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第36話~第40話

第36話

温室跡の地下庭園


 翌朝、私たちは再び王都南区画の旧温室跡へ向かった。


 昨日開いた地下階段の入口は、騎士たちによって簡易封鎖されていた。

 周囲にはまだ緊張が残っている。


 伏兵は捕らえた。

 だが、あれで終わりではない。


 むしろ本番はこれからだと、全員が分かっていた。


「準備はいいか」


 入口の前でアレクシスが振り向く。


 黒い軽装の上に外套。

 剣はすでに抜きやすい位置にある。


 私は小さく息を吸って頷いた。


「はい」


「約束を覚えているな」


「一番先にアレクシスを見る」


「そうだ」


「頷いたら触る」


「よし」


 その短いやり取りに、ガイルがわずかに視線を逸らした。

 見ていないふりをしてくれているのだろう。


 先頭はガイル。

 その後ろに騎士二名。

 中央に私とアレクシス。

 最後尾にクラウスと残りの護衛。


 階段を下りる。


 昨日と同じはずなのに、今日はもっと深く感じた。


 石壁は湿っている。

 でも冷たさの奥に、土の匂いが混じっていた。


「……植物の気配がします」


 私が呟くと、クラウスが低く返す。


「地下に温室管理層が残っているなら不思議ではありません」


 階段を下りきった先で、空間が開けた。


 思わず息を呑む。


「……綺麗」


 そこは、地下庭園だった。


 天井は高く、割れたガラスのような鉱石がところどころ光を反射している。

 壁に沿って白い根が走り、中央には干上がったはずの水路が幾筋も巡っていた。


 植物はほとんど枯れていた。

 けれど完全には死んでいない。


 枝先や蔓の先に、ごく薄い緑が残っている。


「ここも止まっているのか」


 アレクシスが言う。


 私は頷いた。


「でも、礼拝堂よりもっと自然に近いです」


 地下記録層が“機構”なら、ここは“循環”だ。


 水と根と光。

 全部が本来はここで配分され、王都へ送られていたのだろう。


 私は中央の水路へ近づく。


 その瞬間、足元の白い根がふわりと淡く光った。


「反応してる」


「待て」


 アレクシスの声。


 私はすぐに振り返る。


 彼は私を見て、一歩だけ頷いた。


 その合図を見てから、私はゆっくり水路に手をかざした。


 冷たい。


 でも、地下記録層のような鋭さはない。


 こっちは苦しんでいるだけだ。


「……水が来てません」


「上流が塞がれているのか」


 クラウスが問う。


「たぶん違います」


 私は目を閉じる。


「流れそのものを、“閉じる側”が握ってる」


 その時だった。


 地下庭園の奥で、何かが脈打つ音がした。


 どくん。

 どくん。


 昨日、礼拝堂の床で感じたものと同じだ。


「来るぞ」


 ガイルの声。


 全員が構える。


 地下庭園の最奥、巨大な樹の幹のように見えていたものがゆっくりと動いた。


 樹ではない。


 それは、根と金属と石が混ざったような異形の柱だった。


 そしてその中心に、黒い核が埋まっている。


「……あれが」


 私の声が震える。


「閉じる側の、結節点……」


 黒い核が脈打つたび、庭園の白い根が苦しそうに縮む。


 まるで、生命の流れそのものを締め上げているみたいに。


 アレクシスが一歩前へ出た。


「カナエ、どこを断てばいい」


 私は核を見つめる。


 その周囲に、白い流れがいくつも絡みついている。

 でも、その中心に一本だけ、ひどく歪んだ線がある。


「中心じゃありません」


「何だと」


「支配してる線です。あれを外せば、たぶん全体が戻る」


 私が指した先を、アレクシスが見据える。


「分かった」


 彼の声が落ちる。


「俺が道を開く。お前は後ろから繋げろ」


 その言葉に、私は強く頷いた。


 怖い。

 でも、今はそれより、やることの方がはっきり見えていた。


第37話

閉じる側の声


