第2話 雨の日は、音が増える
朝から雨が降っていた。
強くはないが、止みそうでもない。
屋根を叩く音で目が覚める。ひだまり亭の屋根は古いから、雨音が少し大げさだ。嫌いじゃない。
階下に降りると、いつもより人が多かった。雨宿りだろう。こういう日は、宿は少しだけ忙しくなる。
「おはよう」
「おはよう。今日は出かけないでしょ」
ミリアは最初から決めつけてくる。
「出かける理由がない」
「だよね」
それで話は終わる。
空いている席に座って、茶を飲む。窓の外は白っぽく霞んでいて、町の輪郭がぼやけていた。
雨の日は、音が増える。足音、話し声、食器の音。それが不思議と落ち着く。
昼前、見知らぬ男が入ってきた。濡れた外套を脱ぎながら、周囲をきょろきょろしている。
「ここ、泊まれるか?」
「空いてるよー」
ミリアが即答する。
男はほっとした顔で、カウンターに金を置いた。
「雨、長引きそうだな」
「そうですね」
男はなぜか俺の方を見て話しかけてきた。
「この辺り、危なくないか?」
「普通だと思います」
「……そうか」
それで納得したのか、男はそれ以上聞いてこなかった。
正直、危ないかどうかの基準がわからない。
しばらくして、ガルドも来た。今日は鎧を着ている。
「雨か。最悪だ」
「そうだな」
「森、ぬかるんでる。やる気が削がれる」
「それはそうだ」
ガルドは酒を飲みながら、愚痴を吐き、結局出ていかなかった。雨が弱まるまで、居座るらしい。
いつの間にか、黒猫が足元にいた。濡れてはいない。どうやって入ったのかは知らない。
「今日は静かだな」
誰に言ったわけでもない。
午後になると、雨脚はさらに弱まった。止みそうで止まない、微妙な雨。
ロウが来た。いつも通り、無言で席に座り、茶を飲む。
外の音と、宿の音が混ざる。
世界はちゃんと動いている。でも、ここは急がない。
夕方、ミリアが言った。
「雨の日って、何もしなくていい感じがするよね」
「いつも何もしてないけどな」
「それはそう」
笑われた。
雨は夜まで降り続いた。特別なことは起きなかった。
それでいい。




