好きと好きには違いがある ーifー
好きと好きには違いがある!! か主な物語であり、これはif世界線での視点で書かれた小説です。
好きと好きには違いがある!!と、蒼視点編を見てから最後に読むのをおすすめします!
あの夜、「別れよっか」と言われたとき、本当は頷くつもりだった。それが一番正しいって分かっていたし、このまま続ければどこかで壊れることも分かっていた。それでも、喉の奥で止まっていた言葉は消えなくて、気づけば小さく漏れていた。「……やだ」。自分でも驚くくらい弱い声だったのに、その一言ははっきりと夜の中に残った。
蒼は一瞬だけ目を見開いて、それから困ったように笑った。「それ、ずるいな」と言いながら視線を逸らす。でも、その場から離れようとはしなかった。その沈黙が、否定じゃないことくらい分かってしまう。「このまま続けたら、絶対どっかで無理になるぞ」と静かに言われても、もう引くことはできなかった。「それでもいい」と思ってしまったから。「今だけでいいから」と続けたとき、蒼の表情がほんの少し崩れた。きっと分かっていたはずだ。今だけで終われる関係じゃないことも、ここで止めなきゃいけないことも。それでも、しばらく黙ったあとに「……ほんとに、後悔すんなよ」と言った。その一言で、終わるはずだった関係は、静かに続いてしまった。
それからの時間は、確かに幸せだった。会える回数は多くないし、連絡も頻繁じゃない。それでも、会えたときの時間はちゃんと特別で、触れた手の温度も、隣にいる距離も、全部が現実だった。「もも」と名前を呼ばれるたびに、少しだけ声が柔らかくなる瞬間があって、そのたびに胸の奥がじんわりとあたたかくなる。隣にいられることが、こんなにも嬉しいことなんだと初めて知った。
でも、その時間は永遠じゃない。別れ際、ほんの少しだけ手を離すのが遅くなる瞬間とか、何も言わないまま視線だけが残る時間とか、そういう小さな違和感が、少しずつ増えていった。帰り道、ひとりで歩きながら、さっきまで隣にいたはずの温度が消えていくのを感じるたびに、胸の奥にぽっかり穴があく。それでもまた会いたいと思ってしまう自分がいて、その繰り返しから抜け出せなかった。
ライブの日、私はいつも通り客席にいる。ペンライトを握って、周りと同じように応援して、同じように名前を呼ぶ。その中で、ステージの上の蒼を見る。隣にいるときとは全く違う、遠い存在としての蒼。その姿を見て、誇らしいと思う気持ちと、どうしようもなく苦しくなる気持ちが同時に存在する。ステージの上で他のメンバーと笑い合う姿も、ファンに向けて手を振る姿も、全部がちゃんと“アイドル”で、それが正しい姿だと分かっているのに、心のどこかで小さく引っかかる。
(今、この人の隣にいるのは私なのに)
そんな考えが浮かんだ瞬間、自分で自分が嫌になる。思っちゃいけないことだって分かってるのに、止められない。距離を知っているからこそ、余計に苦しくなる。
ある日、その気持ちが抑えきれなくなって、蒼に伝えてしまった。「ライブ見てると、なんか……変な気持ちになる」と言うと、蒼は少しだけ黙り込んだあと、「ごめん」と小さく言った。その一言がやけに重くて、胸に残る。「仕事だから」と続けられて、分かってるはずなのに、何も返せなくなる。責めたいわけじゃない。ただ少しだけ苦しいだけなのに、その“少し”をどう扱えばいいのか分からなかった。
それでも関係は続いていく。やめる理由は山ほどあるのに、やめる決断だけができない。好きだから。それだけで、ここに留まってしまう。
ある夜、いつものように会って、帰り際に蒼がぽつりと聞いた。「このままでいいの?」その言葉に、すぐ答えることができなかった。いいわけがない。でも、やめたいとも思えない。「……よくはないよ」と正直に言うと、蒼は小さく笑って「だよな」と返した。その笑い方が、少しだけ寂しそうに見えた。
少しの沈黙が流れる。その空気は、前よりも明らかに重くなっていた。何も言わなくても分かる。この関係が、少しずつ形を保てなくなってきていることに。
「俺さ」と蒼がゆっくり口を開く。「もものこと、ちゃんと好きだと思う」。その言葉に、息が止まる。嬉しいはずなのに、同時に怖さも広がる。「でも、それだけじゃダメなんだよな」と続けられて、その意味を理解してしまう。好きだけじゃ、どうにもならない関係だってことを、改めて突きつけられる。
「ももは、俺に何求めてる?」と聞かれて、言葉が詰まる。前ならすぐに出てきたはずの答えが、今は言えない。「独り占めしたい」と言えば、終わることが分かっているから。だから、「……分かんない」としか言えなかった。その曖昧な答えに、蒼は少しだけ安心したように笑って「そっか」と返す。
たぶん、このとき、もう決まっていた。この関係は、長く続かない。幸せだった時間は全部本物だった。でも、その上に成り立っているものは、ずっと不安定で、少しずつ歪んでいっていた。
☆好きと好きには違いがある。
それを分かっていながら続けたこの関係は、優しくて、あたたかくて、でもどこか壊れやすかった。どちらかが手を離すまでもなく、たぶんこのまま少しずつ、形を失っていく。
それでも、あのとき手を離さなかった選択を、後悔できるほど、簡単な時間じゃなかった。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました。
この物語は、「好き」という同じ言葉でも、人によって意味が違うということをテーマに書きました。相手を想う気持ちは同じはずなのに、その“好き”の形が違うだけで、こんなにもすれ違ってしまうことがあるんだと思います。
桃の「好き」は、一人の人として隣にいたいという気持ちで、蒼の「好き」は、相手を大切に思うからこそ距離を守ろうとする気持ちでした。どちらも間違っていなくて、どちらも本物だからこそ、うまく重ならなかったのだと思います。
正しい選択をしても苦しくて、間違っていると分かっていても手を離せない。そんな曖昧で、でも確かに存在する感情を、この物語で少しでも感じてもらえていたら嬉しいです。
読んでくれた人それぞれに、自分なりの“好き”の形があると思います。この物語が、その気持ちを考えるきっかけになったなら、これ以上嬉しいことはありません。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
五十嵐 桜詠




