第21話~第25話
第21話
赤い封蝋の手紙
地下の記録層を見てから三日後、城の空気は明らかに張り詰めていた。
表向きには何も変わっていない。
騎士はいつも通り巡回し、侍女たちは静かに働いている。
でも、廊下の角で交わされる視線や、言葉を飲み込むような沈黙が増えた。
地下で何かが見つかったことを、皆どこかで察しているのだ。
その日の午後、私は礼拝堂の記録を見直すため、北棟の小さな資料室にいた。
机の上には、クラウスがまとめてくれた複写資料が並んでいる。
礼拝堂の壁画。地下の柱の周辺模様。王都形成期の断片記録。
だが、読めるところは少ない。
「……やっぱり似てる」
礼拝堂に描かれていた大樹の意匠と、地下の記録層の模様は酷似していた。
ただ、礼拝堂の方が柔らかく、祈りの象徴のように見える。
一方で地下の柱は、もっと露骨に“機構”だ。
その時、扉が控えめに叩かれた。
「入れますかな」
「クラウスさん?」
入ってきた彼は、いつも通り穏やかな笑みを浮かべていた。
けれど今日は、その手に赤い封蝋のついた手紙を持っている。
「殿下へ、北境侯からの書簡です。ですが、その前にあなたにも伝えておくべきかと」
「私に?」
「ええ」
彼は机の向こうへ来て、声を少し低くした。
「最近、宮廷内であなたを“危険な異物”として排除すべきだという意見が強まっています」
予想していた言葉のはずなのに、胸の奥が少し冷えた。
「……レティシア様たちですか」
「レティシア様は反対派ですが、排除を最優先としているわけではありません」
「じゃあ、誰が」
クラウスは一瞬だけ口を閉じる。
「王家の傍流。特に北境侯の側近たちです。彼らは王都の異常をあなた個人の不吉さと結びつけ始めています」
「そんな……」
「理屈ではありません。恐怖は理屈より早く広がります」
私は手元の紙へ視線を落とした。
分かっていたことだ。
私の存在は、歓迎より警戒を先に生む。
でも、“異常の原因そのもの”として見られるのは、想像以上に息苦しい。
クラウスは静かに続ける。
「問題は、北境侯が“保護”を申し出ていることです」
「保護……?」
「ええ。あなたを北の離宮で管理し、王都から離すべきだと」
私は顔を上げる。
それは追放と何が違うのだろう。
「殿下は承知しないでしょう」
「……ですよね」
私はそう答えながらも、不安が消えなかった。
アレクシスは拒否する。
でも、だからこそ政治的圧力は強くなる。
私がいることで、彼の立場がさらに危うくなるのではないか。
クラウスは私の顔色を見て、やわらかく言った。
「不安にさせるために話したわけではありません」
「でも、知っておくべきなんですよね」
「はい」
私は小さく頷いた。
知っておかなければならない。
アレクシスのそばにいるなら、守られているだけでは駄目なのだ。
その時、廊下の向こうで靴音が響いた。
荒くはない。
でも、明らかに急いでいる足音だ。
次の瞬間、扉が開いた。
入ってきたのはアレクシスだった。
いつもより表情が硬い。
「クラウス」
「申し訳ありません。先に話しました」
短い応答。
アレクシスの視線が私に向く。
「手紙のことか」
「……はい」
私は立ち上がった。
「北へ移せっていう話」
「却下した」
即答だった。
でも、今日はそれだけでは終わらない気がした。
「でも、それで済まないんですよね」
アレクシスは少しだけ目を細める。
私は続けた。
「私のせいで、またアレクシスが揉めるなら」
「お前のせいではない」
「そう言われても、そうです」
「違う」
強い声。
資料室の空気が張る。
「お前を使って王位や発言権を揺らそうとする連中の問題だ」
「でも、原因になってるのは私です」
言い返した瞬間、アレクシスの顔色がわずかに変わった。
