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好きと好きには違いがある!!  作者: 五十嵐 桜詠
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だって、あの人は「みんなのもの」だから。 ⸻ 私は、そんな人に恋をした。

この世界には、“絶対に届かない好き”がある。どれだけ想っても、どれだけ願っても、その距離は最初から決まっている。だって、あの人は「みんなのもの」だから。私は、そんな人に恋をした。


今、一番勢いのある6人組アイドルグループ、Prism(プリズム)

光を受けて色とりどりに輝くように、それぞれが違う色を持ちながらひとつになるグループで、画面越しに何度も見てきた存在だった。


センターで誰よりも明るく笑う柊朱音(ひいらぎあかね)は、まるで太陽みたいに周りを照らして、彼が笑えば会場の空気は一瞬で変わる。

元気いっぱいで場を盛り上げる橘柚希(たちばなゆずき)は、無邪気で少し子どもっぽいけれど、誰よりも努力家なことをファンは知っている。

藤宮紫苑(ふじみやしおん)はどこかミステリアスで大人びた雰囲気を持っていて、多くを語らない分、その一言一言に惹きつけられる。

若葉樹(わかばいつき)は優しくて空気を読むのが上手な癒し担当で、その声は春みたいにあたたかく、聞くだけで心がほどけていく。

桃城咲良(ももしろさき)は可愛らしくて誰からも愛される存在で、笑うとふわっと花が咲いたみたいに場の空気を柔らかくする。

そして、私が恋をしてしまった人、水瀬蒼(みなせあおい)は、クールで多くを語らないのに、時折見せる優しさがどうしようもなく心に残る人だった。青くて静かで、でも確かに熱を持った光みたいな人。その人はきっと、私なんかを好きになることはない。分かっていたはずなのに。



────────────



あの日のことは、きっと一生忘れない。初めてPrismのライブに行った日。会場に入った瞬間、空気が違った。人の熱気と期待と、これから始まる何かに対する高揚感で、息が少し苦しくなる。暗いステージの前で揺れるペンライトの光は、まるで星空みたいで、ずっと画面越しに見ていた景色が、今は目の前に広がっていた。それだけで胸がいっぱいになる。やがて会場のライトが落ちて、ざわめきが歓声に変わる。

音楽が鳴った瞬間、ステージに光が差して、6人がそこに現れた。


画面で見ていたはずなのに、全然違う。もっと眩しくて、もっと綺麗で、息をするのも忘れるくらいだった。目で追ってしまうのは、やっぱり最初から決まっていたみたいに、水瀬蒼だった。静かに立っているだけなのに、どうしてこんなに目が離せないんだろう。派手に笑うわけでもなく、大きくアピールするわけでもないのに、確かにそこにいると分かる存在感があった。そのとき、一瞬だけ、こっちを見た気がした。気のせいだと思った。こんな広い会場で、たった一人の私なんて見えるわけがない。それでも心臓の音がうるさくて、歌が始まって、その声が響いたとき、思っていたよりもずっと優しくて、でもどこか切なくて、胸の奥にすっと入り込んできた。


気づけば、私はこの人のことを、こんなにも好きなんだと、認めてしまっていた。


ライブが終わったあとも、その余韻は消えなかった。

現実に戻りきれないまま人の流れに乗って歩きながら、それでも今日はそれだけじゃ終わらないと分かっていた。特典会の列に並びながら、緊張で手が震える。画面越しだった人と直接話せるなんて、現実感がなさすぎて、何度も頭の中で言葉を繰り返した。

それでも順番が近づくにつれて全部飛んでいって、気づけば目の前に水瀬蒼がいた。思っていたよりも近くて、思っていたよりも綺麗で、言葉が出てこない。緊張してるのかと小さく笑われて、それだけで胸がいっぱいになる。うまく話せないまま、それでも必死に好きだと、応援していたと伝えると、蒼はちゃんとこっちを見てくれて、「ありがと」と言った。そのあと、名前を聞かれて、神代ですと答えてから、ももですと続けたとき、蒼は少しだけ目を細めて「もも」と繰り返した。


