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ひだまり亭の、急がない時間 ~異世界に来たけど、特に目的もなく生きてます~  作者: 九条 綾乃


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第19話 招かれざる看板娘

 

 朝、表の通りが騒がしい。

 鎧の音。馬の嘶き。

 ひだまり亭には、似合わない音。


 昼前、扉が開いた。

 一人の少女。

 服は泥だらけだ。

 杖には、見たこともない石が嵌まっている。


「……かくして、ください」


 声が震えている。

 ミリアはお冷やを出した 。


「いらっしゃい。注文は?」


 少女が固まる。

 外では騎士たちが叫んでいる。

 ユウトは厨房から少女を見た。


「そこにいると、影が目立ちます」


 理由はいらない。

 騒がしいのは、嫌いなだけだ 。

 少女を厨房の奥、さらに裏口の洗濯場へ促した。


「手が足りない。裏で野菜、洗えますか?」


 ユウトが籠を差し出す。

 少女は呆然とした。

 ユウトは杖を預かり、箒立てに突っ込んだ。

 その上に、使い古した箒を重ねる。


 銀の鎧を着た男たちが店になだれ込んできた。


「聖女を見かけなかったか」


 ガルドが酒を飲んでいた 。

「聖女? そんな高貴な奴、ここにはいねえよ」

 

 騎士たちは店内を見回す。

 古い柱。欠けた皿 。

 どこにも、奇跡の気配はない。

 

 裏口から、水の跳ねる音がした。


「冷たいっ……」


 少女の小さな声。

 騎士たちが、一斉に裏口へ視線を向けた。

 ユウトは、それよりも大きな音を立てて、薪を床に置いた。


「冬の霜と同じです。すぐ慣れますよ」


  ユウトの声は、いつも通り低く、淡々としていた 。

 騎士たちは、それが店員と、不慣れな下働きの会話だと判断した。


「……チッ、他を当たるぞ」


 男たちはすぐに出ていった。

 騎士が去り、少女が戻ってきた。

 泥は落ちている。


「……あの。私、帰らなくていいんですか」


「パン、余ってるから食べていいよ」


 ミリアがいつものように言った 。


 少女はパンを齧り、泣いた。


「……美味しい」


 夕方、雨が降った 。

 新しい看板娘が、テーブルを拭いている。

 手つきは、ひどく遅い。


「今日も平和だったね」


 ミリアが言った。


「そうだな」


 ユウトが頷く。

 箒立ての奥で、杖が少しだけ光った気がした。


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