怒った、というより、傷ついたように見えた。
「ナカジマ」
低い声だった。
「お前は、自分を“物”として数えすぎる」
その言葉に、私は息を呑む。
「原因、材料、危険因子。そういう言葉で自分を置き換えるな」
胸の奥が熱くなった。
言い返したいのに、できない。
その通りだからだ。
私は唇を噛んだまま、視線を逸らす。
アレクシスは一歩だけ近づき、静かに言った。
「俺は、お前を渡さない」
その言葉は、いつもよりずっと重かった。
政治でも立場でもなく。
もっと個人的な、譲れないものとして。
私は何も返せなかった。
第22話
神社の夢、白い鳥居
その夜、私は久しぶりにはっきりと“元の世界”の夢を見た。
白い鳥居。
石段。
朝の冷たい空気。
神社の境内には誰もいない。
でも、誰かの気配だけはある。
私は夢の中で、社殿の前に立っていた。
鈴の音が鳴る。
風に揺れる白紙の垂れが、かすかに音を立てる。
懐かしい。
胸が苦しいほど懐かしい。
「……ここ」
足が勝手に進む。
社殿の奥へ。
普段は入れないはずの場所へ。
すると、床に淡い光の筋が走っていた。
地下の記録層と同じだ。
私は夢の中で息を止める。
どうして神社に、あの光があるのだろう。
光は社殿の最奥へ伸び、古い木箱の前で止まっていた。
箱の蓋には、見覚えのない紋様。
けれど、どこかで見た気もする。
大樹。根。枝。層。
「……同じ」
私は木箱に手を伸ばした。
その瞬間。
誰かの声がした。
はっきりとは聞こえない。
でも、呼ばれている。
おいで、と。
もしくは、思い出して、と。
「誰……?」
問いかけた瞬間、夢の中の鳥居の向こうが真っ白に光った。
私はそこで目を覚ました。
「……っ」
呼吸が速い。
額に汗が滲んでいる。
でも、悪夢とは違った。
怖さよりも、何かを掴み損ねた焦りの方が強い。
枕元の鈴に手を伸ばそうとして、止まる。
まだ夜明け前だ。
起こすほどのことではない。
そう思ったのに、壁の向こうから声がした。
「起きているな」
私は思わず固まる。
「……どうして分かるんですか」
「分かる」
前と同じ答え。
でも今は、それが少しだけ救いになる。
「入ってもいいですか」
私がそう言うと、少しの間があった。
「来い」
私は羽織を引っ掛けて、隣の執務室へ向かった。
アレクシスはまだ寝台ではなく、長椅子に腰掛けていた。
灯りは控えめで、部屋の空気は静かだ。
「何があった」
「夢を見ました」
「悪夢か」
「いえ……たぶん違います」
私は彼の向かいに座る。
自分でも上手く説明できるか分からない。
でも、今は話したかった。
「神社の夢です」
「お前がいた場所か」
「はい」
「どんな」
私は白い鳥居のこと、社殿の奥、光の筋、木箱の紋様のことをできる限り話した。
アレクシスは途中で一度も口を挟まなかった。
ただ静かに聞いている。
「……地下の記録層と同じだと思いました」
最後にそう言うと、アレクシスがゆっくり息を吐いた。
「つまり、お前の元の世界にも似た構造がある可能性がある」
「そう、かもしれません」
「確信は?」
「ありません。でも、あれは夢っていうより……思い出し方が変な記憶、みたいでした」
アレクシスは指先で肘掛けを軽く叩いた。
「神社で、お前は何をしていた」
「掃除したり、お供えをしたり、行事を手伝ったり……普通のことです」
「奥には入ったことがあるか」
私は少し考える。
「……ありません。たぶん」
「たぶん?」
「小さい頃の記憶が曖昧なところがあって」
口にした瞬間、自分でも驚いた。
私はずっと“神社育ち”だと思ってきた。
それは事実だ。間違ってはいない。
でも、そこに来る前のことや、ごく幼い頃の細部は、妙に霞がかかっている。
アレクシスは私を見つめる。
「思い出せないのか」