その響きがやけに残って、「いい名前だね」と優しく言われて、頭が真っ白になる。「覚えた、神代もも」と言われた瞬間、ただのファンだったはずの関係が、ほんの少しだけ変わってしまった気がした。



────────────



家に帰っても眠れなくて、何度もその瞬間を思い出すうちに、気づけば机に向かっていた。直接はうまく言えなかった言葉を、どうしても伝えたくて、手紙を書き始める。ライブで感じたこと、声のこと、どうして好きになったのか、全部そのまま書き出していく。蒼の声が優しくて、少しだけ寂しそうに聞こえること、その声に何度も助けられたこと、これからも応援していること。最後まで書き終えたとき、それが上手いかどうかは分からなかったけれど、嘘はひとつもないと思えた。


その手紙を、次のライブで渡した。読まれるかなんて分からなかったし、たくさんの中のひとつに埋もれてしまうかもしれない。それでも、伝えられただけでいいと思っていた。でも次に会ったとき、その考えは簡単に崩れた。「もも」と名前を呼ばれて顔を上げると、蒼は少しだけ柔らかい表情をしていた。「手紙、読んだ」と言われた瞬間、頭が真っ白になる。「助けられた」と続けたその一言で、ただの“好き”だったはずの気持ちが、少しだけ違うものに変わってしまった。


それから、少しずつ距離は変わっていった。やり取りが始まり、やがて会うようになり、気づけば私たちはただのファンと推しではいられなくなっていた。はっきりと言葉にしなくても、お互いに分かっていた。この関係が、正しくないことも、壊れやすいことも。


それでも、やめられなかった。

蒼と過ごす時間は、確かに幸せだったから。


でも、その幸せと同じくらい、苦しさも増えていった。ライブで、他のファンに向けて笑う蒼を見て、胸が締めつけられる。桃城咲良と楽しそうに話す姿を見て、何も言えないのに、勝手に苦しくなる。蒼はみんなのものだと分かっているのに、独り占めしたいと思ってしまう自分がいた。


