・フローリス(5)は、大きな双眸に涙を溜めてプルプルと小刻みに震えて立ち尽くしていた。


 その原因は、眼前で転がっているうめき声を上げる男たちでも、その背後にいるまだ武器を構えている男たちでもない。


「わーお、殿下ったらモテモテー。人攫いさんの列途切れねーんだけど。ウケる」


「うちの陛下が何だかんだ身内に甘いの有名だかんな。16番目でも攫えりゃ金になるの分かってんだろ」


 ミーチの震えが収まらないのは、男たちと自分の間にいる、この状況でも気軽に会話を続ける、イジワルな衛兵たちのせいだ。


 少し高さのある軍帽をオレンジに近い金髪の上に被り、身に着けているのは勝手に改造して紫ベースにした左右対称色違いの衛兵の制服。濃い紫の手袋をした手で握っているのは大小の刃が付いた長柄のバトルアックス。長い髪を三つ編みにまとめている兄は右手に、やや無造作気味に肩の辺りまで伸ばした弟は左手にそれを持っている。


「な、なな、なんでふたりがここにいるの……?」


 ぽろぽろと恐怖のあまりに涙を流しながら、それでもミーチは必死に衛兵たちに問いかけた。それは断じて「何で助けに来られたの」という意味ではない。正確には「何で振り切ったはずなのにここにいるの」という意味だ。


 だが兄弟はかなりいい意味で解釈したらしく、兄はにこーーと、弟はにっと歯を見せて笑ってミーチを振り返る。


「そりゃ俺ら衛兵だもーん」


「おーじさまを守るのは職務の一環でーす」


 嘘つけ仕事しないでいつもサボってるって散々文句言われてるくせに。


 そう頭に浮かぶが、ミーチにはそれを口にする勇気も上手に伝える語彙もない。子供の語彙力で色々訴えてみても、面白がりで意地の悪い兄弟はまともに相手にしてくれない。何より――。


(このふたりすっごく強いんだもん!! 怖い! 悪いオジサンたちでもゴロゴロって転がされちゃうんだもん。おれもまたお空に投げられちゃう!)


 いつの頃からだったか、この兄弟はミーチを見つける度に現れて、自分たちの思うままにミーチを構い倒す。母や兄たちのように優しく構ってくれるのであればミーチだって嬉しい。


 だが、この兄弟は基本的に自分本位であり、王族を王族と思っていない。相手が王子だろうがほっぺをもちもちもちもちしてくるし、たまにほっぺを噛んでくるし、それを「可愛いからつい」と笑って済ますし、腕を掴んで振り回すし、高い高いと称して木の枝近くまで放り投げてくるし、必死に訴えてみてもからかってかわしてくるし、etc、etc……。


 そして彼らに構われるミーチを、愛してくれる母も可愛がってくれる兄姉たちも、偉いはずの父すらも助けてくれない。


 最初こそ絶望したミーチだが、ある時からそれは使命感に変わっていた。


 それはあまりにも雑に扱われミーチが「痛い!」と叫んだ時のこと、普段は遠巻きに見ているだけの母が、ミーチと兄弟の間に割り込んできたのだ。嬉しかったのは一瞬。母が、これまで見たことがないほど震えているのが、抱きしめられた胸や腕から伝わってきた。


 その時にミーチは悟ったのだ。


(このふたりは、みんなが怖くなっちゃう人なんだ……!)


 生来優しく正義感に溢れるミーチは、この時自分がこの二人から家族を守るのだと決意。以降は必死に彼らの暇つぶしの遊び相手を務めてきた。


 が、怖いのは今も怖い。


 なので時々ミーチは彼らから『勇気ある逃亡』をする。今日もそうだった。


 今日いつもと違ったのは、逃げた先に隠すように穴が開いていることに気付いたことだ。好奇心も強いミーチはそこから外に出て、生まれて初めて城の外に出た。


 そして楽しく浮かれているところを、現在転がっている人攫いたちに見つかり、攫われそうになった。


 もちろんそれも怖かった。だが、その直後にこの兄弟が現れ、ほんの僅かな間で男たちを打ち倒したのだ。多分そう。ミーチには何をしたのか見えなかったのでその辺りに自信はない。

 

 とにかく、ミーチは人攫いに遭いかけたことより、折角逃げたのに追いつかれたことに絶望して涙が止まらなかった。捕まるとなお一層構ってくるのだ、この兄弟は。


 しかし兄弟はその涙の意味を勘違いしたらしい。


「えー? ミーチ様超泣いてんじゃん。カワイソー」


「泣かなくていいぜミーチ殿下。俺ら超ツエーから、こんな雑魚共余裕でぶっ飛ばせるからよ」


 兄はわざとらしく驚いた様子を見せ、弟は頼りがいのある様子を見せて力強く笑う。


(怖いのはふたりだってば!)