「はい……でも、今までは気にしてませんでした」
「今は違う」
「違います」
礼拝堂も、地下の柱も、神社の夢も、全部が繋がり始めている。
私は膝の上で指を握る。
「私、本当に何なんでしょう」
弱い声だった。
でも、アレクシスはすぐに答えなかった。
代わりに、彼は長椅子の隣を軽く叩く。
「こっちへ来い」
「え」
「遠い」
私は戸惑いながらも、少しだけ彼の方へ移動する。
するとアレクシスは、前より近い距離で静かに言った。
「何者であっても、お前はお前だ」
その言葉は当たり前みたいで、でも今の私にはとても大きかった。
「分からない部分が増えても、それでお前が消えるわけじゃない」
私は視線を落とす。
目の奥がじんと熱くなる。
「……ずるいです」
「またそれか」
「だって、今いちばん欲しい言葉を言うから」
アレクシスは少しだけ黙り、それから低く返した。
「それは、お前を見ているからだ」
その一言に、胸が苦しくなる。
私はもう何も言えなくて、ただその静かな温度の中にいた。
第23話
北境侯の使者
翌日、城には北境侯からの正式な使者がやって来た。
王都の広間は、久しぶりに表向きの儀礼で満たされた。
だが、その奥にあるのは明らかに“交渉”ではなく“圧力”だ。
私は本来なら出席する必要のない場だった。
けれど、アレクシスは私を自分の後ろに立たせた。
「……いていいんですか」
「いるから意味がある」
そう言われて、私は小さく息を呑む。
使者は中年の男で、柔らかな言葉遣いの中にぞっとするほどの計算を隠していた。
「北境侯は、王都の現状を深く憂いておられます」
丁寧な声音。
「特に、近頃の異常の加速について」
広間の空気が静まる。
「ゆえに、殿下のお手元にある特異な娘を、北にて丁重に保護し、原因究明を進めることをご提案申し上げます」
丁重。保護。提案。
どれも柔らかい言葉だ。
でも中身は、奪う、隔離する、引き剥がす、だ。
私は息を詰める。
アレクシスは王座の下の席に腰掛けたまま、静かに答えた。
「不要だ」
短い。
切って捨てるような一言。
使者は微笑みを崩さない。
「殿下。これは北境侯の善意です。王都にいる限り、その娘がさらなる混乱の核になる可能性は否定できません」
「核ではない」
「では何だと」
その問いに、アレクシスは一瞬の迷いもなく答えた。
「王都を繋ぎ止める者だ」
広間がざわめいた。
私も息を止める。
アレクシスは公の場で、ここまで明確に私の側に立ったことがなかった。
使者の目が、初めてわずかに細くなる。
「そこまで仰るのであれば、なおさら管理が必要でしょう」
「管理している」
アレクシスが言う。
「俺が」
重い沈黙。
その時、広間の端でレティシアが小さく目を伏せたのが見えた。
彼女はたぶん、この場の意味を誰より理解している。
使者はそれでも微笑を崩さずに続ける。
「王都全体の安定のためにも、一時的な移送を――」
「二度は言わせるな」
アレクシスの声が落ちた。
低く、冷たい。
でも、怒鳴ってはいない。
それなのに広間の空気が凍る。
「ナカジマは渡さない」
はっきりと、全員に聞こえるように。
私は後ろで手を握りしめる。
こんなふうに言われてしまったら、もう逃げ場がない。
でも同時に、こんなにも守られてしまったら、どうしたらいいのか分からなくなる。
使者は一礼した。
「……承知しました。では、侯にはそうお伝えしましょう」
その言葉が引き下がりではないことは、誰にでも分かる。
これは次の圧力への布石だ。
会合が終わり、人が引いていく中、私はその場を動けずにいた。
アレクシスが振り返る。
「ナカジマ」
「……はい」
「顔色が悪い」
「悪くもなりますよ」
やっとそれだけ言うと、彼は一瞬だけ目を和らげた。
「行くぞ」
私は頷くしかなかった。