 戦いは、私が思っていたより静かに始まった。


 地下庭園の黒い核から、影が滑り出る。


 人の形に近い。

 けれど腕も顔も曖昧で、輪郭そのものが揺れていた。


 礼拝堂で見た残滓よりも濃い。


 ここが本体に近いのだろう。


「前へ出るな」


 アレクシスが低く言う。


「はい」


 答えながらも、私は核から目を離せなかった。


 影が一つ、二つ、三つ。


 騎士たちが迎え撃つ。


 剣が影を切り裂いても、完全には消えない。

 だが動きは鈍る。


 アレクシスは真正面から進んだ。


 速い。


 影が伸ばした腕のようなものを避け、核へ向かう最短線だけを走る。


 その動きに迷いがない。


 けれど、核へ近づくほど空気が重くなる。


 私は歯を食いしばる。


 頭の奥に、声が流れ込んでくるからだ。


 ――定着せよ。

 ――繋がるな。

 ――揺らぐな。

 ――痛みは閉じれば消える。


「……違う」


 私がそう呟くと、影が一瞬だけこちらを向いた。


 顔はないはずなのに、“見られた”と分かる。


「カナエ!」


 アレクシスの声が飛ぶ。


 私ははっとして彼を見る。


 彼はまだ前進している。


 剣が一閃し、一本の影が崩れた。


「声を聞くな!」


「でも」


「俺を見ろ!」


 その一言で、私は強引に意識を引き戻す。


 そうだ。

 最初に見るのは彼だ。


 約束した。


 私は核ではなく、アレクシスの背中を見る。


 それだけで、頭の中のざわめきが少し遠のく。


 その時、影の奥からはっきりとした言葉が落ちた。


 今度は意味だけではない。

 声になっている。


 「繋ぐ者は、いずれ失う」


 私は息を止めた。


 それは脅しなのか、事実なのか分からない。


 けれど胸の奥に冷たいものが走る。


 アレクシスも聞こえたはずだ。

 でも、彼は止まらなかった。


 前へ出て、剣を振るう。


 影が裂ける。


「カナエ!」


 再び呼ばれる。


 私は白い根へ膝をついた。


 触れる。


 今度は怖いだけじゃない。


 怒りもあった。


 閉じることが優しさのように囁くこの声に、私は反発していた。


「失うからって、止める理由にはならない」


 自然に言葉が出た。


 白い根が強く光る。


 地下庭園全体に、細い線が一気に走った。


「見えます!」


 私は叫ぶ。


「支配線が、今だけ浮いてる!」


 アレクシスがその方向へ視線を滑らせる。


 黒い核の側面。

 一本だけ、白い流れに逆らうように黒が食い込んでいる。


 そこだ。


 彼は即座に踏み込んだ。


「アレクシス!」


 影が一斉に伸びる。

 でも騎士たちとガイルがそれを止める。


「行け、殿下!」


 ガイルの声。


 次の瞬間、アレクシスの剣が黒い支配線を断ち切った。


 地下庭園が大きく震える。


 黒い核がひび割れた。


 私は白い根を両手で掴み、繋がれ、と願う。


 閉じるな。

 流れろ。

 戻れ。


 光が爆ぜる。


 影たちが悲鳴のような音を上げ、次々に崩れていく。


 けれど同時に、核の奥からもっと深い闇が覗いた。


 まだ終わっていない。


 私はそう直感した。


第38話

真名で呼ばれると、戻れなくなる


 黒い支配線が断たれたことで、地下庭園の白い根は一気に息を吹き返した。


 干上がっていた水路に、細い流れが戻る。


 枯れていた蔓の先に、わずかな緑が差す。


 それなのに。


 中心の核はまだ消えていない。


 ひび割れた奥で、さらに深い暗さが脈打っていた。


「……まだある」


 私が呟くと、クラウスが青ざめた顔で言う。


「二重構造かもしれません。上層の支配機構と、さらにその下に残った封鎖核が」


 言葉の意味は完全には分からない。

 でも感覚では分かる。


 今壊したのは“手”だ。

 本体はまだいる。


 そして、それが目覚めかけている。


「下がれ」


 アレクシスが私の前に立つ。


 彼の肩で息が上がっている。

 でも目はまだ鋭い。


