異世界のウラガワ
「ルイン君、少し、街を出てみないかい?」
眼鏡をくいっと上げ、そう言い放つこのお方は、育ての親であり孤児院の父である、バード院長だった。
近藤伊織――こと俺『ルイン』は爽やか笑顔を貼り付け、頭を垂れる。
「院長……それはとても有難いお言葉です。しかし……お断りさせていただきますね」
「……っ〜〜!」
バード孤児院の最上階からは、院長の悲痛な叫びが轟いていた――。
◇◇◇
転生した“あの日”から早16年が経とうとしていた。俺ことルイン・バードは、誰が見ても健康的で、イケメンとまでは言えないがそこそこ悪くもない顔立ちの好青年へと成長していた。
幼児期、孤児院ではなるべく目立つことを避け、陰キャラでも陽キャラでもない、“無キャ”になることを徹底していた。
しかし、この世界は圧倒的に娯楽が少なかった。
やることと言ったら聖書の斉唱か、皆で合唱することくらい。
痺れを切らした俺は、余っている紙くずや木の実などで「折り紙」「けん玉」「神経衰弱」などの遊びを開発した。
これが大好評。
この遊びは孤児院のみならず王国全域でも大流行し、開発者は誰なのかという論争まで勃発していた。ちなみに言っておくが、俺はプライバシーの観点から名を伏せている。
まぁそんなこんなで暇を埋めることはできたのだが……さらなる問題があった。
それは、「飯が不味すぎる」ということ。
孤児院で出るものと言ったら、じゃがいもや雑穀を煮詰めたスープ(仮)と固くボソボソとしたパンのみだ。
前世で舌が肥えていた俺には足りないのが当たり前だった。
そこで開発したのが、前世で言う「ポタージュ」である。これなら硬いパンを浸して美味しく頂くことができる。
他にも、魔獣の脂を使って作った「チーズフォンデュ」や、規格外の卵で「オムライス十人前」を作るなど、様々なことをしでかしていた。
そのせいで、俺は孤児院での立ち位置がいつの間にか、「頭いいけど変わったヤツ」になっていたのだ。
おまけに外に出ないTheインドアだったので、肌は白くひょろっとしていた。
ついたあだ名は「もやし卿」。ちなみに“もやし”はこの世界で初めて俺が見つけた食材である。
それにしても酷いネーミングセンスだ。付けたのは、今年勇者に選ばれたという幼なじみのバルトだ。あとでイタズラでも仕掛けよう。
まぁそんなこんなで月日は流れ、俺は16歳になっていた。
16歳といえば孤児院を出る歳である。先程の院長はそれを促すため、外に出るよう言っていたのだろう。
だが、断る。
俺は金を貯めるのが好きだ。そして既にボードゲーム等の開発の特許取得により、懐には金が入ってきている。
正直、このまま孤児院に就職したいところなのだが――その才能は世に出した方がいいとか言う家族のせいで、外で働くを得ざる状況となっているのだ。
「はぁ……」
コスモスを植えたばかりの庭で、ため息を吐く。
俺は働くのが好きだ。でもそれは金が貯まるからで、既に大金がある俺は働く必要がないのだ。
正直身を粉にして働くより、新たな研究を重ねて特許を取った方が早い。
まぁしかし、院長からのこのお願いは今日で13回目だ。
1回くらい、街に顔を出した方がいいのかもしれないな……。
「あ、院長丁度いいところに」
一昨日美しく咲いたチューリップに、水をあげる院長を引き留める。
そしてまた、爽やかな笑顔を貼り付け、弧を描いて言った。
「俺、一度外を見てみたいです。そうですね……料理屋とか!」
その言葉を聞いた院長が、眼鏡の奥で目を濡らしたのは言うまでもない――……。
◇◇◇
そんなこんなで来た居酒屋。
俺は、ここに来たことを今、大変後悔している。
「注文間違ってるんですけどーー!」
「やばい……皿割った……」
「腹減ったよーー!」
ドタバタと騒がしく動く店内に、不満文句が絶えない客。従業員は全員目に隈を作り、厨房には店主であろう料理人、1人しか立っていなかった。
1人の女性従業員が、息を切らしながら注文を取りに来る。
「ぜぇ……ぜぇ……。すみません、ご注文は?」
「あぁ……じゃあ、このステーキとエールを頼むよ」
「はい!店長、こちらのお客様ステーキとエールでーす!」
その女は大声でそう叫び、またどこかへ走っていってしまった。
……メモも取らず聞いたことをそのまま伝えるなんて、馬鹿なのか?
それにテーブル番号も無しで、お冷やお手拭きも出さない。厨房は店主に任せきりだし……。
混乱で料理が早く提供できないから、客は激怒して空気は悪くなる一方だ。
「はぁ……料理屋っていつもこうなんですか?」
「まぁ……大体のところはこんな感じじゃないかな?大変そうだよねぇ」
院長は笑いながらそう言った。
信じられない……。これは、かなりまずいところに来てしまったのかもしれない――――……。




