第3話 ミリアは、それでいいと思っている
雨が上がった翌朝は、空気が少しだけ軽い。
宿の床を掃いていると、窓から入る光がいつもより白く見えた。
ひだまり亭は、今日も平和だ。
「おはよう」
ユウトは、だいたいいつも同じ時間に降りてくる。
早すぎず、遅すぎず。急いだ様子もない。
「おはよう。パンあるよ」
「ありがとう」
それだけ言って、いつもの席に座る。
特別なことはしない。
最初の頃は、不思議だった。
町外れで倒れていたのを見つけたのは、母だった。
怪我もなく、熱もなく、ただひどく疲れているように見えた。
起きたとき、ユウトは状況を聞いて、少し考えてから言った。
「そうですか。じゃあ、しばらくここにいます」
それだけ。
帰りたいとも、困っているとも言わなかった。
最初は警戒もした。
正体不明の流れ者なんて、珍しくないけど、油断もできない。
でも、何も起きなかった。
本当に、何も。
無理なお願いをするわけでもなく、
偉そうにするわけでもなく、
問題を起こすこともない。
薪割りを手伝って、壊れた棚を直して、
忙しそうなときは、何も言わずに皿を運ぶ。
それだけ。
「……楽すぎない?」
思わず口に出たことがある。
「そうですか?」
本人は、きょとんとしていた。
昼前、ガルドが来て、いつもの席に座った。
「今日もいるな」
「いるよ」
「まあ、そうだよな」
それで話は終わる。
町の人たちも、だんだん慣れてきた。
ユウトがいるのが、普通になった。
冒険者たちは騒がしいし、
旅人は慌ただしいし、
世界は、いつも忙しそうなのに。
この宿にいると、そうでもない。
ユウトは、何かを変えたわけじゃない。
でも、何も変えないままでいられる場所を、ここに作っている。
それが、少しだけすごいと思う。
「ねえ」
「はい」
「ここ、居心地いい?」
少しだけ、探るように聞いた。
「ええ。急がなくていいので」
それだけで、十分だった。
今日もひだまり亭は静かだ。特別なことは起きない。
でも、私はそれでいいと思っている。