 とは、恐ろしくて声が出ないのと、言ったが最後男たちよりこっちにターゲットが移りそうで言えなかった。


 そうしている内に、まだ起きている男たちが武器を手に一斉にかかってくる。


「はっ。必死じゃん」


「サンドリー兄弟相手にこの人数で挑んでくるとか舐めてんな~」


 しかしそんな状況でも兄弟は動じない。くるりと武器を回すと、ミーチを守るようにその前に立つ。柄の先端を意図的にぶつけてクロスさせて発せられた小気味よい音は、ともすれば護衛対象に勇気と安心を与えることだろう。――護衛対象と信頼関係が結ばれていれば。


(うわああああん、怖いよぉ。おにく食べるけものが牙を鳴らしてる音にしか聞こえないよぉ。母上ぇ、父上ぇ、兄上ぇ、姉上ぇ)


 残念ながらミーチには恐怖の音にしか聞こえない。


 そしてそんなミーチの恐怖など知ることなく、兄弟は集まっていた人攫いたちを宣言通りあっという間に蹴散らした。


「おーわり。あー、全然面白くねー。ジャンシー何か面白いこと言って―」


「無茶ぶりやめろし。殿下、兄貴は放っておいて帰ろうぜ」


 30人ほど相手取ったというのに息の一つも上がっていない化け物兄弟に変わらず怯えていると、弟が許可も得ずにミーチを抱き上げる。


「あー、ずりージャンシー。ミーチ様持ってくなら俺が持ってく!」


「殿下は荷物じゃないっての。兄貴雑なんだよ。この間も殿下吐いちまってたじゃん」


「(ジャンシアンも『ざつ』だけど、オルキデアにくらべたらマシかなー……)」


 つい本音がぽろりと零れてしまうミーチ。しかしわちゃわちゃとやり取りをしている兄弟の耳には幸い届かなかったらしく、「ん?」「殿下何か言った?」と聞き返される。


「う、ううん! た、助けてくれてありがとう、ふたりとも!」


 この場で言ってもおかしくないセリフを述べて、ミーチはお茶を濁しにかかる。実際人攫いから救ってもらったことに関しては感謝しているので、これは心からの言葉だ。……たとえ人攫いより怖い男たちの腕の中にいるとはいえ、その事実は変わらない。


「いいよ~。ミーチ様おもしれーから、ミーチ様守るのは苦じゃないし」


「城ン中ふらふらしてるより殿下の近くにいる方が楽しいんだよな。殿下気が付くと何かやらかすから、やっぱ俺らが守ってやった方がいいんじゃね?」


 雇い主家族は平等に守れ衛兵だろう。


 そんなことを言いたい気持ちを身の安全のためぐっと堪え、ミーチは幼児がするには疲れ切った笑みを浮かべた。


「ふたりが守ってくれるの『は』心強いね……」


 守ってくれるの、『は』、だが。


 泣きつかれたミーチは、その言葉を最後に微睡みの中に落ちていく。顔を見合わせて笑った兄弟を見られなかったのは、果たして幸運だったのか悲劇だったのか――。


 その答えが出たのはそれから1週間後。


「え」


 謁見の間に、沈痛な面持ちの母に連れられてやってきたミーチは、父が玉座から頭を抱えながら告げた言葉に声を取りこぼした。


「ち、父上、ごめんなさい。もう一度言ってくだちゃいますか? ……サンドリー兄弟を、どうすると?」


 まだ舌っ足らずなミーチは頑張って意識しないと言葉がちゃんと出ないことがある。それを兄弟に見つかるとこれでもかとからかってくるので、特にここの所は気を引き締めていたのだが、そんなことを気にしている場合ではなくなった。