その気持ちは、やがて言葉になった。


「……独り占めしたい」


そう言った私に、蒼は静かに答えた。


「俺は、それできない」


その言葉は正しくて、何も言い返せなかった。

同じ“好き”のはずなのに、意味が違っていた。


私は、一人の人として好きで。蒼は、みんなを大切にする存在で。

だから、続けられなかった。


「……別れよっか」


そう言ったとき、不思議と後悔はなかった。ただ、どうしようもなく苦しかっただけで。


それから、連絡を取ることはなくなった。

それでも私は、またライブ会場にいる。ペンライトを握って、ステージを見上げる。そこには変わらず6人がいて、その中で輝いている人がいる。


水瀬蒼。


もう、名前を呼ばれることはない。

それでも、その姿はやっぱり好きだった。


曲が終わり、歓声が響く中で、ふと一瞬だけ視線が合った気がした。気のせいかもしれない。それでも、ほんの少しだけ、優しく笑ったように見えた。


☆好きと好きには、違いがある。


でも、それでもこの気持ちは、ちゃんと“好き”だった。


あの日から、どれくらい経ったんだろう。


ちゃんと数えようとしたことはない。ただ、季節が少しだけ変わって、空気が少しだけ違って感じるくらいの時間は過ぎた。


それでも、思い出さない日はなかった。


朝、ふとした瞬間に。帰り道の電車の中で。音楽を聴いたとき。何気ない日常の中に、当たり前みたいに入り込んでくる。


あの声も、あの表情も、あの距離も。


全部、ちゃんと覚えている。


忘れようとしたこともあった。でも、忘れられるようなものじゃなかった。


それくらい、ちゃんと好きだったから。



────────────────



ライブには、あれからも何度か行った。


最初は正直、行くか迷った。顔を見たら、きっと苦しくなるって分かっていたから。それでも、行かないという選択肢はなかった。

だって、好きだから。

ただ、それだけだった。



ステージの上の蒼は、あの頃と何も変わらなかった。

相変わらずクールで、でも時々見せる優しさがあって、その姿に歓声が上がる。

その中に、私もいる。

同じようにペンライトを振って、同じように名前を呼んで。

ただのファンとして。

それでいいはずだった。

それが一番正しい形だって、分かっているから。


でも。

ある日のライブの帰り道。


人混みの中を歩きながら、ふとスマホを見たときだった。

見慣れない通知。

一瞬、心臓が止まったみたいに感じる。


開くかどうか、迷う。

でも、そのまま無視できるほど、強くはなかった。

画面を開く。

そこにあったのは、たった一言。


『元気?』


それだけ。

それだけなのに。

息が、止まる。


もう、終わったはずなのに。

もう、戻らないって決めたはずなのに。

どうして、こんなタイミングで。


画面を見つめたまま、動けなくなる。

返信するべきじゃない。

分かってる。

ここで返したら、また同じことになるって。

また、戻れなくなるって。


それでも。

指が、勝手に動いていた。


『元気だよ』


送信した瞬間、胸が強く締めつけられる。

何やってるんだろうって思うのに、止められなかった。

少しして、返信が来る。


『そっか、よかった』


それだけ。

それ以上は、続かなかった。

でも。

その“よかった”だけで。


全部、思い出してしまった。

あの時間も、あの距離も、全部。

スマホを閉じて、空を見上げる。

夜の空は、あの日と同じように静かだった。


もう戻らない。

戻れない。

それでも。


完全に終わったわけじゃない。

そんな中途半端な関係が、どうしようもなく苦しかった。


でも。

それでもいいって、少しだけ思ってしまった。


完全に消えるよりは。

完全に他人になるよりは。

少しだけでも、繋がっていられるなら。

それでいいって。

そう思ってしまう自分が、まだいた。


☆好きと好きには、違いがある。


でも。

終わったあとも残る“好き”も、きっと同じくらい本物だった。



────────────────



それからも、連絡が来ることはあった。毎日じゃないし、特別な内容でもない。ただ「元気?」とか「今日ライブだった」とか、それだけの短い言葉。それでも、その一言が来るたびに、心が揺れるのを止められなかった。返すか迷って、でも結局返してしまって、続かない会話に少しだけ安心して、少しだけ寂しくなる。そんな中途半端なやり取りが、ずっと続いていた。


距離は、確実に遠いままなのに、完全に切れることもなくて、どうしていいのか分からないまま時間だけが過ぎていく。ライブでは、相変わらずステージの上の蒼を見ている。あの人は変わらない。ちゃんとアイドルで、ちゃんと“みんなのもの”で、その中に私もいる。それでいいはずなのに、どこかで“少しだけ違う”と思ってしまう自分がいた。


ある日、いつものように短いやり取りが終わったあと、ふと画面を見つめながら思った。このまま続けてたら、きっと私はずっと前に進めない。この関係は優しいけど、どこにも行けない。終わったはずなのに終わってなくて、でも始まることもない、そんな曖昧な場所にずっといる気がした。


だから、その日、私は初めて自分からメッセージを送った。


『もう、連絡するのやめよっか』


送った瞬間、指先が冷たくなる。これで本当に終わるんだって、やっと実感する。でも、不思議と涙は出なかった。ただ、胸の奥がじんわり痛いだけだった。


少しして、既読がつく。でも、すぐには返事が来なかった。その時間がやけに長く感じて、何度も画面を見てしまう自分が嫌になる。やっと届いた返信は、思っていたよりもずっと短かった。


『そっか』


それだけだった。

引き止めることも、理由を聞くこともなくて、ただ受け入れるみたいなその一言が、逆に胸に刺さる。


続けて、もう一通。


『ありがと』


その言葉を見た瞬間、視界が滲んだ。

やっと、ちゃんと終わったんだと思った。

それから、本当に連絡は来なくなった。


スマホを開いても、あの名前が表示されることはない。通知が来るたびに少しだけ期待してしまう自分も、だんだんいなくなっていった。

時間は、ちゃんと進む。

少しずつ、ちゃんと。


それでも、私はライブに行く。

理由なんて、もう考えなくても分かっている。


好きだから。

それだけは、変わらなかった。


ステージの上で輝く蒼は、やっぱり遠い。でも、その距離が今は少しだけ心地よかった。届かないって分かっているからこそ、安心できる部分もあることに気づいた。


曲が終わって、会場に拍手が広がる。その中で、ふと目が合った気がした。ほんの一瞬だけ。でも、前みたいに心臓が跳ねることはなかった。ただ、静かに受け止めることができた。