「次は俺が」


「だめです」


 私は即座に言い返した。


「今のは支配線でした。本体は私が触れないと」


「危険だ」


「分かってます」


「なら」


「でも、アレクシスだけじゃ届かない」


 私たちは数秒、真っ直ぐに見合った。


 騎士たちが周囲を警戒する音。

 水の戻る音。

 地下庭園の軋み。


 その全部が遠く感じる。


「……一緒に行く」


 アレクシスが低く言った。


「え」


「お前だけでは行かせない」


「でも」


「一緒だ」


 強い声音だった。


 私は一瞬だけ息を呑み、それから頷く。


「はい」


 中心核へ近づく。


 ひびの入った黒の中心。

 その奥に、何かの“眼”みたいなものが見えた。


 ぞっとするほど冷たい。


 でも同時に、悲しい。


 これは最初から悪意だけで動いているのではない。

 壊れるのが怖くて、全部を閉じたまま固定しようとしている。


 だから厄介なのだ。


 私は手を伸ばす。


 だがその前に、アレクシスの手が私の指を包んだ。


「一人で触るな」


「……はい」


 こんな状況なのに、その温度だけで少しだけ呼吸が整う。


「カナエ」


 真名で呼ばれる。


 その瞬間、胸の中の何かがはっきりと定まった。


 ナカジマだった私もいる。

 でも今ここで触れるのは、カナエとしての私だ。


「行けるか」


「アレクシスが一緒なら」


 彼は短く頷いた。


 私たちは同時に核へ手を伸ばす。


 触れた瞬間、世界が反転した。


 地下庭園ではない。


 真っ暗な空間に、無数の白い線が浮かんでいる。


 その中心に、黒い塊。


 そして、その前にひとりの人影が立っていた。


 女だ。


 長い衣。

 顔は曖昧。

 でもその輪郭だけは、礼拝堂の影とは違って、はっきりしている。


「……お前が」


 私が呟く。


 女は静かにこちらを見た。


 「ようやく、奉納名の継ぎ手が来た」


 声は冷たくない。

 むしろ穏やかだ。


「王都を閉じる者……」


 「閉じたのではない。持たせたのだ」


 女の視線が私に向く。


 「繋ぐだけでは、いずれ全て崩れる。だから止めた」


「止めたせいで、みんな苦しんでる」


 私は言い返す。


 女はわずかに目を伏せたように見えた。


 「苦しみながら残る方が、無に落ちるよりましだ」


 その理屈は、どこか分かってしまうところがある。

 だから嫌だった。


「でも、それじゃ生きてない」


 私が言うと、女の輪郭が少し揺れた。


 「お前はまだ失っていないから言える」


 その一言が、鋭く刺さる。


 私は言葉を失う。


 けれど隣で、アレクシスの声が落ちた。


「それでも、止めたままでは終わるだけだ」


 女が初めて彼の方を見る。


 「王位を継ぐ者か」


「継ぐかどうかは知らない」


 アレクシスの声は冷静だ。


「だが、カナエを閉じるためには使わせない」


 その言葉に、胸が熱くなる。


 女は数秒黙り、それから静かに言った。


 「なら証明しろ。失う恐れより、繋がる意志が強いと」


 次の瞬間、黒い塊が一気に脈打ち、私たちは現実の地下庭園へ引き戻された。


 私はよろめく。


 アレクシスがすぐに支える。


「大丈夫か」


「……今、会いました」


「誰に」


「閉じる側の核です」


 私は呼吸を整えながら言う。


「たぶん、昔の管理者の残留意志」


 クラウスが青ざめる。


「管理者……!」


 私は頷く。


「そして、次は試される」


 そう確信していた。


第39話

試されるのは、失いたくないもの


 地下庭園の空気が変わったのは、その直後だった。


 白い根の光が一斉に弱まり、代わりに周囲の景色がゆっくり歪み始める。


「幻視か!」


 ガイルが叫ぶ。


「全員、距離を保て!」


 でも遅かった。


 私は目の前の景色が塗り替わるのを止められなかった。


 地下庭園が消える。


 代わりに現れたのは、王城の大広間だった。


「……え」


