第5話 時計のない宿
その客は、夕方に来た。
荷物が多く、靴がまだ新しい。
旅慣れていないのが、すぐわかった。
「一泊、できますか」
「はい。空いてますよ」
部屋に案内すると、客は何度か窓の外を見た。
「……静かですね」
「そうですね」
それ以上の説明はしない。
夕食の時間、客は落ち着かない様子だった。
スープを一口飲んでは、周囲を見回す。
「ここ、時計は?」
「ないですね」
「街道沿いの宿なのに?」
ミリアは肩をすくめた。
「必要な人、あんまりいないので」
客は少し困った顔をした。
「明日、朝早く出たいんですが」
「起きたらで大丈夫ですよ」
「……それ、遅れません?」
ユウトがパンをちぎりながら言った。
「遅れたら、次に行けばいいですし」
客は、言葉に詰まった。
食後、外はもう暗い。
でも、客はまだ夜だという実感が持てないようだった。
「今、何時くらいです?」
「たぶん、いい時間です」
そう答えると、妙に納得された。
部屋に上がる前、客は廊下で立ち止まった。
「ここ……時間、変じゃないですか?」
ミリアは少し考えた。
「変じゃないですよ」
「でも、なんだか……」
「急がないだけです」
ユウトが言った。
客は笑った。
半分、冗談として受け取ったようだった。
翌朝。
客は、思ったより遅く起きた。
慌てる様子もなく、
むしろ、よく眠れた顔をしている。
「……出発、遅れました」
「そうですね」
「でも」
客は、外を見た。
「まあ、いいか」
そう言って、荷物をまとめた。
去り際、振り返って言う。
「また来てもいいですか」
「はい」
それだけ。
客がいなくなっても、宿は変わらない。
時計はないままだし、時間もわからない。
それでも、朝は来る。
ひだまり亭では、
それで十分だった。




