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第3話 壊れているのは、世界だけじゃない

目が覚めたとき、王子はすでに起きていた。


 窓のそばに立ち、朝の光を背にしている。


「起きたか」


 短い声。


 けれど、昨日より少しだけ鋭さが薄い気がした。


「……殿下、ずっとそこにいたんですか」


「監視だからな」


 淡々としている。


 でも、その言葉のわりに、部屋の空気は不思議と冷たくなかった。


 私は体を起こし、膝を抱える。


 昨夜は気が張っていたはずなのに、眠ってしまったらしい。知らない世界で、知らない男のそばで。


 それなのに眠れたことが、自分でも少し不思議だった。


「顔色は悪くないな」


「見ただけで分かるんですか」


「分かる」


「……便利ですね」


「お前が分かりやすすぎるだけだ」


 さらりと言われて、少しだけむっとする。


 でも言い返す前に、彼は扉へ向かった。


「来い」


「どこに」


「確かめることがある」


 連れて行かれたのは、中庭だった。


 城の中心にある、静かな場所。


 朝露を受けた石畳は綺麗なはずなのに、どこか息をしていないように見える。


 その中央に、一本の木が立っていた。


 ――枯れている。


 でも、違う。


 昨日の森とは違う感覚だった。


「……死んでる、わけじゃない」


 気づけば、そう口にしていた。


 王子がこちらを見る。


「どう違う」


「森は、もっと、ばらばらでした。でもこれは……」


 木を見つめる。


 葉は落ち、枝は乾いている。なのに、奥に何かが残っている気がした。


「止まってる」


 その言葉に、王子の目がわずかに細くなった。


「触れろ」


「……え」


「お前なら分かるはずだ」


 試すような声だった。


 私はゆっくり木に近づく。


 怖かった。


 また何か起きたらどうしようと思う。


 でも、触れなければいけない気がした。


 そっと、幹に手を当てる。


 瞬間、ぞわりと震えが走った。


 冷たいのに、どこか熱い。


 流れていたはずのものが、途中で断ち切られている。


「……っ」


「何が見える」


「見える、というか……感じる、です」


 言葉にするのが難しい。


「この木、本当はまだ生きてる。でも、途中で止められてる。流れるはずのものが流れてない」


 幹に触れたまま、私は目を閉じる。


 すると、途切れた場所が妙にはっきりと分かった。


 そこへ手を伸ばすみたいに、意識を向ける。


 ぱき、と。


 小さな音がした。


 枝先が震える。


 乾いた表面の下から、ゆっくり色が戻っていく。


「……」


 王子は何も言わない。


 私は息を詰めたまま、それを見つめる。


 一枚、また一枚。


 葉が開いた。


 朝の風が吹く。


 さわ、と音が生まれた。


 その瞬間、私の膝が崩れた。


「……あ」


 力が抜ける。


 地面に座り込むより早く、腕を掴まれた。


「無茶をするな」


 低い声。


 気づけば、王子の腕に支えられていた。


 近い。


 昨日よりずっと近い。


「……すみません」


「謝るな」


「でも」


「結果は出した」


 言いながら、彼は私を立たせる。


 その手は硬くて、温かかった。


 私は少しだけ視線を逸らす。


「昨日の森と同じだな」


 王子は再生した木を見る。


「やはり、お前はこの異常に干渉できる」


「異常、なんですね」


「ああ」


「……殿下は、前から知ってたんですか」


 問いかけると、彼はしばらく木を見上げた。


「知っていた。だが、直せなかった」


 その声は、少しだけ遠かった。


 私は何も言えなくなる。


 昨日からずっと、王子は冷たい人だと思っていた。


 けれど今、その横顔は少しだけ違って見えた。


 冷たいのではなく。


 ずっとひとりで、耐えてきた人みたいだった。


「お前は」


 彼がこちらを見る。


 目が合う。


「やはり、手放せない」


 心臓が、大きく鳴った。


 その言い方は、捕らえている相手に向ける言葉じゃない。


 でも、優しいとも違う。


 もっと深くて、重い響きだった。


「……それ、監視だから、ですか」


 やっとのことで、そう返す。


 王子は少しだけ黙った。


「今は、そうしておけ」


「今はって、何ですか」


「お前は知らなくていい」


「よくないです」


「そうか」


 彼は口元だけ、ほんの少し緩めた。


「なら、いずれ教える」


 その表情に、一瞬だけ息を忘れる。


 この人、ちゃんと笑えるんだ。


 そんなことを思ってしまった自分に、少し驚いた。


 その時、背後から靴音が響いた。


「殿下!」


 若い男の声だ。


 振り向くと、黒髪の騎士がこちらへ駆け寄ってくる。


 鋭い目つき。王子より年上に見えるが、王子に対しては明らかに敬意がある。


「こんなところに……って、その娘は」


 騎士の視線が私に止まる。


 それだけで、空気が張った。


「この方が?」


「ああ」


 王子は短く答える。


 騎士は私を値踏みするように見たあと、眉をひそめた。


「本気ですか」


「本気だ」


「ですが、正体不明の人間を城内深くに置くなど――」


「口を慎め、ガイル」


 王子の声が、冷たく落ちた。


 騎士――ガイルさんは一瞬黙る。


 けれど、それでも不満は隠せていなかった。


「……失礼しました」


 それだけ言って、彼は視線を伏せる。


 でも、私に向ける警戒は消えない。


 私は思わず、王子の袖を少しだけ掴んでしまった。


 自分でも無意識だった。


 王子はその手元を一瞬見て、それからガイルに言う。


「この娘は俺の管理下にある。手出しは許さない」


 管理下。


 その言葉に少しだけ刺さるものを感じるのに、同時に守られているようにも思ってしまう。


 それが悔しい。


「……分かりました」


 ガイルは下がる。


 けれど去り際、こちらを振り返った。


「殿下。その方を巡って、城内が静かで済むとは思わないでください」


 その言葉だけを残して、彼は去った。


 中庭に沈黙が落ちる。


「嫌われましたね、私」


 ぽつりと呟くと、王子は即答した。


「気にするな」


「殿下は、気にしないでしょうけど」


「気にする必要がないと言っている」


 その言い方は、相変わらず少し強引だ。


 でも。


「……殿下って、たまにずるいですね」


「何がだ」


「そういう言い方」


 王子は少しだけ眉を寄せた。


「分からん」


「分からないなら、いいです」


 言いながら、再生した木を見上げる。


 風が通る。


 葉が揺れる。


 その音を聞いていると、胸の奥の緊張が少しだけほどけた。


 この世界は壊れている。


 でも、少しなら、戻せる。


 そして。


 この人は、きっとそれをずっと待っていた。


 そう思った。

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