広間を出た後、廊下の曲がり角でレティシアが待っていた。
「ナカジマ様」
「……はい」
彼女は数歩こちらへ歩み寄る。
その視線は相変わらず鋭い。
でも、以前より少しだけ別の色があった。
「殿下は本気です」
「……分かってます」
「分かっていて、なおここにいるのですね」
問われる。
私はほんの一瞬だけ迷って、それから答えた。
「はい」
レティシアは長く息を吐いた。
「なら、もう“巻き込まれているだけ”では済みませんわ」
「……はい」
「どうか、その意味を忘れないでくださいませ」
そう言って彼女は去る。
嫌味ではない。
警告だ。
私はその背を見送りながら、小さく拳を握った。
守られているだけでは足りない。
それを、改めて突きつけられた気がした。
第24話
離れた方がいいと言えなかった
その夜、私は一人で中庭にいた。
再生した木の下。
ここへ来ると、少しだけ頭が静かになる。
昼の広間のことを何度も思い出してしまう。
アレクシスはあの場で、私を“王都を繋ぎ止める者”と言った。
それはきっと、政治的な意味もあったのだろう。
でも、彼が本心でそう思っていることも分かる。
その重さが、苦しい。
私がいなければ、彼はもっと楽なのではないか。
こんなふうに大勢を敵に回さなくてよかったのではないか。
そう考えた時、後ろから足音がした。
「やはりここか」
アレクシスだ。
彼は私の隣まで来て、木を見上げた。
「考え込んでいる顔だな」
「広間のことです」
「そうだろうな」
私は少しだけ笑う。
「分かりやすすぎますか」
「ああ」
また同じ返答。
でも今日は、その分かりやすさを少し恨めしく思う。
「アレクシス」
「何だ」
「私、離れた方がいいって言うべきだったのかなって考えてました」
風が止まる。
アレクシスの気配が、ほんの少しだけ変わった。
「……誰から」
「アレクシスから、です」
私は木の幹に手を置く。
冷たくはない。
ちゃんと生きている。
「私がいなければ、あなたはあんなふうに公の場で言わなくてよかったかもしれない」
「言う」
即答だった。
「お前が何を言おうと、俺は言う」
「でも」
「でもではない」
低い声。
私は振り向く。
アレクシスの目は静かだった。
けれど、その静けさの底に強いものがある。
「お前は、俺に“離した方がいい”と言わせたいのか」
そう問われて、私は言葉を失う。
言わせたいわけがない。
むしろ、言われたくない。
でも、それを認めたら、もう後戻りできない気がした。
「……分かりません」
やっと出たのは、情けない答えだった。
アレクシスが一歩近づく。
「俺は分かっている」
「え」
「離す気はない」
知っていた。
何度も言われてきた。
それなのに、改めて聞くと胸が苦しくなる。
「お前が俺の立場を気にするなら、それは間違っていない」
アレクシスは続ける。
「だが、そのためにお前自身を差し出そうとするな」
「差し出すって、そんな」
「同じだ」
その一言に、私は何も返せない。
「ナカジマ」
名前を呼ばれる。
それだけで、胸の奥が揺れる。
「お前は、俺のそばにいると決めた」
「……はい」
「なら、そこから逃げる理由を探すな」
その言葉は厳しいのに、不思議と痛いだけではなかった。
逃げる理由を探していたのは、たしかに私だ。
彼のため、王都のため、政治のため。
そういうもっともらしい言葉で、自分の本音から逃げようとしていた。
私は唇を噛む。
「……本当は」
「何だ」
「離れた方がいいなんて、言いたくなかったです」
小さな声だった。
でも、夜の中でははっきり響いた。
アレクシスはほんの一瞬だけ目を閉じる。
それから、私の頬にそっと触れた。
「なら、それでいい」
その手は優しい。
でも、逃がさない。
私は目を伏せたまま、やっと認める。