蒼は、ほんの少しだけ笑ったように見えた。

それが、特別なのか、ただの偶然なのかは分からない。

でも、もうどっちでもよかった。


私は、ペンライトを握りながら、ただステージを見上げる。

あの人は、これからもずっと輝き続ける。

私は、その光を見ている一人でいい。


☆好きと好きには違いがある。


でも、その違いを知ったからこそ、この距離で好きでいられる。

それがきっと、今の私たちにとって、一番正しい形だった。



────────────────



それからさらに時間が過ぎて、季節はまた少し変わった。あの頃みたいに毎日思い出して苦しくなることは減って、ふとした瞬間に浮かんでは、静かに消えていくくらいの距離になっていた。完全に忘れたわけじゃない。でも、無理に忘れようとしなくてもよくなった。それだけで、少しだけ楽になった気がした。


学校帰り、何気なくイヤホンをつけて流した曲が、たまたまPrismの新曲だった。前ならイントロの時点で胸が締めつけられていたのに、その日は違った。ただ、ああ新曲なんだって、少しだけ懐かしいみたいに感じている自分がいた。変わったんだなって、そこでやっと気づく。


でも、好きじゃなくなったわけじゃない。

その証拠に、気づけばまたライブのチケットを取っていた。


理由なんて、考えるまでもなかった。


会場は、あの日と同じくらいの熱気で溢れていた。ペンライトの光も、歓声も、全部変わらない。変わったのは、たぶん私の方だった。


ステージに6人が現れる。相変わらず眩しくて、思わず目を細める。その中で、やっぱり目で追ってしまうのは、水瀬蒼だった。


でも、その見方は少しだけ変わっていた。

前みたいに「自分だけを見てほしい」とは思わなかった。ただ、あの人がちゃんとそこにいて、ちゃんと輝いていることが嬉しいと思えた。


それだけで、十分だった。

曲が進んで、最後のMCに入る。


いつも通りのやり取りの中で、蒼がふと少しだけ言葉を詰まらせた。

ほんの一瞬のことだったけど、分かってしまう。

ああ、今ちょっと無理してるなって。


前の私なら、きっとそれだけで苦しくなっていた。でも今は違った。

大丈夫だよって、心の中で思うだけだった。

届かなくてもいい。

それでも、思えることが少しだけ嬉しかった。


ライブが終わって、拍手と歓声の中、6人が手を振りながらステージを去っていく。

そのとき。

本当に一瞬だけ。

蒼の視線が、客席をなぞるように動いて。

その中で、ほんの少しだけ、止まった気がした。


気のせいかもしれない。

ただの偶然かもしれない。


それでも。

その一瞬で、十分だった。


私は、小さく息を吐いて、ペンライトの光を見つめる。

もう、名前を呼ばれることはないし、あの距離に戻ることもない。

でも、それでいいと思えた。


☆好きと好きには、違いがある。


あのときは、それがどうしようもなく苦しくて、受け入れられなかった。

でも今は、少しだけ分かる。


違うからこそ、守られるものもあって。

違うからこそ、続いていくものもある。


私の“好き”は、もうあのときみたいな形じゃない。

独り占めしたいと思う気持ちも、隣にいたいと思う気持ちも、全部ちゃんとそこにあったまま、少しだけ形を変えただけ。


ステージの上で輝くあの人を見て、ただ「好きだな」って思う。

それだけで、ちゃんと満たされる。

それでいい。

それがいい。


この恋は、終わったのかもしれない。

でも、この気持ちは、終わらない。


☆好きと好きには違いがある。






2つの好きに別の名前を付けるとしたら、私はなんて言うのだろうか。


でも、それでも、どっちもちゃんと“本物”だったはずだ。

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