 ミーチが引きつった声で聞き直すと、父はちらりとミーチたちの脇に視線をやってから、また片手を頭に当てて深い息を吐きだす。


「サンドリー兄弟を、今日からお前の専属護衛とする。……その、仲良くやりなさい」


 いつも威厳ある父がなんということだろう。


 絶望に口を開け放ち放心していると、父が先程見ていた場所にいたはずのサンドリー兄弟が、気が付けばミーチを取り囲んでいた。母はミーチの背後で青ざめている。


「ということだから、これからよろしくミーチ様」


「仲良くやろうな、殿下」


 楽しそうな楽しそうな、二人の顔。


 ようやく意識が戻ったミーチの口からは、悲鳴のような声が飛び出した。


「なんでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 末王子を犠牲に、今日もフローリス王国は平和である。






 フローリスに灰の獅子(サンドリー)あり。


 それは開国の頃よりフローリス王国に、そして周辺諸国に語り継がれる言葉。


 健国王に仕えたとある武人は、獅子の装飾好み、敵を灰になるまで追い詰めたという。それを健国王が称え「サンドリー」という姓を与えた。


 サンドリー家は以来フローリス王家に仕え、その武力を持って王国の平和、王家の平和、民の平和を守ってきた。


 そんな忠節の一族に生まれた異端。それこそが、オルキデア・サンドリー、そして、ジャンシアン・サンドリーだ。


 彼らはサンドリー一族でも稀有な才能を持って生まれ、始祖の生まれ変わりではと持て囃される天才たちだった。


 だが、彼らはサンドリーの名を持つ者が当たり前に持って生まれる忠誠心というものを、揃って母の胎内に置いてきてしまった。


 不敬と断じて罪を言いつけることは簡単だろう。


 だが、それを実行するのは非常に難しい。


 物理的な話で言えば、彼らが強すぎて処刑のために捕えようとすれば比較にならないほどの兵を失いかねないこと。


 精神的な話で言えば、国の切り札ともいえる者達を内部のいざこざで切り捨ててしまうことへの躊躇。フローリス王国は平和な国であるが、周辺に火種がゼロな訳ではない。


 結果、サンドリー兄弟は緊急時の戦力ということで王城内の警備として配置されることになった。僻地に送ったら逆に反逆の恐れがあるので、内に置かざるを得なかったのだ。


 それは国のための判断であったが、同時に、王族に「絶対に安全じゃないものが身近にいる恐怖」を与える判断でもあった。


 しかし、鬱屈していたのは王家だけではない。飼い殺し状態にされているサンドリー兄弟もまた同じ気持ちだった。


 もういっそ辞めてやるか、国崩しでもやるか、そんなことを面白半分、退屈まぎれに兄弟は本気で考えていた。


 考えが失せたのは、第16王子、ミーチ・フローリスを初めて見た時だ。


 いつも通りに仕事をさぼっていた兄弟は、適当に話しながら王宮内を練り歩いていた。そんな時、足にぶつかってくる影が一つ。それはぶつかると同時に後ろに吹き飛び盛大に尻餅をつく。


「わっ。おいっ、どこを見て歩いている、ふけいだぞ!」


 床に尻餅をついたままサンドリー兄弟に小さな指先を突き付けてくる少年。


「あ? ……誰だっけこいつ?」


「知らね」


 敬意のけの字もない反応に絶句する少年。背後から追いついた護衛が息を飲むが、即座に主を背後に隠す。そして、主のために冷や汗をかきながら奮起した。


「お、恐れながらサンドリー殿。この方は第6側妃様のお子、第15王子殿下です。どうぞご無礼はお控えください」


 震えそうになる声を必死に抑え、主への忠節を胸に脅威に対する護衛。それは実に素晴らしい勇気で、実に素晴らしい忠節だ。


 ――相手が今機嫌の悪いオルキデア・サンドリーでなければ。


「――ちっ。たかだが二桁王子とその護衛如きが俺に指図してんじゃねえよ」


 抜き身の殺意をぶつけられ、護衛はぞっと青ざめ全身を粟立たせる。カタカタと震え、それでも主の前からどかなかった彼は真の忠臣だろう。


 しかし、幼き王子はそのことに気付かない。


「たかがだと!? ぶれい者め! わたしは王子だ。偉いのだぞ! お前たちこそたかが衛兵のくせに! お前もお前だ! わたしがけなされているのだからもっと真剣に怒れ!」


 癇癪持ちの王子は庇われている自覚もないまま喚き散らす。護衛が慌てて「殿下、お待ちください!」と宥めるが止まらない。そうする内にどんどんオルキデアの怒りは溜まっていく。


(あー、こりゃもう止められないわ。第15王子さようならだな)