 私は立ち尽くす。


 そこには、血の匂いがあった。


 床に落ちた剣。

 崩れた柱。

 そして、階段の下に倒れているアレクシス。


「アレクシス!」


 駆け寄ろうとする。


 でも、足が動く前に違和感が走る。


 これは幻だ。


 分かっている。

 けれど、倒れている彼の姿があまりにも鮮明で、呼吸が乱れる。


 「繋ぐ者は、いずれ失う」


 さっきの声が蘇る。


 私は歯を食いしばる。


 偽物だ。

 分かってる。


 その時、誰かに強く腕を掴まれた。


「カナエ!」


 現実の声。


 アレクシスだ。


 私ははっとして顔を上げる。


 景色はまだ歪んでいる。

 でも、目の前には本物の彼がいる。


「俺を見ろ」


 その一言で、幻の大広間が少しだけひび割れた。


 私は震える息を吐く。


「……倒れてた」


「幻だ」


「分かってます、でも」


「分からなくていい。今は俺だけ見ろ」


 真っ直ぐな声。


 私は頷く。


 視界の端で、騎士たちもそれぞれ別の幻に囚われているのが見えた。

 ガイルは何かを振り払うように剣を構えている。

 クラウスは膝をついて耳を塞いでいた。


「どうすれば」


 私が問うと、アレクシスは低く言う。


「これが試しなら、狙いはお前の恐れだ」


 私は息を呑む。


 その通りだ。


 失うことが怖い。

 だから閉じろ、とあれは言う。


「カナエ」


「はい」


「お前は何を選ぶ」


 その問いに、私は目を閉じる。


 怖い。

 本当に怖い。


 アレクシスを失うかもしれない。

 王都を救えないかもしれない。

 私自身が壊れるかもしれない。


 でも。


 だから止めるのか。

 閉じるのか。

 全てを固定して、息を止めたまま残すのか。


 違う。


 私はそうしたくない。


「……繋ぎます」


 目を開けて、私は言う。


「失うのが怖くても、止めません」


 その瞬間、幻の大広間が大きく崩れた。


 私は白い根へ手を伸ばす。


「アレクシス、今!」


 彼が頷く。


 今度は、私が先に彼を見る必要はなかった。

 もう彼の方が、私の選択を見ている。


 私は根に触れる。


 白い光が一気に広がる。


 黒い幻が裂ける。

 騎士たちの周囲の歪みも砕け散る。


 地下庭園の中心核が大きくひび割れた。


「まだだ!」


 アレクシスが前へ出る。


 私は光の流れを維持しながら叫ぶ。


「中心の奥です! 今度こそ、本体!」


 黒い核のさらに内側。

 そこに、細い針のような黒い芯が見えた。


 あれが、閉じる意志の最後の芯だ。


 アレクシスが迷わず踏み込む。


 影が伸びる。

 でも、今の私には見える。


「左!」


 私が叫ぶ。


 彼が避ける。


「そのまま、前!」


 剣が振り下ろされる。


 細い黒芯に、白い裂け目が走った。


 地下庭園全体が、悲鳴のような轟音を立てた。


第40話

閉じるより、繋ぐ


 黒い芯が砕けた瞬間、地下庭園の光が一斉に戻った。


 白い根が強く脈打つ。

 水路に水が走る。

 乾いていた蔓が震え、天井近くの枝先に淡い新芽が灯る。


 それは爆発的な変化ではない。

 でも、確かに“戻る”側の動きだった。


 私は膝をついたまま、その光景を見た。


「……終わった?」


 息を切らしながら呟く。


 クラウスが周囲を見回し、震える声で言う。


「少なくとも、この結び目の封鎖核は消えました」


 ガイルも剣を下ろす。


「影も消えている」


 けれど私は、中心部を見つめたまま動けなかった。


 壊れた黒核の跡に、何かが残っている。


 白い、小さな結晶だ。


 私はふらつきながら立ち上がる。


「カナエ」


 アレクシスがすぐに支えようとする。


「待ってください」


「一人で行くな」


「今度は、ちゃんと見ててください」


 私がそう言うと、彼は一瞬だけ黙って、それから頷いた。


「ああ」


 その頷きを見てから、私は中心部へ歩いた。


 白い結晶に触れる。


