武侠小説:十載一諾
西の空が燃えるような朱に染まっている。
崑崙の断崖、十年前と同じ場所に、二人の男が立っていた。
一人は、正道連盟の盟主として天下に名を馳せる剣豪、沈烈。
もう一人は魔教の長として恐れられ、その歩む道に死体の山を築いてきた男、独孤絶。
二人の間には一振りの古びた酒瓶と二つの杯が置かれている。
「来たか」
「約束だからな」
短い言葉。十年前、共に修行に励んだ若き日の二人はある事件を境に道が分かれた。
一人は光へ、一人は闇へ。
その別れ際、彼らはこの場所に一本の剣を突き立て、再戦を誓った。
「十年後、この場所で。どちらかが天下第一であることを証明しよう」
沈烈は杯に酒を注ぐ。澄んだ液体が夕陽を反射して黄金色に輝く。
二人は一気に飲み干し、杯を岩に叩きつけた。粉々に砕け散る音が開戦の合図だった。
「沈烈。お前のその正義、十年前より少しばかり重くなったようだな」
「独孤絶。お前の闇も、それだけ深ければ斬り甲斐がある」
沈烈の剣は陽光を集めたような鋭い一閃を放つ。
対する独孤絶の黒剣は光を吸い込み、蛇のようにうねりながら沈烈の喉元を狙う。
火花が散り、風が巻く。
かつて同じ師の下で学んだ二人の剣筋は今や正反対の極みに達していた。
だが、互いの次の動きが呼吸を合わせるかのように手に取るように分かる。
それは敵として憎み合っているからではなく、この世で唯一、自分の全力を受け止められる存在が目の前の相手だけだと知っているからだ。
数千合の打ち合いの後、二人の剣が互いの肩を貫き、動きが止まった。
「……ふっ、相打ちか」
独孤絶が口端から血を流し、不敵に笑う。
「いや、俺の負けだ。……お前の剣、迷いが消えている」
沈烈が静かに目を閉じる。
二人はそのまま、背中合わせに岩場に座り込んだ。
正道も魔教も、天下第一の称号も、この静寂の中では意味を持たない。
そこにあるのは十年の月日を経てようやく果たされた「約束」への安堵だけだった。
「沈烈。来世があるなら、次は門派も家柄もない、ただの酒飲み仲間として会おう」
「ああ……。その時は、俺が旨い酒を用意しておこう」
沈烈の手から剣が滑り落ちる。独孤絶もまた、満足げに深く息を吐いた。
沈みゆく太陽が二人の影を長く、一つに重なるように伸ばしていく。
翌朝、そこには寄り添うように座り、永遠の眠りについた二人の武人と砂に埋もれた酒瓶だけが残されていた。
約束の地を吹き抜ける風だけが彼らが交わした最後の「義」を語り継いでいた。