 流石に王子殺しは王も捕まえに来るだろう。一旦逃げるかこのまま国を取るか。兄を止めることなくジャンシアンは自分たちの未来に思いを馳せた。


 弟の予想通りキレたオルキデアはまず遠慮なく護衛を蹴り飛ばす。呆気なく吹き飛んだ護衛に、第15王子は「え」と間抜けな声を零してそちらに視線を向けて固まった。


 それから、ようやく自分が獅子の前にいることを自覚し、震えながらゆっくりと上を向く。そして、無感情な紫の双眸と目が合った。王子でも子供でも関係ない。相手がそう感じていることを肌で理解し、第15王子はその場にへたり込む。


 そんな少年に何の感慨も抱かず、オルキデアは蹴りつけるために足を浮かせた。


 その時だ。


「やめろー!! 兄上に手をだすな!」


 脇から凄まじい勢いで、さらに小さな金色の少年が突撃してくる。勢いこそ凄まじかったが、その小さな体躯でぶつかったところでオルキデアには何の支障もない。


「ちっ。増えんじゃねぇよ。離せチビ」


 不愉快を隠さず舌打ちして、オルキデアは足を振った。しかし、新たな少年は目をぎゅっと瞑って必死にオルキデアの足にしがみつき続ける。


「はなさない! 兄上はおれが守る! ぜったい手出しさせないんだかりゃな!」


 子供の甲高い声で叫ばれ、オルキデアの眉根の皺はもっと深くなった。一方で、ジャンシアンは面白いものを見る目を金髪の少年に向けている。


(兄貴にあんだけ殺意飛ばされて離れねぇとか心臓ヤベー。怖いもの知らずかただの馬鹿かどっちだ?)


 「あ―――鬱陶しい。てめぇに何が出来るんだよチビガキ? 体躯の差見ろ。力の差分かんねぇ? お前らのお得意の王家の威光とかいうの俺にはこれっぽっちも意味ねぇから」


 苛立ちながらオルキデアは少年の首根っこを掴み、無理やり引き剥がして持ち上げて睨み上げた。「ミーチ!」と第15王子が咄嗟に腕を伸ばして叫ぶが間に合わない。


 真正面から『恐怖』を浴びせられ、少年は涙をボロボロと流し、荒い息を繰り返す。何だ終わりか、と、ジャンシアンは余興の終わりを残念がった。


 だが


「っ、そんなのかんけーない! おまえがどんなにおっきくても、おまえがどんなに強くても、おまえがどんなに怖くても!」


 ぼろ泣きしながら、何度も鼻をすすりながら、それでも少年は、青く輝く強い双眸で、必死にオルキデアを睨みつける。


「おれはっ、家族を守るために、逃げたりしないっっ!」


 辺りに響き渡るほどの、全身を使った大音声。ジャンシアンは「面白れぇ」と浮かぶ笑みを我慢出来ない。


 そしてオルキデアもまた、その気持ちは同じだった。


「……ふーん? 王家のガキのくせに、根性入ってんじゃん」


 声音が、明らかに柔らかくなる。それに気付き、少年――第16王子ミーチは「へ?」と涙と鼻水を垂らしながら力の抜けた声を漏らした。


 そんな彼に、オルキデアは思い切り噴き出す。


「あはははは、だっせー、間抜けづらー」


 首根っこを掴んでいた手に横に半回転するように放り投げられたと思ったら、今度は両手で捕まえられた。自分がされたことに、突然の変わり身に、背後に狂人が来たことに、ミーチは分かりやすいほどの疑問符を一面に飛ばす。


「ジャンシー、こいつ顔きったねーから制服で拭いてー」


「ぎゃっ! きったねぇやめろアホ兄貴! おいそこの護衛! とっとと起きろ! こいつの顔拭け!」


 それが、いずれ『フローリスの猛獣使い』と呼ばれる第16王子ミーチと『狂った双獅子』サンドリー兄弟の出会い。




Pixivでとある二次創作のイラストを見ていたらぱーっと頭に浮かんだので勢いに任せて書き始めてしまいました。元ネタが何の作品か分かってしまった人は私と握手。


※もし分かってしまった方いてもこちらで元ネタ作品名を挙げるのはお控えください


20時頃書き始めてしまい、気が付けば23時。夕ご飯食べるの後回しにしてPixiv見てたら完全に食べる時間を失った阿呆はこちらです(˘ω˘)


長編にする気力はないので、また何か思いついたら短編で追加するかもしれません。


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