第16話 止まったまま、刻む
朝。目が覚めたら、天井が木目だった。
一階に下りると、ミリアがいた。
カウンターを、じっと見ている。
「これ、どう思う?」
昨晩の客の、忘れ物。
真鍮の、小さな置時計。
ひだまり亭に、時計はない。
だから、その音は浮いていた。
カチ、カチ。
「時計ですね」
「音が、大きくなってない?」
ひだまり亭の時間は、いつも曖昧だ。
陽の光や、腹の減り具合。
それで、一日が流れる。
音は、空気を切り刻んでいた。
昼前、ガルドが来た。
席に座り、すぐ眉をひそめた。
「なんだ、この音は」
「忘れ物よ」
「……せかせかしてやがる」
ガルドは、いつもより早く帰った。
午後。黒猫が、時計のそばにいた。
じっと、針を見つめている。
ユウトは、気づいた。
「ミリア、これ」
「なあに?」
「……止まってます」
針は、十二時で止まっている。
なのに、音だけが鳴っていた。
カチ、カチ。
時計からではない。
壁や床から、響いているようだった。
夕方、雨が降った。屋根を叩く音。
いつの間にか、時計の音は消えた。
雨音に、溶けたのかもしれない。
「静かになったね」
置時計は、ただの金属になっていた。
ずっと前から、そこにあったような顔で。
「明日には、馴染んでるかもしれませんね」
「そうだね。……もう、誰も来ない気がする」
ひだまり亭は、急がない。
正確な時間さえも、ここでは景色になる。
夜、裏口を開けた。
猫が、一匹増えていた気がした。
でも、数えなかった。
明日も、特に予定はない。