 冷たい。

 でも嫌な冷たさじゃない。


 その中に、最後の声が残っていた。


 「止めるしか知らなかった」


 私は静かに目を閉じる。


 さっき会った女の残響だ。


 私は小さく答える。


「……でも、私は繋ぎたい」


 その瞬間、結晶はさらりと白い砂のように崩れた。


 風もない地下で、その砂だけがふわりと舞う。


 そして、消えた。


 完全に。


 私は息を吐く。


 もうあの冷たい意志は感じない。


 地下庭園は、ようやく静かになっていた。


 振り返ると、アレクシスが立っている。


 剣を下ろし、でもまだ完全には力を抜いていない。


 私は数歩戻って、彼の前で止まった。


「……終わりました」


「ああ」


「今度こそ、本当に」


「そうだな」


 短いやり取りなのに、胸がいっぱいになる。


 アレクシスの手が、そっと私の頬に触れた。


「よく戻った」


 その言葉で、急に全身の力が抜けそうになる。


「約束、守れました」


 私が言うと、彼は少しだけ目を細めた。


「ああ。今回はな」


「今回は、って」


「次も守れ」


「努力します」


「努力では困る」


 思わず、私は笑ってしまった。


 緊張の糸が切れたせいか、目の奥が熱い。


「……アレクシス」


「何だ」


「怖かったです」


「知っている」


「でも、閉じる方を選ばなくてよかった」


 彼は静かに私を見る。


「私、分かりました」


「何を」


「失うのが怖いから閉じるんじゃなくて、失いたくないから繋ぐんです」


 その言葉に、アレクシスの表情がほんの少し変わった。


 たぶん驚いたのだろう。

 あるいは、それが彼自身の答えにも近かったのかもしれない。


「……ああ」


 低い肯定。


「その通りだ」


 私はもう少しだけ彼の方へ寄る。


「だから、次も一緒に来てください」


「当然だ」


「先にアレクシスを見ます」


「そうしろ」


「頷いたら触ります」


「それでいい」


 その会話が、今は妙に愛おしい。


 クラウスが遠慮がちに咳払いした。


「殿下、恐縮ですが……ここは早めに記録を取るべきかと」


 現実に引き戻されて、私は少しだけ赤くなる。

 アレクシスは平然と頷いた。


「分かっている」


 ガイルは完全に見ていないふりをしていた。


 私は息を整えて地下庭園を見渡す。


 水が戻り始めている。

 白い根も、さっきより穏やかだ。


 王都のすべてが治ったわけではない。

 礼拝堂も、地下記録層も、まだ完全ではない。


 でも今、確かにひとつ繋いだ。


 閉じるのではなく。

 止めるのではなく。

 流れを戻す方へ。


 それが嬉しかった。


 そして、地下庭園を出る直前。


 私はふと、地下の奥からさらに続く細い通路に気づいた。


 崩れかけていて、今は入れない。

 でも確かに、その先がある。


「……まだ終わってないですね」


 私が小さく言うと、アレクシスが隣に並んだ。


「ああ」


「でも」


 私は彼を見る。


「前より、怖くないです」


 彼はほんの少しだけ笑った。


「それなら十分だ」


 その言葉とともに、私たちは地上への階段を上り始めた。


 王都の上では、まだ多くの結び目が傷んでいる。

 北境侯の思惑も、閉じる側の残りも、きっとこれからまた現れる。


 それでも。


 私はもう知っている。


 ナカジマとして生きてきた私も、カナエとして呼ばれる私も、どちらもここにいる。


 そしてその両方を、アレクシスは迷わず見てくれる。


 だから、繋いでいける。


 そう思えた。


ここまでで、第1部終盤のかなり大きな山を越えました。

次は


第41話〜第45話で地上帰還後の政治反動

北境侯側の本格対立

王都中心部の最後の中核へ向かう決断

アレクシスとカナエの関係をほぼ告白寸前まで進める


流れが最も強いです。


このまま続けて書き進めます。

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