私は離れたくない。
彼のためを理由にしても、結局それを言えないくらいには。
その事実が、甘くて苦しかった。
第25話
記録層に刻まれた名
翌日、地下の記録層に関する複写図版が新たに届いた。
前回は緊急撤退だったため、記録官が取れた情報は限られていた。
だが、その中に一枚だけ、異様なほど鮮明なものがあった。
地下の柱の根元を写した模写図だ。
私はアレクシスとともに執務室でそれを見ていた。
「……これ」
図版の端に、小さな文字列がある。
この世界の文字のはずなのに、なぜか一部だけ読める気がした。
「読めるのか」
アレクシスが問う。
「少しだけ、たぶん」
私は図版に指を近づける。
触れた瞬間、頭の奥で鈴の音が鳴った。
白い鳥居。
社殿の奥。
木箱の紋様。
全部が一瞬で繋がる。
「――奉納」
自然に口から言葉が出た。
アレクシスが眉を動かす。
「何だと」
「ここに……“奉納された名を記す”って、書いてあります」
「名」
私は図版のさらに下を見る。
そこには、いくつかの細い刻印のようなものがあった。
読めるはずがない。
でも、ひとつだけ分かる。
分かってしまう。
「……私の」
指先が震える。
「私の名前に、似てる」
アレクシスがすぐに図版を引き寄せる。
「見せろ」
彼の声は冷静だが、明らかに緊張していた。
私は自分でも信じられないまま、刻印を指す。
この世界の文字に置き換えられている。
でも音の並びが近い。
ナ・カ・ジ・マ。
あるいは、それに極めて近い何か。
「どうして……」
頭がくらくらする。
私はここへ突然来たはずだ。
なのに、地下の記録層には最初から“私の名に似たもの”が刻まれている。
「ナカジマ」
アレクシスが名前を呼ぶ。
その声で、辛うじて意識を繋ぎ止める。
「見失うな」
「でも、これ」
「まだ断定するな」
彼は冷静だった。
その冷静さに、私は救われる。
「似ているだけかもしれない。別の意味かもしれない」
「……はい」
「だが、偶然では片付けられない」
私は頷くしかない。
偶然ではない。
夢も、神社も、礼拝堂も、地下の柱も。
私がこの世界へ来たことそのものが、最初からどこかに組み込まれていたのではないか。
その時、執務室の扉が激しく叩かれた。
「殿下!」
ガイルさんの声だ。
「入れ」
扉が開く。
ガイルさんは珍しく、はっきりと焦っていた。
「北棟地下の封印口で異常発生です。記録層の亀裂が、地上側へ反応を返しています」
部屋の空気が一瞬で変わる。
アレクシスは立ち上がる。
「規模は」
「まだ局地的ですが、礼拝堂と北回廊の床面に同一の紋様が出ています」
礼拝堂。
やはり繋がっている。
私は反射的に立ち上がる。
「私も行きます」
「駄目だ」
アレクシスが即答する。
でも今度は、私も引かなかった。
「行かなきゃ、たぶん止められません」
「危険だ」
「分かってます。でも」
私は机の上の図版を見る。
そこに刻まれた、私の名に似たもの。
「もう、“関係ないかもしれない”ではいられません」
アレクシスは私を見つめる。
厳しい目。
でも、その奥で迷っている。
私は一歩近づく。
「アレクシス」
「……」
「今度は、絶対に離れません」
昨日、自分で言ったばかりだ。
彼の見える場所にいる、と。
アレクシスは長い一瞬のあと、低く言った。
「なら条件がある」
「何ですか」
「俺の指示を一度も無視するな」
「……はい」
「危険だと判断したら、何より先に俺の後ろへ下がれ」
「はい」
「絶対だ」
「はい」
アレクシスはそれでも数秒黙っていた。
それから、静かに頷く。
「行くぞ」
私は息を吐く。
怖い。
でも、それ以上に、もう戻れないところへ来た感覚があった。
私の名は、なぜ記録層に刻まれていたのか。
その答えが、ようやく近づいてきている。




